「なぁぁぁんでぇぇぇ!? おかしいでしょ!」
駆け出し冒険者? の街アクセル。の、とある場所。具体的にはたい焼き屋で一人の少女が頭を抱えて絶叫しているところであった。その横では、非常に冷めた目で猫耳の獣人の少女が彼女を見ている。
「う、うぅぅ……ここのところ碌な事がない」
「言っとくけど、その碌でもないことにあたしは前回巻き込まれてるからにゃ」
ジトー、という猫耳の少女の視線を受け、バツが悪そうに彼女は視線を逸らした。その節は大変お世話になりました。深々と頭を下げると、少女は、銀髪の盗賊クリスは言葉を続ける。
「でも、今回はしょうがないでしょ?」
「何がしょうがないのか小一時間ほど問い詰めたいとこだけど」
「しょうがないでしょ!? だってほらタマキ考えて、相手は貴族だよ」
「いやアキノもダクネスも貴族にゃ。それも相当でっかい」
「そうなんだけど……」
ジト目が強くなる。その視線を受けてますます小さくなっていくクリスを見ながら、タマキはやれやれと溜息を吐いた。それで、一体どうする気だと問い掛けた。
「盗む」
「ちょっとアキノとダクネスに用事が出来たにゃ」
「ちょちょちょちょ!? それ絶対通報するやつじゃん!」
「あったりまえにゃ。王城に侵入した時何言われたかもう忘れたのかにゃ? 頭ゴブリンじゃあるまいし」
「そうだけどぉ……そうなんだけどぉ……」
若干涙目でタマキにすがる。そんなクリスを見た彼女は、もう一度溜息を吐くと落ち着けと椅子に座らせた。
「で? アンダインの屋敷にある鎧を手に入れたい、だっけかにゃ? そんなの、手段なんか腐るほどあるにゃ」
「そうなんだけど。……そうなんだよね……途中に挟まれた話題で冷静さを完全になくしてたねあたし」
「めちゃくちゃ絶叫してたからにゃぁ」
先程の痴態を思い出す。クリスらしからぬ、と一瞬思いはしたが、よくよく考えれば最近は割と彼女はそういうキャラになっていた。じゃあいいか、とタマキは流す。
そうしながら、その理由、挟まれた話題とやらを改めて蒸し返した。
「エリス祭が女神祭になりそうって程度で驚き過ぎにゃ」
「いや驚くでしょ!? 何だってそんないきなり今年になって――」
言いながら、クリスは思い返す。この一年、一体全体何があったか。そして、このアクセルの街はどうなったのか。
「ユカリぃ……何で、何でぇ……」
「ガチ泣きにゃ……」
うわ、と思わず引く。目の前の少女は敬虔なエリス教徒として有名ではあるが、いくらなんでも入れ込み過ぎではないだろうか。まるで女神エリス本人の嘆きのようなそれを見ながら、タマキは落ち着けと彼女の背中を擦る。
「まあ、ダクネスがいる限り女神エリスが蔑ろにされることはないから、そこは安心するといいにゃ」
「そういう問題でもないけど……まあ、うん、ごめん、取り乱した」
「それは最初からだからもう気にしても無駄にゃ」
それで、とクリスはタマキに問う。女神祭、というからには、複数の女神を称える祭となるはずだ。エリス以外に、最低でももう一柱。その名前は一体。
対するタマキ、彼女のそれを聞いて暫し考え込む仕草を取った。何かまた叫ばれそうだな、と思いながら口を開いた。
「とりあえず女神アメスは確定にゃ」
「だろうね。……とりあえず?」
「今んとこ暫定で女神アクア」
「うぇ!? あ、そうか、キャル……」
「本人はメチャクチャ嫌がってたけどにゃ。で、次が」
「次があるの!?」
「サブ女神として、ウォルバクとレジーナがラインナップされてるにゃ」
「どういう祭なの!? おかしいでしょ!? 何に感謝すればいいのその面子で!?」
んなこと言われても、とタマキはげんなりした目でクリスを見やる。こういうのは諦めが肝心、というかさっさと受け入れれば楽になるのだ。アクセルの住人として、それが正しい姿である。
自身もアクセル変人窟に名を連ねる以上、タマキのそれはある意味必然であるのだろう。
「うぅぅ……最悪のタイミングで話聞いちゃったよぉ……。今日先輩とアメスさんの三人で集まる日なのにぃ……」
「おーい、クリスー、戻ってこーい」
それでも抵抗を続けるのが、クリスという少女である。
「と、いうわけで」
ウィスタリアの屋敷にて。クリスから依頼といってもいいのかどうか分からないそれを請けたタマキは、アキノに事の次第を話していた。ふむふむとそれを聞いていたアキノは、分かりましたわと頷くと即座に伝令を飛ばす。暫くして、バタバタと慌ただしくダクネスが部屋へとやってきた。そして、すまないうちのクリスがと頭を下げる。保護者か、と思わずツッコミを入れたくなったタマキであったが、ぐ、っとこらえた。
「まあ、
「うむ……。だが、クリスの証言だけでは何とも言えないだろう?」
「勿論。ですから、その辺りの調査はこれから行いますわ。……というわけで、バケツプリンを三つほどご用意すればよろしいかしら?」
「即最終手段に訴えようとするのはやめてくれ。第一、クリスの話が本当ならば件の鎧は神器なのだろう? ミヤコに万が一があっても困る」
「それもそうですわね。では普通に進めましょうか」
タマキに視線を向ける。了解にゃー、と軽く返事をした彼女は、そのまま窓から飛び出していった。クリスから相談されていたのは彼女である。つまりは元々そのつもりだったのだろう。
ではこの一件はとりあえず経過を待つとして。机の書類を眺めながら、アキノはダクネスへと声を掛けた。呼んだ理由は、実はもう一つあると告げた。
「というよりも、むしろこちらが本題ですわね」
「……ああ、女神祭のことだな」
「ええ。ララティーナさんは構わないのですか?」
ダクネスは、ダスティネス家は代々エリス教徒。アクセルのエリス祭の際にも毎年支援を行ってきた経緯もある。それが突然今年は複数の女神を称える祭に変更するとなれば、いくら温厚な大貴族といえど気を悪くするだろう、とアキノは考えたのだ。
「まあ、確かに思うところが無いわけでもないが。この街は確かに様々な女神の信仰がある。それらを全て蔑ろにしてまで、エリス様だけを称えるというのも、おかしな話だろう?」
「随分と柔軟な考えですわね。昔のあなたはもっと……いえ、まあ、あの人に関わればこうもなりますか……」
やれやれ、随分と酷いことを言ってくれるなぁ☆ と想像の中で一人の女性が笑いながら剣を振りかぶっていたが、当のダクネスは笑いながら違う違うと述べた。あの人から影響を受けるようになったとしても、その前にきっかけがあると続けた。
「この街の人々だ。アキノが言うようにあの人を理解してきたことも、ミヤコやイリヤを受け入れたのも、まずはそれがあってこそ」
そしてなにより、とダクネスは笑みを浮かべる。この一年、様々な変化や問題の中心に必ずと言っていいほどいたとある冒険者パーティー。彼らがいたからこそ。
「そもそもだ。ユースティアナ様が笑顔で前を向いておられるのだから、その功労者を称えるのは至極当然だ」
「ふふっ。そうでしたわね」
では開催に反対はしないということで。アキノのそれに頷いたダクネスは、しかし彼女の続けて述べた言葉に笑顔を凍らせた。既に上がっている企画書とやらを見せられ、動きを止めた。
「誰だこんな頭の沸いたアイデアを考えたやつは!」
「一人しか、いえ、もう一人いることはいますが。とりあえずあなたのご想像通りの人物ですわ」
「前言撤回! あの野郎!」
合法的に水着の女性を祭で闊歩させるアイデアを纏めたのだろうそれは、ダクネスの先程の発言をぶち壊しにするものであった。
とはいえ。冷静に見直すと、欲望には塗れているものの、ある程度配慮、というか遠慮しているのが見て取れる。ついでに、あくまでアイデアであるから捨ててくれて構わないという念押しまでされていた。
「……アキノ、これはどういう状況で作られたものだ?」
「女神祭の話し合いですから、勿論それぞれの女神の信徒の代表者がいる場所ですわね」
「あぁ……」
主さまがお望みでしたら。躊躇うことなくそう言ってのけたであろうアメス教徒代表の少女を思い浮かべ、カズマが企画書を破り捨てた光景が浮かんでくる。となるとこれは、出した手前一応、ということなのだろう。
「まあ他にも、こちらの書類はカズマさんの故郷のお祭りだとかいうアイデアがなぐり書きされてますが……使えそうなのはこの『仮装パレード』くらいでしょうか」
「何というか、カズマの故郷とやらはどんな土地なのだ……?」
列挙されているアイデアを斜め読みしながらダクネスが溜息を吐く。それらが作成された時の議事録を読む限り、言ったはいいが本人が却下したものも何個かあるらしい。どうせ碌なものではないのだろうと彼女は考えないことにした。
「次の会議には私も参加したほうがいいのだろうか」
「その辺りの判断はお任せしますわ」
そんな出資者側の話が出るきっかけとなった商店街の会議が行われたのは少し前。正確には、クリスが絶叫する原因となったものと言ったほうが正しいかもしれない。
ともあれ、カズマ達はアクシズ教徒の代表者を連れてその場所へと向かったのだ。
「こんにちは、アクシズ教会アクセル支部長のシズルと申します。よろしく」
「同じくアクシズ教会アクセル支部所属、リノです。よろしくおねがいしますね」
そう言ってペコリと頭を下げた二人を見て、商店街会長は、否、話し合いに集まった商店街の面々は全て動きを止めた。え? ほんとにこの二人アクシズ教徒? そんな疑問が頭に浮かぶ。
否、まだ普通に挨拶しただけだ。アクシズ教徒だって最初くらいは取り繕う。騙されるものか。そんな決意を皆持った。
「はい、ええと。では今回の話し合いについてですが。事情はご存知でしょうか?」
「エリス祭に、他の女神を加えるというお話ですよね?」
「……現状加える女神とは女神アメスのことで、アクシズ教徒の代表者に来てもらったのは、祭の間に面倒事を起こさないようお願いする趣旨で」
「知ってますよ」
ざわ、と商店街が揺れる。普通に流したぞこの人。そんなことを思い、じゃあ隣は、と視線を動かすと、やっぱりそうなりますよねー、と頬を掻いている姿が見える。
誰だこいつら。商店街の心は一つになった。
「ほれ見ろキャル。やっぱりお姉ちゃんとリノなら問題ないじゃないか」
「こいつらのアクシズ教徒らしさは、普通の奴らとはベクトルが違うから……」
とはいえ、現状はキャルとしても非常に助かっている。やっぱりセシリーを簀巻きにして教会の地下貯蔵庫に押し込んできたかいはあった。うんうんと頷きながら、しかし彼女としては不安を隠せてはいなかった。
今はいい。が、こいつらの正体を知らない商店街の連中がうっかりスイッチを押してしまわないか。
「ん? 俺の顔に何かついてるか?」
「あんた、大人しくしてなさいよ。いい? 絶対よ!」
「いきなり何言ってんのお前」
「い、い、か、ら、素直に聞きなさい。間違っても商店街の連中と揉めないでよね」
「もう、キャルちゃんは心配性だね」
「うひゃぁ!」
挨拶も終わったのか、いつの間にかシズルが横にいた。耳と尻尾を逆立てて驚いたキャルは、思い切り飛び退りカズマの後ろに隠れる。笑顔のシズルが、女の子を守る弟くんは偉いぞ、とカズマの頭を撫でた。
「それで、キャルちゃん。確かに私達は弟くんが大事だけど、それはお姉ちゃんだからであって、キャルちゃんが思っているようなことはしないよ。弟くんに嫌われたくないからね」
「そうですそうです。キャルちゃんってば心配性ですね。大丈夫ですって、大声で歌った気になっててください」
「『大船に乗った気』、だよ、リノちゃん」
「……不安だわ」
だったらお前が代表者やりゃいいじゃん。そうカズマは思いはしたが、多分その場合祭り終わった頃には廃人になってそうなので、まだこっちの方がマシだろうと飲み込んだ。
そんなわけで会議である。合流したアメス教会代表のコッコロと付き添いのペコリーヌも合わせ、エリス教徒ではない面子の顔役が勢揃いした。ユカリもいるにはいるが、今回はアキノ側、商店街の会議の議事録作成を行うらしいので不参加である。
「さて、それでは」
商店街会長が語ったのは概ねアメス教会での説明と同じである。女神エリスを称える祭ではあるが、この街には他にも女神信仰があり、そして特にアメス教徒の二人は街の危機に活躍した有名人。この街に住む者としては、彼女らを蔑ろには出来ない。そう結論付け、今回の話に至ったのだとか。
「そういうわけですので。アメス教会にはぜひ祭りにご参加を」
「ちょっといいですか?」
会長の言葉を遮って、一人の少女が手を挙げる。視線を向けると、案の定というべきか、アクシズ教徒代表としてやってきたシズルが。
何だやっぱりアクシズ教徒か。そんなことを思いながら、自分達の女神を称えないとは何事だとか言い出すんだろうと考えながら。会長は何でしょうかと問い掛けた。
「キャルちゃんの扱いはどうするんですか?」
「うぇ!? あたしぃ!?」
こっちはこっちでてっきりカズマ関連だと思っていたキャルが素っ頓狂な声を上げる。双方ともに予想が外れたので、一体なんのこっちゃと反応が遅れた。
「一応、キャルちゃんは女神アクア様の加護を受けたアクシズの巫女です。アメス教会を参加させるとしても、キャルちゃんは厳密には該当しないので今回の場合不参加になりかねないと思うのですけど」
「え? いや、別にあたしそこまで深く考えてなかったし、その辺どうでも――っていうか巫女って言うな!」
「あー。でも、確かにそれは問題ですね」
「はい。キャルさまが参加出来ないのでしたら、わたくしたちも参加を辞退させていただきたく」
議事録を書いていたユカリが何とも言えない顔になる。その場合自分の扱いどうなるのだろう、と計算しつつ、まあ展開の予想は出来るので沈黙を貫いた。
そんな投下された爆弾によってざわざわとしている空気の中、シズルは笑顔のまま視線を動かす。え、とそんな彼女と目が合ったカズマは、パチンとウィンクされたことで何となく状況を察した。
「あー、っと。ちょっといいですかね」
しょうがない、と手を挙げたカズマは、だったらこういうのはどうですかと口を開いた。アクシズ教徒もいっそ祭を手伝わせようと提案した。
「いや、それ以外も。確かBB団とこのぼっちどもの仲間にドマイナー女神のプリーストがいたはずだし、それも加えたりとか」
「それは、流石に……」
「エリス・アメス・アクア感謝祭とかにした場合、アクシズ教徒が調子に乗る可能性もありますし、いっそ複数の女神を称えるってことで女神感謝祭とでもしちゃえば、向こうを調子付かせずに問題を解決できるんじゃないかと」
カズマのそれに、商店街の面々のざわつきが大きくなる。成程確かにそれなら。いいや流石に全部一緒くたは。
喧々諤々と様々意見が飛び交う中、まあでもこれが落としどころだし却下はされないだろうとカズマは息を吐いた。そうしながら、こんな感じでいいのかと視線を横に。
「さっすが弟くん!」
「うお」
思い切り抱きしめられる。大きな二つの柔らかいそれがぐいぐいと押し付けられ、カズマの動きがピタリと止まった。お姉ちゃんの香りと感触で、彼が座っているのに立ってしまいそうになる。
「弟くんなら出来ると思ってたんだ。うんうん、お姉ちゃんの期待通り――違うね、期待以上だよっ」
「あの、お姉ちゃん、ちょ」
「どうしたの? あ、ひょっとして久しぶりのスキンシップだから緊張してる? ――弟くんがいいなら、私は構わ」
「構うにきまってるでしょうが! シズルお姉ちゃん何やってるんですか!」
「はい。シズルさま。流石にそれは、少々やりすぎかと」
インターセプト。リノとコッコロがシズルとカズマを引き剥がした。まったくもう、とプリプリ怒るリノに対し、コッコロの目はどこまでも冷たかった。思わずカズマもちゃんと立てるようになるほどに。
「……これ、当分続くのかしらね」
「あはは……」
結局会議の騒ぎは暫くして収束し、エリス祭は女神祭へと変わるのだが、アイデアを出した当の本人はもう既に割とどうでもいい話になっていたり。