やはり彼らのラブコメは見ていて楽しい。   作:ぐるっぷ

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遅い上にものすごく短くなっちゃいました。
あと、陽乃さんのファンの方ごめんなさい。陽乃さんを貶める気は全くないので許してください。


つまり俺と彼女は相容れない。

 タバコを一本吸い終えた俺は、あてもなくぶらぶらと雑貨屋やら何やらを回っていた。

 正直誕生日に送る物品など全く思いつかないのでかなり辛いものがあるが、人間関係を円滑に進めるためにはこういうご機嫌取りみたいなものも重要なのだ。

 それにしても人が多い。やはり休日にこんなところへ来るべきじゃなかったなと半ば後悔しはじめる。どこを見ても人、人、人だ。家族連れ、カップル、老夫婦、そして犬。雁首揃えてうじゃうじゃと湧いている。

 「……犬?」

 気付いた時には遅かった。その犬はいきなり俺の肩辺りまで飛びかかり、そのまま首筋をベロベロと舐めはじめた。

 「なんだこれ……うぜぇ……」

 躾のなっていない犬である。飼い主は一体何をやってるんだ。普通に躾をしてりゃ知らない奴にいきなり飛びかかるなんてことしないだろ。いや、するのか? 犬は飼ったことがないので分からないが、それでもこれはちょっと異常だろう。

 まあ、自分の妙な体質のせいだろうと半ば確信していたが、それは意図的に無視した。俺、悪くない。

 犬を適当に振り払い服をポンポンと叩くと、丁度毛の生え変わる時期だったのか結構な量の毛が落ちていった。

 「ふぅ……。やっぱ嫌なことあったな」

 まあ、この程度で済むなら安いものである。こんなに良い天気はもうしばらくないだろうし、ここからは存分に羽根を伸ばして好きなように遊ぼう。最近あまりやれていない、楽しいこと探しに行くのも良い。

 「さしあたってはこの犬か……どうすっかな、これ」

 流石にこのまま放置して歩いて行くのは良心の呵責がある。ていうか多分勝手に着いて来るだろうから、放っておくと飼い主の人と完全にはぐれてしまう。別に俺には関係ないからどうでも良いんだけど、これでゆか姉の家にでも転がり込まれるのは流石に面倒なので、一応飼い主を探すことにした。

 キョロキョロと周りを見渡してみるが、誰が飼い主かなんて分かるはずもなく途方に暮れる。

 「……どうすっかな、これ」

 相変わらず犬はハアハアと舌を出しながら俺の顔を見上げている。お前、ちょっとは飼い主の心配とかしろよ……。何自由楽しんじゃってんだよ……。

 どうしようと頭を痛めていると、唐突に女の声が聞こえた。

 「あ! いたいたー! サブレー!!」

 多分飼い主の人だろう。その声はまさに俺を救う福音だった。いや、ホントよかった。これ以上こいつにかかわずらう羽目になってたらと思うと自分でも気が滅入る。

 「あ、飼い主の方で……あっ」

 振り向いて犬を引き渡そうとすると、相手の顔に既視感を感じた。というか、由比ヶ浜さんだった。

 「しちりん!? 何やってんのこんなとこで?」

 犬──サブレというらしい──を抱きかかえながら彼女は頭の上に疑問符を浮かべている。

 「綺麗に晴れてたから、適当に女の子でもコマそうかなと思って」

 「へぇー……って最低だ!?」

 「冗談冗談。実は……」

 ここで俺の口は次の台詞を紡ぐことを拒んだ。そうだ、サプライズプレゼント選びにきましたって言うのはちょっとまずいだろう。サプライズなんだから秘密にしておかないと。

 「……いや、普通に買い物しに来ただけ。休みの日なんだから、なんも珍しくないだろ?」

 「そ、そだね」

 短く相槌を打つ由比ヶ浜さんの態度はどこか他人行儀で、そういえば最近由比ヶ浜さんは部活に来ていなかったことを思い出した。

 「……最近なんかあった?」

 何故か、投げかけた言葉の裏に比企谷くんの顔がちらつく。

 「んーん、別になんにもないよ?」

 そういってクスリと笑う由比ヶ浜さんから、その表情とは裏腹な強い拒絶を感じて、俺は何も言えなくなった。

 「……そっか。そんじゃ俺行くわ」

 「うん、また……」

 控えめに手を振る彼女を振り返って見ることは、意識的に避けた。少なくとも俺には彼女に付き合って自分から面倒な荷物を背負い込む義務などないのだから、関わらない方が良い。願わくば、一刻も早い解決を。といったところだ。

 ……でも。

 「……奉仕部、来てくれよ。由比ヶ浜さんいないと、雪ノ下さん死んじまうからさ」

 これくらいなら、言ってしまっても良いのだろうか。

 残念ながら、後ろにいるはずの由比ヶ浜さんがどんな顔をしているかを確認することは、俺には出来なかった。

 

 

 

 

 「うわ」

 行く当てもなかったので、結局モールの中をダラダラ歩いていると、当然と言うべきか、比企谷くんたちに再び出くわしてしまった。

 「うわってなんだよ。ていうかお前今までどこほっついてたんだ」

 「や、トイレ行ってたらはぐれちゃって。ごめんごめん」

 「まあ別に良いけどよ……お前はもう由比ヶ浜に渡すやつ決めたのか?」

 「大体は。後は比企谷くんと雪ノ下さんが選ぶやつと被らないか確認しとくくらいかな」

 「そう。私はエプロンを用意したわ」

 そう言って雪ノ下さんは自慢げに、手に下げた袋を俺に見せるように持ち上げた。

 「……由比ヶ浜さんはエプロン、使うのか……?」

 「いやそこツッコんじゃダメなところだろ……」

 比企谷くんから至極ごもっともなお叱りを受け、俺は自分の髪の毛をくしゃくしゃと軽く撫でた。

 「比企谷くんは……まあ良いや。どうせ被んないだろ」

 「お前は何渡すんだよ」

 「料理の本でもと思ってる。付き合ってるわけでもないのに、普段身につけるやつとか渡すのも重いしな」

 「へぇ。あなたのことだからアリスの原書でも渡してドン引きされると思っていたのだけれど、案外マトモな物を渡すのね」

 「それはどっちかと言うと雪ノ下さんの方だと思うけどな」

 「確かにな」

 「……あなたたちが私のことをどう思っているのか、よく分かったわ」

 「まあまあそうカッカしなさんなや。今度パンさんの原作貸してやるからさ」

 「……持っているから必要ないわ」

 「「持ってんのかよ!!」」

 俺と比企谷くんは、衝撃のカミングアウトに口を揃えてツッコんでいた。

 …………衝撃でもないか。うん。

 それにしても、このまま合流してしまっても良いのだろうか。比企谷さんの思惑丸つぶれしちゃってるんだけど。でもここからもう一度ふけるのもおかしな話だし……。

 

 「あれ? 雪乃ちゃん?」

 唐突に聞こえたその声は、凛とした響きで以って俺の思考を著しく妨げた。

 「……姉さん」

 背中越しに聞こえた雪ノ下さんの声は、少し震えている。

 声の主は人好きのする微笑を浮かべ、とてとてとこちらへ走ってきた。

 その顔を見た瞬間、俺は理解した。なるほど、あれはきっと雪ノ下陽乃だろう。

 以前、ゆか姉の言ったことに間違いはなかったなと、一人思う。

 

 俺はあれに、とてつもない嫌悪感を感じていた。

 

 自分が圧倒的な高みに立っていると思っているような堂々とした顔。全てが自分の思い通りに行くと思っている顔。

 彼女の顔は、つまりそういうもので、俺はそれにたまらなく腹が立った。

 ああゆか姉、あんたの言う通りだ。たった少し見ただけで、ここまで俺に殺意を抱かせるこの女はきっと、ものすごく有能であらゆる事で結果を出してきたのだろう。

 なんて、面白味のない人間なのだろうか。

 「あっれー? ダメだよ雪乃ちゃん! 男の子二人も侍らせてちゃ!」

 「ああいや、俺らはそういうんじゃなくて……」

 比企谷くんが否定の言葉を紡ごうとするが、彼女はその声を遮り、もう一度姦しく喋り始めた。

 「あ、自己紹介してなかったね。私は雪乃ちゃんの姉の、雪ノ下陽乃です。よろしくね?」

 「……どうも、比企谷です。こっちは……」

 そう言って比企谷くんがちらりとこちらを見る。

 「七里ヶ浜です。すみません、自分ちょっと用事あるんでこれで」

 出来る限り、雪ノ下陽乃と目を合わせないように、俺は俯いたままで一息に言い切った。

 「えー残念だなー。お話ししたかったのに」

 何やら言っているが、聞こえない振りを貫いた。

 「おい七里ヶ浜何逃げようとしてんだよ」

 「うるせぇ俺には用事があるんだよ」

 耳打ちする比企谷くんの脇腹を軽くはたき、俺は逃げるようにその場を後にしようとする。

 「七里ヶ浜くん、男の子なのにお化粧上手だね」

 「…………は?」

 背後から聞こえた声に、咄嗟に振り向く。

 「いやいや、いっつも見る顔と全然違うでしょ? あっちがすっぴんなの? それともこっち?」

 心臓が、止まるかと思った。まさかこいつが俺のことを知っているとは思わなかったのだ。少なくとも俺にはこいつと会った覚えなど一度もない。

 「いや、言ってることがよくわからないんですけど……」

 「え? 七里ヶ浜の七之助くんだよね? 結構ウチの後援会に来てくれてたはずなんだけど……」

 「……人違いですよ、きっと」

 嘘だ。

 後援会という言葉で、ようやく俺は理解した。なるほど、雪ノ下というのは、あの雪ノ下か。ならば俺を知っていることに何の不思議もないだろう。

 

 ああ、ますますこいつの事が嫌いになっていく。全てが俺の精神を、平衡を、在り方を、乱しているようだ。

 「まあ、そういうこともありますよね。それじゃ、さようなら」

 言って、俺は振り向かないようにじっと前を見つめながら歩を進めた。


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