お茶会から数日が経った。
高町なのはの様子がおかしいことに気付いたものは、そう多くなかったであろう。
アリサ・バニングスは、スクールバスに乗り込んだなのはの表情が硬いことに気付いた。先日の事を気にしているのだろうと思い、しばらく様子を見ていたが、回復する様子がないことにも気づいた。
アリサが気を紛らわせようとして、いくら話しかけても力のない返事があるばかりであった。
アリサは忍耐力のある人間ではない。入学当初など、態度のはっきりしない月村すずかにきつく当たっていたし、思い通りにならなければ誰彼構わず怒鳴り散らしていた。
当時、家庭の事情が原因であったが、アリサにあったのは主人と家来の発想である。
しかし、学校という場所にいる無数の人物は、アリサとなんら関係ない意思を持って行動する、未知の空間であった。
だからこそ、自分の地位を固めるために今の経験を活かしていたが、この場所では返って孤立する結果となってしまった。
それが、アリサを尚更苛立たせていた。
すずかがそんなアリサに目をつけられたのは偶然であったが、そこになのはが仲裁に入ったことがふたりと友達になったきっかけであり、クラスに馴染むようになった経緯でもある。
そういった恩を受けてきたアリサが、今のどうしようもないなのはの態度に我慢できるはずがない。
今度は、アリサの出番であった。
「ちょっと、なのは」アリサは強い声で、話しかける。
「放課後に屋上にきて」
「え、どうしたの」戸惑うなのはの言葉を遮る。「いいから! 今日の放課後に屋上よ、忘れないでね」
そういい放って自分の席に戻る。明らかに怒っているアリサに、なのはは呆然とした。
《行った方がいい》
政一からの念話だ。
《実地はそれなりに覚えたから、ジュエルシードの捜索は任せておけ。それよりバニングスがあのままなのは、席の近い俺が困る》
ちらり、とアリサの様子を見る。何でもないフリをしているが、目の座り具合や手足の細かい仕草からして、明らかにイライラしている。
原因に心当たりのあるなのはであったが、アリサの怒りをどう鎮めればいいのか思いつかない。
なのはは結局、もやもやした気分のまま放課後を迎えた。
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なのはが屋上につくと、アリサはすずかと共に待ち構えていた。
「なのは、あんたね、一体どういうつもりなの!」
「えっと」
「なにをいっても上の空で、その小動物がおびえてるみたいな自信のない顔よ! なに、私たちにいえないことでもあるの!?」
「それは・・・・・・」
「こないだのことだったら別に気にしてないわよ。でもね、私たち友達でしょ。相談もできないことでもしてるっていうの?」
なのははこの一週間ほどの間、目の前のふたりがしてくれたことを思い出していた。当たり障りのない生活、テレビドラマ、学校や家庭での出来事の会話や、学校外での付き合いをなにごとも無かったように続けようとしていた。
そう、何もかもが今まで通りである。
しかし、アリサは、なのはに対して無力であった。そのことが腹立たしかったのだ。
「うん、ごめん。まだいえないんだ」
「そう、わかったわよ。整理がついたらでいいから、ちゃんと話しなさいよ」
「うん、でもまだ約束できない」
そっか、と悔しそうにつぶやく。解決しなかったことに悔しさがあるが、今は一歩前進したことに甘んじるしかない。それよりも鬱憤をぶつけることができたことで、多少なりともすっきりしていた。
唐突になのはの携帯がメールの着信を知らせる。「なによ、空気が読めないわね」
「あはは、ごめんね」
メールを確認する。
『例のものを見つけた』
そう一言の件名だけが書かれた、政一からの知らせだった。
メッセージを強くにらみつける。「ごめん、行かなくちゃ」
「なのは!」
「ちゃんと終わらせてきなさいよ!」
なのはな、うん、と力強くうなずいた。
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「あの場所。背の高い木に引っかかってる」
4車線道路の特に交通量の多い場所があり、そこの中央帯にある植樹にジュエルシードを発見したと政一は説明した。
なのはも確認しているが、現場には多くの住宅がある。ここでジュエルシードが発現したら、以前の二の舞を踏むことになるだろう。しかし、ここは昼夜を問わずひとの目があるため、誰にも見られずに道路を横切ったり、こっそり忍び込むのは難しい。
結局、距離を置いて変身し、一気に接近して回収するのが無難だろうということになった。結界を張るのが一番手っ取り早い方法であるが、先日の女の子に結界自体を察知されることを恐れていた。
あの日以来、なのははレイジングハートに頼み、魔導士としての訓練を行ってきた。以来急速に戦闘能力を向上させていたが、あの女の子と対等に戦えるか不安であった。相手の底が見えないことがその原因であった。
そして、最大の懸念は政一である。持たせるデバイスがないため、戦力とならないし、場合によっては人質に取られる恐れがある。
まだまだ不安要素はあるが、悩んではいられなかった。
たくさんの人々や手伝ってくれているクラスメイトをいつまでも危険地帯に置く訳にいかないため、なのはは速やかに作戦を実行することとした。
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「あの子……」
ジュエルシードから幾分離れたビルの屋上から、女の子はなのはを見つけた。呪文を解除し、杖状にしていたバルディッシュを元に戻す。
隣にいた赤い犬はどうしたのかと思い、視線の先を追って、理解した。
ジュエルシードが見えた。
「どうするんだい」赤い犬が女の子に聞いた。
ジュエルシードを発見する手段に周辺を魔力で満たし、半ば強制的に発現させる方法がある。通常は持ち主の強い願望を叶えるために魔力が発生するのだが、魔力を与えることで周辺にある希薄となった願望を取り込みやすくするのである。高い場所で行うことでより効率的に行えるのだが、ここに来てなのはとジュエルシードを発見したのであった。
中断したが、再開すれば複数のジュエルシードを発見する見込みがある。ただし、複数発現した場合は強力な力を有する多数の暴走体と戦闘せざるを得ず、一度にすべてを封印するのは困難である。もしすべて回収できたとしても、しばらく活動困難になる程度に被害を受けるだろう。
やるのであればリスクを小さくしていくべきである。
「急いじゃいるけど、あまり無理はしないほうがいい」
「そうだね、まずはあれを回収しよう」
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回収作戦は単純であった。適当に離れた場所で変身し、任意のタイミングで回収後、撤収する。ようは猛禽類が獲物を捕食する方法と同じである。
開始直前になって、ユーノに別の場所で結界を展開してもらい、囮になってもらってもよかったかな、と政一は思った。しかし、本当に餌になっても困るか、と思い直す。
なのはを倒したという女の子の話は、政一も聞いていた。数戦とはいえ、実践をこなしていたなのはをあっけなく倒したという話に、政一はなんともいえない気分になった。男が女に守られるのは、というつもりはない。スパイ映画では、軽装の調査役は早々に殺されるものなのだ。もしそこにいたのが政一であれば殺されていたかもしれない。背筋の冷える思いだった。
「それじゃあ作戦開始するよ」
「了解」
そう携帯でやりとりする。魔法は電波を盗聴できないのである。
まもなく、ピンク色の光が上空に現れると、猛スピードで接近してきた。
もう少しで回収だ、そう安堵した瞬間であった。赤い光が唐突に割り込んできた。衝突する寸前、なのはがバレルロールで回避する。
まずい事態だ。と政一は感じた。
「ユーノ! 結界だ!」
わかってると怒鳴り返さんばかりの早さで結界が展開される。
回避された赤い光は、即座になのはを追った。ジュエルシードまでもう少し、というところで黄色の閃光が立ちふさがった。
「これは、渡せない」
金髪に黒い衣装の女の子、例の子だった。
なのはは心の中で舌打ちする。気づかれるが早すぎる。魔法感知とは関係なく、このジュエルシードに気づいていたに違いなかった。
なのはの背後で唸り声がする。赤い犬であった。
赤い犬は人型に変身すると、叫んだ。
「フェイト、こいつはあたしが足止めする」
「わかった、少しだけ待っててアルフ」
フェイト、と呼ばれた女の子がなのはに背を向けようとする。
「させない!」
なのはがフェイトを追おうとするも、アルフがぶちかまそうとする。慌ててシールドを張った。
シールド越しにアルフが獰猛な顔をなのはに向けると、その足がチェーンで捕まれた。
「お前の相手は僕がやる。なのはは早くジュエルシードを」
「ユーノ君、お願い!」
アルフは離脱するなのはを追いかけようとしたが、動けなかった。
「お前の相手は僕がやるっていっただろ。なのはの邪魔はさせない」
「あたし達だって、お前らに邪魔される訳にはいかないんだよ」
アルフは雄たけびをあげる。しかし動けない。存外に強力な拘束魔法を仕掛けられていたことに、アルフは気づいた。
目いっぱいの気合を込めて、拘束を破壊する。
「邪魔するってんなら、お前から片付けてやるよ」
啖呵を切ると、アルフはユーノに襲い掛かった。