やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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こうして彼らの愉快なラブコメが始まる。

 「なぁ、比企谷、七里ヶ浜。私が出した作文のテーマは何だったかな?」

 放課後、俺は隣にいる腐った目をした男と共に、目の前で青筋を立てながらこちらを睨みつける美人な三十路教師、平塚静の呼び出しを喰らって職員室へと足を運んだ。

 「こ、高校生活を振り返って、ですね」

 声を裏返しながら答える隣の男は、比企谷八幡くんという名前らしい。話した事は一度も無く、接点と言えば精々、総武高校二年F組に二人とも所属している位だった。

 「なら、君のこの作文はなんだ?  よくもまあこんな作文を私に出せたものだな」

 笑顔で比企谷くんを見やる平塚先生。笑顔なのに、こめかみの青筋がピキピキと音を立ててると錯覚するほど自己主張していて物凄く怖い。

 「……大体、本当にこんな事をおもっているなら、こんな事は作文に書くべきではないよ、比企谷。これじゃ構ってもらいたいと言ってるようなものだ」

 幾分落ち着いたのか、諭すような声音で比企谷くんに話しかける平塚先生はまるで聖母のようで、はっきり言ってしまうとファンになりそうだった。こんな先生に放課後呼び出してもらえるなんて楽し過ぎるだろう。最高だな、俺の青春。

 比企谷くんは不服そうな顔をしていたが、ここで言い返しても何の意味もないと悟ったのか、腐った目を更に腐らせていた。

 「そして七里ヶ浜」

 「ひゃい、何でしょうか」

 またもや先程までの顔に戻ってこっちを睨みつけた平塚先生にビビり、思いっきり噛んでしまった。

 「君は一体どういうつもりでこんな嘘八百、いや、嘘八万を書いた」

 上手い事言ったつもりか、先生はドヤ顔で俺と比企谷くんに胸を張ってきた。ただでさえ自己主張の激しい胸部が、更に自己主張を始め、比企谷くんは少し顔を赤くしていた。多分俺の方が赤くなっているだろうけど。

 「いや、何で嘘だなんて言うんですかね?  僕は、こう見えても結構友達が多い方なんですが」

 「嘘を吐くな嘘を。君が学校で他の生徒と話している所を私は一度として見てないぞ」

 「そりゃ、先生の目の届く範囲だけが学校という訳じゃありませんからね」

 こう言われると何とも言い返せない筈だと思っていると、予想外にも平塚先生は口を開いた。

 「馬鹿を言っちゃいけない。学内でも言われてるよ。『七里ヶ浜七之助が起きているのを見た事がない』とな」

 「酷い噂ですね、僕だって学校に来る時と学校から帰る時は起きてます」

 「いや、それは当たり前だろう……」

 今まで無言を貫いてきた比企谷くんがボソリと呟き、それを皮切りにして彼は俺を攻撃し始めた。

 「大体、何が友達との素晴らしい時間だよ。嘘ばっか書きやがって。平塚先生、俺の作文よりこいつの作文の方がよっぽどタチの悪い作文ですよ」

 言い切って、平塚先生を見やる比企谷くん。俺を非難して自分はとっとと帰るつもりなのだろうか。

 俺も、平塚先生と二人きりで説教される方が楽しそうだと思ったので、それに乗っかる事にした。

 「確かに嘘はダメですよね。僕の方がよっぽど酷い作文でした。本当にすみません。でも、比企谷くんの作文からは熱い何かを感じるし、この辺で許してやってくれませんかね?」

 すると、比企谷くんと平塚先生はまるで宇宙人でも見るかのような目でこちらを見てきた。

 「……え?  俺何か変な事言いました?」

 「いや、君が特に接点のなさそうな比企谷を庇ったのが意外でな。すまない」

 「…………」

 比企谷くんが無言でこちらを見ている。何か裏があるんじゃないかと疑っている目だ。そうなんです比企谷くん。君は僕と平塚先生のランデブーの邪魔なんです。悪いけどとっとと帰ってください。

 比企谷くんへ懺悔していると、平塚先生の咳払いで現実へと引き戻された。

 「私はな、怒っている訳じゃないんだ」

 そう言った平塚先生は割と本気で怒ってないらしく、胸ポケットからタバコを取り出して、葉を詰めた後、百円ライターで火を付け、柔和な顔で紫煙を吐き出した。

 俺はそれを見て、ブンターなんてウンコの臭いのするタバコをわざわざ吸うなんて奇特な人だなと全く関係ない事を考えていた。

 「君たち、部活はしてなかったな?」

 「「はい」」

 「友達とかは居るのか?」

 「びょ、平等を重んじるのが俺のモットーなので、特に親しい人は作らない主義なんでしゅ、俺は!」

 盛大に噛みまくる比企谷くんを呆れた目で見てから、俺の方を見る平塚先生。

 「七里ヶ浜、お前は?」

 「居ますよ。もちろん比企谷くんもそうですし、もっと言えばクラスみんなと友達です」

 俺がそう言うと、比企谷くんが盛大に舌打ちをした。え? そんな俺の事嫌いなの? 普通に傷つくよ?

  「……本当の事を言え、そうすれば一発で勘弁してやる」

 マジで!? 殴ってもらえるの!? ご褒美じゃん!! などとは思う訳も無く、出来れば殴られずに済むよう正直に話すことにした。

 「僕は友達だと思ってるんですけど、向こうが僕を友達だと思ってくれてるかは分からないです」

 率直に思った事を言うと、平塚先生は頭を振って更に語りかけてきた。

 「七里ヶ浜、一度も喋ったことの無い奴を勝手に友達扱いするのは、流石に無理があるだろう」

 「三十路が結婚出来る可能性に比べりゃマシなんじゃ……」

 「何か言ったか? 比企谷。うっかり君の頭を光にする所だったんだが」

 「俺の頭を光にする位じゃ承認下りないでしょ……」

 比企谷がボソリと呟くと、平塚先生は満足したように頷いた。話が通じて嬉しかったと見える。可愛い。嫁に来てくれ。

 「ほら、人類皆兄弟って言うでしょ? そんな感じで楽しくいきましょうよ! ね?」

 俺が話を戻すと、平塚先生は何を言っても無駄だと思ったのか、タバコをもみ消してから立ち上がった。

 「はっきり言って、君達は社会不適合者だ。それに心ない発言で私を傷つけた。よって君たちには奉仕活動を命じる」

 「平塚先生へのですか!? なら僕一人に任せてください! 炊事洗濯掃除は結構なレベルで出来ると自負してますし、なんならご満足頂けるまで修行します! あ、でも、夜の方はちょっと満足頂けないかもしれません……経験無くて……ごめんなさい……」

 「……バカは死んでも治らんかもしらんが、クズなら何とかなるだろう……着いて来い」

 そう言って、平塚先生は颯爽と職員室から出て行くのであった。

 

 

 途中で逃げ出そうとする比企谷くんを目で牽制する平塚先生の後ろを歩く。この高校に入ってもう一年になるが、未だにこの高校の構造――何か韻踏んだみたいになってるな。俺がクルーに居ればヒットチャートなんて総ナメだ!――を理解してないので、今何処を歩いているか分からなかった。帰れるのかこれ。

 「ここだ」

 そう言って平塚先生の立ち止まった場所は、プレートに何も書かれていない教室の前だった。

  先生はからりとドアを開け、スタスタ中へと入って行く。

  椅子や机が大量にあるので、どうやら倉庫に使われている教室らしい。

 そこには一人の少女が居た。

 夕日の中で一人本を読む少女は掛け値無く美しく、隣の比企谷くんなんかは数秒動きを止めて見惚れていた。時よ止まれ君は誰よりも……ってか。いやあれフリーズしてる訳じゃないけどさ。

 「雪ノ下雪乃か……」

 小さくこぼす比企谷くん。

 「知ってんの?」

 「完璧超人で有名な奴だからな、顔と名前だけは知ってる」

 「へー、比企谷くんって、結構普通に他人見てるんだな」

 「普通ってなんだよ……まあ、人間観察は趣味だが」

 それを聞いた時、比企谷くんは、別に友達が欲しくない訳ではないんだなと思った。

 本当に友達なんていらないと思ってる奴は、そもそも他人なんて見ていないから。

 「……何かトラウマでもあんの?」

 「はぁ? トラウマ? いやまぁ大量にあるが……」

 「何をブツブツ喋ってる……彼らは、あー、目の腐ってる方が比企谷で、太ってる方が七里ヶ浜だ」

 雪ノ下さんとしていた話が終わったらしく、平塚先生はこちらに話を振ってきた。

 「二年F組比企谷八幡です。てか入部ってなんすか?」

 「二年F組、進入部員の七里ヶ浜しちゅっ……七里ヶ浜七之助です! 奉仕しに来ました! よろしくお願いします、雪ノ下さん」

 噛んだ。盛大に噛んでしまった。隣の比企谷くんは笑いを噛み殺しているし、雪ノ下さんは冷めた目でこちらを見ている。針のむしろとはこの事か。

 「奉仕……? まさか今までの情報からこの部の名称を推察したというの……?」

 雪ノ下さんは、どうやら噛んだ事ではなく、奉仕という単語に反応していたらしい。

 「まあ、何となくそんなんじゃないかなと思ってただけです。当たってましたか?  いやー参っちゃうなぁ」

 「息するみたいに嘘吐く奴だなお前……」

 「あ、バレた?」

 当然嘘である。適当に言ってたら雪ノ下さんが何か言い出したので乗っかっただけだった。

 「……君たちにはペナルティとして、ここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口答えには拳で答える」

 俺たちを飽きれた目で見たのち、平塚先生は怒涛の勢いで判決を言い渡した。これには流石の比企谷くんも苦笑い。

 「見ての通り彼らはなかなか性根が腐っている。そのせいでいつも孤独な憐れむべき奴らだ」

 見ればわかるのか。デブ状態の俺はともかく、比企谷くんは悪くない感じだと思うんだが。いい感じにやさぐれてるし。

 「こいつらをおいてやってくれ。彼らの孤独体質の更生が私の依頼だ」

 いや比企谷くんはともかく、俺は孤独体質なんかじゃないんすけど……。

 「先生が殴るなり蹴るなりで躾ければいいと思うんですけど」 

 ……雪ノ下さん、サラッと怖い女だった。

 「こいつらは、殴られたところでどうにもならなそうだしな」

 殴られたら、全力で謝って平塚先生の奴隷にして貰います。嘘です。

  「お断りします。そこの男たちの下卑た目と暑苦しい身体を見ていると身の危険を感じます」

 雪ノ下さんは、何故か体を縮めるようにしてこちらを睨みつけた。酷い言い草だ。下卑た目をした男は良いとしても、こちらは傷つきやすいガラスのハートなのだ。瞬間接着剤で立ち直るけど。

 「安心したまえ、雪ノ下。そいつらは性根が腐っているだけあって、リスクリターンの計算と自己保身に関してだけは中々のものだ。刑事罰になるような真似は決してしない。彼らの小悪党ぶりは信用してくれていい」

 比企谷くんとかは、あんな作文出してる時点でそんなに保身してないような気がするんですが。むしろギリギリを生きてる。どこの北酒場だ。あ、原曲はものすごく良い曲なので是非みんな聴いてみよう!  誰に言ってるんだ。

 「何一つ褒められてねぇ……。普通に常識的な判断が出来ると言ってほしいんですが」

 「小悪党……。なるほど……」

 「聞いてない上納得しちゃったよ……」

 落ち込む比企谷くんを慰める為、肩にポンと手を置き頭を振った。言いたい事はただ一つ、『諦めろ』。

  意思を受け取ってくれたのか、比企谷くんは溜息を一つ吐いた。

 「まあ、先生からの依頼であれば無碍には扱えませんし……。承りました。」

  物凄く嫌そうな顔をしているのでとても申し訳なかったが、これは俺のせいじゃなくて平塚先生のせいだと思う事にして精神のバランスマンションを取った。これは落ちものゲームだけで無く、実生活においても大切な技術だ。

 「そうか、ではよろしく頼むぞ」

 とだけ言って、平塚先生はさっさと部室から出て行った。

 取り残される三人の高校生。

 美少女と、腐った魚と、チビデブな俺。

 さて、どんな『楽しい事』を起きるだろう。

 

 

 

 


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