一条の鮮烈な光が立ち上ると、樹木のようなものがたちまちに育ち、根は大地を割り、枝葉は空を覆い隠した。強靭に育った根は建物をものともせず突破し、その先からつぎに同様な巨木を生やす。町の空があっという間に占拠されてしまった。
樹は無秩序に繁殖をすすめ、どこからともなく伸びばしたツルで邪魔な車両や建築物を除きながら、さらなる繁栄を求めていた。この途方もない事態に、町の誰もが呆然とするのであったが、ピンク色したひとつの光が飛び込んでゆくのを、政一ただひとりが見つけた。
そして光が小さなビルの屋上に止まったのを確認した政一は、すぐに駆け付けた。
「おまえは……」
「えっ」
政一は息を切らしながらも、その姿を認めた。高町なのはであった。背丈ほどの杖を持ち、先ほどまでとは違う白い服を着て、驚きの表情を政一に向けた。
予想していなかった展開に、なのはは茫然していた。
「先週日曜日の夜中、辺りがすべて止まった。でも、空になにかが光ってるのが見えた」
「えっと、それは」
「今日、あの樹が出たときもだ」
政一は一呼吸いれて、乱れていた息が落ち着いてくるのを待った。 「ひょっとしたら、神社の破壊跡もそうなんだろうな」
「なにがいいたいの?」
「高町、全部おまえなのか」
なのはは返答に窮した。
「顔は見えないけどあのジャージは、うちのクラブのと一緒だ。隣にいるのはマネージャーだろ。お前、見ていたよな」
翠屋でのことだと、なのはは気づいた。「わたしは、その……」
「なのはは、僕を助けてくれたんだ」
「ユーノ君っ」
昼間のフェレットがなのはをかばった。
フェレットが話したことにギョッとしながらも、政一 はその先を促した。
「説明しないとね。僕はユーノ・スクライア。訳あってこの世界に散らばってしまったジュエル シードを回収するために、この世界にきた。なのはは僕に協力してくれてる」
「今までのはお前がやったのか?」
「違うっ。あれはジュエルシードが拾った人や動物の強い思いを増幅させてできた暴走体なんだ」
「散らばってしまったというけど、いくつあるんだ?」
「全部で 21。回収できたのは、まだ 3 つ」
「高町のこの姿はなんだ」
「この世界では一般的ではないようだけど、僕たちは魔法と呼んでる。なのはの服は魔道衣という魔法でできた防具だ。なのはには魔法の資質があった。たぶん、君にもある」
思いもかけない言葉であった。「君が見た光は、きっとなのはの魔力光だ。それが見えてるって ことは、君にも魔法が使えるかもしれない」
「使えないが、もし使えたとしたら……どうなるんだ」
「君さえよければ、手伝ってほしい」
なのはは何もいえなかった。今日の事件は、未然に防げていた可能性があった。翠屋でジュエルシードの気配を感じていたのだ。それにもかかわらず手を打たなかったのは、確信が持てなかったためであったが、単なるいいわけだったとなのはは思っていた。
なのはは、政一が不可思議な視線を彼らに送っていたことを、なんとなくであったが気づいていた。政一がジュエルシードに気づいていたに違いなかったのだ。
なのはは政一をじっと見つめた。心苦しいのか、可愛らしい顔が少し歪んでいた。
政一の様子はなのはに期待感をもたらしたが、彼を巻き込むようで嫌だった。ただ、自分ひとりで解決するのが難しいのは確かであった。単なる探し物であれば、父親が監督するクラブに所属しているクラスメイトは頼りになる存在であった。しかし、そういう問題ではないのだ。
だが今日、彼は明確に巻き込まれてしまった。事件の被害者となったのだ。その上、何度も繰り返す可能性を政一は知ってしまった。
何事も人数が多いほうがいい。彼が参加してくれるならジュエルシードの早期発見と解決が期待できるだろう。これで助かるのは、ジュエルシードの将来的な被害者だけではない。アリサやすずかに魔法と事件のことをいえず、また今後どうしたらよいかわからずに、人知れず悩んでいたなのは個人にとっても重要であった。
「君さえよければと思ってる」
「……わたしも辻君がいてくれると心強いの」
「でも、俺にはどうしようもない」
「発見次第教えてくれるだけでいい。あとは僕たちでなんとかするから」
さて、政一は困った。そもそもトラブルの正体を知りたいがために事件を追いかけていたのであって、ここにたどり着いたのはいわば野次馬根性にすぎなかった。化け物が実在し、魔法が存在するのは構わない。しかし襲われるのはまっぴらであった。
それに、教えてくれるだけでもというのがまた怖かった。ユーノと名乗るフェレットは、捜索中にジュエルシードが暴走した場合、政一には対処できないことを認識している。
そうなったときを想像すると、背筋が冷たくなるのが分かった。
ジュエルシードの暴走に巻き込まれている最中であるが、政一が恐慌状態にならないのは野次馬した結果、同級生の女の子がいたからという、体面の理由だけであった。
しかし、冷静に考えてみるとジュエルシードの危険は18 個分残っている。確保した3 個がこの町にあった以上、残りもこの町付近にあるのだろう。追いかけるのは危険だが、自分が追わなくとも、危険が勝手に迫っているのだ。
「……わかった。連絡はどうしたらいいんだ?」
「念話をおしえるよ、きっと君たちの電話より役に立つ」
なのはは、少し嬉しそうな顔をして、空に浮きあがった。
「その前に、これをどうにかしないとね」なのはと、暴走体との戦闘が始まった。
///
光球を撃ちだすなのはに対し、暴走体は枝をしなやかに振り回す。なのはは手数に翻弄され、 攻めあぐねた。
この戦闘は、ジュエルシードを封印しないことには終了しない。そのためには、ジュエルシード自体を探りださなくてはならない。しかし、町を覆い尽くす大きさが相手では、目視での確認は困難だった。
縦横無尽に振り回される枝を回避しきれず、なのははビルの壁面に打ち付けられた。
「ユーノ君、なにか方法はない?」
「わかってると思うけど、元になってる部分を探さないとダメだ。でもこれだけの大きさがある と……」
「探し出せればいいんだね」 なのはは暴走体から距離をとると、周囲探索の魔法を発動させた。地を這う木の根、空を覆う枝葉、根と枝を繋ぐ巨大な幹。そして幹から放たれる魔力の塊。
「見つけた!」
「ほんと?!」
数百メートル先のマンションが立ち並ぶ住宅地域に、その幹はあった。
「すぐ封印するから」
「ここからじゃ無理だよ」
「やれる!」なのはの持つ杖の先にある赤い宝石を強く見つめた。
「やれるよね、レイジングハート」
「Shooting mode. Set up」
レイジングハートが音声を発すると、真っすぐだった杖が狙撃銃を彷彿させる形状に変形した。
なのはは、レイジングハートに強く魔力を集中させた。魔力が杖の先に集まり、小さく集約し ていく。
「いって!」魔法が杖から放たれたのは、なのはが吼えたのと同時であった。砲弾の速度に暴走体は反応できず、ジュエルシードを撃ち抜かれた。ジュエルシードと切り離され、暴走体の動きが止まる。
「リリカルマジカル、ジュエルシードシリアル 10。――封印!」
2発目が、砲撃された。
これまでユーノが感じたことのない、魔力の激流がジュエルシードを飲み込む。
「Sealing」
爆発の閃光に照らされながら、レイジングハートが淡々と告げた。
///
なのはは暴走体の核となったふたりからジュエルシードを回収すると、空を仰いだ。
これまで、なのはの戦いは、いずれも結界の中であった。しかし、今回は違う。結界は張られず、むき出しの現実が戦場となった。崩壊した建物、ひび割れて隆起した道路、死傷した人々が、屋上から見える光景であった。
「いろんな人に、迷惑かけちゃったね」
「え?」
ユーノは困惑し、なのはは自分のせいだと思っていることに気付いた。
「そんなことはない。なのははちゃんとやっている」
「あのふたりが持っていたことか?」
「……うん」
政一はなのはの正面に回り込む。「高町のせいじゃない」
「でも」
「でも、じゃない。わかってたところで、どうする事もできなかった」
ふたりの様子を思い出す。ジュエルシードはゴールキーパーの男の子が持っていた。マネージ ャーの女の子と仲良く帰るところを引き留めたとして、なにが出来たのか。
「でも!」
「仕方がなかったんだ。それとも奪い取るべきだったというのか」
「なにか方法があったはずなのに!」
「それも、もう遅いんだ」 なのはは悔しそうにしゃがみ込んだ。
「なのは」ユーノが声をかける。「なのはは悪くない。もともとは、僕が原因なんだから。なのは はちゃんと手伝ってくれてる」
なにもいわず、うつむくなのはに、ユーノは話し続ける。「だから、なのは。そんなに悲しい顔 をしないで」
ユーノの手伝いを始めてから、早くも短い数週間だった。大きな失敗を犯さず、ひとに迷惑をかけず、うまくやれていたと思っていた。今後もやれると思っていた。それが思い違いだったことに、なのははショックを受けていた。 政一のいうとおり、なにもできなかったかもしれない。その言葉がなのはに酷く優しく浸透したことが、またショックだった。
自分なりの精いっぱいではなく、全力で当たらなくてはならない。お手伝いではなく、ちゃん とした魔法使いにならなくてはならない。
なのはは、もう後悔しないよう、心に誓うのであった。