のに、話の区切りじゃないという。
はぁ、とモニカが溜息を吐く。彼女の眼前では、ぐぬぬと唸るリオノールと相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべているホマレが見える。見慣れた光景ではあるが、自分が巻き込まれない保証はどこにもないため、傍観者を貫くわけにもいかない。
というか既に巻き込まれている。手遅れだ。
「姫」
「なによぉ……」
「ホマレ殿に言われていたのならば、最初から言ってください」
「言ったら私の負けになっちゃうもの」
「結局姫様の負けになっちゃったけれどね~♪」
クスクスと楽しそうに笑うホマレを見ながら、モニカは再度溜息を吐いた。それで、この状況は一体なんなのだろうか。そんな問い掛けをすると、彼女は少しだけ考え込む仕草を取る。
「フェイトフォーちゃんがどれだけ頑張っているか、ちょっと確かめたくなって」
「……戯言を」
「モニカちゃん、何だか私にも冷たくないかな~?」
「面倒事を持ってくるのは姫だけで十分足りている」
「酷いな~。まるで私が面倒事を持ってきたみたいに」
眉尻を下げ、わざとらしく悲しむ仕草を取る眼の前のブライドル王国守護竜をモニカはジト目で睨んだ。それで、と聞かなかったかのように話の続きを促すので、表情を戻したホマレもつまらないなぁとぼやいた。
「まあでも、さっき言ったことはあながち嘘でもないんだ」
「は?」
「え? ちょっとホマレ、あなたうちの学院で何を」
「私は何もしていないよ」
不穏なものを感じ取ったのか、リオノールも思わず表情を真面目なものに変える。一体何を考えているのか、それを読み取ろうと観察するが、彼女ではそれは叶わない。唯一分かることは、守護竜という肩書を持つだけはあり、本当に危険なところまでは浸からせないであろうということだ。
「……でも、そこそこ危険までは沈めるのよねぇ、こいつ」
「お望みならば、リクエストに応えるけれど」
「それはやめてもらえないだろうか……」
疲れ切ったモニカのその呟きを聞いて、ホマレはおやおやと頬に手を当てる。姫様、と視線を動かすと、もう少し労ってあげないとダメだよと忠告した。
「ホマレに言われると凄く響かない……」
「心外だな~。私はこれでも、カヤちゃんもイノリちゃんも大切にしてるよ~」
「どの口が言ってやがるですか!」
ばぁん、と学院長室の扉が開く。そこに立っていた小柄な少女は、ゼーハーと肩で息をしたまま、後ろで二つに結んだ短めな髪を揺らしながらホマレへと詰め寄っていた。勿論ホマレは動じない。あらイノリちゃん、と軽い調子である。
「準備は出来たかな?」
「何が準備ですか! あたしに無茶苦茶やらせやがってです!」
「準備?」
不穏な単語が聞こえた。普通の会話ならばそこに不穏な意味などないが、こと目の前のドラゴンが楽しそうに言っている時は話が別だ。リオノールは立ち上がると、不満げな表情を隠そうともせずにホマレへと詰め寄る。詰め寄る人物が二人になった。
「心配しなくても、学院には危害は及ばないよ~」
「絶対ウソです! あれどう考えても被害者出るやつです!」
「被害者!? ちょっとホマレ!」
「も~、イノリちゃん。そんな風に人に心配掛けるようじゃ、守護竜失格だよ?」
こら、とイノリへデコピンをかます。あいたぁ、と額を押さえていた彼女は、若干涙目で、だが納得出来んとばかりに反論をした。自分のやった行動だけではそう考えるのも無理はないはずだ。そう言って逆にホマレを睨み付ける。
んん? という言葉と共に一歩彼女が踏み出したことですぐさまヘタれた。
「そもそも……まだあたしは守護竜じゃねーですよ……」
「うん、見習いだよ? でも、見習いということは、後々そうなるってこと」
「どーせ先にカヤぴぃがなるに決まってるです」
「フェイトフォーちゃんにも先を越されるかもね~☆」
「それだけは絶対ありえねーです!」
うがぁ、と叫んだイノリは、それで結局どういうことですかと問い掛け直した。そこの姫様も困ってるだろうから、と言葉を続けられ、ホマレが思わず眉をピクリと動かす。
「……うん、そうだね。姫様、私はさっき、イノリちゃんに頼んで学院に運んでもらった物があるんだ」
「碌でもないものじゃないでしょうね?」
「心配性だな~。ただのマンドラゴラだよ」
「大分デカかった気がするですけど」
そうだね、とホマレは返す。そうじゃないと、寄せ餌にならないし。そう続け、クスクスと笑みを浮かべた。
「ちょっと! 何を呼び寄せる気よ!?」
「この学院にこっそり侵入していたお邪魔者を、だよ」
ユニ達に連れられ、学院の依頼書ボードとやらに辿り着いたアイリスは、その物体を眺めながら何とも言えない表情を浮かべた。分かる分かる、とその隣でチエルが頷いている。
「イリスちゃん、本物見たことあるんでしょ? やっぱり本物と比べるとこういうお遊び的なものはやめていただきたいみたいな感情ぽこじゃか湧き出てきちゃう感じ?」
「あ、いえ」
アクセルの街のギルド酒場で見たクエストボードと比べると確かに規模は小さい。チエルの言うように、間違いなくちょっとしたお遊び的要素も込められているであろう。が、いかんせん自分は冒険者としての生活を行った試しはない。ギルド酒場も姉であるユースティアナがアルバイトをしているので入り浸っていただけである。何よりそういう活動はレインが泣いて止めるので自重していた。
「私が、本当にクエストを受けるのかと、少し思うところが」
だから、本物とは違う形であろうとも。冒険者のようなことをやれるのが、姉と同じ立場を体験することが。
彼女の気持ちを、高揚させていた。
「ふむ。どうやら気合は充分のようだ。結構結構、これならば依頼を選定するこちらも興が乗るというものだ」
「いやパイセン。カッコつけてるとこ悪いすけど、碌な依頼ないっしょ」
ほれ、と依頼書ボードをクロエが指差す。どらどらと覗き込むと、成程殆どが失せ物探し、というか落とし物の掲示だ。学校という限られた空間で起きる出来事などそんなものなのだろう。はぁ、と溜息を吐いたクロエは、やっぱり無駄足かと頭を掻き。
「あ、ちょっと先輩達、これ見てくださいよ」
チエルの指差すものを見て動きを止めた。落とし物の連絡とは別カテゴリ、噂やゴシップをペタペタと貼り付けたのだろうその一角の中に、どうにも不思議なものが存在していた。
「『急募。ホワイトドラゴンの調査』……。ここは学院の依頼書ボードのはずなのだが、酔っ払ったギルド職員が校舎に侵入して間違えて貼り付けて去っていったのだろうか」
「その人クビにしたほうがいいですね」
「それな。……いやありえねーし。ちょっと乗った自分がハズい」
「だろうな。ぼくとしてもその前提を保ったまま話が進んでしまったらどうしようかと少し悩んでしまった」
「え? ユニ先輩一瞬でも本気にしたんですか? ちょっと疲れてません?」
「罪をぼくに押し付けようとするのはやめたまえ」
それで、と視線をその依頼書に戻す。間違いなく学院の問題としてそれは掲げられており、対象の目撃場所も当然学院。そしてその調査するターゲットの名称は、ホワイトドラゴンとしっかり記載されていた。
「ホワイトドラゴン……ですか?」
アイリスもそれを眺め、そして目を瞬かせた。これが本当に言葉通りだった場合、学院にいるホワイトドラゴンとは間違いなく自身の横にいるフェイトフォーだ。依頼者が誰かは知らないが、もしそうだとすると、彼女の秘密を知っているものがこの学院に存在していることになる。リオノールとモニカ、そしてアイリス以外に、だ。
「いや、何か見間違えたってだけっしょ」
「ですよね~。大体ホワイトドラゴンって激レア竜ですよ? この王国だと例のドラゴンナイトの相棒くらいじゃないですか。それくらいの有名ドラゴンですよ? 調査の必要とかなしんこですし」
「ふむ。逆説的には、その件の竜を調査して欲しいというミーハーな依頼という可能性も……うん、ないな。そもそも学院で目撃したという時点で既に出発点が異なっている」
厨房が荒らされただの、菜園に侵入されただの、池の魚が食われただの。明らかに害獣として認識されているそれは、噂のドラゴンに対する敬意など欠片もない。まあつまり件のホワイトドラゴンとこの調査対象は別物だと認識されていると見ていいのだろうが。
「フェイトフォーさん」
「ん?」
「一応聞きますが。……やっては、いませんよね?」
「やってない。ひめちゃまとほまれに怒られる」
こっそりと問われたそれにほんの少しだけ唇を尖らせて彼女は返す。ごめんなさい、と謝罪したアイリスは、となるとやはりこれは別の何かなのだろうと確信を持った。
が、いかんせんこんな学院でホワイトドラゴンと見間違うような存在がいるのかと聞かれると、首を傾げてしまうわけで。
「寝ぼけた人が見えてないものを見ちゃった系の、通称人騒がせってオチじゃないです?」
「それが一番それっぽいしなぁ……。んで? ユニ先輩は違う考えをお持ちな感じ?」
「然り。確かにぼくもその可能性は有り得ると思考したとも。だが、ほれ」
件の依頼書から視線を動かした。別の一角、こちらもゴシップ系がペタペタと貼られている空間に、やはり似たような依頼が紛れ込んでいる。こちらはホワイトドラゴンとは断言していないが、何やら白い竜のような存在が学院に潜んでいるというものだ。
「ふむ。日時も場所も異なっている。ということは、少なくともこれを書いた人物は同一空間には立っていなかったと推察可能だ」
「先に貼ってあった方を見て真似たイタズラって可能性は?」
「勿論、それも考えたとも。だが、得てしてそういう場合、後から真似た方はより注目されるよう、誇張によって尾ひれが付きやすい。しかし見たまえクロエ君、こちらの、注目されない方の依頼がより新しい」
「あ~、何かぼややんってした依頼の方が、こっちのしっかりホワイトドラゴンって書かれたやつより後に貼られてますね。つまり、そういうことですか」
「然り。勿論それを見越した悪戯の可能性も排除せず残しておくべきだが」
ともあれ、ここに書かれている目撃情報は嘘ではないと考えてもいいだろう。そうユニは結論付け、そして少しだけ口角を上げた。二人の特訓のためにここにやってきたのだから、これは驚きよりも喜びが勝る。
「これは、まさに二人の実践にうってつけじゃあないか」
「え? マジで言ってる?」
「ユニ先輩、本気百パーセントでホワイトドラゴン探ししちゃうんですか?」
「落ち着きたまえ。ぼくの見地ではこれはホワイトドラゴンではない」
恐らく、普段そういうものを見たことのない学院の生徒なり教師なりが何かを見間違えたのだ。見間違え、という意味では先程クロエやチエルの言っていたことが真になるのだが、その内訳が多少異なるわけで。
どちらにせよ、この学院に何か厄介なものが入り込んでいる可能性が高い。そう彼女は結論付けたのである。
ホワイトドラゴンのようなものを探し出せ! そんなタイトルがババンと表示されるようなイメージを浮かべながら、一行は依頼書ボードを管理している学生課にそれを提出した。悪戯だと思うけれど、という事務員の言葉を流しつつ、許可も出たことだしとユニは皆を見る。
「さて、では調査を開始しようではないか」
「いやパイセン、現状手掛かりゼロだから。足跡どころか雰囲気すら察せれてないから」
「そうなんですよねぇ。この依頼書が本当なら、結構噂になっててもおかしくないっていうか」
厨房や菜園が荒らされたとなれば、少しは噂になるはずだ。それすらないというのが、この情報の真偽を著しく偽に寄せている。
「とりあえず、現場に行ってみませんか? もし本当ならば、手掛かりがあるかもしれませんし」
「厨房、食べ物……じゅるり」
「フェイトフォー、ステイ」
「ふむ、フェイトフォー君は基本食欲優先か。その辺りも今回の改善ポイントとして留めておいた方がいいかもしれない」
「ふぇ? ……ご飯、抜き?」
「いや流石にそこまで極端には――ユニ先輩、そこんとこどうです? ハングリー精神育てちゃうんですか?」
「だから君達はぼくを何だと思っとるんだね」
やれやれ、と彼女は肩を竦める。そうしながら、ゆっくりと指をフェイトフォーへと突き付けた。そんな酷いことはしない、しかし、彼女の言葉はある意味正解でもある。そう述べて、ユニはふふふと小さく笑った。
「単純な話だ。働かざるもの食うべからず。フェイトフォー君、今回の調査の結果如何では、今日の君の食事量が著しく減少する」
「ご飯抜き!?」
「いや、やる前から諦めんなし」
ほれ行くぞ、とクロエがフェイトフォーの頭を軽く小突く。調査する場所は最初に見付けた依頼書に記されていた厨房と菜園、そして池だ。
では早速と、学院の食堂に向かい、厨房で話を聞いてみる。どうやら厨房そのものは直接被害にあったわけではないようで、しかし無事とはいい難い状態らしかった。
どういうことだ、と首を傾げる一行に、対応をしたコックの一人が現場を指差す。行けば分かる、と言われるがままそこに、厨房裏のゴミ捨て場に向かったユニ達は、その光景を見て思わず目を見開いた。
「うわ」
「何ですかこれ?」
「これは、酷いな」
クロエも、チエルも、そしてユニも顔を顰める。勿論アイリスもそれを見て思うところはあったのだが、しかし自分の今の仕事は調査だと気を取り直した。フェイトフォーも先程の場合によってはごはん抜きが効いたらしい。
「これは……何かが這いずった跡でしょうか」
「どらごんとは違う。けど、ちゅこち似てる」
メチャクチャになったゴミ捨て場に残されたそれを見ながらアイリスとフェイトフォーが呟く。二人が動いたので、なかよし部の面々も気を取り直してそこに近付いた。ある程度は片付けられているが、恐らく発見時はゴミが散乱していただろうと思われる痕跡がちょくちょく見受けられる。
「三日前か。ちょうど学院が休日に入る前日の夕方、学生達も寮なり自宅なりに戻ったタイミングで犯行は為されたというわけだ」
「ということは、これ噂になるの明日からって感じですね。チエルとしては先行ちぇるっと情報ゲットでウハウハですけど」
「あそ。で? イリス、フェイトフォー。何か分かった?」
クロエの言葉に、アイリスが顔を上げる。まだ詳しいことは分かりませんけれど。そう前置きすると、とりあえず間違いなく犯人はホワイトドラゴンではないということが分かったと述べた。
「ふむ。それの根拠はなんだね?」
「え? っと、それは、その」
フェイトフォーがドラゴンじゃないと言ったからです。そのままこれを言うととてつもなく怪しい。何でそれが証拠になるのか、と問われると最悪彼女の正体をぶっちゃけ掛けないからだ。
どうしよう、と視線を思わず隣に向けると、フェイトフォーが彼女の方を見てこくりと頷いた。
「あ、フェイトフォーさん、待っ――」
「ふぇいとふぉーがいりちゅに言ったから」
「はい?」
「ふぇいとふぉーが、こいつはどらごんじゃないって言ったの」
「お、おう。……ごめんちょっと何言ってるか分かんない」
クロエが頭にハテナマークを飛ばしている。チエルも、それが根拠になるのか分からず首を傾げている。
一方のユニは、成程、と何かに納得したように頷いていた。
「フェイトフォー君、確か君は守護竜ホマレと知り合いだったね」
「うん」
「つまり君は、今回の調査において、痕跡がドラゴンか否かの判別をかなりの精度で行えると考えていいわけだ」
「どらごんかどうかは、分かる」
「え? ちょっとそれ凄くないです? ドラゴン判定とか結構レア特技じゃないですか。ほぇ~、やっぱりドラゴンナイトと一緒に働いてると違いますね~」
「流石は本職ってとこ?」
ちょっと違うけど、まあいっか。己の中でそう妥協したらしいフェイトフォーを見ながら、アイリスは小さく安堵の溜息を吐いた。
だから、ユニの言葉の意味を深く考えることはしなかった。前回述べていた暫定の立場では、今回彼女の言っていた答えには辿り着かないであろうことを。
割と真面目に調査が進む。