今回は斧田くんの出番はありません。
私は戦艦棲姫。
先日の作戦では中間棲姫とほっぽさんに協力してもらったにもかかわらず、わずか少数の相手に敗走するという屈辱を味わった。
敵の本拠地目前で沈められたあと、深海基地にある棺桶のようなポッドで目が醒めた。
ポッドから出ると同じくらいのタイミングで隣のポッドから親友の空母棲姫が出てきた。
「……、オイ空母棲姫、オ前モドコゾデ沈メラレタノカ?」
「……アタシハアンタノ獲物横取リシヨウトコッソリツイテッタンダケド、」
「オイ、横取リッテ……コノ、正直者メッ!
ナルホド、ソレデオ前モ那珂チャンニヤラレタカ」
「…イヤ、那珂チャンッテ誰ダヨ、
アタシヲヤッタノハ鳳翔ッテ艦娘ヨ。バカミタイナ数ノ艦載機ノ飽和攻撃喰ラッチャッテ…」
横取りなんてズルするもんじゃなかった!めっちゃ怖かった!と続ける空母棲姫に私は、でもそんなお前も嫌いじゃねぇよ、うぇへヘへといつもやっているやり取りを交わす。
それにしても、相手艦隊に空母が全く見当たらないと思っていたが空母棲姫が結果的に引き付けてくれていたということだったのか。
あの戦力に空母もいるとなると、正面からやり合うのは得策ではないだろう。
ここはひとつ、人型に近い誰かが少数、もしくは単独で潜入し敵の手の内を調べる必要があるな。
それならば作戦失敗の汚名を返上するためにも私自らがスパイとして敵本拠地に乗り込んでみるか…。
あの那珂チャンの強さの秘密も分かるかも知れない。
その強さの秘密をこちらが利用できれば、あの敗走の屈辱を晴らせるはずだ。
そう考えて、早速準備したら出ると空母棲姫に伝えると
「アンタ、復活シタバッカナノニ元気ネェ、アタシハ離島チャンノトコ行ッテユックリシトコ…」
今回はさすがについてくることはなさそうだった。
べ、別に寂しくなんかないんだからね!
念の為艤装を最小限に展開して海上を進み、先日沈められたポイントを通過して更に進むと敵本拠地と思わしき陸地が見えてきた。
海に面したあの建物は防衛基地か、恐らく前回の相手はあそこから出撃したのだろう。
夕方になり防衛基地から少し離れた場所から陸に上がる。
艤装をしまい、港湾さんから渡された物資(メッセンジャーバッグ、かわいらしいタコヤキ艦載機のイラスト付き)を開けると、人間の服と人間が使っているらしい通貨の札束、陸地で活用できる知識の書かれたメモ、そしてお弁当と思わしきデカいおにぎりが入っていた。
人間の服に着替えて、ひとまずおにぎりを食べる。
ウマイ、そして食べごたえがある。
陸に行ってスパイをすると聞いたらしい港湾さんが色々と準備をしてくれた。ありがたい。
メモを読むと驚いた、陸地での拠点として寝泊まりできる場所まで記してあったのだ。
さすが港湾さんだ、まさか陸地に進出済みで拠点まで作っていたとは……どうりで人間界に詳しかった訳だ。
幸い、拠点はかなり近い場所にあるらしい。
まずはあの那珂チャンがいるであろう防衛基地を外から少し観察してから拠点に向かうとするか。
人間の通行人のふりをして防衛基地の前を歩きながら正面出入口らしき場所を確認。
「ココガ、アノオンナノハウスネ…!」
南方棲戦姫がこう言うのが様式美だと言っていた。
「時瑛古布鎮守府」と門の表札にあった。
うん、読めないな。
そして微かに漂うカレーの匂い、今晩はどこかがカレーのようだ。何でか夕方に嗅ぐ人ん家のカレーの匂いは妙にノスタルジックな気持ちにさせる。私だけだろうか?
とりあえず今はここに動きはないようなので拠点を目指して歩きだした。
「かすみ荘」
ここが、今回のスパイ活動の拠点となる場所のようだ。
二階建てのアパートと呼ばれる建物らしい。
一階と二階に四部屋ずつあるが、まずはメモに従い、一階の奥の部屋に向かう。
港湾さんが「オオヤサン」という者にアイサツしろと言っていた。
メモに記された手順通り部屋の扉の横にあるボタンを押してベルを鳴らす。
「はーい、今行くわ!」
中から返事が聞こえてきた。恐らく「オオヤサン」だろう。あの港湾さんがアイサツしろと言っていた相手だ、少し緊張してきた。
ガチャリと扉が開く、中から出てきたのは駆逐艦と思わしき艦娘だった。
突然のことに接敵かと身構えようとしたが、
「あら、アンタが港湾棲姫が言ってた戦艦棲姫ね。いいわ上がりなさいな」
どうやらこちら側の内通者か……。
思っていたよりもこちらの陸地進出は進んでいたらしいな。港湾さん、さすがだな。
港湾さんの厚意を無駄にしない為にも私は絶対に那珂チャンの強さの秘密を手に入れるのだ!
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退役して艦娘あがりとなった私はアパートを建てて大家になった。
退役した理由は私の中での戦う理由がなくなり、やりたいことが見つかったからだ。
建造された当初こそ、この国を守る為に戦うと誓い、敵である深海棲艦との戦いに身を投じていた。
戦いの日々の中で私は、いや私だけじゃなく他の娘たちも次第に提督のために戦うようになっていった。
その提督がやがて他の娘とケッコンして、私は選ばれなかったかぁ、と少し落ち込んだが、その気持ちを振り切ろうとして戦いにより一層身を入れた。
敵を見つけたら、戦闘し、敵がいないなら索敵し。
やがて、私は深海棲艦を見かけたら本能のままに戦うようになった。
そんな時、私の前に現れたのが港湾水鬼だった。
お互いがお互いに本能のままに戦う。
何度も港湾水鬼の圧力に潰されそうになりながらも攻撃を掻い潜り私の拳をぶつけていった。
戦いは熾烈を極め、最終的に私の気合いを纏った右拳が港湾水鬼の左胸をブチ抜き、勝利に至った。
最高の瞬間だと思った。だがそれ以来私は更なる強者を敵に求め続けるようになった。
ある日、提督が私に休暇命令を出した。
その時の私は戦うこと以外にやりたいと思うことがなかった。
艤装の展開が制限される街に出され行く当てもなくぶらぶらしていると、偶然にも移動式のクレープ屋台の前でオロオロしている港湾棲姫を発見した。
むこうもこちらに気づいて
「ア、アナタハ…!?」と一瞬闘気が膨れ上がった。
私も本能のままに艤装を展開しそうになったが、
「あ、お嬢ちゃん、このお姉さんの知り合い?クレープ代払って貰いたいんだけど…」
屋台のお兄さんの声で街中だと思い出し展開を踏みとどまった。
少し冷静になった頭で状況を整理する。
深海棲艦が屋台でクレープ片手にオロオロしている。
おそらく、お金を払うということが分かってないのかも知れない。
どうしてこんなところに姫級がいるのか?
この国を脅かす存在が目の前にいるとなると周囲が大混乱に陥るかも知れない。
当時、闘争本能の固まりのような私だったが、護国の志は忘れてはいなかった。
混乱を防ぐため、周囲に姫級が目の前にいるということを気づかれないようにこの場は取り繕った方が良さそうだと、私は内心警戒しながら屋台に近づいた。
同じく私を警戒している様子の港湾棲姫の横に立ち、屋台のお兄さんにお金を払うことにする。
「いくら?」
「1200円」
「高っ!?」
港湾棲姫の手元を見ると、なるほど、なかなか立派なクレープじゃないの…!
「はい」
「どうも、まいどー!」
「ほら、アンタ、行くわよ!」
手元のクレープと私を交互に見る港湾棲姫を連れてなるべく人のいない場所ヘ……
クレープ屋台から少し歩くと浜辺に着いた。
シーズンではないため、人は全然いない。
浜辺で私と港湾棲姫は向かい合って立った。
「さて、どうして姫級がこんなところにいるのかしら?」
「…アナタハ、アノ時ノ駆逐艦カ?」
「はぁ?………!、アンタもしかしてあの時の港湾水鬼!?」
「ッソウヨ!!マサカコノ私ガ駆逐艦ニヤラレルトハオモワナカッタワ!」
「ど、どうして…確かに沈めた…」
「フフン、姫級ハ何度モ復活デキルノヨ、知ラナカッタ?」
「マ!?…それマ!?」
めちゃくちゃ重要な情報が手に入ってしまった。
もう少し話を聞くのも有益かも知れない。
「陸地ニ潜入シテアナタノ強サノ秘密ヲ手ニ入レヨウト思ッテイタノニマサカ遭遇スルトハ……」
「強さの秘密ぅ?アンタ、この国に奇襲するつもりだったんじゃないの…?」
「コノ国ヲ奇襲…?ナンデ…?」
「アンタたち深海棲艦にこの国を落とさせはしないわよ!!」
「……別ニ私タチ、国ヲ落トス気ハナイケド…?」
「アンタたちはこの国の敵でしょ!?だから私達艦娘とアンタたちは戦ってるんじゃない!」
「…私ハ戦イノ本能ノ赴クママニ艦娘ト戦ッテイルケド、他ノ姫モオンナジ感ジヨ?」
国防のために戦っていたつもりが相手には国を攻めるつもりはなく、ただ艦娘と戦うのが深海棲艦の目的……
「ソレニ…アナタ達ダッテ別ニ私達ノ世界ヲ侵略スルツモリハナインデショウ?」
確かに、その言葉に衝撃を受けたのだ。
艦娘にも色々いる、護国のためと信じて戦う者、敬愛する提督の栄誉のため忠義のため戦う者、私は……
私は、その当時、目の前の深海棲艦と同じだったと思った。
戦いのために戦う。より強い敵と戦うために。
思えばこの時、私は目の前の深海棲艦に親近感のようなものが芽生え始めていたのかも知れない。
深海棲艦が滅ぶことはないし、別に相手にその気がないから国の心配をする必要がないと分かってしまったからか、私の中の闘争本能は徐々に萎んでいった。
(私の闘争本能は護国の思いからだったのか)
ならば別に戦う必要はないし、戦う理由もなくなってしまった。
この港湾棲姫は人間に手を出すことはなかった。
護るべき人間は文字通り深海棲艦の敵ではなかったからだ。
本能は理性で抑えることもできる。
人間と艦娘と深海棲艦がお互いに理解しあえば、不要な戦いをなくすことができるのではないか?
この時私の中で一つのビジョンが浮かんだ。
争いのない平和で優しい世界。
そう考えると、先ほどまでの闘争本能とは逆に屋台の前でお金の払い方が分からずオロオロしていた港湾棲姫が何だか可愛いらしく思えてきた。
「アンタ、私の強さの秘密が知りたいって言ってたわね」
「ソウヨ、アナタトノ戦イハ至高ダッタノ、デモ負ケタノママハ悔シイカラ私ハモット強クナリタイノ」
「……ふ、ふーん。教えてあげてもいいわよ」
「…エェ!?イイノ!?」
「ただ、…そうね、一ヶ月くらいしたらまたここに来なさいな。その時に手ほどきしてあげるわ」
「一ヶ月後?……ホントニ教エテクレルノ?私ガ強クナッタラ、マズハアナタヲ沈メルワヨ?」
「あは、今のアンタじゃ私の敵じゃないわ」
「言ッテクレルワネ、……ソレジャ一ヶ月後、約束ヨ」
「はいはい、約束約束」
「…………」
港湾棲姫はクレープを食べ終えてから帰っていった。
もう私が艦娘として戦う理由はない。
鎮守府に帰ったらあのクズに退役するって伝えないと。
私がやりたいことがあるからと退役したい旨を伝えると、あのクズはすんごく動揺してた。でも鳳翔さんに一喝されて襟を正して提督の顔になったあと、
「承知したよ、書類一式すぐに手配する。戦い以外でやりたいこと見つかったんだな、良かった。
応援している、これからも頑張ってくれ。
鳳翔と共に君には本当に世話になったな、お疲れ様でした。霞」
なんて言うもんだから不覚にもうるっときたじゃない。
退役してアパートの大家になって、港湾棲姫に人間社会の勉強をさせて。
それから、ちょくちょくウチのアパートには港湾棲姫や北方棲姫が来るようになった。
他の住民は艦娘あがりばかりだから最初顔を合わせると警戒したり白目剥いて倒れたりする娘もいたけど今じゃ、あぁまた来たのって感じになってる。
まぁトラブルがない訳じゃないけど、お互いの命を削り合うような戦いになる訳じゃない。
今はこのアパートの中だけだが、戦いのない平和で優しい世界への一歩になればいい。
朝早く、電話が鳴る。
港湾棲姫だった。
「もしもし、おはよー」
『あ、おはよう。突然で申し訳ないんだけど、そっちにウチの若い娘が来ると思うからお願いできる?』
「アンタんとこの若い娘?」
『そうそう、戦艦棲姫って娘で、強くなりたいとかスパイ活動だとか言ってるんだけど、何だか心配で…』
「…どっかの誰かさんに似てるわね、承知したわ」
『お願いね』
…さて空いてるのは103号室ね、お掃除しとこ。
登場人物
戦艦棲姫
深海世界の若手、同期に空母棲姫、南方凄戦姫がいる。
自分を沈めた那珂チャンにリベンジするため人間界という未知へと踏み出す!
空母棲姫
戦艦棲姫と同期で割と仲良し、離島棲姫を可愛いがっている。後悔はするが反省しない。
港湾さん
母性溢れる深海世界の重鎮、物知り。色々とデカい。
大家さん
艦娘あがり。戦艦棲姫がお世話になるアパートの大家さん。
かつて所属していたのはどこの鳳翔さん提督の鎮守府なのか…。
capybaraさん、誤字報告ありがとうございます。助かりました。
各深海棲艦の「棲」を「凄」と誤表記しておりました。
彼女達をどんだけ凄いと思ってたのかって突っ込んでください。
罰として利根姉さんのカタパルト整備しときます。キリッ!5/24