うわ、と一行は顔を顰めた。先程の厨房裏のゴミ捨て場と比べると、こちらの惨状は桁違いだ。事件発覚から二日以上経っても、菜園は修復が終わっていなかったのだ。
「ちょっとこれ酷すぎません? うわめっちゃくちゃ」
「まあ、うちらには関係ないことなんだけど……けど、これはなぁ」
チエルもクロエも眉尻を下げる。恐らくハーブなり野菜なり、あるいは花を育てていたりとちょっとしたガーデニングの空間となっていたであろうそこは、何かが這いずり回った跡でズタボロにされ、そこに何があったのかすら分からない有様だ。少しずつ修復作業は行われているようだが、ここの管理をしていた人物もショックが大きかったのだろう。作業は遅々として進んでいない。
「許せません」
「ん」
アイリスも真剣な表情で呟く。フェイトフォーも、思うところがあったのかその言葉にコクリと頷いていた。
その中で一人、ユニはしゃがみ込み土壌をすくい取り眺めていた。暫し見詰めた後、別の一角の土を手に取る。ぐしぐしとそれを手で擦ると、立ち上がり視線をなかよし部新メンバー二人へと固定させた。
「イリス君、フェイトフォー君」
「は、はい」
「ん?」
「ここの痕跡は、先程のものと同じだろうか」
「え? た、多分同じものだと思いますが」
「うん。おんなじ」
「そうか。……では、一つ問いたい」
ホワイトドラゴンに毒属性はついているのか。ユニのその質問に、アイリスは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。何を言っているのかよく分からない、と頭にハテナマークを飛ばしていた。
「と、とりあえず……えっと」
「ない」
「だ、そうです」
視線を彷徨わせ、フェイトフォーに助けを求める。どことなく心外だと言わんばかりの表情で答えた彼女を見て、アイリスは安堵の溜息を吐きつつ少しの不安を覚えた。
いやすまない、とそんな彼女の表情を見て察したのだろう。ユニは変わらずの表情のままフェイトフォーに向かい謝罪を行った。
「違うと断言してもらっていたのに何だが、一応ダメ押しが欲しかったのだ。これで間違いなくこの件の加害者はホワイトドラゴンではないと断言できる」
「パイセンパイセン。意味分かんねぇンすけど」
「もう少しチエル達にも分かりやすく、ポップでキュートな説明してもらえません?」
「ふむ。チエル君の後半は聞き流すとしてだ。先程ぼくはこの菜園の土を調べた」
そう言ってもう一度足元の土をすくい取る。今彼女が立っている場所は菜園、つまりは野菜なり花なりを育てるように整えられた空間であるはずだ。当然、土もそれ相応に仕立て上げられていると考えていい。
「だがこれを見たまえ」
「いや分かんねーし」
「ユニ先輩、何でもかんでもみんなが知ってると思ったら大間違いなんですよ」
「無論、承知の上だ。だから二人に見せるのは土壌の質ではない。成分だ」
はぁ、と気の抜けたような返事をしながら、その成分とやらをどうすれば見られるのかと二人は眉を顰める。
そんな中、アイリスとフェイトフォーも同じように土を、菜園の地面を眺めていた。ユニがすくい取ったのは這いずり跡の部分だ。比較的無事であった場所ではなく、わざわざそこを選択したということは。
「……これ、汚染されてませんか?」
「毒くちゃい」
『え?』
アイリス達の言葉に、クロエとチエルもユニの手の土をまじまじと見詰める。成程確かに、そういうアプローチ、冒険者としての探知スキルに引っかかる部分が見受けられた。
「と言っても、チエルだと殆ど分からないんですよね~。不思議とミステリーで満載ですよ」
「うちはそこそこ。んでもこれ、大分ヤバめくない?」
「然り。痕跡でこの程度ならば、本体はかなりの毒性を持っていると推察出来るだろう」
「……やばいですね」
「やばい」
今はまだ人の被害はないが、もしこれがこの学院にいる人々に襲いかかったら。最悪の想定が頭に浮かび、アイリスの顔色がさっと変わった。こうしてはいられない、一刻も早く下手人を見付け出し、捕獲ないし討伐しなくては。
そんな思いを胸に抱き、次の現場であるはずの池に向かったそこで。
「……」
「……」
「……んん?」
目の前に広がる光景になかよし部の三人は首を傾げていた。勿論と言うべきか、アイリスも眼前のそれに目を瞬かせていた。
「くんくん……毒の匂い、ちない」
フェイトフォーも鼻を鳴らしながらそんなことを呟く。うんうんと頷いたユニ達三人も、池に近付きその水面を覗き込んだ。話によると池の魚が食われたということらしいが、成程確かにぱっと見では魚の姿が見当たらない。
が、しかし。
「池自体はきれいなものだ……ふむ」
「さっきの流れ的にこの池も何か毒でやられててうわぁってなるもんだと思ってたんですけど」
「ここ、本当に襲われたん?」
クロエが視線を左右に巡らせる。菜園と違い、池の被害は軽微、というより言われなくては分からないレベルだ。周囲を何かが動いた跡は確かにあるが、それと知っていなければ気にも留めない程度。
「フェイトフォー君、どうだい?」
「んー……」
ユニの言葉に、フェイトフォーも鼻をスンスンと鳴らしながら周囲を見渡すが、決定打は見付からなかったのか渋い顔を浮かべた。それならば、とクロエにスキルで索敵出来ないかと問い掛けたが、いやさっきやったしと返された。
「となると、ここの情報だけはフェイクだった、ということになるが」
「それやる意味あります?」
「ないな」
「然り。となると、犯行は間違いなく行われたと見ていいだろう。しかし、被害は他と比べて極めて軽微。この辺りに、犯人に繋がる手掛かりがあるんじゃあないかとぼくは睨んでいるのだが」
「何か、気付いたら探偵ものみたいなことやってませんかチエル達」
「それな。まあ、いいけど、別に。今んとこ弊害もないし」
精々そこの二人がやる気出したくらいか。ちらりと横を見ると、アイリスがユニの言葉を真に受け必死に手掛かりを探していた。同じくフェイトフォーも鼻をスンスンとさせながら池の周囲を探っている。こっちは多分彼女とは別の意味で頑張っているのだろう。具体的には食欲とか。
「あー、で。うちらはどうする?」
「チエルは応援を頑張りたいところですね~。もしくは見守る姉役」
「まったく、君達は」
「いや今のでチエルと同一線上に置かれるのは心外度高めなんだけど」
「おや、そうかね。ではクロエ君、君はどうする?」
「そりゃぁ、まあ……二人が頑張ってるし、うちらはサポに回ればいいんじゃね」
「真っ直ぐ先でも後でもいいですけど、クロエ先輩バッチリいますね」
などと言ってから二日経った。進展なしである。アイリスも調査に行き詰まったのか、頭から煙を出しそうな勢いでむむむと唸っていた。現場の復旧はまだ叶わないが、しかし一歩ずつ傷跡を癒やしつつあるのが現状だ。それについては手放しで良かったと言えるであろう。
が、しかし。
「下手人が見付からなくては、再度被害に遭う可能性は否めない」
「それな」
「でも、あの後さっぱりなんですよね。たまたま通りすがりのモンスターがやってきてすぐサヨナラしちゃったって考えても、少しはよくないです?」
チエルの言葉に、ユニは難しい顔を浮かべる。確かに杞憂ならばそれで良し。だが、楽観視していた場合いざ事が起きた時のショックは身構えていた状態より酷くなる。彼女としてはそこを心配していた。
「……まあ、そこら辺はあの子らが今頑張ってるし。うちらはうちらでやるのがよさげ」
「うむ。我らは年長者らしくドンと構えて事態に備えようではないか」
「それはいいんですけど」
視線をちらりと動かす。どうすればいいのやらと悩んでいるアイリスの横。あまり物事を考えていなさそうな顔を更に無に変えているフェイトフォーが、ゆらゆらと体を揺らしながら立っていた。
盛大に腹の音を響かせながら、である。
「ユニ先輩、ホントに実行しちゃったんですね。チエルとしてはちょっとした脅し文句だと思ってたんで、あの惨状には割とドン引きです」
「待ちたまえ。それについては抗議をさせてもらおう」
「どゆこと? フェイトフォーが腹空かせてんのはパイセン由来っしょ」
「そこが誤解だというのだ。確かにぼくはそんな話をした。が、実際にそれを行うほど鬼畜ではないし、そもそもきちんと調査を行っているのでその理由もない」
「いやでも実際めっちゃ腹鳴ってんじゃん。オーケストラじゃん」
「コンサートホール貸し切りレベルですもんね」
よかったらこれを、とアイリスが渡したお菓子をムシャムシャしながら、何か獲物でも狙うような瞳に変わっているフェイトフォーを見る。間違いなく食料が足りていない。ここで改めて確認するまでもなく、昼食時に彼女が食べているのがダイエット女子ばりのメニューに変わっていた時点で一目瞭然ではあったのだが。
「考えてもみたまえ。彼女の昼食を用意しているのは学院長、ひいては王国そのものだ。そこに我らの介入する場面は微塵もない」
「そういえばそうですね。え、じゃあユニ先輩出来もしない脅し文句並べてたんですか? それちょっとかっこ悪くありません? 先輩の威厳垂直落下ですよ」
「本気で実行するのならば学院長に話を通すなりなんなりはしたさ。だが先程述べたように、ぼくは奮起を促すための虚言としてその提案をしたにすぎない。だから」
「どっかから聞きつけた学院長がマジで実行したってことすか?」
「……正直なところ、ぼくはその結論に異議を唱えたい。学院長は悪戯を好み相手をおちょくるのを趣味としているような奇人変人ではあるが、こういう手段を取るのを良しとはしないはずだ」
「じゃあ、誰さんが実行犯なんです? ……え? まさか」
「然り。ぼくはこの件に守護竜ホマレが関わっていると推測する」
「マジか」
だが、そうなると今度はその意図が見えてこない。単純に成果が振るわない罰としてということならば、理解は出来るが同意は出来ないし、他に理由があるとすればそこに理解が及ばない。
まさかユニの言葉を聞いていて無駄に気を利かせた、などという沸いた理由を口にすることもあるまい。
「まあ、超越者の思考は余人には得てして理解できないものだ。ぼくの論理思考が他の生徒達に受け入れられないように」
「それは単純にパイセンがやべーやつだからなんじゃ」
「クロエ先輩。ダメですよ、正論ってのは時として尖ったナイフより切れ味抜群のスッパリなんですから」
「君達のぼくの評価はどうなっとるんだね」
はぁ、と溜息を吐いたユニは、それはともあれと視線をクロエ達からアイリス達へと移した。学院を駆け回って手掛かりを探したが、最初の三件以上のものはない。それでも、僅かながら似たような痕跡自体は発見できた。そのどれもが事件と同時期かあるいは少し前で、あれからのものは見付かっていない。その事も踏まえ、最初の現場で一番被害のない怪しい場所である池へと再度やってきていたのだったが。
「あの痕跡からすると随分と巨体なはずなのですが……。一体どこに消えてしまったのでしょうか」
「んー……。まだ、この辺にいる、と思う……」
一際大きな腹の音が響く。ふにゅー、と力の抜けたような声を発しながらへたり込んだフェイトフォーは、そこで地面の一点を見詰めて動きを止めた。正確には、何かを見付けてそれを目で追い始めた。
どうしたのですか、などと言いながらアイリスはそんな彼女の視線を辿ると、何やら奇妙な野菜がテクテクと歩いているのが見える。へ、と思わず変な声を上げると、ユニ達へと向き直った。
「どうしたんだいイリス君」
「あの、あれは一体?」
「何か野菜が歩いてますね。うわ~、新鮮」
「あれは、どっかの畑から逃げ出した感じじゃなさげ。野生か」
「にげ、る? 野生? えっと……野菜とはそういうものなのですか?」
「種類にもよるが、得てして野菜類はそういうものだ。菜園の野菜は気性が穏やかだが、雑草や山菜は時として凶暴に牙をむく」
「そ、そうだったのですか……。普段は調理されたものしか見たことがないので」
王城で暮らしていればその辺りは疎くても仕方ないのかもしれない。ユニ達はその辺の事情を知らないが、何となく箱入り娘だったのだろうとあたりをつけていたので、深くは聞かなかった。
「ということは、菜園が荒らされた理由もその辺りなのですね」
「恐らく。しかし、こんなところに野生の野菜が闊歩しているというのも中々に」
ん、とユニの動きが止まった。普段見る野菜類とは随分と形が違うそれは、何とも奇妙な形状の根菜で。しっかりと顔もついているし、何なら下部は二足歩行するように誂えられている。
彼女のデータベースで瞬時に弾き出した。これは、この根菜は。
「マンドラゴラ?」
「へ?」
「あ、これそうなんです? 普段干したのか薬になったのしか見てないんで、生って結構レアなんじゃ」
「いや、いいけど別に。マンドラゴラって確か生で食べるとヤバいんじゃ」
「安心したまえクロエ君。普通、仕留められていないマンドラゴラを生食するような者はいないさ。それこそドラゴンか、あるいは魔物でもない限り――」
ざばぁ、と盛大な音を立て、池から巨体が這い出てきた。明らかに池の体積に合っていないそれは、どことなく爬虫類のような、出来損ないのドラゴンのような見た目をしており、光の加減では白く見えかねない紫の体色をしている。そのままばくりと歩いているマンドラゴラを捕食したそれは、再度池の中へと消えていった。
『……』
目の前の光景を暫し眺めていた一行は、再起動すると慌てて池を覗き込む。どう考えてもあれが入っているようには見えない。
「いや、待ちたまえ。この池、表面上は底があるように見えているが、実際の深度は相当だ」
「え? 何でそんな頭おかしい仕組みになってるんです? 作った人馬鹿なんですか?」
「学院長っしょ、どうせ」
「ああ、得心した。以前、反射を利用して錯覚を起こす技術をプレゼンしたら妙に喜んでいたのはこれのためか」
投げやりなクロエの言葉とユニの補足にまあそれなら、と流すことにしたチエルは、何はともあれと池に向かって身構える。流石にあれが池のヌシだとかいうオチは無いだろうし、実際のホワイトドラゴンとは似ても似つかないだろうが知らない人が一瞬見るだけなら間違えかねないフォルムからして確定だ。
「ということは、あのベトっとしたのが犯人ですね」
「みたいね。あのブヨっとしたやつが犯人決定」
「然り。あれが件のドラゴンまがいの魔物だ」
よし、と武器を取り出す。のはいいものの、ではどうすればあれを引っ張り出せるのかというと。
つまりこういうことですね。そんな声がしたので振り返った一行は、アイリスが先程のマンドラゴラと同じものを鷲掴みにしているのを視界に入れた。
「この辺りにまだいました。これを使って、あのベトブヨニセドラゴンを釣り上げましょう!」
「おー、やるじゃんイリス――なんだって?」
「ナイスアイデアですねイリスちゃん、じゃあ早速あのベトブヨ――はい?」
「うむ、いいセンスだイリス君」
一人笑顔のユニはともかく、池に潜んでいたらしいそれをどうにかするために、では早速と一行は拾ったマンドラゴラを使って準備を始めるのであった。
「……じゅるり」
そのために、というべきか。同じように捕獲した別のマンドラゴラを、フェイトフォーがじっと見詰めているのに、彼女達は気が付かなかった。
ストーリーイベントお約束ボスバトル