やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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おしなべて奴らはラーメンが好きである。

 翌日、俺たちはまたもや川崎さん更生作戦を決行していた。

 次の作戦は、『イケメン一本釣り! 恋が始まる五秒前!』だ。名前は俺が心の中で一人で勝手に付けた。ネーミングセンスがないのはご愛嬌。

 内容は簡単、我らが爽やか貴公子こと葉山隼人くんに御足労ねがい、川崎さんにイケメンな感じで話しかけてもらって上手いことバイトを辞めさせるという作戦だ。言っててアタマが痛くなってきた。いくらなんでもふわっとし過ぎである。

 そんなわけで、俺たちは駐輪場で川崎さんがやってくるのを今か今かと待ち受けているのである。

 そして、ついにその時は来た。

 川崎さんは昨日と同じようにかったるそうに歩いていた。あくびを一つ噛み殺し、自転車の鍵を開けたところで葉山くんが予定通り現れる。

 「お疲れ、眠そうだね」

 おお、上手だ。演技しているという意識のせいで喉が閉まって声が何時もより若干、普通なら気付かない程度に上がってはいたが、及第点はあげられるだろう。俺基準ほどアテにならないものもないけど。

 「バイトかなんか? あんまり根詰めないほうがいいよ?」

 ……それにしても良い奴だなあ、葉山くん。由比ヶ浜さんに頼まれてからパターン考えたんだろうなぁと思うと、彼の好青年っぷりに涙がちょちょぎれてしまう。

 しかしそんな葉山くんの気苦労なんてまるで知らない川崎さんの対応は酷くおざなりなものだった。

 「お気遣いどーも。じゃ、帰るから」

 ため息交じりにそう告げて、川崎さんは自転車を押して去っていこうとする。しかし、葉山くんのプロ意識はこんな事でへし折れるほどやわではなかった。

 「あのさ……」

 まるで天が葉山くんに味方したように、爽やかな初夏の風が二人の間を吹き抜けた。さ、さみぃ……。

 一人身体をこすっていると、雪ノ下さんから変な視線を貰ったが、気にせず続行する。寒いんだよ……。

 というか他の奴も似たり寄ったりだ。由比ヶ浜さんは見るからに恋愛映画に夢中になっている女子高生そのものだし、材木座くんに至っては今にも葉山くんのことを殺しに行きそうな顔をしている。どうやら二人とも、葉山くんが纏うラブコメの波動に当てられたらしい。

 「そんなに強がらなくても、いいんじゃないかな?」

 これはオチましたわ。流石の川崎さんもこれには頬を赤らめるくらいしてくれるだろう。

 「あ、そういうのいらないんで」

 あっ……。

 スタスタカラカラと川崎さんは自転車を押して歩いていった。

 「まだだっ! 俺が吶喊する!」

 時間が止まったかのように硬直した葉山くんや、それをエサに爆笑するクズ野郎二人──当然比企谷くんと材木座くんだ──を尻目に、俺は全速力で走って川崎さんの前へと回り込んだ。

 「あのさ……」

 「……七里ヶ浜?」

 不思議そうな顔でこちらを見る川崎さんに、俺は出来うる限りの爽やかな笑顔を以って言い放った。

 「そんなに強がらなくても、いいんじゃないかな?」

 「死ね」

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで一つ言っておかなければならない事がある。

 俺は今回の川崎さんの一件について、深入りする気は一切まるでなかったということだ。

 家庭の事情だ。たかが一同級生、しかも大して話したこともなければ、お互いの事なんでまるで知らない奴が介入してどうにかなる範疇を大きく越えているし、何より川崎さんからすれば迷惑極まりない行為でしかないからだ。

 それでも俺は今日ここに来てしまった。これは、奉仕部で強制されたからではない。

 ただ、少し興味が湧いたのだ。俺が提示する解決法に、川崎さんがどんな顔をするのだろうかと。

 目的地の最寄りの駅前に、俺と比企谷くんと由比ヶ浜さん、それに成り行き上関わった材木座くんと戸塚ちゃんは集まっていた。

 雪ノ下さんのオーダーには、大人っぽい格好──つまり、ドレスコードに引っ掛からない格好──をしてこいというものがあったが、残念ながら要求を満たしているのはジャケットを着た比企谷くんと、スーツを着ている俺だけだ。材木座くんに至っては作務衣を着ている上、アタマにタオルまで巻いている。良いセンスしてるぜ、材木座くん。

 「それにしても、葉山のアレ最高だったな」

 比企谷くんがニヤニヤと思い出し笑いをしながら、ぽつりと呟く。

 「性格悪いぞ、比企谷くん」

 「葉山が失敗して一分も経ってないうちに、しかも葉山の目の前で、一字一句変えずに全く同じ声で言ったお前も相当性格悪いがな」

 「アレは言うなればエンターテイメントだからな。面白かったろ?」

 「……悔しいが完璧だったな」

 「ムホン。それにしても、七之助にあのような特技があるとは知らなかったぞ、我」

 「今更何言ってんだ材木座、テニス勝負の時に出てきた女はこいつだぞ」

 「え!? そうなの!?」

 「そ、そうだったんだ……」

 そういえばこいつらにも言ってなかったっけか。あの時は、比企谷くんと由比ヶ浜さんにしか言ってなかったのか。

 「ソーーナンス!」

 渾身のポケモンモノマネを披露する。ちなみに俺のポケモンモノマネは百八まである。マジで。ついでに言うと一番得意なのはキモ○。フシギ○ナもイケる。

 「「ぶふっ!」」

 「た、楽しそうだね、ヒッキー達……」

 「……この男達は何をやっているのかしら」

 「あ、ゆきのん!」

 氷の殺戮者のエントリーだ!

 「……こちらの男の人は?」

 「はーいどうも! あなたのハートにずっきゅんきゅん、七里ヶ浜七之助きゅんですよー!!」

 「……比企谷くん、彼の喋っている言語を翻訳してくれないかしら?」

 「なんで俺なんだよ……。いつもの顔だとスーツが似合わないんだとよ」

 「……確かにあの顔でスーツは少し無理があるわね」

 雪ノ下さんは不思議そうな顔をしながら俺の格好を見た。黒いスーツに白いシャツ。一応ダークブルーのネクタイまで締めている。どっからどう見ても社会人の格好だ。

 「ちなみにこの状態で駅前ハンティングすると、五人に一人くらいは女子高生引っ掛けられる」

 「お前ナンパまでやってんのかよ……」

 比企谷くんが呆れたように一人ごちり、雪ノ下さんや由比ヶ浜さんも同じように呆れた視線を俺へと送っていた。

 「たまには女の子とお話しないと、どんどん潤いがなくなっちまうからな」

 ま、別にやらなくてもいいし、そもそも中学の時の話だ。最近はほとんどやっていない。飽きた。

 「まあいいわ。それより……」

 そう言った雪ノ下さんは、集まっている面子をくるりと見渡した。

 「不合格」

 「む?」

 「不合格」

 「え?」

 「不合格」

 「へ?」

 「不適格」

 「おい……」

 「……不愉快」

 「雪ノ下さんに不愉快に思われるくらいなら死ぬわ」

 スラックスのポケットからナイフを取り出し、自分の首にあてがう。

 まさに早業。刃を起こしてから自分の首筋に当てて止まるまでに、誰一人として俺が何をやっているかに気付かなかったようだ。暇さえあれば早抜きやってた時期もあったからな。

 「え!? しちりん何やってんの!?」

 しばらく惚けていた由比ヶ浜さんが声を上げる。

 「今言った通りだけど……?」

 「さ、流石におかしいでしょ!」

 「おかしくねえだろ。昔の侍は自ら命を絶つことで自らを生かしてたんだ。それと同じだ。なあ材木座くん」

 「そ、そうだな。そういうのもあるな。だが我、流石に目の前で死なれるのは嫌かなーとか思ったり」

 材木座くん……キャラぶれ過ぎだろ……。

 「ダメだよ七里ヶ浜くん!」

 「悪いな戸塚ちゃん……男にはやらなきゃなんねえ時ってのがあるんだ……」

 「そ、そうなんだ……」

 ……いや、納得すんなよ。もしかして戸塚ちゃんも結構なアホの子だったのか?

 「つかなんでナイフなんて持ってんだよ。明らかに逮捕されるレベルの刃渡りじゃねえか」

 相変わらず腐った目で比企谷くんが尋ねてくる。あんまり驚いてないようだった。

 「だってナイフってカッコいいじゃん。こんな使い方出来るとは思ってもみなかったけど。ちなみにこのナイフについての薀蓄聞きたい? メーカーも材質も値段も結構凄い奴なんだけど」

 「聞きたくねえよ……。おい雪ノ下、話が進まねえからこれ直せ」

 そう言って比企谷くんは俺を指差しながら雪ノ下さんを見やった。

 「はぁ……。不愉快じゃないから、早くそれをしまいなさい。人通りも多いし、本当に捕まってしまうわ」

 「雪ノ下様っ……! ありがてぇっ……!」

 俺は涙を流しながらナイフを折り畳んでポケットにしまった。

 「ガ、ガチ泣きしてるし……」

 「で、俺と比企谷くんの格好なら大丈夫だと思うが、他の奴はどうするんだ? そこまで煩い店じゃなかったはずだけど、流石に作務衣は拒否られるぞ?」

 一瞬で涙を引っ込めて雪ノ下さんに向き直る。残念ながらこの寸劇はここまで。飽きたし。

 「呆れた……。そうね、由比ヶ浜さんが着れそうな服なら用意出来そうだから、戸塚くんたちには悪いけど……」

 「あ、全然良いよ。無理言っちゃってゴメンね?」

 「こちらこそ感謝してるわ。ここまで付き合ってくれてありがとう。……それじゃ、由比ヶ浜さん」

 そう言って雪ノ下さんと由比ヶ浜さんはテクテクと元来た方角へと歩いて行った。

 そして俺たちは置き去りを喰らい、ぽつねんと突っ立っていた。

 「さて、これからどうするか……」

 比企谷くんが重い口を開く。

 「八幡、みんなでご飯食べに行こうよ」

 「行く。絶対行く。むしろ二人で行こう」

 「で、何を食す?」

 急速に目を腐らせ始めた比企谷くんを無視して、材木座くんはお腹をなでくりまわして誰にともなく問いかけた。

 「何で着いて来る気満々なんだよ……」

 「いや、俺は普通に行きたくねえんだけど」

 「どうして……?」

 出来れば行きたくないなと思いながら言うと、戸塚ちゃんが心なしか目をウルウルさせながらこちらを見た。

 「……おい」

 比企谷くんがものすごいプレッシャーを放っている……。比企谷くんガチ過ぎるだろ……。

 「……行きますがな」

 こうなると折れるしかない。マイノリティは死すべし、だ。ついでに野獣も死すべし。

 「で、何を食うかに戻って来る訳だが……」

 「ラーメンだろう」

 「ラーメンだよね?」

 「やっぱラーメンか」

 「……そうだね、ラーメンだね」

 またラーメンかよ……。勘弁してくれ……。

 

 

 

 

 死にかけながらも妙に脂っこい醤油ラーメンを逃れた俺を待っていたのは、また、地獄だった。……ってわけでもなく、ラーメン屋で材木座くんと戸塚ちゃんと別れた俺と比企谷くんは、ホテルオークラへとその足を運んでいた。

 比企谷くんの携帯電話が受信した由比ヶ浜さんからのメールにはもうすぐ到着とあったので、俺たちはロビーのソファーに座って暇を潰していた。

 「なあ、比企谷くん」

 「んだよ」

 「喫煙所とか知らない?」

 「知るわけねえだろうが……勝手に探して来い。つか由比ヶ浜達ももうすぐ来るぞ?」

 「ああ……帰ってくるまでに由比ヶ浜さん達来たら先行っといてくれ……んじゃ……」

 「妙にテンション低いなおい」

 高いわけねえだろうが! むしろ死にかけだわ! 

 「ラーメンがな……ちょっとな……」

 よっぽど言ってやろうと思ったが、残念ながら吠える気力すら失せていた。

 そんなこんなで喫煙所探しの旅に出ようと振り返ると、サマードレスを着た雪ノ下さん達が丁度入り口に立っていた。タバコすら吸えねえのかよ……。

 「さ、行きましょう」

 「そうですね。早く行ってとっとと終わらせましょうね」

 そう、心はまさに明鏡止水。吐き気を堪えて進軍する、孤高の戦士だ。

 …………うん。

 

 




なんか、バーがオレンジ色になってたり、お気に入りが一気に10とか増えてて物凄くびっくりしました。俺ガイルの面白い奴から流れてきてくれたとかですかね?ありがたい限りです。
あと、何故か評価が9にしか入ってなくて裏があるんじゃないかと不安だったんですが、ようやく低評価も入れてもらえるようになって安心しました。ネット小説はこうでないとね!!
とにかく、今まで読んでくれていた人も新しく読み始めてくれた人も楽しめるようこれからも頑張って更新させて頂きます!

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