歩み続けた騎士の行方   作:Fiery

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続いた、だと……?


歩み続けた騎士の足跡

 600年以上を生きて、文明と接していれば嫌でも学ぶ事は多い。知らぬ事は私の場合は命には直結しないが、面倒事には直結する。

 私の後に転移してきた、私が初めて会う同郷の存在は人間種の為に文明を齎した。二度目の転移者はそれらと争い、この世界に魔法を齎して互いに消えていった。三度目は亜人であり、何かに突き動かされるように自分の生活水準を上げようとしていた。

 

「そして、私がユグドラシルの同郷と会うのは君で四度目だ」

「……なるほどな」

 

 私は今、『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の物となったエ・ランテルでモモンガ……今は『アインズ・ウール・ゴウン』と名を変えた友に自分の知っている事を話していた。彼の傍らには側近である悪魔……アルベドとデミウルゴスと紹介された……が居る。

 

 彼らは私に一切、友好的な感情は見せてこない。

 アインズが友と呼んでいるから私を客人として扱っているだけで、基本的に人間種を見下しているからだろう。それに、自分達が知らない情報を持っているから、それを全て聞き出すまで手出ししないという意図も透けて見える。

 

 まぁ、今までの経験のおかげで、その程度では驚きもしなくなったのが私だ。流石にLv100との遭遇は数えるほどしか経験していないが、格上相手は慣れている。例え襲われても、相手がLv100でも二人程度なら勝てる職業(クラス)なのだから。

 

「さて、大体は話したかな」

 

 長時間の質疑応答を終え、自分で『無限の水差し』とコップを出して喉を潤す。その行為にアインズが「あ」と言う声を出した。忘れていたらしい。まぁ彼はこっちに来てアンデッドになったのだから、仕方ないだろう。

 

「それと、根無し草の私が言う事でもないが、友達として一つ言っておこうか」

「何だ?」

「人間種の文化圏で、人間を家畜にするのはあまりお勧めできないよ」

「どういうことだ?」

 

 アインズの反応に、私はわざとゆっくりと視線を動かした。向けた先は、デミウルゴスと紹介された悪魔。私が見ても涼しい顔をしていた彼だが、アインズが視線を向けて一筋の汗が頬を伝った。

 

「どうやら詳細まで把握していないようだね。両脚羊、とでも報告されているのかな?」

「……まて、どういう事だアル」

「君が使った低位のスクロールだが、あれには人の皮が使われている」

「何だと!?」

 

 アインズが勢いよく立ち上がり、強い視線で改めてデミウルゴスを見た。どうやら彼がスクロール関係の責任者……いや、材料の調達責任者か。

 

「……オックスフォード様、何故その事を今?」

「いやなに、友達としてのお節介でしかないよ。正直に言えば私にとっては、どうでもいいんだ。だから言っただろう? 人間種の文化圏でやる必要はない、と」

 

 私の基本的なスタンスは『不干渉』だ。

 まぁ目の前でモンスターに襲われている人が居れば無視はしない。ただ、組織や国などの大きなものに対しては基本的に干渉しない。

 

 アインズが友達として私に頼むなら手伝うのは吝かではない。しかし、『アインズ・ウール・ゴウン』としての頼みであれば、私は例え彼の頼みでも断るつもりだ。

 故にこのお節介は、アインズが目的として話した『アインズ・ウール・ゴウンの名を"英雄として"この世界に知らしめたい』という目的にそぐわないのではないかと考えただけ。やるならやるで、私としてはどうでもいいのだ。

 

「……そうか」

「大変だとは思うけど、今までの事も見直した方が良いね。今見れば違う視点で見れる事もあるだろう?」

 

 そう告げて私は立ち上がる。

 アルベドが警戒を示したが、私が『これでお暇するよ』と言えば『セバス』と名を呼んだ。部屋の扉が開けば、白髪で執事服を纏った老人が現れる。Lv100のオンパレードだな、と私は肩を竦めた。

 

「入口までお送りいたします」

「有難うございます」

 

 気品溢れる所作で先導する彼に付いていく。

 

「オックスフォード様」

「何か?」

「世界中を旅されていたとお聞きしましたが」

「えぇ。少なくともこの大陸はくまなく回ったと思ってますよ」

「……たった御一人で、人間である貴方様が、ですか?」

「私には仲間もいなければ、拠点も何もなく、この身と持っていたアイテムだけでこの世界に来てしまいましたからね」

 

 何でもないように告げれば、それきり彼は黙ってしまった。彼が問いを投げかけた理由も、黙ってしまった理由も私にはわからない。異形だが善性の心を持つ故に、人間である私の境遇に同情心でも湧いたのだろうか。そこまで考えて、ある可能性に思い至った。

 

「貴方の主と私では何もかも違う。だから、心配する必要はないでしょう」

 

 彼だけに聞こえるように呟けば、彼の雰囲気が一瞬だけ揺らぐ。まぁ私は、アインズが辿っていたかもしれない可能性、有り得たかもしれない未来の一つだ。仲間もギルドも何もなく、ただ一人で転移して世界を回ったかもしれない可能性。彼らNPCからすれば、自分達が必要とされない日が来るのではないかという疑念を植え付けるには十分な証拠でもある。

 

「彼は彼のギルドの全てを愛している。だから彼が貴方達を見捨てる事は考えられない。貴方達がその心に甘え続けない限りは」

「――…ご忠告、感謝いたします」

 

 外への扉を開き、彼が礼をする。見事な所作にこちらも礼を返して、私は扉をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 向こうの世界から来た友と会ったからと言って、私のする事はあまり変わらない。ただ、目指す場所が変わっただけだ。

 

「ふむ……海を越えても良いな」

「また、旅に出るの?」

「あぁ、そうだね。それで何か用かい? アルシェ嬢」

 

 今後の目的地を考えていれば、金髪の少女に声を掛けられた。

 彼女の名前はアルシェ。元は帝国の貴族で、長い名前があったがそれを捨ててワーカーをしていた。出会いとしては数年前、ワーカーになりたての彼女と仕事をした時からの付き合いだが、会うのは二年以上ぶりである。

 

 私がワーカーをしていた理由としては、単純に手持無沙汰だったからである。旅を続けるにあたって目的が無いという事は惰性に繋がり、やがて感情を殺す毒になる。故に何でもいいから目的を持つべきだと、割と早い段階で知ったのだ。

 ワーカーをしていたのもその一環で、冒険者より自由度が高い所が私は気に入っていた。冒険者のランク制度にも興味はあったが、こちらの方が好奇心を刺激する物が多い。

 

 そんな事を続けていれば私の名前も売れる。名乗ったのはオックスフォードのみだから、『オックス』とよく呼ばれていた。ちなみにアインズが呼んだ『バカアル』は踏破狂いの私を知る者だけが使う呼び名である。

 で、彼女はそんな私に声をかけてきた。『自分と組んでほしい』と。先程の目的の関係もあって、私はその提案を承諾した。そして、彼女の要請の通りに報酬の高い依頼を、彼女を鍛えるついでに受けていた。

 

 最初は死にかけて私に文句を言っていたが、二カ月もすれば一端の顔をするようになった。彼女と組んで半年ほど経った時に問題が起きる。それは彼女の成長限界だった。早熟の秀才。彼女を表するならこの言葉が良いと思う。多彩な第三位階魔法を使い熟す彼女は、この世界の魔法詠唱者としては破格である。ただ、それで彼女は限界だ。もう成長の余地はほとんどない。後は悪辣さや老獪さと言った『生き残るための強かさ』を得るしかない。

 

 故に私はこれ以上連れてはいけないと、彼女に解散を申し出た。資金は目標以上に貯まっており、私の分も渡せばそれで倍。これが一番後腐れが無いと思っていれば、彼女の返答はノーだった。理由を聞けば、私に付いて行きたいだけだと言い放った。

 

 ハッキリ言えば、私は呆れた。

 

 私との実力差をしっかりと認識して、私が今まで合わせていた事を知って尚言ったからだ。説得しようにも彼女の決意は固く、私は代わりの条件を3つ出した。

 1つ目は彼女の身の回りを整理する事。これは家の借金を返すなり、彼女の妹達を連れ出すなりして後顧の憂いを断つという意味だ。

 2つ目は私以外とチームを組んで、他に様々な事を学ぶ事。これに対しては金銭目的のワーカーである『フォーサイト』に彼女を紹介して落ち着いた。

 

 そして3つ目。

 

「……例の本が、解読できた」

「それで、どうだったのかな?」

「見てもらった方が、早い」

 

 言うが早いか、彼女は杖を構えた。

 別れた頃よりも装備が充実しているのは、彼女が他の世界を知った成果か。

 

「……まぁ、御誂え向きに町の外だから、良いだろう」

「――《氷柱雨(ニードル・レイン)》!」

 

 彼女の唱えた魔法は第四位階の氷系魔法。一帯に尖った氷柱を落とすものだ。

 

「水のエレメンタリストが開花したのか」

 

 降り注ぐ氷柱を外套の裾の一振りで吹き飛ばす。

 彼女の言った『例の本』とは、ユグドラシル内での転職アイテムの一つ。『精霊術の書』と名付けられたそれは魔法詠唱者の職業(クラス)の一つである『エレメンタリスト』への転職に必要なアイテムである。

 エレメンタリストとは特定の属性に特化した魔法詠唱者の事で、このアイテムを使えば魔法詠唱者なら、ランダムで選択された属性のエレメンタリストに転職できるという微妙に使えないアイテムである。

 

 私が持っていた理由としては、単にこっちで見つけた以上のものはない。私自身は騎士系と聖職者系のハイブリット……聖騎士の系統だ。だから私にそのアイテムは使えない為、勢いで買ったはいいものの、死蔵していたのだ。

 

(それが彼女には使えた。ならば、ユグドラシルのアイテムでこちらの人類の才能限界は突破できる可能性がある、か)

 

 転職アイテムについては、手持ちに無かったので試した事は無かった。こちらで手に入れた事も偶然で、彼女に渡したのも偶然。

 

「はぁ……! はぁ……!」

「確かに、以前の君には使えなかった魔法だね」

「……妹達は、私と一緒に貴族籍を抜けた。今後はヘッケランとイミーナが見てくれる」

「ん? というと?」

「『フォーサイト』は解散して、二人は結婚した。ロバーは孤児院を建てて、そこの院長」

「あぁ、彼らも目標金額は貯めたのか」

「二人の養育費として私の稼ぎは全部渡したから、これで何も心配はない」

 

 彼女の固い決意に、私は溜息を一つ吐く。

 

「……まぁ条件を満たしたら、と言ったのは私だ。約束を違える気は無いよ」

「じゃあ……!」

「ついて来れなければ置いていく。それでもいいね? 私は君を対等と見る。そして、私達のような人間は――」

「――…全て、自己責任」

 

 強い決意を秘めた眼差しで言いたい事を言われてしまって、私は溜息を一つ吐いた。こういう人間は男女問わず、この長い時の中で数十人は居たと思う。彼らの結末は様々だが、そのまま死んだ人間が一番多い。

 中には旅先で伴侶を見つけたとか、荒廃した村の復興の為に残ったなどで途中で離脱した者も居るし、私の事が好きだと告白してきた相手だっている。そう言った相手とは付き合って恋人になった事も確かにあるが、憧れだけでは決して超えられない隔たり、壁というものが私と相手の間にはあり、結局一年とその関係が続いた事は無い。

 

「ただ、一つ教えて欲しい。君が同行を申し出た理由は何だい?」

「……それは、秘密」

 

 ふい、と私から目を逸らした彼女に、私はまた溜息を吐く。ここ十年ほどは、彼女のような手合いが多い気がするな。アルシェ嬢を除けば恐らく四人……一人は十年前にある場所から出られないようにしたし、一人は竜王国辺りで撒いて私を探すどころの話ではないだろう。もう一人は帝国に務めており、騎士として名を馳せている事からあの皇帝が手放すはずもない。最後の一人は王国で冒険者をしていて、実はアインズと話していた時にニアミスしているのだが、外套の効果で全力で隠密していたためバレてはいない。

 

「まぁ女性の秘密は仕方が無いか……付いてくるというのなら、改めて名を名乗ろう。私の名はアルトリウス。アルトリウス・ウェルシュ・オックスフォードだ。名前が三つだが、貴族ではないよ」

「知ってる。オックスは格好いいけど、貴族っぽくないから」

「それは褒められているのかな……?」

「大丈夫。褒めている」

 

 無表情で無愛想だった彼女の口元が自然と緩み、自然な笑みを形作る。それは、様々な物をその小さな体で背負っていた少女がやっと、それから解放されたという事の証明だった。

 

「それはそうと、何故私がここに居ると分かったんだい?」

「……『輝煌(きこう)聖騎士(パラディン)』の噂を聞いたから、まだこの辺りに居ると踏んだ」

「一先ず、付いてくる理由を秘密にされた代わりに、その噂とやらを聞かせてくれないか?」

 

 何それ恥ずかしい。広まっているとしたら、しばらく王国にも帝国にも立ち入れそうにないんだが……

 

 

 

 

 

 

「陛下」

「何だ?」

「何故、私を戦場へとお送りにならなかったので?」

 

 豪華な調度品と、実務的な物で彩られた部屋で、美しい金髪を持つ重厚な鎧を着た女性騎士が、羊皮紙を見ている男へと問うた。女性騎士が『陛下』と呼んだ通り、男はこの国――…バハルス帝国の最高指導者、バハルス帝国皇帝である『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』その人である。

 

「その問いは何度目だ?」

「まだ三度目ですわね」

「ならこれが最後の回答だな。お前を戦場に送れば、そのまま姿をくらませるだろう?」

「戦場なのですから、誰であろうと平等に死ぬ可能性はありますでしょう? 我らとは次元の違う方々以外は、と付け加えますが」

「その次元の違う存在が居る戦場ならば、死を装って逃げられる可能性があるのだろう?」

 

 羊皮紙から目を離さないままジルクニフが言えば、女性騎士は『まぁそうですわね』とあっさりと認めた。この女性騎士――『レイナース・ロックブルズ』は、その実力を認められて目の前の皇帝に、帝国でも最強と名高い四人の騎士に抜擢された。その際に彼女は『陛下よりも自分の身を優先する』という契約を結んでいる。故に四人の騎士の中でも、忠誠心と言う意味では彼女が一番下だ。

 

 それに加え、彼女は数年前まで顔の右半分が呪いによって醜く、膿を分泌するものに変えられていたのだが、ある任務から帰還した際にその呪いが解けていたのだ。その後から彼女は事ある毎に、四騎士の座を降りて在野に下りたいという事を言い始めるようになった。しかし戦闘力と言う意味では、彼女は帝国内で五指に入る存在である。皇帝がそんな存在を辞めさせるはずもなく、ならばと行方不明になる機会を虎視眈々と狙っていたのだ。

 

「これで仕事はしているというのだからな……」

「私よりも強い人間が現れれば、そいつを後釜に据えて大手を振って辞められますからね。それにサボっていれば、それを理由に首を刎ねる程度はなさるでしょう?」

「そこまでして自由になりたいというのは何故だ?」

「そうですね。呪いが解けた事はご存じかと思いますが、解いてくださった方にはお礼を言えないままでしたし、その方は私が()()()()()()と思う殿方でしたので」

 

 ほう、とレイナースがその頬を赤く染めて、熱の籠った吐息を吐き出す。その仕草に、ジルクニフは目を見開いて驚きを示した。『重爆』とも呼ばれる、攻撃特化の女性騎士がまるで、恋をしている初心な少女のように見えたのだから。

 

「なるほど、そいつを見つけて押し掛けるというわけか」

「えぇ、一生御傍に居るつもりですので、早く辞めさせてくださいませんか?」

「ならば早く後進を育てるのだな。伝説の『原典の騎士(ナイツ・オブ・オリジン)』とまでは言わんが、少なくともお前と同格でなければならん……何?」

「どうかなさいましたか?」

 

 食い入るように、羊皮紙に掛かれた文を見つめるジルクニフに、レイナースが声を掛けた。読め、と羊皮紙を投げ渡され、レイナースが視線を落とす。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王閣下が召喚した存在を金色の光によって滅した、騎士然とした黒髪黒目の男と、魔導王閣下はしばらく談笑した後に取っ組み合いになり、その後にまた肩を組んで、長年の友の様に……」

「アインズに明確に対抗できる存在が何故、ここに来て現れるんだ! もっと早く出て来いよ! だったらどんな手段を使ってでも召し抱えたのに!」

 

 髪を掻き毟りながら吼える皇帝を目にしても、レイナースは微動だにしない。それどころか、狂乱した皇帝がその動きを止める程に、得体の知れないドロリとした圧力を放っている。

 

 

 

ミーツケタ、ダンナサマ

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 エ・ランテルにある冒険者組合。

 今は魔導国に占領され、その機能を失っている建物で、一人の冒険者がそんな声を上げた。それだけならば特に何もないのだが……声を上げた人物が、このエ・ランテルに居るのが不思議なくらいに凄腕の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であれば、話が別となる。感情の昂りに合わせてその体から立ち昇る魔力が暴威となり、周囲を見境なく威圧する。

 

「ニ、ニャ、さん……?」

 

 顔を真っ青にした受付嬢に声を掛けられて、ニニャと呼ばれた冒険者はその暴威を抑え込んだ。

 

「――…この話は、本当ですか?」

「は、はいっ?」

 

 女性とも男性とも見える中性的な顔が表情を無くし、ニニャは淡々と手に持っていた羊皮紙を受付嬢に見せた。それは先日、魔導王と呼ばれる『アインズ・ウール・ゴウン』が起こした大虐殺を伝える内容が書かれたものであり、そこに現れた一人の黒髪黒目の騎士の事も書かれている。

 

 ニニャは直感的に、その騎士が自分が探している存在だと考えた。自分と姉を助けてくれた『あの人』も、この辺りには居ない黒髪黒目であり、まさに御伽噺の騎士の様に颯爽と現れて悪徳貴族を打倒し、それによって発生した問題を解決して去って行った。自分はそんな人に憧れて……いや、明確に好意を持って追いかけた。『あの人』は困ったように笑いながらニニャを連れて少しだけ旅をした。その時に野営の仕方などの旅に必要な知識を、辺りに現れるモンスターの事を、そしてニニャが魔法の才能を持っていると見抜いて、少しだけ魔法を教えてくれた。

 

 至福の時間だった。好きな人と一緒に居られて、二人だけで旅をして、色んな事を教わった。それだけで彼女は満たされていた。転機が訪れたのは、旅の途中で魔法を教える魔法詠唱者(マジック・キャスター)の老人に出会った事。『あの人』が学ぶ事を強く勧めるから、ニニャはその老人に付いて魔法を学んでいった。

 

 そして、『あの人』は彼女の前から何も言わずに消えた。

 

「そ、れは……ギルドが精査した、情報ですので、真実か、と」

「わかりました。有難うございます」

 

 ニニャが受付嬢から背を向けて歩き出し、ギルドを出る。それと同時に、建物の中に充満していた彼女の魔力の圧力が霧散して、中に居た人間が一斉に詰まっていた息を吐き出した。

 

 

 

イマ、アイニイキマス。コンドハオイテイカナイデ

 

 

 

 

 

 

 その女は、静謐な雰囲気を身に纏っていた。身に着けた防具は、伸縮性に富む魔獣の皮を鞣して作ったインナーとショートパンツに、ミスリル製の胸当てと腰当て。黒いフード付きの外套を纏っているが、フードは今は外している。そして、その手には左右それぞれに刺突に特化した短剣であるスティレットが握られていた。

 女が居るのは、竜王国にあるとある丘の上であり、眼下には大勢のビーストマンと呼ばれる獣人達と、人間達が戦っていた。

 

「なっかなか減らないわねぇ……もううんざりなんだけど」

 

 心底うんざりしている、と言う声音と表情と雰囲気で女は溜息を一つ吐く。次の瞬間に半歩だけ横に移動し、背後から振り下ろされた斧を避け、振り向きざまにそれを振るった虎頭のビーストマンの口の中に腕ごとスティレットを突き入れる。

 

「あぁもうっ! 早く我が神を探しに行きたいのにっ!」

 

 一突きで絶命したビーストマンの体を蹴り飛ばし、腕に付着した血を一振りで払う。目蓋の裏に焼き付いている至高の御業には程遠い自身の技に歯噛みしつつ、女はその場を離れるように駆けだした。

 

「あぁ、我が神……これも私が貴方にお仕えする為の試練なのですか……?」

 

 戦場を駆けながら、陶酔したような表情を浮かべる女。彼女の脳裏に思い浮かぶのは、圧倒的な強さを持ち、磨き抜かれた御業と究極まで高められた魔法を操る一人の騎士の姿。艶やかな黒い髪に、深淵のように深い黒を持つ瞳。身に纏った装備は、かつて見た神の装備と遜色ない――…いや、確実に上であろう物。そして、その聖剣より繰り出された、全ての敵を滅する金色の光。

 

 初めてその姿を見た時に、自身の魂が屈服し、運命に目覚めたと女は回想する。かつて己が弱かったせいで、その身を辱められそうになった事があった。その時に冷たい石の壁を打ち砕き、現れたのが彼女が『我が神』と呼ぶ件の騎士。間違いなく、自分が信仰すべき神だと理解した。我が神は捕えられていた彼女を救い、彼女が過分だと思っている施しまで行って解放した。

 その施しとは今、外套に隠されている彼女の後ろ腰に差された一本の短剣。神自身の装備には劣るだろうが、それを除けば今まで彼女が見てきた物の中で最も強い武器であった。神聖な光を湛え、非実体の敵すら容易く斬り裂き、欠けず折れずの不壊の短剣。神より賜った物を彼女が手放す事など考えられず、何なら眠る時ですら己の腕で抱きしめて眠るほどにそれを大切に守ってきた。万が一にもそれを抜かざる得ない敵と遭遇した時には、神への謝罪と弱き己を呪いつつ抜き放ち、一撃で事が済んでしまう。

 

 彼女は、神に解放されてから数か月後に自分が所属していた組織から抜けた。丁度組織の最強戦力が何故か……彼女は信仰する神が行ったと確信しているが……死ぬ一歩手前まで叩きのめされた混乱に乗じたので、誰にも見つかる事なく、組織から渡された装備は全て返却した上で悠々と抜けていった。当座の資金はあった為それで装備を整え、様々な仕事を請け負いながら神を探し続けた。そして、おそらく十には届いてないはずの年数が経過した頃、今から一年ほど前に再び、神に拝謁する栄誉を得たのである。

 

『私は神などではないのだけどね』

 

 『我が神』と呼べばそう否定されたが、救われた己が勝手にそう思って信仰しているだけだと言えば、神は複雑そうな表情を浮かべながらもそれに言及はしてこなかった。そこから彼女は半年ほど、神の傍について旅をする栄誉を得たが、竜王国で手ごわいビーストマンの軍勢に囲まれ、神とはぐれてしまった。だからこそ急いでいる。神の力が振るわれたのを感じたのだから、急いでそこに馳せ参じなければならないのだから。

 

 

 

ソノミモトデシスルマデ、ニドトハナレマセン

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国の最奥。神の装備が眠る場所の扉の前で、黒と白のモノトーンの少女は色褪せる事の無い夢に微睡んでいた。その艶やかな唇は微笑みの形で固定され、白い肌には薄く朱が差し、吐息には熱が帯びていた。

 

「罪な人。こんなに良い女を袖にするなんて」

 

 唇から漏れた声は愛に塗れ、白銀と漆黒のオッドアイの目が薄く開かれる。あの夢のような時間から十年ほどが経過していたが、少女の中では昨日の事の様に思い出せる出来事。現れた騎士と戦い、彼女が本気と全力を出して尚、致死一歩手前まで追い詰められたあの戦い。相手の騎士も少なくない手傷を負っていたが、それでも魔法ですぐ治療できる程度でしかない、自分の完全な敗北は彼女にとっての福音だった。

 

 この国の中で、彼女の存在を知る者は上層部と裏の仕事に携わる者でも上位の者しかいない。『番外席次』と呼ばれる彼女は、このスレイン法国の中では誰よりも年上であり、見た目の通りの少女では決して無い。ただ、それだけならば彼女の存在が秘される理由にはならず、秘されている理由は偏にその強さの為だった。

 彼女を超える強さを持つ存在は限られ、それでも尚それを打倒する可能性のある彼女を法国が切り札とするのは至極当然のことで、彼女は法国が管理する、彼の国が『六大神』と崇める神が残した遺産の守護者としてここにあった。

 

 そんな彼女と騎士との出会いは唐突だった。突然、黒いフード付きの外套を纏った彼が現れたのだ。来るまでに誰にも止められなかったのだろうかと思ったが、その割には騒がしくもなく。少なくとも強引に押し通ったというわけでもなさそうだと彼女は判断した。しかしそうなると次にそこまでした彼の技量……端的に言って強さに興味を持つ。

 

『彼らの装備は無事……なら、良いか』

 

 それだけ呟いて引き返そうとした彼を、彼女は呼び止めた。いや、そんな生易しい物ではなく、呼び止める前に斬りかかっていたのだが。当然、騎士はそれを避けて理由を問うが、侵入者の言葉に耳を傾ける理由など無いという建前もあって、彼女は再び攻撃を繰り出した。数合の剣戟の後、彼女は騎士が初めて出会う、自身よりも強いかもしれない男であると確信し、本気と全力を解放した。何百、何千と合わされた騎士の剣と彼女の戦鎌の衝撃に、建物は耐えられず倒壊……遺産を守る建物だけは何とか無事だったが、一帯はそれ以外綺麗になってしまった。そして、漆黒聖典や他の聖典の存在が集結し始めた頃、彼女は自身の攻撃を受け流されて致命的な隙を晒し、騎士に左肩から斜めに袈裟斬りにされた。

 

『貴方……私を孕ませてくれない?』

『そういう事は他を当たれ』

 

 そんな騎士の返答を最後に、彼女の意識は途絶えた。次に目を覚ませば自分はベッドの上に寝かされていて、今まで巻いた事の無い包帯が巻かれていた。彼女はすぐに近くに居た神官を捕まえて後の出来事を問いただす。聞けばあの騎士は聖典達の包囲をまんまと潜り抜けて姿を消して、自分は三日ほど眠っていたという。騎士が侵入できた理由も、してきた理由も不明のまま、彼女が撃破されたために敵の戦力が法国がどう足掻いても勝ち得ない物である事だけが分かるという最悪の結末。それを聞いて彼女は笑った。

 しかし、彼女が勝てない程の戦力であるからこそ、彼女は騎士を自分の伴侶に迎え入れる事を強く主張する。出来るかどうかは別としても、法国の上層部は件の騎士の捜索は行い、その動向を把握する必要はあると認識していた。故に丁度その騎士を追って出奔した漆黒聖典の女を見逃し、彼女への監視と共に独自に捜索を開始した。本来なら彼女も動きたくて仕方ないのだが、そうもいかない理由がある。

 

「傷跡は……まだまだ薄くはなってないか」

 

 衣服の下にある、彼に付けられた傷跡に指を這わせる。表情はまるで性感帯に触れているような恍惚としたものだが、十年ほど経っても残る傷跡が、そんな生易しい物ではない事は彼女が良く知っている。その傷跡は楔なのだ。騎士を探すためにこの地を離れようとすれば途端に熱と痛みを放つ傷跡。少しくらいならば耐えられるが、数分も歩けば立っていられないほどの痛みと、意識が朦朧とするほどの熱が彼女の体に襲い掛かる。

 しかし、その痛みと熱を感じる度に、彼女は騎士とのあの戦いを鮮明に思い出せることに気付いた。それからはギリギリまで散歩に出かけて、疲弊しつつもあの戦いをなぞりながら戦鎌を振い、夢の中で反芻しながら眠る事が日課になっていた。次第に熱にも痛みにも慣れ、それを感じられる時間が増えれば、それを感じられる場所で甘美な夢へと浸れた。浸れるモノがあるのならば、時間が経つのも早く感じた。そして、最近会った漆黒聖典の隊長が言うには、以前よりも彼女の動きは洗練されているという。確かに、この時間の中で夢の中の動きには随分対応できるようになった。それでも結末は変わらない。だからこそ、あの夢は未だに甘美なままだ。

 

「でもそろそろ、本物にも会いたいなぁ」

 

 少し前、大きな力を感じた。この聖域にも届くほどの、夢想し続けた力を。手を抜かれていたのだとは思わない。騎士にとって自分は、その力を振うほどの脅威ではなかったという事なだけ。

 

「未だ貴方は私より強い……ふふ、貴方と私の子は、どんな子になるのかしら」

 

 その美貌が狂おしい愛に歪んでいく。聖域には、狂った女の情念が籠った笑い声が響いた。

 

 

 

アイニキテ、ワタシノイトシイアナタサマ

 

 

 

 




アルシェ:憧憬
レイナース:陶酔
ニニャ:依存
クレマンティーヌ:崇拝
番外席次:狂愛

みんなやんでる(白目

アインズさん「あいつ、また変な女ひっかけて無いだろうな……?」

誰を病ませますか(キャラは作者の独断と偏見

  • 王国勢(青の薔薇など
  • 聖王国勢(聖王女と他二人
  • 竜王国だろJK
  • まさかのナザリックから
  • ナンデ? ツアーナンデ?
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