プリすば!   作:負け狐

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クライマックス?


その103

 どさり、とその荷物は落とされた。もごもごと猿轡をされている状態で何かを言おうとしている荷物をホマレは笑顔で見下ろしながら、それを行った相手を労う。お疲れ様、と二人に述べた。

 

「へん、このくらいあたしにかかればお茶の子さいさいですよ!」

「はいはい」

 

 そんな彼女の言葉を聞き、ドヤ顔でイノリは胸を張る。その横では、金と茶、長髪と短髪という色も長さもアシンメトリーな髪型をした少女がやれやれと肩を竦めている。なんか文句あんのかとばかりにイノリが少女に突っ掛かったが、右手であっさりと押し返された。

 

「ふふふ。まあ、イノリちゃんも活躍したのなら、それでいいんじゃないかな」

「だとさ。良かったな、イノリ」

「だから! あたしだってちゃんと活躍したですよ!」

「別にそこは否定してないだろ?」

「え? あ、う……」

 

 ははは、と笑う少女をギロリと睨み付けたイノリは少々八つ当たり気味にホマレを経由して荷物へと向き直った。それでこいつは一体どうするのですか、と少々乱暴に問い掛ける。

 

「うん。そうだねぇ……カヤちゃん、運ぶ前に何か聞き出してはいるかい?」

「一応は。といっても、ほとんどがでまかせだと思うけれど」

「聞かせてもらえるかな。報告も兼ねて」

「ああ、分かった。じゃあまずは経緯から」

 

 そう言って少女、カヤは荷物を確保した時のことを語り出す。イノリがマンドラゴラをぶちまけ、聖テレサ女学院に潜む件のモンスターの行動を促したことで、ここへ解き放った実行犯の反応を伺ったこと。ホマレの指示でそこまでは順調、件のモンスターは学院を荒らし回るよりマンドラゴラを捕食する方向に転換したことで被害も減少した。

 

「それで、もっと騒ぎが大きくなると予想していたこいつは、しびれを切らした」

「言っちゃなんですけど、この程度で飛び出てくるとか相当小物ですね、こいつ」

「イノリが言うくらいだから、本当に相当だよ」

「カヤぴぃ! どーいう意味ですか!?」

 

 はははと笑いながらイノリを受け流したカヤは、そんなわけなんで至極あっさり捕獲できたと続けた。勿論抵抗はしてきたが、こちとらブライドル王国守護竜の下についているドラゴンの上位種。この程度の連中などまるで相手になるはずもなく、戦意を失った下手人は命乞いをしてきたのだとか。

 

「喧嘩としてはつまらないの一言に尽きる。ボス、もう少しやりがいのある相手はいないもんか?」

「そうだね。また近い内に、用意してあげられると思うよ」

「何か今すげー不穏なこと言いやがったですよこのハラグロボス」

「イノリちゃん?」

「な、何も言ってないですよ!」

 

 す、とイノリに視線を向けて黙らせたホマレは、カヤに向き直ると肝心な部分についての答えを問う。こいつは、この荷物は一体どこからの下手人なのか。

 

「エルロード。そこのお偉いさんからの依頼だってゲロった」

「んなわけねーですよ。絶対でたらめです」

「まあ、それはオレもそう思う」

 

 ボスはどうだ、とカヤは視線で問い掛ける。彼女のそれを受けて、ホマレはゆっくりと転がされている荷物を見た。普段閉じているかのようなその瞳を、ゆっくりと開きながら。

 荷物が暴れる。ジタバタともがきながら、涙目で、命乞いでもするかのように頭を地面に擦り付け、彼女の目を決して見ないようにしながら、出せない声を必死で絞っていた。

 

「うん、じゃあ、そういうことにしておこうか」

「は?」

「え?」

 

 す、とホマレの目が閉じられる。いつも通りの糸目に戻すと、荷物にはもう興味がないとばかりに視線を二人へと戻した。

 そういうことにしておく、と彼女は言った。それはつまり、今回の件の犯人はエルロード王国の、それなりの地位にいる人物だとしてしまうことを意味する。ブライドル王国守護竜がそう発言したとすれば、場合によってはそれが王国の正式なものと捉えられてもおかしくはないわけで。

 

「姫様には『エルロードからの刺客』として突き出しておくとしようか」

「ちょ、ちょちょちょっと待ったですよボス! それでいいんですか!? ブライドル王国大丈夫なんですか!?」

「流石にこれはオレもイノリと同意見だ。まあ、ボスのことだから何かしら考えはあるんだろうけど、今の段階では納得しかねる」

「うーん。多分説明しても意味がないと思うんだけれど。どっちみち、今の段階では依頼者がエルロードの重鎮なのは間違いないし」

 

 ぼかすような物言いではあったが、しっかりと確信を持っている発言でもあった。それを聞いた二人は目をパチクリとさせ、その真意を探ろうとする。するが、分かるわけがないと諦めた。一応カヤの方がイノリより後である。

 そんな二人を見て、ホマレは笑う。そのうち答え合わせの時間が来るから、と微笑むと、改めて荷物を新たな配達先に届けるようにカヤとイノリに指示をした。

 

 

 

 

 

 

「うわー、何か雰囲気出まくりって感じ。冒険小説書けちゃったりしない?」

 

 横穴を歩きながらチエルが呟く。そんな彼女にアイリスはあははと苦笑しつつ、あまり身構えていてもしょうがないかと少しだけ肩の力を抜いた。そうそう、とチエルはアイリスに笑い掛ける。

 

「それで、イリスちゃん。チエル達ってどこに向かってるか分かったりする?」

「チエルちゃんが分からないなら私も分かりませんよ……」

「ですよね~。っと、でもあれ?」

 

 ピタリとチエルが足を止める。来た道を振り返り、記憶を辿るように視線をぐるりと回し。再度続いている横穴の先を見詰めると、ふむふむと何か納得したように頷いた。

 

「これ、旧校舎の方に続いてる」

「分かるのですか!?」

「まあ、チエルってば天才なんで。こういうのも結構ちぇるっと判別できたりしちゃうんだな~これが」

「す、凄いですチエルちゃん!」

「おおぅ。純度百パーセントの称賛を頂いちゃうと流石に眩し過ぎて直視できない。ここが暗い横穴じゃなきゃ光の柱立ってましたねこりゃ」

 

 何か変なこと言いましたか? と首を傾げるアイリスを見ながら、まあお褒めいただきありがとうってことでと彼女は締めた。そうしながら、す、と向こう側を、この先を指差す。

 

「そういうわけで、多分位置関係からするとユニ先輩の住処になってる象牙の塔からちぇる程度離れた場所が出口っぽいですね」

「……ユニさんの研究室から離れているのは、恐らく彼女に発見されたくなかったのでしょう」

 

 池の仕掛けはユニの発明を使用している。リオノールとしては、何か問題が起きた際に被害が及ばないように配慮、それ以上巻き込むのを良しとはしなかったのだろう。単純にバレないようにこっそりやりたかったということもあるのだろうが。

 チエルはアイリスの表情を見て、彼女の言葉の真意を察してそんなもんですかねと首を傾げる。リオノールは基本楽しいこと全振りなので、配慮とかそういうのがイメージしづらい。

 ともあれ、予想が正しければ、少なくとも横穴の出口ではユニの住処が壊滅しているという事態にはなっていなさそうで一安心。そんなことを思いながら、二人は薄暗い横穴を歩いていく。

 突き当たった。顔を上げると、ポッカリと頭上が空いている。恐らくここから水を流し込んだのだろう。無駄に労力を使い過ぎである。

 

「そもそも、さっきのモンスターが通れそうなくらいでっかい穴開けちゃう時点で学院長頭おかしいとチエルは思うの」

「あはは……」

 

 お前らも大概だよ、とツッコミを入れてくれそうな生徒会長は現在生徒達を誘導中である。同じくツッコミを入れてくれそうな姫付きの騎士も同様だ。

 

「さて、この先に多分いると思うんだけど」

 

 勿論竪穴となったそこに登るための梯子などない。背伸びして、あるいはちょっとジャンプして出口に届くような浅いものでもない。当然ながらお嬢様学院に通うような女子では進むことなど普通は不可能である。

 

「イリスちゃん、いけそう?」

「問題なく。チエルちゃんはどうですか?」

「チエルってば天才なんで~。のフレーズ即二回目とかちょっとワンパ過ぎかな? でもイリスちゃんの横じゃか弱い後輩アピールって無理ゲーだし」

 

 まいっか、とチエルは壁を三角蹴りしてひょいひょい登っていく。それを見ていたアイリスも、負けていられませんと駆け上った。

 そうして飛び出したそこは、随分とボロボロの礼拝堂。見覚えのない場所にハテナマークを浮かべるアイリスの横で、チエルはああそういうことかと目を細めた。

 

「あ、でもチエルが来る前から立入禁止ならあんまり関係なかったのかな」

「どうかしたんですか? チエルちゃん」

「いや、ちょっとこっちのお話というか、学院長の隠し事はっけーんっていうか? まあ、これからのことには別に関係ないんで、頭からポイっとしてくれて全然オッケーですよ」

「分かりました」

 

 鞘から剣を抜き放つ。グルグルと低い唸り声を上げている存在にこちらの気配を伝えるかのように、アイリスは剣気を放出した。ビクリと反応した命名ベトブヨニセドラゴンは、ゆっくりとこちらに向き直ると礼拝堂に響き渡る咆哮を放つ。

 

「うわっ、うるさ! ちょっと騒音被害考えて欲しいんですけど~」

「チエルちゃん! 来ます!」

 

 ぐ、と顔を上げたベトブヨはその巨大な口から毒々しい色の塊を発射した。泡か何かのようだが、色合い的にどう考えても当たるのはよろしくない。おっとっと、とその塊を避けたチエルは、隣りにいたアイリスに大丈夫かと声を掛けた。ここのところの訓練や調査で実力があるのは分かっているが、果たしてこういう実戦はどうなのか。

 

「この程度!」

「うわ」

 

 剣で弾いていた。刀身に毒の泡がこびりついていないところを見ると、剣に何かを纏わせているのだろう。明らかに常人の冒険者が可能なことではない。分かっていたけれど、とチエルは一瞬目をパチクリとさせ、そしてクルリとベトブヨに向き直った。

 

「ちぇるーん! と」

「え」

 

 取り出したナックルで毒の泡を殴り飛ばす。こんな感じかー、と呟いているので、どうやらアイリスのやっていたことを見て自分なりに再現してみたらしい。

 今度呆気にとられるのはアイリスである。なかよし部の実力が冒険者としては中々であるという話はクロエから聞いていたし、実際クロエの動きも見たので知っていたつもりであったが、しかし。

 

「流石チエルちゃん、天才ですね」

「やっぱりチエルってば天才なんで~って先に言われた!?」

 

 流石に三回目はダメか、などと言いながら、飛来してくる泡を躱していく。弾くのは一応やってみたものの、服に飛沫が飛びそうだったのでやめたらしい。

 それはともかく。このまま避け続けていても当然ジリ貧である。反撃するなり、向こうの攻撃を止めるなりしなければ状況は動かない。

 

「どうしましょうか」

「ん~。そうですねぇ。多分そろそろ」

 

 アイリスの言葉に、チエルが攻撃を避けながら天井を見る。ここがこうだから、多分この辺。そんなことを言いながら、アイリスの手を取った。

 瞬間、轟音と共に天井が崩れ去る。瓦礫が直撃し叫び声を上げるベトブヨニセドラゴンを見ることなく、二人は空が見えるようになった礼拝堂の天井を見上げた。

 

「ふはははー! すごいぞー、かっこいいぞー!」

「パイセン、落ち着け」

 

 白い竜。そして、その背に乗った二人の少女が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「ユニさん! クロエさん!」

「無事かねイリス君」

「イリス、大丈夫?」

「ちょっとちょっと! チエルの心配はしてくれないんですか~!?」

「あ、チエルいたん?」

「アウトオブ眼中!?」

 

 よ、とフェイトフォーの背中から飛び降りたクロエは、降ってきた瓦礫を押しのけながらこちらを睨み付けるベトブヨニセドラゴンに視線を向けた。ユニはそのままである。彼女いわく、ここから飛び降りたら死ぬだろう? とのこと。

 

「んで。今んとこ被害も増えてないっぽいし。ここであれ倒せば終わりか」

「ですです。ちぇるっとシバいて一件落着といきましょう」

「よし三人共、頑張ってくれたまえ。ぼくはここで応援しているよ」

 

 そうは言いつつ、ユニは懐から魔法用の触媒を取り出す。上空から狙いを下にいる三人に向け、詠唱とともに発動させた。彼女がプリースト系列ではないのは承知の上、そして当然物理職でもないので必然的に魔法職、ウィザード系列のクラスであるはず。そしてウィザードの使用する魔法は主に攻撃。

 

「もののあわれを知り給え!」

「――え?」

 

 多数の魔法陣、否、幾何学模様というべきだろうか。それらが周囲を覆い、収束する。飲まれたアイリス達は、しかしダメージを負うことなどなく、むしろ。

 

「支援、魔法?」

「然り。ぼくは見ての通り肉体労働が苦手だ。だから動けない己の代わりに肉体労働に従事してもらう戦力を確保する必要がある。よって、そんな前衛達が十二分に力を発揮出来るよう務めるのが学者たるぼくの役目だ。端的に換言すれば、ぼくは支援ウィザードなのだよ」

「……成程、これが世界を知るということなのですね」

「クロエ先輩、イリスちゃん何か凄い勘違いのフラグ立てちゃってません?」

「それな。つっても、訂正のしようがないし……合ってるっちゃ合ってるし」

 

 ううむ、と悩みながら、しかしとりあえず後回しにしておこうとクロエは前を見る。体制を立て直したベトブヨは、先程とは違い直接攻撃に切り替えたらしい。巨体で押し潰さんと迫ってくる。

 が、彼女達にとってはそれはむしろ好機。そっちの方がしばき倒しやすいとほくそ笑んだ。

 

「ではでは一番チエル、行っきま~す!」

 

 姿勢を低くし、一気に駆ける。そのままベトブヨニセドラゴンの横っ面をぶん殴った。ベクトルを急激に変えられたベトブヨはよろめき、たたらを踏む。突進の勢いが弱まり、相手がただ単に近付いてきただけの状態へと変化した。

 んじゃ次、とクロエが一歩踏み出す。手にした短剣をクルリと回しながら、瞬時に踏み込みその巨体に斬り掛かった。縦横無尽に剣閃を走らせ、ベトブヨニセドラゴンへダメージを与えていく。

 

「人呼んで――《闇黒の曙光(よなかのよあけ)》」

「クロエ先輩って、時々紅魔族っぽくなりますよね。エルフなのに」

「言ってやるなチエル君。クロエ君は紅魔族のあり方に興味を抱いているだけなのだよ。エルフなのに」

「うるっせぇぞテメェら!」

 

 攻撃をぶっ放した張本人のクロエは茶々を入れてきた二人にキレ散らかしていたが、ともあれベトブヨニセドラゴンの動きは止まった。致命には至っていないが、このまま行けば十分に勝機はある。

 普通ならばその程度なのだが、生憎というべきか。残っているアタッカーは何の因果かアイリス。ユニのスキルで強化されたその一撃は、カズマのブーストには及ばずとも十分にベトブヨニセドラゴンを三体ほどまとめて薙ぎ倒せるだけの力があった。

 

「……ですが、ここでは《エクステリオン》は撃てませんし」

 

 場所が場所である。強化されているのが災いし、こんな老朽化した上天井に穴の空いている礼拝堂でぶっ放したらいつぞやのベルゼルグ王城より酷いことになるであろう。

 何より、あれ一辺倒をやめると決心して初の実戦だ。出来ないとは言わない。言うわけにはいかない。

 

「――参ります!」

 

 剣を鞘に収めた。その体勢のまま、アイリスは駆ける。一足飛びでモンスターへと接敵すると、鞘から抜き放ち一閃。即座に反転しもう一閃。先程のクロエが縦横無尽ならば、アイリスのそれは、道を突き進むがごとく。

 斬撃は四つ。四肢を切り裂いたアイリスは、普段とは逆の構えを、上から下へと斬り下ろすのではなく、下から上へと斬り上げるように剣を構えた。

 

「これが、私の……お姉様に負けないための、私だけの一撃!」

 

 ベトブヨニセドラゴンの土手っ腹にそれを叩き込む。薙ぎ倒し、斬り裂く。そんな一撃には程遠い、ただただ相手を吹き飛ばす一撃。

 だが、それがアイリスという少女をこれ以上なく表しているようにも思えて。

 

「わ~お」

「やるじゃん。流石」

 

 真上にぶっ飛ぶベトブヨニセドラゴンを見ながら、チエルとクロエは賞賛の言葉を述べ。そしてまだトドメには至っていないのかと未完成にアイリスは歯噛みした。

 そんな三人を上空から見守っていたユニは。

 

「さて、では締めと行こうか。フェイトフォー君」

「ぐるあおぁぁぁ!」

 

 上空で身動きが取れないベトブヨニセドラゴンをロックオン。フェイトフォーがガバリと口を開くと、そこからは目の前のモンスターとは比べるのもおこがましい威力の、正真正銘の炎のブレスが。

 

「粉砕! 玉砕! 大喝采! ふははははー」

「せんぱーい。何か向こうでフェイトフォーちゃんの上に乗ってるだけなのにやってやったみたいなドヤ顔さらしてる人がいるんですけど~」

「しっ、見るんじゃありません」

 

 

 

 

 

 

「――と、いう感じでアイリスも結構な冒険したみたいですね」

「いや学院じゃん。……むしろ学院でそんなことやらかしてる方がやばいのか?」

「ヤバいわね」

 

 聖テレサ女学院から送られてきた手紙。それを読み終えたペコリーヌは、カズマ達にもそれを見せながら笑顔を浮かべていた。妹が成長するのが嬉しい、といったところなのだろう。

 が、カズマもキャルも、それ喜んでいいやつなの、と若干引き気味であった。

 

「わたくしとしては、アイリスさまに新しいご友人が出来たようで喜ばしいと思います」

「そうですね。同年代、って言っていいかは微妙ですけど、アイリスに友達ができて良かった」

「ていうか、そういうあんたはどうなのよペコリーヌ。そんなふうに言えるほど友達いるわけ?」

「え?」

 

 キョトンとした顔でペコリーヌはキャルを見る。何よそのリアクション、とジト目になった彼女を見ながら、ペコリーヌはくしゃりと顔を歪めた。

 

「キャルちゃんは……わたしの、友達じゃ……なかったんですか……?」

「え? そ、それは、その……ま、まあ、と、もだち、だけど」

「ありがとうございます、キャルちゃん!」

「嘘泣きかいっ! やーめーろー! 離せぇぇ!」

 

 がばりとキャルに抱きついたペコリーヌは、コッコロが優しく見守る中彼女をそのたわわな胸部で窒息させた。

 そんな光景を見ながらコッコロが淹れてくれた紅茶を飲んでいたカズマは、こっちは相変わらず平和で良かったと、どこか枯れた老人のような感想を抱いているのだが。

 

「勿論カズマくんも、コッコロちゃんも。わたしの大事な友達です!」

「ふふっ、ありがとうございます、ペコリーヌさま」

「はいはい」

 

 ったく、などと苦笑しながら、老後のお爺さんのようなリアクションを取るカズマ。ああ、平和っていいもんだな。そんなことを思い、彼はもう一度紅茶を口に。

 

「あ、それでですね。今度食べ歩きツアーに行きませんか?」

「食べ歩きぃ? この辺の食料はもうあんた食い尽くしたでしょ?」

「はい。なので、遠出してグルメを探そうかと。ほらこの、伝説のうなぎとかどうです?」

「伝説のうなぎ、でございますか……?」

 

 そう言って彼女が机の上に置いたのは一枚の書類。伝説のうなぎとかいう食材が乗っているチラシか何かだろうかとそれを覗き込んだ一行は。

 

「おいこらペコリーヌ! どこがうなぎだどこが! どっからどう見てもモンスターじゃねぇか!」

「そりゃあもう、伝説のうなぎですから。話によると、十年間魔力を溜め込んで味を高めるらしいんですよ。その味わいは極上の一言だとか。やばいですね☆」

「何か逆にこっちが食べられそうなフォルムしてるんだけど……ねえちょっとペコリーヌ、あんたこれ何かと間違えてない?」

 

 伝説のうなぎ、という触れ込みのそれは、どう見ても魚というより蛇である。しかも首が多い。覚書を見る限り、全長も大きめの民家ほどはあるようだ。

 キャルのその問いかけに、ペコリーヌは暫し考える。確かにこのチラシは、ギルドなどから正式に発注されたものではなく、まさにチラシと言うべきレベルの一枚だ。彼女の言う通り、しっかりと確認を取ってからでも遅くはないかもしれない。

 

「そうですね……。ちょっと急ぎ過ぎてたかもしれません」

「そうそう。だから行くにしてもさ、もうちょっと軽めのにしとけって」

「はい。えーっと、じゃあ威勢エビとかどうです?」

「伊勢エビ? それなら別に――」

「あんたそれ高レベル冒険者じゃないと返り討ちに合うことも多いやつよね?」

「あっぶね! そうだよここ異世界だよ! 騙されるところだった!」

「ダメですか……。あ、じゃあちょうちん暗光ですか?」

「……キャル、コッコロ。それはどんなやつだ?」

「光と闇の両属性を持つ魔物でございますね」

「ヤバいわ」

「却下だ却下! 何で食べ歩きツアーで命懸けなきゃいけねぇんだよ!」

 

 そんなぁ、としょんぼりするペコリーヌを見て少し心は傷んだが、それはそれとして死と隣合わせのグルメツアーには絶対に首を縦に振らない。カズマは心からそう誓った。

 何か、旗の立った音がした。

 

 




よりみち、完!

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