プリすば!   作:負け狐

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以前立ってた旗の回収作業


第六章
その104


「なぁぁんでよぉぉぉ! おかしいでしょ!」

 

 駆け出し冒険者の街という名目の魔境アクセル。そこにあるアメス教会にて、一人の少女が絶叫していた。誰か、などとは尋ねるまでもないだろう。

 

「まあまあ、キャルちゃん。ほら、お話はちゃんと聞きましょう?」

「聞くまでもないわよ! 絶対に嫌! 嫌ったら嫌!」

「キャルさま……」

 

 来客に向かってこの態度。とはいえ、それを咎める者は誰もいない。カズマですら、言葉にはしないがまあそうなるだろうなと思っているからだ。

 さて、では何故彼女が絶叫することになったのかといえば、ひとえにその来客が原因である。カズマ達の対面にいる人物は商店街の会長で、こちらに来た理由はとある催し物の会議に参加して欲しいという要請であった。

 

「なあ、ところで。そのエリス祭ってのはどんなのなんだ?」

「はい。正確には、女神エリス感謝祭といいまして、一年の無事を感謝し、女神エリスを称えるお祭りでございます」

「毎年この時期の恒例行事ですね。わたしも、旅をしてる時色々な場所でお祭りに参加しましたよ」

 

 カズマの問いかけに、コッコロとペコリーヌが答える。へー、とそれを聞きながら、しかし彼は眉を顰めた。そうしながら、目の前の男性を見やる。この人は、女神エリスを称える祭の会議に参加して欲しいという話を、何故ここに。

 

「あの、場所間違えてません? ここアメス教会ですけど」

「それは承知の上です」

 

 商店街会長は迷うことなくそう述べる。承知の上で、エリス祭の会議にアメス教徒を参加させたいとのたまったのだ。

 

「ここ一年でアクセルの街は随分と様変わりしました。その最たるものが、教会です。これまでは教会といえばエリス教会、プリーストといえばエリス教徒。それが当たり前だったのですが」

 

 視線をカズマからコッコロへと向ける。パチクリとさせている彼女を見て、ご存知かと思いますがと男性は続けた。

 

「現在、アクセルの街のアークプリーストは二人。ユカリさんとコッコロちゃんです」

「どっちもアメス教徒だな」

 

 その通り、と商店街会長は頷く。当然ながらこの二人はアクセルでも顔が知られているし、好感度も高い。特にコッコロは他のプリーストと比べてもぶっちぎりの人気である。

 そんなわけなので、と彼は述べた。エリス祭とはいえ、この街一番のアークプリーストをないがしろにするのはどうなのか。そういう意見が方々から出ていたのだと語った。

 

「一番、でございますか……」

「ま、コッコロなら当然だろ」

「主さま……」

 

 照れくさそうにしていたコッコロは、カズマの言葉で顔を輝かせた。ペコリーヌもそうですそうですと同意しているし、興味なさげに聞いていたキャルですらその部分は頷いている。ちなみに途中で梯子を外されたユカリは、今日は別の仕事で現在この場にいなかった。外された理由は言わずもがなである。

 

「ついでに何だかんだ魔王軍幹部撃退で活躍したサトウさんもアメス教徒でしょう? ここは一つ、エリス祭とはいえ、女神アメスを称えてもいいじゃないかということになりまして」

「ついで扱いはともかく、用件は分かった。俺の返事はまあコッコロ次第だけど」

「主さまがよろしいのでしたら、わたくしは異論はございません」

「じゃあ、まあ参加はするってことで」

 

 ありがとうございます、と商店街会長は頭を下げる。そうした後、では、と視線をキャルに移動させた。そういうわけですので、と言葉を紡いだ。

 

「一応、アクシズ教徒代表の参加も」

「なぁぁんでよぉぉぉ! おかしいでしょ!」

 

 というわけで、冒頭に至る。

 

 

 

 

 

 

「あたしはもうアクシズ教徒じゃないし、代表でもない! 一切合切無関係の冒険者よ! エリス祭で暴れないように釘を差したいんだったら他をあたりなさいよ!」

「こないだ商店街のど真ん中でアクシズの巫女だって宣言してたでしょう?」

「ぐぇぇ!?」

 

 商店街会長の一言はキャルの心をクリティカルにえぐった。あの宣言のおかげで、アクシズ教徒の悪事も少し収まりましたし、と笑顔で言われ、彼女は更に追加ダメージを食らった。

 

「やったな、アクシズの巫女」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 きしゃー、とカズマを睨み付けたが、彼は慣れているのかはいはいと流すのみ。不毛なのを覚ったのか、歯噛みしながら彼女は矛を収めた。商店街会長を睨み付けるのはやめない。全然収めていなかった。

 

「百万歩譲って、あたしがアクシズの巫女だとして。会議に呼ぶならアクシズ教会の責任者にしなさいよ!」

「え?」

 

 キャルの言葉に商店街会長は眉を顰めた。何を言っているんだと言わんばかりの表情で、あそこに人はいるんですかと問い掛けてくる。

 え、と目を見開くのは今度はキャルの番であった。

 

「いるでしょ? だってあたし、責任者不在だから新しい人寄越すように手紙書いたんだし」

「その行動が既にアクシズ教徒のお偉いさんだよな」

「誰のせいだと!」

「俺のせいじゃねぇよ」

 

 あの時の話であれば、誰が原因とかそういう問題ではなかった。そうしなければなし崩しにキャルが責任者になっていた可能性もある。しょうがないとしか言いようがないのだ。

 ともあれ、手紙自体は既にアルカンレティアに届いているであろうし、マナにしろラビリスタにしろ、キャルからのその頼みを無視するような人物ではない。寄越さないなら寄越さないで、キャルに責任者になれという返事を出しているはずだ。

 

「……アクシズ教会とか、普通近付かないもので」

「でしょうね」

 

 同意してしまった。商店街会長の言葉に頷いたキャルは、仕方ないと盛大に溜息を吐いた。

 

「責任者を参加させるわ。それでいいでしょ?」

「普通のアクシズ教徒はむしろ来ない方が……」

 

 ちら、とキャルを見た。多分現状一番話が通じて普通のアクシズ教徒に影響力を持っているのは間違いなく目の前の彼女だ。だからこそ、参加を要請したのだ。エリス祭ではあるが、アクセルでは他の女神信仰もある。それも、無視できない活躍をした面々がそうなのだ。そういう意味だからこそ、キャルに頼んだのだ。

 

「確認してくるわよ! 話通じるようなのだったら文句ないでしょ?」

「話の通じるアクシズ教徒は存在するんですか?」

「……」

 

 キャルは目を逸らした。以前のアルカンレティアで出会った面々を思い出していったカズマとコッコロ、ペコリーヌも、何ともいえない表情で返事を濁した。

 

 

 

 

 

 

 アクシズ教会。以前訪れた時は無人と言っても過言ではない状態であったその建物は、一目で違うとカズマ達ですら分かった。人が住んでいる。間違いなく手入れされた形跡のあるそこへと足を踏み入れようとして。

 

「……なあ、キャル」

「何よ」

「ほんとにここ入って大丈夫なんだろうな」

 

 直前で足を止めた。以前のアルカンレティア、あの騒動を思い返し、そしてアクセルのアクシズ教徒共を思い浮かべ。果たして流れのままここの責任者に会って大丈夫なのだろうかという不安がよぎったのだ。

 対するキャルは小さく溜息を零す。今更言ってもしょうがないでしょう、と若干やさぐれた様子で呟きながら、いいから行くぞと彼の背中を。

 

「キャルさん!?」

 

 ぐりん、と即座に反転、声の方向に向かって遠慮なく呪文をぶっ放した。カズマの目の前で、キャルにダイビングをしようとした一人のシスターが炎に包まれる。

 が、何事もなかったかのように復活し立ち上がった。

 

「どうしたんですか? ついにアクシズ教会に引っ越しする気に?」

「あれ? セシリーじゃない。ゼスタのおっさんかと思ってつい容赦なく攻撃しちゃった」

「間違いなく燃えてたよな!? 何なの!? アクシズ教徒の変態枠は不死身なの!?」

「気のせいですよ。っと、あら。お久しぶりね、カズマさん」

「平然と会話続けやがったよ……」

 

 ともあれ。とりあえずここにこいつがいるということは、アクシズ教会の責任者は話の通じない部類だ。そう結論付けたカズマは、よし帰るかとキャルに述べた。

 

「いいじゃない、せっかく来たのだからお茶でもいかが?」

「間に合ってます」

「そう言わないで。どうせだし、ここの責任者にも会っていきなさいな」

「だから間に合って――今なんつった」

 

 キャルを教会に連れ込むため笑顔でカズマに話しかけるセシリーを受け流していたカズマであったが、彼女のその言葉に動きを止めた。ここの責任者に、と言ったのだ。

 つまり、セシリーはアクシズ教会アクセル支部の責任者ではないということになる。

 

「ちょっとセシリー。まさか責任者ってゼスタのおっさんじゃないでしょうね」

「まさか。ゼスタ元最高司祭はアルカンレティア外移動禁止令が出されているもの」

「そっか」

「お前今あからさまにホッとしたな」

 

 気持ちは分かるけれども、とカズマは思う。ハンス撃退の際には色々と世話にはなったものの、それ以外の状況で、というか出来るだけどんな状況でも会いたくないレベルだ。カズマですらそうなのだから、キャルなど可能ならば二度と会いたくないのだろう。

 

「あ、じゃあ責任者って誰なの? あたしの知ってる人?」

「ええ。キャルさんだけじゃなく、カズマさん達も知っている人よ」

「俺も?」

 

 しかも『達』ということはコッコロもペコリーヌも知っている人物なのだろう。アルカンレティアでそれに該当する人物で、顔と名前を思い出せるのは一握りだ。そしてゼスタではないということは。

 

「まさか、マナさんやラビリスタさんが直接来てるってことはないよな?」

「あの二人はどっちかというと高いところから下々を見て指示を出すタイプね。こんな場所には来ないわ」

「ラビリスタは微妙な気もするけど、マナ――ねえさんはそうね」

 

 そうなると、とカズマは考える。後思い付く人物は一体誰がいるだろうか。そんなことを考える。

 否、本当は分かっていたのだ。わざわざそうやって選択肢を潰す必要などなく、とっくに思い浮かんでいたのだ。

 

「だから後ろでプレッシャーかけるのやめてくれお姉ちゃん」

「えー。だってしょうがないよ。さっきからずっと、ずーっと弟くんにお姉ちゃんの好き好きオーラをぶつけてるのに、全然こっちを向いてくれないんだもん」

「カズマの、お姉ちゃん? ――って、シズル!?」

 

 カズマの言葉を聞き、キャルがグリンと振り返る。アクシズ教会の入り口、扉はいつの間にか開いており、そこから一人の少女が笑顔でこちらを見ていた。長い髪、白いリボン、白い騎士ドレス。そしてたわわな胸。

 

「弟くん!」

 

 一瞬でトップスピードになったシズルは、即座にカズマとの距離を詰め彼に抱きつく。いきなりのそれに面食らったカズマであったが、一応は知り合い、というより姉を名乗る人物なこともあり、至極あっさりと彼女の感触を楽しむ方向へと舵を切った。

 

「久しぶり、元気してた? ご飯はちゃんと食べてるみたいだけど、最近少し運動不足気味でしょ? もう、体は鈍らせたらダメだぞ☆」

 

 何故知っているかは問うまい。お姉ちゃんだから以外に理由はないからだ。キャルもそこはスルーした。セシリーは元から気にしていない。

 そうして弟くんエネルギーをチャージしていたシズルは、とりあえず気が済んだのか一旦離れた。満足は永遠にしないので聞くだけ野暮である。

 

「シズル。ひょっとしてあんたがここの新しい責任者なの?」

「そうだよ。弟くんと同じ街に住みたいから、来ちゃった」

 

 笑顔で、至極軽い調子でそうのたまう。こう見えてというべきか、見た目通りと言うべきか。彼女はアルカンレティアでも上から数えた方が早い程度には上位のクルセイダーだ。そんな理由で普通は駆け出し冒険者の街に来られない。

 それを可能にさせるのがアクシズ教徒という存在なわけで。マナとラビリスタも、その辺りは、自分の好きなことを優先させる辺りは流石アクシズ教徒といったところであろう。

 

「……よし、話は通じるな」

「ねえ、カズマ。あんたもすっかり弟になってるからでしょうけど、話が通じると普通の人はイコールじゃないわよ」

「そんなことは分かってるっての。でもほれ、そこら辺の野良アクシズ教徒と比べれば、お姉ちゃんは常識人の範疇だろ?」

「……は?」

 

 何言ってんだこいつという目でキャルはカズマを見る。野良アクシズ教徒とシズルを比べて、会話がきちんと成立するのは確かにシズルかもしれない。が、常識人の範疇で比べるならば間違いなく野良アクシズ教徒の方が踏み越えていない。こいつと並び立てるのはアルカンレティアでもゼスタクラスの狂信者どもだ。

 マナとラビリスタも分類的には勿論そこである。

 

「……まあ、あんたがすっかり駄目になってるのは分かったわ」

「どういう意味だ」

「シズルさんを常識人扱いする辺りじゃない?」

「ほらセシリーにすら言われちゃったじゃない」

「もー、二人とも酷いな~」

 

 眉尻を下げながらぷんぷんと文句をのたまうシズルは非常に可愛らしい。散々なことを言われているのにそれだけで済ませているのも、人柄を表しているようにも思える。

 思えるだけである。否、確かに人柄だけを考えるならば間違ってはいないが、そういう意味ではない。

 

「……ま、いいわ。カズマ、じゃあ、あんたから言ってちょうだい」

「何でだよ。ったく、しょうがねぇなぁ。お姉ちゃん、実は」

「弟くんの頼みなら何でもオッケーだよ。エリス祭の話し合いにアクシズ教徒の責任者として出ればいいんだね」

「お、おう」

 

 念の為に言っておくが、カズマは全く本題を話していない。それっぽいことを話した覚えもない。

 が、彼女は承知であった。既に知っていた。久しぶりに出会ったカズマの事情を余すことなく把握していた。ニコニコと笑顔で、何てことないように話を進めた。

 

「ひょっとして、こっちにもその話が実は来てたとか」

「いいえ? 私はそれ初耳よ。エリス祭にアクシズ教徒が呼ばれるとか、これはついに憎きエリス教徒が我らがアクシズ教徒に屈する時が来たということでいいのよね?」

「なわけないでしょうが。あんたらみたいなのが暴れないようにって釘を差されに行くのよ」

 

 ジト目でセシリーを見やる。が、当の本人は失敬なと言わんばかりにキャルを見て、そして抱きつき頬ずりしようとにじり寄った。そして殴り飛ばされた。そういうところだ、とキャルは言い放ったが、勿論セシリーは堪えていない。

 

「私は別にエリス祭に興味はないかな。でも、弟くんが参加するならって思っただけ」

「俺その話してないけどな」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんは弟くんのことなら何でも知ってるんだから」

 

 まったくもって欠片も大丈夫ではない。が、そのことを指摘出来る勇者はこの空間には存在していないわけで。

 強いて言うならば一人。だが、その人物は現在出遅れたので慌てて教会内からこちらに駆けてくる最中であった。さもありなん。

 

 


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