グラウンドを軽く走った後、シャワーを浴びて朝食を摂る。
食堂で朝食のペペロンチーノを作っていると北上と高雄が顔を出した。
二人とも今の時間はオフらしい。
「提督~何作ってるの?」
「ペペロンチーノだ、二人ともおはよう」
「おはようございます提督」
「へぇ、美味しそうだね?」
「まぁ、簡単にできる割には、な」
グゥ~……と腹の鳴る音が聞こえた。私ではない。
思わず鍋から目を離すと、高雄が真っ赤な顔をしていた。
「高雄っち?」
「あ…、いや、アハハ…」
「どうした高雄、朝はちゃんと食べたのか?」
「……えと、実は今…ダイエットを…」
「…ふむ、ダイエット、か」
見た感じ今の高雄にはダイエットの必要がないように思えるが……。
私個人の私見だがウチの他の娘たちよりも高雄は発育の良い体つきをしているし魅力的な容姿をしている。
それが高雄自身にとっては太っていると感じてしまっているのだろうか?
彼女達、艦娘は日々海に出て護国のために働いてくれているし、それを抜きにしても、できれば心身共にいつもベストなコンディションでいてもらいたい。
飯はちゃんと食べてほしい。
そう伝えたところで本人が納得できなければダイエットをやめたとしても悩みが残ってしまうだろう。
……本人が納得できるような理由を上手くプレゼンしなければ…。
「高雄、なにも食べないだけがダイエットではない。
確かに朝食を抜くだけのダイエット法もあるにはあるが…他にもダイエットには栄養素を上手く活用する方法がある。
たんぱく質を多めに摂り、ビタミンB群、ビタミンEをしっかり摂ることで筋肉量を増やして脂肪を燃焼させるやり方とかな…
ビタミンが脂肪の燃焼を手助けしてたんぱく質を筋肉に変えてくれるらしい。
筋肉量が増えれば体脂肪の燃焼率が上がるのは知っているだろう…?
そうだな、魚なんかがいいそうだ、たんぱく質はもちろんだが、フィッシュオイルにはオメガ3脂肪酸というものが多く含まれているらしくてな、この脂肪酸は抗炎症作用があってアンチエイジングにも効果的だそうだ。
さらに女性の胸や尻に付く脂肪もこのオメガ3脂肪酸だと言われている。
つまり魚を食べてオメガ3脂肪酸をたくさん蓄えるとスタイルも良くなるわけだ。
(なんやて!?なあ!ほんまなんか!!?)
あと、体脂肪を落としたいなら腹筋よりも下半身、筋肉のなかで最も大きい大腿四頭筋を鍛えるのが効果的だ、スクワットとかな、腹筋は実は筋肉量はあまり多くないからな。
日々の食事で意識的にたんぱく質を多めに摂り、下半身を鍛える。
あとは……」
「ひぇ、提督~、なんかキモい……」
「ま、待ってください提督!な、何かメモになるものを……!」
「……とりあえず、ペペロンチーノ食べてくか?」
「あ、……はい、いただきます」
「あ~提督、私も~」
良かった。途中で某軽空母の幻聴が聴こえた気がしたがどうやら私のプレゼンは高雄に刺さったらしい。
ダイエットをするにしても無理せず心身共に健康的であってほしい。
ペペロンチーノを三人前作って私と北上と高雄で食べた。
正直一人で寂しく食べるより誰かと食べたほうが美味しい。
二人とも美味しいと言ってくれた。
朝食を食べ終えて、自室に向かい私服に着替え、出かける準備をする。
灰色のイージーパンツ、白いタンクトップの上にワインレッドのシャツ。
そういえば提督になる前に買ったきりだったな。
財布に携帯連絡端末、煙草…よし。
自室を出て玄関に向かう途中、青葉に出くわした。
「し、司令官……、その格好…」ぶるぶる
「青葉か、今日は非番でな、今から駅前でもぶらついてくる」
「司令官、これを…!」
青葉がグラサンを差し出してきた。
付けろということだろうか?
青葉に渡されたグラサンを掛ける。
「し、失礼します」
青葉が自然な動作で私のシャツの第一、第二ボタンをぽすぽすと外した。
「はい!オッケーです!」
何がだ?
…こういう着こなし方が良かったのか。
「うむ、ありがとう青葉、では行ってくる」
「あぁ!そこはもうちょっと悪い言葉づかいで…」
……グラサンを渡してくれたし、青葉の注文に応えてやるか…。
「いい子で待ってるんだな、お土産を楽しみにしておけ!」
「は、はい!行ってらっしゃい!」ゾクゾクッ!
鎮守府の門でタクシーを呼び、駅前まで乗せてもらった。
駅前はそこそこ人で賑わっている。
外回りの営業マン、小さい子を連れた主婦たち、路上でギターを弾く若者、クレープ屋台の車、ショッピングを楽しむ買い物客。
こんな何気なくも大切な日常を守るために、これからも頑張っていきたいものだ。
昼まではまだ時間がある、とりあえず靴でも見て回ろうかな。
あんまり履く機会はなさそうだが、今日は私なりに経済を回す一員となろうではないか!
靴屋でスニーカーを見てまわる。
……アディダスの白いスタンスミス、学生時代に見かけてカッコいいと思ったが今見てもカッコいいな。私に似合うかは別として…。
ニューバランスの576のUK、996のUS、渋いじゃないの。
履き心地で選ぶなら私はニューバランスだな。
CT100はデザインは悪くないが、なんか違うな…。
グレーの1400、ほぉ、いいね。
ニューバランスのNロゴがダサイという意見もあるらしいが、ファンである私からしたらそこが「おぉ!」となるポイントであって…ニューバランスだ!って感じがしてイイと思う。
よし、1400買おう。
靴屋を出て少し歩くとなんとなく見覚えのある顔が見えた。
小柄で灰色掛かった髪を右のアップサイドテールにしているあの人は、もしかして……。
「…あら?あんた……もしかして斧田…?」
その人もこちらに気づいたようで声をかけてきてくれた。
「お久しぶりです、霞さん」
「わぁ、やっぱり斧田じゃないの!久しぶりね、元気だった?」
「ええ、見ての通り元気ですよ。霞さんもお変わりなく…いや、お元気そうで何よりです」
「…まぁ、艦娘の体なんだから当たり前でしょ。
あ、ちょうど良かった!あんた!ちょっと付いて来なさいな!」
霞さんはそう言って付いて来るように促した。
霞さんは私が横須賀で下積みをしていた初めの頃お世話になった艦娘だ。
見た目は駆逐艦なので小柄なのだが、なんというか年季の入ったオカンみたいなところがあり、波羅田さんをはじめ鳳翔さんや他の皆に頼りにされていた。
私が横須賀に来て3年目くらいの頃、やりたいことができたと言って退役されて以来会ってなかったので大体4年ぶりくらいの再会だったが、私のことを覚えておいてくれたのは嬉しい。
ちなみに私に手料理を教えてくれたのは彼女だ。
「……あんた今、何やってんの?」
「…は、今は霞さんに付いてってますけど……」
「違うわよ!仕事はどうしてんのってこと!」
「あ、あぁ、今は提督をやってます。実は今年からこの近くのじぇいこぶ鎮守府に提督として配属されまして…今日は非番で街をぶらついていたところです」
「へぇ!あんた提督になれたのねぇ、良かったじゃない。って、あそこの提督、あんただったんだ!
あたしゃ、さっきあんた見た時、てっきり夢に挫折してヤ◯ザかなんかになったんじゃないかって思ったわよ、何よ!そのグラサンっ!!外しなさいったら!(笑)」
霞さんが私のグラサンに手を掛けて取り上げる。
「……うん、やっぱり掛けときなさい」スッ…
なんというか相変わらず霞さんは表裏のない人だなぁ。
「霞さんは今お仕事は何かなされているんですか?」
「あたしはこの街の駅から少し外れたところでアパートの大家さんしているわ、住人は主に艦娘を退役した娘たちだけど」
「へぇ!」
元艦娘でオカン気質の大家さんのアパートに元艦娘の住人たち、何だか鎮守府みたいで賑やかそうだな。
「っと、着いたわよ」
「……!」
私たちの目の前に現れたのはスーパーだった。
霞さんは買い出しにでもきたのだろう。
…しかし、なんだ、このヒリつく空気、緊張感、そこらじゅうから感じる闘争の気配。
……いったい、何があるんだここには。
私は霞さんに付いて店内に入った。
「……もうすぐ、お昼のタイムセールが始まるわ、覚悟は出来てる?あたしは出来てる!」
「え…」
その時、スーパーの店員がおもむろにメガホンをどこからともなく取り出した。
『アーアー、皆さんお待たせしました!まもなくお昼のタイムセール始まります!青果コーナー3割引き、生鮮食品コーナー3割引き、生活用品コーナーにおいてトイレットペーパー6ロール1セット9割引!飲料水コーナーにおいておいすぃー牛乳1パック9割引!お一人様2個までとなっておりますが売り切れ御免!ご了承ください!』
「あたしは生活用品コーナー!あんたは牛乳を取りに行きなさい!こっちは二人だから4パック!いいわね!?目標を確保したら次あんたは青果コーナーでおナスとピーマンを頼むわ!状況説明終わりっ!状況が終了して欲しいものがあったら自由に買い物して良いから!」
「は、はいっ!」
『なお、お昼のタイムセールは開始から2時間で終了となりますのでお気をつけください!
それではスタートカウントダウン開始、5、4、3、2、1…スタァートォォ!!』
闘争の気配が爆発したかのような熱気が起こった!
とりあえず、先ほどの霞さんの指示に従って……
「状況開始!ほらっ!ガンガン行くわよっ!!」
「う、うおぉぉぉ!!」
うおぉぉぉ!!ーーーーーーーーー
パンパンのレジ袋を提げて二人でスーパーから出る。
戦場、まさしくここは戦場だった。
「今回は上々の戦果ね、あんたのおかげよ!」
疲れた様子を微塵も見せず霞さんは満足そうにそう言った。
霞さんは海上から退いたとはいえこんなところでも戦い続けていたのだろうか。
「まさかこっちのスーパーにウォー、北町の藤原さんに出くわすとは思わなかったわ……」
「…それはこちらの台詞よ」
「!!」
唐突な声のした方に振り向く、そこにいたのは優雅ささえ感じる美しい金髪ストレートの美人、手には私たちと同じくパンパンに膨らんだレジ袋を提げている。
「ウォ、北町の藤原さん!」
「ごきげんよう、南町の霞さん。そちらは随分羨ましい戦果ね」
「まぁ、今回こっちは二人だったしね」
「やっぱり手伝ってくれる誰かがいたほうが良いのね。で、そちらは旦那さん?」
「ち、違うわよっ!昔の知り合い!」
「ど、どうも」
「フゥン、…あら?あなた、アドミラル?」
「え、あ、アドミラル…はい、近くのじぇいこぶ鎮守府で提督をやっております、斧田誠一郎と申します。霞さんとは下積み時代にお世話になりまして……」
「わぁ、そうなの!私は元クイーンエリザベスクラス、バトルシップ二番艦のウォースパイトよ、今は日本に帰化して藤原と名乗っているわ、よろしくね」
そう言ってウォー、藤原さんは握手を求めた。
私はそれに応じる。白い肌の柔らかい手だった。
「こちらこそ」
「霞さんの旦那さんでないのなら次回は私の助太刀を頼もうかしら」
「ダメダメ、一応提督なんだから忙しいんでしょ?今日はたまたまよね?」
「ええ、まぁ、そうですね。今回はたまたま部下に有給休暇を勧められて…」
「あら、そうなの…残念」
正直、彼女ほどの美人に頼まれれば手伝いなどいくらでもしてあげたくなるが、私もいつも暇というわけではない。
霞さんと藤原さんは和気あいあいと世間話を始め出した。
お野菜の値段がどうだとか、新しいエアコンがどうだとか……
それぞれ鎮守府を離れても彼女達は彼女達の確かな絆があるように思える。
かつて配属していた鎮守府でもきっと自分が自分らしく、相手を尊重してお互いに良い環境で過ごせていたのだろう。
私もウチの娘たちが居心地が良いと思えるような鎮守府を目指したい。
いつかウチの娘の誰かが鎮守府を離れたとしても、その娘が絆を忘れず、のびのびと生きていけるように。
……なんだか、無性に鎮守府に帰りたくなってきた。
絵口さんにとんかつ屋を教えてもらったが、今日はもう帰ろう。
夕食をとんかつにすればいい。
駅前の洋菓子店でお土産を買うのは忘れずに。
「霞さん」
「なに?」
「今日はそろそろ帰ります」
「あらそう、確かにもうお昼過ぎね」
「もう帰るの?私と霞さんはカフェで昼食がてらお喋りしていくけど一緒にどう…?」
「お誘いはありがたいですが、なんだか鎮守府が恋しくなりまして…」
「…良い鎮守府そうね、それともワーカホリック?」
「さて、どうでしょう。それでは霞さん、荷物持ちになれなくて申し訳ないですが…」
「あ、斧田、ちょっと待ちなさい」
霞さんは私を呼び止めてレジ袋を漁る。
私の買い物袋にメモの切れ端と今日の戦果の一部を分けて入れてくれた。
「鎮守府のみんなの分には到底足りないだろうけど、今日の手伝いのお礼よ、あとこれはあたしの連絡先」
「…ありがたく頂戴します!」
「ま、まぁ、さすがに荷物持ちがいなくなるならちょっと重いしね!」
「ウフフ」
「それでは、これで」
「ごきげんよう」
「何か相談事があったら連絡しなさい!あとあんたのオフの日とかで暇な時も!こきつかってやるから!」
二人に手を振り、駅前へと急ぐ。
提督になって初めての有給休暇はとても有意義なものとなったと思った。
登場人物
斧田誠一郎
おのだのしゅふレベルがあがった。
北上
提督のダイエットプレゼンに少しひく。
高雄
提督のダイエットプレゼンに真剣に耳を傾ける。
青葉
提督ボイスはしっかり録音したらしい。
霞さん
オカン。ナスをおナスと言う。
歴戦の猛者。ジーンズに紺色のブラウスを着こなす。
藤原さん
日本に帰化したウォースパイト。霞さんの友人。
ジーンズに白地のTシャツ(禁酒とデカデカと書かれている)を着こなす。