結論から言うと、奉仕部なるものは、大して面白くなかった。
最初の一日は、雪ノ下さんの毒舌や、それに誘発されて語られる比企谷くんの自虐がそれなりに面白かったし、何より同い年の奴らとこんなに話すのは初めてだった為、新鮮に感じられた。
しかし、二日もすればマンネリ化、三日も経てばただのゴミ。
残酷なほどに、彼らとの会話は俺を満たしはしなかった。
しかし、平塚先生はこの部活を辞めると楽に進級をさせてくれないと言ったので来なければならない。
学校などという、こんなにも楽しくない場所に一年長く拘束されるなんて考えられない事だ。
従って俺は、部室へ来ては現実逃避のように眠り、終わればすぐ帰るというパターンを確立していた。
そんな生活が一週間ほど続いたある日、部室に着いた俺が眠りの国へ誘われようとしてる最中、雪ノ下さんがいきなり話しかけてきた。
「七里ヶ浜くん」
「はいぃ?」
寝呆けていたため、何故か渾身のモノマネを披露してしまった。
「……モノマネ、上手いわね……」
雪ノ下さんが笑いを堪えてプルプルしていた。
そうだろうそうだろう。一時期狂った様に声帯模写を練習したからな。あれは結構長く持った方だったから、よく覚えている。多分三ヶ月はハマっていた。
「まさか雪ノ下さんからお褒めに与れるとは。感謝感激雨ざらしだな」
雪ノ下さんは笑いが収まってきたのか、軽く座り直してこちらを見た。
「ところであなた、本当に更生する気はあるのかしら?」
と、問う雪ノ下さん。
遂に来てしまったか。まあ流石にここまで不真面目な態度だとそう思われても仕方ないかもしれない。比企谷くんでさえ部活中に寝てはいないのだから。
それにしても、何と答えれば良いのだろう。
当然更生する気なんてサラサラ無いし、そもそも更生する必要も無い。
何故なら俺は、自分が楽しい事を楽しいようにやれていればそれで満足だからだ。
ならば正直にそう言うか? 馬鹿を言っちゃいけない。そんな事を言って目の前の女に噛みつかれるのは楽しくないし、何より、俺たちをありがた迷惑ではあるが更生させようとしてくれている雪ノ下さんにそんな事を言うのは、楽しくない上に失礼だろう。
そこまで思い至って、俺は比企谷くんにぶん投げる事にした。
彼なら失礼な事を言ってもいつも通り雪ノ下さんの毒舌に沈むだけだろう。
「俺は、まあそこそこに。比企谷くんは?」
適当な言葉で濁し、比企谷くんに丸投げした。比企谷くん、君には水底が似合いだ。
「俺は無い」
「あなたは変わらないと社会的に不味いレベルだと思うのだけど……」
「大体俺は今の自分に満足してんだよ。それに、社会的に変わらなきゃ不味いのは七里ヶ浜の方だろ。ほっとけば秒間幾らってレベルで嘘吐いてそうな奴見た事ねえよ。マシンガンかよ」
比企谷くんがこちらに話を戻すと、雪ノ下さんも納得したのかこっちへ身体を向き直した。
「あなたに同意するのは癪だけど、確かにそうね。彼の虚言癖は何としても治すべきだわ」
メインブースターがイかれただと!? 狙ったのかハチマン・グリント……よりによってこの状況で……! 認めん、認められるかこんなこと!
「大体、そんなに嘘は吐いてないと思うんだけど?」
悪あがきとは自分でも分かったがとりあえず反論してみる。
「いーや大量にあるね。勉強は出来る方だとか、三日あれば痩せられるとか、色々楽器出来るとか、全く信用出来ねえ。大体そんな完璧超人みたいな奴は息するみたいに嘘をつかないだろ」
こ、この野郎……。いや、俺も比企谷くんを陥れようとしたのだ。これ位の奸計は甘んじて受けいれてやろう。
「確かに私も、信用出来ないわね。こんな社会不適合者と意見が一致するのはとても悔しいけれど」
「いや俺たち今七里ヶ浜の話してるんだよね? 当然の様に俺の事揶揄すんのやめてくんない?」
「自分の事を棚に上げて人をあげつらうような事をするからよ、棚が谷くん」
ものすごい良い笑顔で雪ノ下さんが比企谷くんを貶すもんだから、てっきり褒めてんのかと思ったけど全くそんな事はなかった。憐れ比企谷くん。合掌。
とまあ冗談はこのくらいにして。この人たちの漫才を見るのもそこそこ面白くはあったが、はっきり言って飽きてきたので辛いものがある。
「更生って言っても、そこまでダメか? 俺と比企谷くん。別に俺たちはそこそこ楽しくやってるし、他人に迷惑かけてる訳でもないだろ? なぁ?」
埒があかない気がしたので、俺は比企谷くんを引き入れる事にした。これから毎日雪ノ下さんを攻撃しようぜ?
「そうだよ。大体、変わるだの変わらないだの、そんなの結局逃げじゃねえか。そんな簡単に変えれるような『自分』なんて自分とは呼ばないだろ」
そんな邪悪な考えに共鳴したのか、比企谷くんはあっさり俺側へと寝返った。何でこの部室こんなドロドロしてんだ。次は俺が雪ノ下さんへ寝返る番か……。それにしても雪ノ下さんへ寝返るって、なんかそこはかとないエロスを感じるぞ。
ああダメだ、あまりにつまらなさ過ぎて遂に脳内がピンクになりはじめた。助けてくれ笑いの神様。
そんな祈りを知ってか知らずか、比企谷くんと雪ノ下さんの舌戦は激化の一歩を辿っていた。
「あなたのそれは逃げよ。変わらなければ前には進めないわ」
雪ノ下さんには、出来れば『だから神を信じましょう』まで言って欲しかったな。ついでに壺の紹介も始めてくれたら、きっと大笑い出来た筈だ。
「本当に逃げてないならそこで踏ん張んだろ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」
物凄く良いこと言ってんなぁ比企谷くん。相変わらず目が腐ってるせいで台無しだけど。
「……それじゃ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」
そう言った雪ノ下さんの表情を見て、俺は少し憐れみを感じた。
上から目線で何言ってるんだと思われるかもしれないが、あんな表情は女子高生のするべきもんじゃないし、強迫観念じみた考えで動いても碌なことがないだろう。
「分かった。更生するよ。すりゃあ良いんだろ」
険悪になりそうな二人の空気を察して、俺は結構思い切った提案をした。
「……具体的には、何をするつもりなの?」
「……ダイエットとか」
季節は春。衣替えにはまだ早いが、どうせもうすぐやるんだから、今からやってもいいだろう。いい加減こいつ等にデブだなんだと言われるのも飽きた。
「ほら、こんな身体なのは自己管理が出来てないからだろ? 頑張って痩せるわ。目に見えて変わるから分かりやすいし、な?」
無茶苦茶言ってるなという自覚はある。
平塚先生の言ってた更生というのは、むしろ目に見えない所の話だ。しかし、俺も、多分比企谷くんも、そうやすやすとは自分の生き方、ポリシーを変えないだろう。まあ比企谷くんのポリシーなんて知らないんだけど。
ならば、目に見える場所を変えてみて、それで納得してもらおうという作戦だ。上手くいくかは分からないが、却下されても先ほどまでの険悪な雰囲気は白けてくれるだろう。
俺は、人が喧嘩してるのを見るのが嫌いなんだ。
「まさか二日でダイエットとかマジで言ってんじゃねーだろうな」
比企谷くんが疑わしそうな目で見ている。彼の目は『疑わしきは罰せず』の色をしてるが、雪ノ下さんの目は『疑わしきは見つけ次第殺せ』みたいな感じだった。こえーよ。もっとソフトな言い方……見敵必殺……サーチアンドデストロイ……。あ、ダメだこれ。言い換えても怖さ変わらねーわ。
「とにかく、信じられないなら、二日後を楽しみにしてるんだな。見事にチビデブからチビにランクアップしてやるよ」
一肌、いや一脂肪脱ぐというべきか。
てか、この放課後の活動が余りに代わり映えしなさ過ぎるせいで、いい加減飽きてしまったのだ。何か面白い事をして気を紛らましていたい。でなきゃ確実にバックれる。
「そこは変わらないのね……」
「……中学の頃から一センチも伸びないから、もう諦めた」
「「可哀想に……」」
ハモってんじゃねーよ。
ねーよ……。
それから二日後、俺は見事暑い脂肪を脱ぎ捨て、チビデブからチビになることに成功していた。
「まさか本当に痩せてくるなんて……」
「あり得ねえだろ……どうやったんだよ……」
二人の驚きを一身に受け、身も心も少し軽くなった気がした。どうだ。それ見たことか。
それにしても、何故だろうか。
毎年夏前にやってることなので達成感など毛ほども無かった筈なのに、彼らの驚いた顔を見ていると、何だか心が弾んだ。
「というか、そんな簡単に痩せたり太ったり出来るなら、最初から太らなければ良いのでは?」
雪ノ下さんが物凄く素人臭い疑問を投げかけてきたので、俺は全力でクールを気取ってこう答えてやった。
「だって、これだと冬寒いじゃん」
ってね!