やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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そして比企谷八幡は地味に傷つく。

 案の定比企谷くんは職員室で平塚てんてーに怒られていたようだ。今は何か手伝いさせられている。余計な事を書くからである。俺も人の事を言えないが。

 「ヒッキー!」

 由比ヶ浜さんが、まるで犬が飼い主を見つけた時のような風に目を輝かせながら声を上げる。見えない尻尾がブンブン振られていた。犬系女子だ。流行るか? 流行らないな。褒めてるのか貶してるのか分からないし。

 「おや、由比ヶ浜。悪いが比企谷を借りているぞ」

 「べ、別にあたしのじゃないです! ぜ、全然いいです!」

 「先生、どうせなら僕をこき使ってくださいよ」

 「お前の相手は比企谷以上に疲れるのでな。それに、お前はこの間呼び出した時にもう提出しただろう」

 「そう言えばそうでしたね。てか僕の相手ってそんな疲れますかね? こんな毒にも薬にもならない人間他にはそう居ないと思うんですけど」

 俺が尋ねると、俺以外の四人が一斉に頷いていた。マジかよ。

 「……なんか用か?」

 比企谷くんの問いに、由比ヶ浜さんの後ろにいる雪ノ下さんが、ツインテールをぴょこりと跳ねさせながら前に出て答える。

 「あなたがいつまで経っても部室へ来ないから捜しに来たのよ、由比ヶ浜さんは」

 「倒置法で自分は違うアピールいらねぇから、知ってるから。つか七里ヶ浜目ぇ覚ましたのか」

 「おかげさまでジャスト一分良い夢見れたわ。雪ノ下さんに膝枕してもらったし」

 どうやら部室まで運んでくれたのは比企谷くんらしい。比企谷くん、なんだかんだ言って面倒見良い奴だもんなぁ。働きだしたらこき使われそうなタイプだ。

 「どこの邪眼使いだよお前……てか膝枕ってマジか?」

 「そんなわけないでしょう……」

 雪ノ下さんが殺意の波動を飛ばしながら否定する。やべえよ波動○紫色になっちまうよ……。雪ノ下さん瞬獄殺とか撃てそうっすね。

 「わざわざ聞いて歩いたんだからね。そしたらみんな誰それって言うし。超大変だった」

 由比ヶ浜さんがプンスカしながら比企谷くんを責める。ていうか比企谷くん責めても知名度はどうにもならねーだろ。

 「その追加情報いらねえ……」

 まあ、多分俺も似たような感じになるだろうから比企谷くんを笑えない。

 「超大変だったんだからね」

 大切な事なので二回言いました。ていうかメールなり電話なりすりゃあ良かったんじゃないのか?

 疑問に思いながら由比ヶ浜さんを見ていると、彼女は手をもにょもにょこちょこちょと弄んでからその口を開いた。

 「別に良いんだけど……その、だからさ……携帯教えて? わざわざ捜して回るのもおかしいし、恥ずかしいし……」

 ……えっ!? 知らなかったの!? そのナリで奥手!?

 「別にいいけどよ……」

 言いながら携帯を取り出す比企谷くんと由比ヶ浜さん。比企谷くんの携帯はスマートフォン。由比ヶ浜さんの携帯はやたらゴテゴテと装飾された普通の携帯だった。ガラケーって言うんだっけ? 携帯にはあまり興味がないのでよくわからない。

 「赤外線使える?」

 「いや、俺スマートフォンだから赤外線ついてない」

 「えー、じゃあ手打ち? ……めんどっ」

 「アドレス交換する機会がないから必要ねぇんだよ。だいたい俺携帯嫌いだしな」

 そうだよな。俺も、何か首輪みたいで苦手だ。まあ嫌いと言っても、首輪どころか手錠レベルで付けられまくってるんだけどな。

 比企谷くんが由比ヶ浜さんに携帯電話を差し出すと、少し驚きながらも彼女は物凄い打鍵速度でアドレスを入力していた。すげーなおい。シューマッハ並だろこれ。今度から由比ヶ浜さんの事はシューマッ浜さんと呼ぼう。

 「……雪ノ下さんは交換しなくて良いの?」

 ふと疑問に思い、俺は比企谷くんと由比ヶ浜さんを尻目に雪ノ下さんに話しかけた。

 「逆に、私が比企谷くんとメールのやり取りをする必要性はあるのかしら?」

 雪ノ下さんが眉一つ動かさずに答える。……あ、あれ? 俺の予想ではもうちょっと慌てるはずだったんだけど? 雪ノ下さん、比企谷くんのこと何とも思ってないのか?

 「……あ、そう。じゃ俺と交換する? 一日に百件くらい送るよ?」

 嘘だけど。そもそもメールなんて送った経験すらない。基本電話だし、十秒で終わるような連絡事項を告げる為だ。しかも自分から電話するわけでもない。なんの為に持ってるんだ、携帯。

 「……それ、ストーカーじゃない……」

 「実は俺、雪ノ下さんの熱烈なストーカーなんだ。ちゃんとカーテンは閉めた方が良いよ。お風呂上りで無防備な姿の雪ノ下さんは他の人に見られたくないし」

 「嘘ね。私、カーテンを開けっ放しにした事なんて一度も無いし、お風呂上りでも無防備な姿になんてならないもの」

 「あ、バレた?」

 「そもそもあなたは、人にそこまで執着する人間じゃないでしょう……」

 「いや超するよ? 執着し過ぎて逮捕されるレベル」

 否定すると、雪ノ下さんは遂に何のリアクションもせずに俺を無視し始めた。そら(ウザい絡みしたら)そう(無視される)よ。

 話し相手を失ったのでもう一度比企谷くんたちの方を見ると、何故か平塚てんてーまでもが比企谷くんの携帯電話に何かを打ち込んでいた。多分メールアドレスだろう。ていうかずりーぞ比企谷くん。俺も平塚てんてーとアドレス交換してーよ。

 「比企谷。もういいぞ。手伝い助かった。行きたまえ」

 羨みながら比企谷くんを見ていると、平塚てんてーは咥えたタバコに火をつけてそう言った。

 ……タバコ吸いてーな。

 「んじゃ俺はこれで」

 思い立ったが吉日、俺は奉仕部の面々と平塚てんてーにそう告げて職員室をあとにして、すごすごと我が城こと非常用階段へ向かう事にした。

 

 

 

 

 特別棟の四階、東側。グラウンドを眼下に望む場所に我らが奉仕部の部室はある。

 開け放った窓からは、下手くそな吹奏楽部の管楽器の演奏や、これまた下手くそな運動部の掛け声などが聞こえてくる。

 羨ましい。素直にそう思う。

 トランペットもサックスも、確実に俺の方が上手い。テニスやサッカーだって俺の方が上手いだろう。

 それでも、下手くそだろうが何だろうが、熱くなれる奴らはそれだけで眩しいのだ。

 そして我らが奉仕部に目を移せば、やっていることと言えば読書か携帯。何一つ熱くなる要素の無い、ゼロ点の青春だった。

 かくいう俺も、机の上で寝転がってぼーっとしているだけなので人のことは言えない。ままならないものである。

 「どうかしたの?」

 半分眠りの国の七之助になっていると、いきなり雪ノ下さんの声が耳朶を打った。

 彼女の方を見やると、彼女は相変わらず本を読んでいた。一体何を言い始めたのだろう。雪ノ下さんは遂に霊能力まで手に入れたのだろうか。

 「あ、うん……何でもないんだけど、ちょっと変なメール来て、うわって思っただけ」

 一人で霊界探偵雪ノ下雪乃を思い浮かべて腹筋がつりそうになりながらも無表情を保っていると、由比ヶ浜さんが雪ノ下さんの声に答えていた。どうやら雪ノ下さんは由比ヶ浜さんを心配していたらしい。

 「比企谷くん、警察のお世話になりたくなければ今後そういう卑猥なメールを送るのは控えなさい」

 そこで俺の表情筋は臨界点を迎え、声こそ上げなかったがとうとう笑ってしまう。ま、誰もこっち見てないから笑ってても怒られないんだけどね。

 「俺じゃねえし……。証拠はどこにあんだよ。証拠出せ、ソース示せ」

 「その言葉がそのまま証拠といっていいわね。犯人の台詞なんて『証拠はどこにあるんだ』や『大した推理だ、君は小説家にでもなった方がいいんじゃないか』だったり『殺人鬼と同じ部屋になんていられるか』と、相場は決まっているのよ」

 「や、最後のは違うだろ」

 それは被害者、それも二人目くらいのあまり印象に残らない殺され方をする超脇役の台詞だ。最初でも最後でもない為、ほとんど目立たないという不遇の死を遂げる人の台詞だ。

 「そうだったかしら」

 比企谷くんにも同じようなことを言われた雪ノ下さんは、首を捻ってぱらぱらとページを繰る。どうやら推理小説を読んでいたらしい。雪ノ下さんのことだから、シャーロックとかポワロとかだろうか。ミステリと言っても、彼女がマーロウを好んで読むタイプには見えない。ここにいる奴らも全員ハーフボイルドだし。

 「いやー……ヒッキーは犯人じゃないと思うよ?」

 由比ヶ浜さんがそう言うと、雪ノ下さんが「証拠は?」と尋ねている。どんだけ比企谷くんを犯人扱いしたいんだよ。

 「んー、内容がうちのクラスのことなんだよね。だからヒッキー無関係っていうか」

 「いや俺同じクラスだろ……」

 「なら無関係ね」

 「証拠能力認めちゃったしさ」

 「まあ、関係無いだろうな」

 「てめぇ……」

 無関係扱いされた比企谷くんに内心爆笑しながらも、そんなことはおくびにも出さず便乗する。実際関係無いだろうしね。

 「大丈夫だって! 比企谷くんは俗世のしがらみに囚われてないだけだから!」

 「てめえに言われても嬉しくないどころか、白々しい分余計腹立つわ」

 「慰め甲斐のない奴だなぁ……」

 比企谷くんの余りのひねっぷりに少々苦笑いしてしまう。ホント、どんな奴だと思われてんだよ、俺。

 「……うん、あんま気にしないことにする。こういうの、時々あるしさ」

 そう言って由比ヶ浜さんが携帯電話をぱたんと閉じる。まさに『臭いものに蓋』だ。

 当たり前の事だが、他人との繋がりなんてものは、どこまで行っても本質的には『臭いもの』なのだ。そんなものを切って捨てることに、何の呵責を感じよう。それこそ無駄というものだ。

 「……暇」

 携帯電話を使えなくなった為、由比ヶ浜さんは退屈そうな顔で呟く。同感である。

 「勉強でもしていたら? 中間試験も迫っていることだし」

 「もうそんな時期か!」

 『中間試験』という単語を聞いた俺はガバッと起き上がり声を上げた。

 「……定期試験を嫌がる人は多いけれど、そんな笑顔を見せる人はそういないでしょうね」

 雪ノ下さんは予想外の方向からの声に少々驚いたようで、軽く座り直して俺に視線をやった。

 「何でそんな楽しみにしてんだよ……」

 比企谷くんが相変わらず腐った目でこちらを見ながら聞いてくる。

 「今回こそリベンジが掛かってるからな。それに、二年になって初めてのテストだ。傾向と対策を練るために、データ収集は欠かせない」

 「定期試験如きで傾向と対策なんて必要ないでしょう……」

 雪ノ下さんが塩度の高い冷笑を俺に送ってきた。甘いぞゆきのん。

 「そりゃ百点取るのに対策なんて要らないけどさ。百点阻止問題だって大した問題じゃないし」

 「……え? じゃあ何の対策するの?」

 由比ヶ浜さんが何言ってんだこいつ的な目をしていた。完全にバカにしてる。

 「いやまず百点取るのを当然みたく言ってることを疑問に思えよ。雪ノ下かよ……」

 「いや、テストなんて本に書いてあることさえ理解すりゃ簡単なもんだろ。なぁ?」

 同意を求めて雪ノ下さんに話を振る。

 「まあ、そうね。でも、あなたにそれが出来るとは思えないのだけど」

 ひでぇ言い分である。俺のことを何だと思っているのだ。これでも生まれる前までは神童と呼ばれていたんだぞ。つまり生まれてからはダメだということだ。ダメダメである。

 「対策ってのはだな、各教科担当がどんな問題をどんな配点にしてテストをするか予想することだ」

 「……それ意味あるの?」

 由比ヶ浜さんは相変わらずキョトンとしながら尋ねてくる。雪ノ下さんはというと、俺が何をしようとしているのか理解したのか、こめかみを抑えながら生ゴミを見るような目でこちらを見ていた。

 「テストで遊ぶ奴にはある」

 「テストで遊ぶって何だよ。真面目にやれよ」

 比企谷くんにしてはマトモな意見である。ていうか俺も結構酷い奴だな。比企谷くんにしてはって何様のつもりだよ。

 「……おそらく七里ヶ浜くんは、点数を調整して遊んでいるのよ」

 「点数……調整……?」

 「何点を狙っているの?」

 先ほどより更にポカンとした顔をしている由比ヶ浜さんを無視して話を進める雪ノ下さん。

 「当然七十七点だろ。人呼んでラッキーセブンシッチーとは俺のことだ!」

 俺がビシッとサムズアップを決めると、部室の温度が急激に下がった。……あれ? もう五月だよね?

 「ちなみに、一年の時のチキチキバンバン全教科七十七点ピッタンコチャレンジは三勝二敗だった」

 ちなみに、期末でしか試験をしない実技科目のペーパーテストは無理があるのでやめた。一応狙いはしたが、そもそも一問二点で五十問だとか五十点満点やらのせいで不可能だ。結局七十六点と三十八点に甘えた。

 「敗因は?」

 乗り気になったのか雪ノ下さんが中々突っ込んだ質問をしてくる。多分雪ノ下さんも、ルーチンワークじみた定期試験を楽しく乗り切る方法に興味があるのだろう。

 「一学期中間は情報不足。三学期期末は物理のテストの問題ミスがあったせいで、全員四点プレゼントでズラされた」

 「あら、その程度も読めなかったの?」

 「ハナから計算に入れてなかったから見てすらない問題だったんだよ……」

 まさかあんな伏兵が潜んでいたとは。定期試験、侮り難し。

 「甘いのね、七里ヶ浜くん」

 雪ノ下さんが勝ち誇ったような笑顔を浮かべる。そもそも競ってないだろ。

 「まあ、何にせよ勉強は大事だからな、由比ヶ浜さん」

 俺が由比ヶ浜さんの方を見て意味深に言うと、彼女は職員室への道すがらの会話を思い出したらしく、気合の入った表情をしてから大声で宣言した。

 「と、いうわけで。今週から勉強会をやります」

 「「「あ、そう」」」

 「リアクション薄っ!!」

 「だって……なぁ?」

 意味もなく比企谷くんに同意を求めると、彼も面倒そうな顔をしてしきりに頷いていた。

 「じゃあ、プレナのサイゼでいい?」

 「私は別に構わないけど……」

 雪ノ下さんが言いごもると、次は比企谷くんが口を開きかけた。

 「由比ヶ浜、その、なんだ」

 「ゆきのんと二人でお出かけって初めてだね!」

 「そうかしら」

 …………あぁ。比企谷くんの心に、また余計な傷が……。

 


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