じぇいこぶ鎮守府に新しい仲間が増えます。
朝早く目覚めて顔を洗い、運動着に着替えてグラウンドを軽く走り、トレーニングルームに向かう。
トレーニングルーム内に設置された武道場で稽古着袴に着替えて修練する。
これが私の毎朝の日課だ。
その日はランニングを終えて武道場に向かうと先客がいた。絵口さんだった。
以前はトレーニングルームでは度々会う程度だったが、あの近海迎撃作戦以降は毎朝顔を会わせるようになった。
何でも、あの日、護国の為に力を奮ってくれた艦娘たちに感化されたとのことだった。
前に長門さんを瞬時に無力化した実力を見せてくれた絵口さんだ、私は度々体術の手解きを受けさせてもらっている。
高身長イケメンでありながら、実直で体術にも明るく強い。
その漢前さに男の私でも憧れのような感情を抱く。
彼のような漢に学べる機会のある私は恵まれているだろう。
稽古着を着て右足を前に、左足の踵は少し浮かせて、両足の幅は拳一つ分ほど、綺麗に背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、少し顎を引いた姿勢で竹刀を振り上げ、振り下ろす。
なるほど、どうやら絵口さんの今日の修練は剣道のようだ。私はどうしようか。
素振り中の絵口さんがこちらに気づき声を掛けてくれた。
「おはよう、斧田提督。剣道は相手がいてこそ良い稽古ができる、どうだ、やらないか?」
「おはようございます、絵口さん、ありがたいお誘いです、ぜひ」
私は急いで着替えて自分の防具を準備した。
絵口さんも素振りを終えたのか、自前の防具を前にして正座していた。
「お前はランニング等の準備運動してきたのだろ?早速面を着けよう」
私と絵口さんはお互いに馴れ合うことを推奨されない立場にあるだろうから、この唯一の交流の場である朝の修練の時間が私にとっては有意義であり楽しみでもあった。
急かすように言った絵口さんもそう思ってくれているとしたらとても嬉しいことだ。
正座して武道場の神棚に礼をし、お互いに礼。
頭に綿タオルを巻き、面を被り面紐を結ぶ。
紐を締める瞬間、同時に気を引き締められるような感じがする。
面を着けるとお互いに立ち合い、礼をした。
「さて、まずは切り返しして軽く打ち込みをしてから技の確認をして立ち合いでもやるか」
「分かりました。まずは私から行きますね」
切り返し、打ち込み、私の技の確認では私の得意とする出小手を誘ってからの相小手面の連続技、それほど得意ではないが身長低めの私が磨いておいて有効的であろう抜き胴をやった。
絵口さんは小手返し面、両手突き、片手突きを技の確認でやった。
「ふぅ~~、よし、立ち合いをやろうか!」
「ふぅ、…やりましょう」
立ち合いとは◯本先取というような勝敗のある試合形式ではなく、何分間かでお互いに試合をやる気持ちで打ち合う稽古だ。お互いに一本取った取られたは分かるので、その場で自分の動きや思考の改善点を洗い出してすぐに実践することができる。
互いに礼をして3歩進み蹲踞、立ち上がって互いに気合いを声に出す。
竹刀で互いに中心を取り合いながら少しずつ己の間合いまでじりじりと詰めるーーーはずだったが!
絵口さんの遠間からの跳躍!竹刀の切っ先が真っ直ぐ面に向かって伸びてくる!なんて身体の伸びと左足のバネだ!!
幸い、中心を取れていた私の竹刀で絵口さんの竹刀を摺り上げて反らすことができた。
そのままつばぜり合いになる。
お互いに体幹を崩そうと押し引きを数度。
絵口さんがこちらの肩に竹刀を掛けながら徐々に間合いを開けていく。
私も引き技に警戒しながら竹刀で中心を維持し間合いを開ける。
間合いが開き切る寸前で今度は私が飛び込み面ーーに見せかけると絵口さんは咄嗟に出小手を放つ!
この瞬間、この一瞬だけ本当に視界がスローモーションになる、絵口さんの出小手の手元をこちらの相小手で抑え、打ち込んだ竹刀の先は反動で軽く浮き上がり、そのまま絵口さんの面まで最短距離を走る!
パ、パン!!
「っめぇーん!!」
残身をし一本だと示す。
絵口さんが構えを解いて宙を仰いだ。
「~んあー!、やられた!まんまと誘われた!最初の面、見事な反応速度でかわしたな!もう一本だ!」
「はい!お願いします!」
そのあと数十分打ち合いを続け、互いに修練に励んだ。
今日も朝から気持ちの良い汗をかけた。
執務もきっとはかどるだろう。
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不知火は、先日このじぇいこぶ鎮守府にて羽黒さん、最上さんと共に建造されました。
初めて司令にお会いした時は心臓が止まるかと思いました。その、司令のお顔があまりにもインパクトが強すぎて。
なんとか動揺が顔に出ないように努めました。隣に立っていた羽黒さんがあからさまに顔色を悪くして怯えたようにしていたのを見て少しだけ余裕を取り戻すことができました。
最上さんは怯えた様子もなくのほほんとしていたように見えました。
それでもヤバい司令の下に生まれてしまったのではないかと不安になりましたが、懸命にヤバい司令官ではないという電の訴えと、不安がってガチガチになっていた羽黒さんや不知火、のほほんとした最上さんにまでエンゼルパイを振る舞ってくださった司令を見て、ヤバくない司令だというのはなんとなく理解したのです。
さらに、この鎮守府では陽炎姉さんに会えました。
姉妹だからだと鎮守府を案内してくれた陽炎姉さんが非常にイキイキしていたのを見て、ここがヤバいところではないと確信することができました。
突然に始まった新生活になかなか寝つけなかったのか、朝早くに目覚めてしまいました。
起床予定時刻はマルロクサンマル。現在時刻はマルゴーマルマルです。
少し散歩でもしてみましょうか。
この時刻でも空はだいぶ明るく、少しだけひんやりした空気で清々しい。
しばらく歩くとトレーニングルームだと案内された方角から人の気配がしました。
誰だろうかと近づいてみると、なんと、トレーニングルームの入り口を覗き込む怪しげな同僚を発見しました。
「おはようございます」
「!わ、お、おはようございます」
「!ひ、おはようございます」
「鳥海さんに羽黒さん、こんなに朝早く、どうされたのですか?」
「あなたは、不知火ちゃんね」
「えっと、何だか私は目が冴えちゃって…」
「羽黒さんもでしたか、実は不知火もなんです。せっかくなので散歩でもしてみようかと…
それで、鳥海さんは?」
「シー、静かに。偶然羽黒ちゃんと一緒になったから連れてきたけど、不知火ちゃんも、ほら、中を見てごらん」
トレーニングルームを二人と一緒に覗き込みます。
あれは…、運動着の司令と稽古着の憲兵さんですね、朝早くから鍛練とは感心します。
『やらないか』
憲兵さんが司令に向き直り、そう言いました。
「……………ね!?」
鳥海さんがドヤ顔で目配せしました。
何?何が、…ね!?なんでしょうか?ねぇ、羽黒さん。
「ほぉ…」
え、羽黒さん、ちょっとどうしたんですか、そんな趣深いカオして……
それはさておき、中のお二方は互いに防具を着けて稽古を始めました。
面のおかげで司令の顔が見えないせいか、美しい姿勢、良い声、洗練された動作に目が奪われそうになるほど格好良く見えます。
「フヘヘ…普段は馴れ合うことの許されない二人の…」
「秘密の…逢瀬…!」
「お互いにぶつかり合い分かり合い…」
「育まれる…」
「「男同士のアツいイキ過ぎた友情」」
こちらのお二人はなにやらぼそぼそと話し合っています。
少し稽古を覗いていると、中のお二方は試合形式のような稽古に入りました。
『っめぇーん!!』
『~んあー!』
パ、パンと小気味良く技らしきものを司令が決めました!!
か、格好良いですね。ちょっとドキドキしてきました。
「ほほぅ、司令が…攻め…?」
「それは、…どうかな!」
「ここは譲れません」
「…やめましょう、解釈違いによる争いなんて…」
「…そうね」
……なんだか分かりませんが、鳥海さんは加賀さんに謝ったほうが良いと思います。この鎮守府にはいないけど。
そこからもう少しだけ中のお二方の稽古を見て、不知火たちは覗きを切り上げることにしました。
「フヒッ、お互いにお互いの棒をブツケ合う……今日はイイもん見れたわね」
「イケメンと野獣って組み合わせも王道っていうか…」
「わかりみが深い…」
「鳥海さんもイケるクチなんですねぇ」
寮舎への帰路、お二人はまだ難しいことをお話ししているようです。重巡のお姉さんともなるとよほどレベルの高いお話なのでしょう。
不知火は司令と憲兵さんの朝の鍛練を覗き見して、特にいけないことをした訳でもないのにまだドキドキしていました。
司令の剣道、格好良かったなぁ。
「ねぇ!不知火ちゃんはどうだった!?」
不意に鳥海さんが不知火に話を振ってくれました。
重巡のお姉さんたちのお話はよく分かりませんが、
「ド、ドキドキしました。今も、まだ…」
不知火は胸を抑えてそう言いました。
それを見た鳥海さん、羽黒さんは、
「…それはね、その感情を人は、尊い、というのよ!」
「もしくは、てぇてぇ、ですね!」
満足げに鼻を鳴らしながらそう言いました。
この感情が、尊い、てぇてぇ……。
不知火はこの言葉を胸に刻みました。
新しい身体に新しい生活、少しの不安とわくわくするような未知との出会い、その一つ一つを胸に刻み護国の為にこれから頑張っていこうと思いました。
「…不知火ちゃん、素質がある娘ねぇ、ウフフ…」
登場人物
斧田誠一郎
軍人として鍛練を怠らない精神の持ち主。
ノンケ。
絵口信二
高身長イケメン憲兵。
ノンケ。
不知火
じぇいこぶ鎮守府の新人。
ピュア。
鳥海
高雄姉妹は妙高姉妹と仲良し。
大好物。
羽黒
じぇいこぶ鎮守府の新人。
大好物。