やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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言うまでもなく葉山隼人はイイ奴である。

 三浦様御一行は、材木座くんと比企谷くんの横を通り過ぎた辺りで俺や由比ヶ浜さんがいる事に気付いたらしい。

 「あ……。ユイたちだったんだ……」

 三浦さんの横にいた女の子が小さく漏らす。あ、由比ヶ浜さんちゃんと奉仕部の事言えてたらしいな。良かった。

 しかし三浦さんは俺たちをちらりと見ただけで軽く無視して戸塚ちゃんに話しかけた。

 「ね、戸塚ー。あーしらもここで遊んでいい?」

 「三浦さん、ぼくは別に、遊んでるわけじゃ、なくて、練習を……」

 戸塚ちゃんが詰まりながらも意思表示をする。殿様相手にそこまで言えるのは中々根性のある奴だ。声はものすごい小さかったけど。

 「え? なに? 聞こえないんだけど」

 三浦さんの、どこぞの難聴系主人公のようなセリフで戸塚ちゃんが押し黙る。仕方ないね。怖いもん。

 「れ、練習だから……」

 戸塚ちゃんはなけなしの勇気を振り絞って再び口を開く。

 「ふーん、でもさ、部外者混じってるじゃん。ってことは別に男テニだけでコート使ってるわけじゃないんでしょ?」

 「それは、そう、だけど……」

 「じゃ、別にあたしら使っても良くない? ねぇ、どうなの?」

 三浦さんがぐうの音も出ない程の正論を並び立てる。こりゃ勝ち目ないな。

 案の定戸塚ちゃんは押し黙り、比企谷くんの方を見た。適切な人選……なのか? とてつもなく嫌な予感しかしないんだけど?

 「あー悪いんだけど、このコートは戸塚がお願いして使わしてもらってるもんだから、他の人は無理なんだ」

 「は? だから? あんた部外者なのに使ってるじゃん」

 比企谷くんが一瞬詰まる。ここしかないな。

 「言ってなかったけど、実は俺たち戸塚に頼まれてテニス部入ることになっててさ、一応部外者じゃないんだわ」

 三浦さんの方を見て一気に言い切る。嘘だけど。いやー嘘を付くのは心が痛いなぁ。

 「え!? そうなの!?」

 ……由比ヶ浜さんが男だったら確実にぶん殴ってたぞ、これ。

 「あー、俺と比企谷くんだけな……」

 これで部外者になった由比ヶ浜さんがいるせいで、三浦さんに言い分が復活する。

 「そうなんだ。でもユイがいるんだから、あーしらも使っていいっしょ?」

 ……もうこのまま練習付き合って貰えば良いんじゃない?

 「あいつは戸塚の練習に付き合ってるわけで、業務委託っつーかアウトソーシングなんだよ」

 比企谷くんが苦しい言い訳をする。流石にこりゃキツいだろう。

 「はぁ? 何意味わかんないこと言ってんの? キモいんだけど」

 こういう屁理屈というかそういうのって、三浦さんみたいな人種は一番嫌いっぽいもんね。俺はこういうの聞くの楽しいから好きなんだけど。

 「まぁまぁ、あんまケンカ腰になんなって」

 空気清浄機こと葉山くんがとりなすように間に入る。やっぱ葉山くんは良い奴だなぁ。

 「ほら、みんなでやった方が楽しいしさ。そういうことでいいんじゃないの?」

 相変わらず良い事を言う。しかし、この場においてそれは確実に失言だ。何故ならここには……。

 「みんなって誰だよ……」

 「比企谷くんちょい待ち」

 比企谷くんが爆発したので、出来るだけ早く鎮火する事にした。

 こういう雰囲気は、あんまり気持ち良くなくて好きじゃないんだ。

 「そうだこうしよう。部外者同士で勝負して勝った方がテニスコート使えるってことにしない?」

 最初から考えていた提案をここで切る。

 そもそも、戸塚ちゃんの練習はコートじゃないと出来ないような練習じゃないのだ。適当な場所で走ったりウエイトやればそれで済むのだから。ボールに触るのは放課後でも全く構わない。

 しかし、だからと言って最初っから降参してコートを譲るのも『面白くない』。

 故の提案。当然三浦さんは受けるだろう。こんなに『楽しそう』なんだから。

 「テニス勝負? なにそれ超楽しそう」

 予想通り、三浦さんは獰猛な笑みと共に話に乗る。やっぱ三浦さん良いなぁ。

 「んじゃ、比企谷くん頑張れな。俺ちょっと戻るわ」

 「はぁ? お前が勝負すんじゃないの?」

 比企谷くんが怪訝そうな顔でこちらを見る。

 「勝負するんなら『着替えなきゃ』ダメだろ? 戻ってくるまで適当にやっといて」

 比企谷くんにそう言って、俺はひらひらと手を振ってから校舎の方へと歩いて戻った。

 

 

 

 

 ジャージに着替え、少し小細工をしてからコートへ出る。

 どうやら試合はまだ始まっていないらしく、ギャラリーだけが騒いでいる状況だった。ていうかギャラリー多いなおい。百人単位でいるぞこれ。葉山くんか三浦さんか知らないが、人望厚すぎだろ。

 「比企谷くん」

 比企谷くんに近付いて話しかける。

 「……あ、えっと、どちら様でしょうか?」

 物凄いキョドっていた。どんだけだよ。

 「七里ヶ浜七之助の妹の、七里ヶ浜七味唐辛子です」

 大真面目な顔でふざけて見せると、比企谷くんの顔が驚愕に歪んだ。

 「え、七里ヶ浜なの? マジで?」

 「え!? 七里ヶ浜くん!?」

 由比ヶ浜さんも驚いて声を上げていた。

 「そう。中々ハイレベルな女装だろ? あと声がでけぇ」

 女装はあまりしたくないが、勝負するためには仕方ないだろう。男子対女子だと不公平だと言われるし。

 「どんな魔法使ったんだよ……。前に怪盗七面相とか言ってたけど、マジで百面相じゃねえか……」

 「ショボいくらいが丁度良いんだよ」

 軽口を叩きながら三浦さんの方を見ると、何やらこちらを怪訝そうな顔で見ていた。え? 女装甘かった? ちゃんとゆか姉から貰った化粧品とか使ったよ? いつもと違ってフルメイクだよ?

 まあ、大丈夫だろ。自分の変装には絶対の自信がある。今回みたく結構本気を出した変装なら、肉親だって騙す自信がある。

 「ちゃんと、男女混合ダブルスって事になってるか?」

 俺を見て口をぽかんと開けている由比ヶ浜さんに尋ねる。

 「なってるけど……何で分かったの?」

 「部外者同士でってルールだとこっちにはまともにテニス出来る奴が比企谷くんしかいないし、向こうの三浦さんは絶対に勝負したがるだろうから、順当に行けばそうなる」

 そこまで見越しているのだ。俺、すごくない? みんな俺を崇めて何か面白いこと遊びを奉納してくれ。

 「じゃ、俺と比企谷くんで軽くボコってくるわ。ラケット貸してくれ」

 由比ヶ浜さんからラケットを借り受け、コートの中に入る。

 「あんた誰? ヒキオの知り合い?」

 三浦さんが相変わらずこちらを疑わしそうな顔で見ている。あぁ、俺が疑わしいんじゃなくて、比企谷くんが女の子連れて来れたことが疑問なのね。ひでーなおい。

 「七里ヶ浜七海です。二年F組七里ヶ浜七之助の妹の」

 声まで完璧に女の子である。狂ったようにやった声帯模写で女の人の声も練習した成果だ。

 俺の説明を聞いた三浦さんは、ふーんと言いつつも更に不思議そうな顔をしていた。……あ、この人俺の名前覚えてねーのか! 酷い女だ。

 「あーし、女テニの服借りてくるけど、あんたも来れば?」

 「汗で汚すのも悪いんで、遠慮しときます」

 「あっそ」

 素っ気なく断ると、三浦さんも素っ気なく答えてスタスタ歩いて行った。付いて行って三浦さんの生着替えを拝むのも悪くないが、流石にそれは由比ヶ浜さんや比企谷くんに止められそうなのでやめた。そんなに興味も無いし。

 「あのさー、ヒキタニくん」

 三浦さんを見送る俺の横に立っている比企谷くんに、どうやら三浦さんの相方としてテニスをやるらしい葉山くんが話しかけている。名前間違ってんぞ。

 「なんだよ?」

 比企谷くんがつんけんしながら答える。そんなんだから友達出来ないんじゃないですかねぇ……。

 「俺、テニスのルールよくわかんないんだよね。ダブルスとか余計難しいし。だから、適当でも良いかな?」

 そんな比企谷くんの悪態にも構わず、葉山くんは相変わらず爽やかに話を続けていた。

 「……デュース無しで、先にブレイクした方の勝ちにしませんか? そっちの方が早く決着付きそうですし」

 俺が話に入ると、比企谷くんが俺の声にびっくりしたのかこちらを凝視していた。

 「……そうだな。で、後はバレーボールみたいに単純に打ち合って点取るって感じでいいんじゃねぇか?」

 「あ、分かりやすくて良いね」

 爽やかに笑う葉山くんを見て、比企谷くんが悪い顔をする。俺も倣って爽やかに笑おうかと思ったが、一応今は女の子なので声を出して笑うのは控え、顔だけを微笑ませる。

 しばらくしてから、三浦さんが着替えを終えて戻ってくるのが見えた。

 さぁ、楽しいゲームの始まりだ。

 

 

 

 

 ゲームは相手のサーブゲームから始まった。

 どうやら、三浦さんは経験者だったらしく、中々えげつないサーブを打ってきた。打ち返せはするのだが、スライスだかなんだか知らないが、曲がったり曲がらなかったりで翻弄され、二回返せなかった。

 そこまでは中々神経を使って面白かったが、何球か受けてしまうと慣れてしまった。

 「ほいさっと」

 リターンエースを狙いハードヒット。ガットに当たった瞬間、スイングの力がほぼ全てボールに乗ったような、手応えを感じない良いショットが打てた。

 しかし敵もさる者。葉山くんが持ち前の身体能力を生かして何とかボールを返してくれる。

 しかし、甘い球な上、葉山くんは横に振られている。次のショットで終わりだ。

 比企谷くんがラケットを振り、そのボールを……空振った。

 「だぁ!」

 女の子の声を出す事は忘れなかったものの、妙な声が出た。いかんいかんと思いつつ、結構無茶な動きをして比企谷くんが空振りした球を打ち返し、点を取る。

 「さ、サーティオール!」

 戸塚ちゃんが声を張り上げてコールする。声には驚きが混じっていた。

 「あのさ、比企谷くん」

 誰にも聞こえないよう、比企谷くんに近付いて小さな声で話しかけた。

 「何だ?」

 「俺がサーブ返したら下がってくんない? 前で俺が捌くからさ」

 はっきり言って邪魔である。正直一対二の方が俺的に楽しい。むしろ、味方がいるせいで俺が気持ち良くなれない。

 「勝算あんのか?」

 「無いけど勝つ。そもそも俺サーブ打った事ないから、ここで決めなきゃ確実に負ける」

 「何だよそれ。最初からクライマックスじゃねえか」

 「だから……」

 「邪魔だからじっとしてろってか?」

 比企谷くんが俺の言葉を引き継ぐ。

 「いや、そういうわけじゃねーんだけど……」

 「わってるよ。……精々気持ち良くなってこい」

 驚いて顔を上げると、比企谷くんは、卑屈さは感じさせないが相変わらず黒い笑みを顔に浮かべていた。

 「はっ、あいつらに吠え面かかすにゃこれが最善手だしな」

 「比企谷くん……とことん屑だな」

 「てめーに言われたかねえよ」

 言って、二人で笑う。

 「完膚無きまでに叩き潰してくるわ」

 「おう」

 短く答えた比企谷くんが前へ歩いて行く。

 俺が構えると、向こうで三浦さんがボールを放り上げ、ラケットを力強く振り抜いた。

 速い球。回転数の少ない綺麗なフラットサーブだ。

 きっと三浦さんはドヤ顔しているだろう。それでこそ三浦さんだ。

 そんな事を、ぼんやりと考える時間があった。

 「サーティ・フォーティ!」

 完璧なライジングショットで打ち返し、ドヤ顔で比企谷くんを見やる。比企谷くんは三浦さんの、驚きに目を見開いた様を見てケラケラ笑っていた。性格わりぃなおい。そういうの、嫌いじゃないけどさ。

 「お蝶夫人の割に、大したことないんですね、三浦先輩」

 前へ歩き、ニコリと笑いながら三浦さんを虐めると、三浦さんは顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。や、流石にそこまでリアクションされると次で決めにくくなっちゃうなぁ……。勝負事で手を抜くのは性に反するから普通に終わらせるけど。

 「早く打ってくれません? 私、お弁当食べに戻りたいんで」

 言ってて自分でもブン殴りたくなるくらい腹の立つ後輩である。試合が終わったら精々俺の妹を虐めてやってくれ。俺が許す。

 「あ、あんた……」

 「打てないんなら葉山先輩でも良いですよ。どっちにしろ終わりでしょうけど」

 言い捨てて後ろへ戻って構えると、三浦さんが葉山くんからボールを受け取っていた。次も三浦さんが打つようだ。

 中々のガッツである。しかし、もう飽きた。はっきり言って壁打ちの方が速い球がくるし、キツイ。あっちの方が面白い。どうでも良くなってきたし、とっとと決めよう。

 三浦さんが代わり映えのしないサーブを打ってくる。ここでもフラットを打ってきたのが三浦さんらしい。力でねじ伏せたいと見える。

 適当に打ち返すと、少々甘いコースに入ってしまった。三浦さんが食らいつき、ギリギリのところで返してきた。

 まあ、材木座くんとやるより楽しくはあったなと思いながら、決めるつもりで返球。葉山くんでは届かないし、体勢を崩した三浦さんにも取れない位置に打った──つもりだった。

 「届け……!」

 三浦さんが、弾かれたように横へダイブ。ギリギリのところでラケットがボールに触れ、こちらへ帰ってきた。

 思考が凍る。何も考えられず、体も動かない。自分の身を省みず飛び込んだ三浦さんが、ボールの行方を確認するのを、ただ突っ立って、ぼーっと見ることしか出来なかった。

 ──彼女が、とても美しく、尊いものに思えたから。

 「おい! 七里ヶ浜!」

 比企谷くんがダッシュでこちらにきて、打ち返す。

 しかしミスショットだった。大きくコートを越えるようなフワリとした球。ほっとけばアウトになる球。

 それでも三浦さんは立ち上がって、覚束ない足取りでボールを追いかける。

 「っ! 優美子!」

 葉山くんが声を上げ、それでようやく現実に戻る。あのまま行けば、三浦さんはフェンスに突っ込んでしまう。

 葉山くんはラケットを投げ捨て、フェンスにぶつかる直前の三浦さんを身体で受け止めようとする。

 砂埃が派手に舞い、静寂がコートに満ちる。

 砂埃が晴れると、葉山くんは見事に三浦さんを受け止めていた。髪の毛を撫でている。こんな時でも彼は爽やかだった。

 三浦さんが顔を赤くし、ギャラリーが大声で隼人コールを始め、葉山くんと三浦さんは胴上げされながら校舎の方へと連れて行かれた。

 これで、終わり。

 

 「「「「……え?」」」」

 

 比企谷くん、由比ヶ浜さん、材木座くん、戸塚ちゃんの心が一つになった瞬間だった。

 「……今の馬鹿騒ぎしていた集団は一体何だったのかしら?」

 振り向くと、救急箱を持った雪ノ下さんが、小首をかしげながら此方へ歩いてきていた。

 「……青春って奴だろ、多分」

 その返し以外、俺には思いつかなかった。


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