学院長室の扉が勢いよく開かれた。ん? とその音で顔を上げた学院長兼ブライドル王国第一王女リオノールは、やってきた人物を見る。黒髪の長髪、少し出したおでこ。凛とした佇まいと聖テレサ女学院でも特別な白い制服が見事に調和しているその少女の姿を視界に収め、彼女は表情を笑顔に変えた。
「あらマリちゃん。どうしたの?」
「マリちゃん言うな」
ギロリとリオノールを睨んだマリちゃんと呼ばれた黒髪の少女は、コホンと咳払いをすると掛けていた眼鏡をカチャリと上げた。先程の口調を改めるように、学院長にお話がありますと彼女は述べる。
「ここのところ、件の反社会集団が学院を駆け回っているのですが。学院長にお心当たりは?」
「私は別に指示はしていないわよ。だから多分、なかよし部の独断じゃないかしら」
「……本当ですね?」
「指示は、してないわ」
そう言い切ったリオノールを再度睨んだ彼女は、ある程度予想がついたのか溜息を零す。まあそういう反応になるだろうな、と傍らのモニカは同情をしていた。モニカの場合は知っているからこその感想だが、目の前の少女はそうではない。だから、余計に。
「学院長」
「はい、どうしたのかしらマリア生徒会長」
「あの反社会集団の行動にお心当たりは?」
「……だから私は指示してないんだってば」
「理由は知っているのでしょう?」
「あのねマリちゃん。一応言っておくけど、これについては私が全ての元凶じゃないわよ」
「成程。では、その割合をお伺いしても?」
「……半分、くらい?」
さ、と顔を逸らしながらリオノールは答えた。はぁ、と再度溜息を吐いたマリアは、とりあえずその半分だけでもいいから説明しろと視線で述べる。間違いなく学院長であり自国の王女でもある彼女にする態度ではないのだが、この辺りが許されるのもリオノールの人望と言えるかもしれない。慕われているのは確かだ。
「今、なかよし部に追加メンバーがいるでしょう?」
「ええ。片方の少女は学院長が何かしでかそうとしているということしか存じ上げませんが。短期留学生の方でしたら、生徒会長としてその正体は聞き及んでおります。……一応聞きますが、国際問題にはなりませんよね?」
「あ、それは大丈夫。ベルゼルグ王国の王族はこの程度へでもないから」
その表情に冗談は欠片も含まれていない。お、おう、と返事をしたマリアは、気を取り直すとそれが一体どうしたのかと続きを問うた。ぶっちゃけ聞きたくないが、聞かないと自分の生活に支障が出そうだったので渋々尋ねた。
「それで、今フェイトフォーとアイリスちゃんの強化をしようって話になってるみたいなのよね」
「止めろや」
「一応こちらの意向にも沿ってるから、そこはまあしょうがないのよ。フェイトフォーの方はこっちに馴染むっていう理由もあるし」
ただ、とリオノールは頬を掻く。ここからは自分の領域外だと言わんばかりに、彼女はあははと苦笑した。
「私が向こうに行っている間に、どうも学院に何かが入り込んだらしいのよ」
「何か、ですか?」
「何かはホマレは教えてくれなかった。けど、まあ、多分、それ自体はこちらでも対処出来るやつなんでしょうね」
「……学院長は、なかよし部の行動の理由がそれだとお考えなのですね」
「多分。何でも、学院で目撃されたホワイトドラゴンを探しているらしいから」
「はぁ? そんなものがいるはずが――」
突然の轟音で、マリアの言葉は遮られた。なんだ、と窓に視線を向けると、どこからか煙が上がっているのが見える。ここはモンスターが闊歩するダンジョンでも駆け出し冒険者の街アクセルでもない。お嬢様学院でそんな事が起きるということは。
「モニカ! 一旦授業を中止させて、生徒達の避難を!」
「はっ!」
「シスター・マリア。生徒会はモニカのバックアップに回ってちょうだい」
「かしこまりました!」
すぐさま立ち上がり指示を出したリオノールは、行動を開始しようとした二人と同じように学院長室を飛び出そうと足を動かす。
「学院長?」
「私は現場の確認をしてくるわ。多分、さっきの話に関係しているでしょうから」
「姫、無茶はしないようにお願いします」
「分かってるってば。信用ないわねー」
「その発言で既に分かっていないのが分かりますので」
「……はぁ、ほんっと、この人は……」
半ば吐き捨てるようなモニカの言葉を軽く流すリオノールを横目で見ながら、マリアはこっそりと溜息を吐いた。こんなのでも、否、こんなのだからこそ、この学院が揺らぐことなく続いているのだろう。それが何だか負けたみたいで面白くなくて、彼女は少しだけ不機嫌そうに唇を尖らす。
「これだから大人ってやつは汚い」
「私マリちゃんとそう年変わらないんだけど!?」
時は少し遡る。轟音が起きる少し前、その原因共は池の水面を眺めながら策を練っていた。やることは決まったのだが、いかんせんそれを実行するには準備が足りない。
具体的には餌がない。
「イリス君」
「……はい」
ユニの言葉に、アイリスはしゅんと項垂れる。クロエとチエルはそんな彼女を苦笑して見るばかりだ。いやだってフォロー出来ないし、とは二人の弁である。
「君のアイデアは真っ当だった。そして即座に行動するその足の軽さは称賛に値するだろう。だが、しかし」
「はい」
「いくらなんでも、全力でマンドラゴラをぶん投げるのは如何なものか」
「……はい」
「イリス。釣りやったことなかったんなら、まずは聞きな」
「そうですよ~。本の知識だけじゃ分かんないことをチエル達がバッチリしっかり教えてあげますって」
二人にそう言われ、アイリスは更に小さくなる。申し訳ありませんでした、と蚊の鳴くような声で述べると、俯いたまま暫し動きを止めた。
ふう、とクロエは息を吐く。別にそこまで落ち込むこともないと思うのだが。そんなことを思いながら、彼女はアイリスに声を。
てい、とチエルが伸ばしかけた手をはたき落とす。あぁ? とそちらを睨んだクロエに向かい、彼女はどこか不敵な笑みを浮かべていた。
「大丈夫ですよ。イリスちゃんなら、すぐ復活しますから」
「いやなんでそんなのチエルに分かんの?」
「え~? それは勿論チエルがイリスちゃんの最初の友達だからですけど」
「あそ」
「うっわ流した。ここはもうちょっと感銘受けてチエルを褒め称える流れじゃないです?」
「いや知らんし。余計なダベリトークに使ってるキャパもったいない」
まあとりあえずチエルがそう言うならそっとしておこう。そんな結論を出したクロエは、星になったマンドラゴラの代わりとなるような餌を探すため視線を巡らせた。
「まったく。そういう話は当人に聞こえないようにするべきだろうに」
「あはは……」
勿論すぐ横にいるのでアイリスにはしっかり聞こえているわけで。ユニの呆れたような声に苦笑しながらも、気持ちを切り替えた彼女は二人と同じように先程のモンスターが食いつくような餌を探しぐるりと辺りを。
「あれ?」
「ん? どうしたのだねイリス君」
「いえ、その……よくよく見ると、そこかしこに」
これまで気にしていなかったが、改めて確認すると周囲の草むらでガサゴソと何かが動いているのが確認できた。そこの草を掻き分けると、先程アイリスがぶん投げたものよりは小型なものの、まごうことなきマンドラゴラが姿を現す。
「……マンドラゴラって、この辺うろついてんだっけ?」
「チエルの記憶にはありませんね。新発見おめでとうございます記念しましょうか」
「いやしねーから。んでパイセン、そこんとこどうよ」
「ふむ。ぼくの記録にもそのような事象は観測されていない。ということは、このマンドラゴラは先程の魔物の影響で増殖したか、あるいは」
何者かが意図的にばらまいたか。そこまでを述べると、とりあえず該当者を一名ピックアップした。ただしその場合、先程の魔物も向こうの手の内という可能性が発生する。
「いや、ないわ。学院長テレ女の生徒達大切にしてるし、あれでも」
「そうですね。生徒の菜園荒らし回るようなバッド付きまくりの問題生物野放しはしませんからね、あれでも」
「同意だな。彼女は学院長にしてこの国の王女、未来の才能たる我々に不利益をもたらして放置はしないだろう、あれでも」
「何で最後に一言付け足すのでしょうか……」
実際自分もそうは思うけれど。飲み込んだ言葉を沈めつつ、ではこれらの理由は前者ということでしょうかとアイリスは問うた。が、ユニはどことなく難しい顔をしたままだ。
「それは早計だ。仮にそうだとしても、あの魔物がここに住み着いたと思わしきタイミングとはいささか噛み合っていない。まだ誘き寄せられたという方が答えとしては腑に落ちる」
「え? 何さっきのマンドラゴラ呼んでんの? こっわ」
「呼ぶんならもうちょっと可愛いくて映えるやつがいいですよね」
「あくまで予想の一つだ。時間があればもう少し調査を進めるところだが」
アイリスを見る。こくりと頷いたのを見て、そうだなとユニも頷いた。アイリスに再度マンドラゴラを捕獲するよう指示した彼女は、今度こそ釣り上げるための行動に移る。
手頃なもの、としてユニが目を付けたのはアイリスの剣だ。そこの鞘に縄をくくりつけると、反対側にマンドラゴラを結びつけた。超簡易的な釣り竿の完成である。縄持ってんなら棒も持ってろというどこからか出てきた文句はスルーした。
「これを、池に向かって投げればいいのですか?」
「ちょい待ち。投げ入れんのは餌だけだから」
「マンドラゴラをちぇるんと池の中に打ち込んじゃってください」
「は、はい。こんな感じでしょうか」
チャポンとマンドラゴラが池に落ちる。溺れた人間のように手足をバタバタさせながら池の水面でもがいているその姿は何だかとってもいたたまれない気がしたが、まあ必要な犠牲ということでなかよし部の面々はさっくりスルーした。
それで次はどうすれば。そう尋ねようとした矢先、水面にゆらりと影が映る。大口を開けて溺れているマンドラゴラを飲み込んだ他称ベトブヨニセドラゴンは、縄が繋がっていようがお構いなしに再び池の中へと。
「わっ!」
「イリス!?」
「イリスちゃん!?」
「しまった、イリス君」
急なその動きに、アイリスの体が引っ張られる。分かっていれば当然踏ん張れたその行動は、不意を突かれたおかげで小柄な彼女の抵抗を奪ってしまった。剣を手放せば、という考えを思いつく間も無く、アイリスはそのまま池の中へと引きずり込まれてしまう。
伸ばした三人の手が空を切る。ちぃ、と舌打ちしたクロエは、とりあえず自分も池に飛び込もうかと足を踏み出した。気持ちは分かりますが落ち着いてくださいとチエルに言われ、彼女にその指摘をされたことがショックだったのか動きを止める。
「然り。幸いこれまでの特訓でイリス君の実力が飛び抜けているのは分かっている。こちらも準備を整えるだけの余裕はあるはずだろう」
「つっても、のんびりしてる余裕はないっしょ」
「うむ。であるからには、迅速に準備を整えようではないか。クロエ君、チエル君。……そういえば、フェイトフォー君は先程から会話に参加していないが、どうし――」
言いながら振り向いた。そして、ユニは動きを止めた。同じように視線を動かしたクロエとチエルも、そこに立っているものを見て固まった。
ドラゴンであった。真っ白い、美しい姿のドラゴンは、先程までフェイトフォーがいたであろう場所で、こちらをじっと見詰めている。
「わぁ、フェイトフォー君、ずいぶんとりっぱにせいちょうしたなぁ」
「成長の度合いおかしいですよね!? 冒険者のクラスアップでもこうはならんでしょ!?」
「なっとるやろがい」
チエルもクロエも等しく動揺した。流石にこの急展開は対応が遅れた。
小さく唸り声を上げるホワイトドラゴンの声で我に返る。とりあえず目の前のこれが推定フェイトフォーであるということはまあいいとして、一体全体なぜこんなことになったのか。まず早急に解決しないといけないのはこれである。
「ユニ先輩、クロエ先輩」
「どうしたのかねチエル君」
「どしたチエル」
「あれ見てください。あの推定フェイトフォーちゃんだといいなぁって一瞬現実逃避したけど間違いなく現実だったホワイトドラゴンちゃんの足元」
「足元?」
視線をどこか虚ろな目をしているホワイトドラゴンの顔から下へと移動させる。
明らかに齧ったであろうマンドラゴラの成れの果てが何個か転がっていた。人の歯型らしきものがついているので、こうなる前にかぶりついたのだろう。
「……ああ、なる。食ったんか、フェイトフォー。腹減ってたもんな」
「ですね。お腹空いてましたもんね」
「こちらを責めるように見るんじゃあないよ。それよりも現状確認が第一だ。マンドラゴラの生食で起こりうるバッドステータスは主に混乱。ホワイトドラゴンがフェイトフォー君の正体とはいえ、その辺りに耐性があるかは定かではない。が、現在の彼女の表情からすると恐らく状況は悪いと思われる」
「えっと、先輩。それ、端的に換言するとどうなります?」
「フェイトフォー君、混乱中」
がぱ、と目の前のホワイトドラゴンの口が開かれた。それが何を意味するのかを瞬時に理解した三人は、全力で退避するするために足を動かす。何の準備もなく食らったら、流石のなかよし部も消し炭に早変わりだ。
カッ、と虚ろであったフェイトフォーの目が見開いた。首をグリンと動かすと、着弾点を三人から別の方向へと無理やり反らす。おかげで爆音と共に周囲が少々消し飛んだが、被害者がいないという点では間違いなくこちらの方が上々だ。
「グルルゥ……」
「かろうじて正気を保っているようだが……フェイトフォー君、大丈夫か? ぼく達の言うことが分かるかね?」
「グゥゥゥ」
「微妙」
「微妙ですね。じゃなくて! どうするんですか!? イリスちゃんも池の中沈んだままですし」
「ッ!? グァァァ」
フェイトフォーが吠えた。一歩足を踏み出すと、尻尾を振り上げ、それを思い切り叩きつける。振り下ろした先は、池。先程アイリスが沈んだ場所だ。
轟音とともに池の水が吹き飛んだ。相当深く作られたそれであったが、水が減らされたことと振動で中にいたであろう物体が顔を覗かせる。重量の関係で即座に引っ込んでしまったが、もう片方の軽い少女は別だ。
「ぷはぁ!」
「イリス!」
「イリスちゃん!」
「イリス君。無事だな」
びしょ濡れのアイリスがポテンと地面に落ちると、ブルブルと犬のように水を吹き飛ばした。そうしながら、ありがとうございますと彼女はそこにいる面々を見やる。
クロエを見て、チエルを見て、ユニを見て。そしてフェイトフォーを見たアイリスは、そこで目をパチクリとさせた。
「何故、その姿に?」
「あ、知ってんだイリス」
「学院長経由かなんかですかね」
「それが妥当だろう。さてイリス君、フェイトフォー君は混乱気味だ。そこは注意してくれたまえ。それを踏まえ問い掛けよう。あいつどうだった?」
あいつ、というのは先程の他称ベトブヨニセドラゴンのことだろう。池に引きずり込まれた時は一瞬驚いたが、強さ的には恐らく目の前のホワイトドラゴンの方が上なのは間違いない。なので、接敵さえしてしまえば。
「チエル、パイセン。池ン中見てみ」
「うわふっか。あ、何か横穴ありますね」
恐らく表面上はそのままで中身だけ深くする工事のために作られたものなのだろう。大きな横穴は、巨大なモンスターが移動に使っても問題ないほどの規模で開けられていた。そして先程のモンスターが見当たらない、ということは。
「では、どこに繋がっているか調べてきます」
「ちょーちょー。待て待て」
即行動しようとしたアイリスをクロエが止めた。行くなら誰かを連れていけ、という彼女の言葉を聞いて、すいませんと頭を下げる。
「よし、では。チエル君、イリス君のお供を頼む。ぼくとクロエ君はフェイトフォー君を落ち着かせながら吉報を待つとしよう」
「ちぇるっと任されましたー!」
「いや、いいけど。こいつそんな短時間で落ち着くん?」
「グルゥ……」
頑張る。そう言っているように見えて、クロエは分かった分かったと苦笑しながらフェイトフォーの尻尾を撫でた。
次回、ホワイトドラゴンvsベトブヨニセドラゴン(大嘘)