「はっはははははは! おっかしぃー! 最高! もうさいっこう!」
「アクア、笑いすぎよ。笑い転げすぎてスカートの中見えてるし」
最早お馴染み、アメスの夢空間。別名三馬鹿女神の溜まり場。そこで今向こうの世界で起きている事と次第を聞いたアクアは大爆笑した。後輩がとても沈んだ顔をしているのを見てメチャクチャいい笑顔になった。
「ぷーくすくす! ねね、エリス、今どんな気持ち? 今まで自分を称えてた祭が多数の女神を称える祭に変わって、特別な一柱じゃなくなったのはどんな気持ち?」
「先輩の顔面を思い切り殴りたいです」
「あ、マジギレ……。ご、ごめんねエリス、ちょっと調子に乗っちゃったみたいで。そうよね、これまでの信仰が揺らぐ事態だものね、大変よね?」
が。目が座っているエリスを見たのか、アクアは手を平を返したように彼女を心配し始めた。アメスはそんな二人を見ながら、やれやれと肩を竦める。そうしつつも、まあ落ち着けと二人のコップに液体を注いだ。酒である。
「……勿論、思うところがないわけでもないです。自分だけを称える祭、というのにある種の優越感を覚えていたのは否定しません。ですが」
「でも、どうしたの?」
「あの世界の人々がそう決めたのならば。自分達で進もうとしたのならば、それはそれで、女神としては喜ばしいことだとも思うんです」
「提案者カズマだって話だけど」
「そこは、まあ……えっと」
「ちょっと、こっちに火種飛ばすのはやめてくれない?」
酒を飲みながら余計な一言をのたまったアクアを、アメスはジロリとジト目で睨む。別に間違ったことは言ってないでしょと文句を飛ばした彼女は、酒のおかわりを注ぎながらふふんと口角を上げた。
それで、だったらそっちはどうなのよ。そんな言葉を続け、視線をエリスからアメスへと移動させた。
「どう、って?」
「あっちじゃドマイナー女神だったあんたはどうなの? こうやっていきなり祭で称えられる気分は」
「元々コッコロたんの村ではお祭りもあったから、別にそう変わらないわよ」
「ふーん。そうなの。ふーん」
「何よ」
「べっつにー? その割には、えらく上機嫌じゃない? 嬉しいんでしょ? ほんとは笑っちゃうくらいなんでしょ? いいのよ、私は分かってるから。アクシズ教と比べて吹けば飛ぶような信徒しかいなかったあんたが、駆け出しの街だけとはいえエリス祭に食い込むほどの知名度を手にしちゃったりしたらもう、笑い止まらないでしょ? うんうん、分かる分かる」
「勝手に分かった気にならないでちょうだい」
普段のダウナーフェイスが更にげんなりとしたものに変わる。変わるが、しかしその実ほんのちょっぴりアメスはドキリとした。言い方はアレであったが、アクアの言うことも頷けたからだ。
確かに、田舎の村でのみ信仰されていた程度しかあの世界にはなかった女神としての影響力は、この一年で急激に上昇している。エリス教とアクシズ教の二つを脅かすほどではないものの、ベルゼルグ王国では三番目に位置するくらいには有名になった。
そう、つまりは。
「給料上がってウハウハでしょ?」
「そうね」
「そこは認めるんですね!?」
「ここで嘘を吐く理由はないもの」
しれっとそう述べるアメスを見て、エリスはぐだりと机に突っ伏した。あーもーやってらんねー。普段の彼女らしからぬ言葉を発しながら、机に置いてあったポテチをつまんでバリバリと噛み砕く。
「何よエリス、やっぱりあんた」
「ちーがーいーまーすー。この疲れはそれとは別件です。……あ、そうだ先輩、アメスさん。どうせだからちょっと相談乗ってくれませんか?」
「相談?」
「なになに? ま、後輩の面倒を見るのも立派な先輩の役目だし? 言ってごらんなさいな」
「……神器回収の件なんですけれど。今回の目標が中々厄介で」
「だそうよ、アクア」
「え? ちょっとアメス、あんた手伝わないの? 私一人とかちょーだるいんですけどー!」
「手伝わないとは言ってないでしょう? 厄介事はごめんってだけよ」
「それ実質手伝わない宣言じゃない! じゃあいいわ、アメスがやらないなら私もやらない」
「それはつまり、アメスさんがやるなら先輩も手伝ってくれると?」
静かにエリスがそう問い掛ける。姿勢を直したものの、彼女の表情は俯いているので見えない。が、アクアは気にせずええそうよと述べた。こんな調子なら無理でしょうけれど、ケラケラ笑いながら彼女はそう続けた。
「だそうです、アメスさん」
「しょうがないわね。エリス、手伝ってあげるわ」
「はい、ありがとうございます。というわけで、先輩」
「ちょ、ちょちょちょ! 何今の!? どう考えても茶番じゃない! 示し合わせてたじゃない! 騙したわね! 二人して私をはめたわね! ノーカンよノーカン! そんな汚い手を使って私を動かそうとしてもそうはいかないわ!」
「それは誤解です、先輩。私はただアメスさんに確認を取っただけで」
「それでこうはならないでしょ! 嫌よ! 私は働かないから!」
どか、と思い切りテーブルにコップを叩きつけながらアクアが宣言する。そんな姿を見た彼女たちは、ならしょうがないと至極あっさり諦めた。では相談なんですが、というエリスの言葉を皮切りに、アメスと二人で厄介だというその神器の確保手段について話し合いを始める。
それを一人ぽつんと眺めていたアクアは、持っていたコップを口に持っていき。
「……」
すっかり空になっていたことに気が付いた。ふ、とどこか憂いを帯びた笑みを浮かべると、彼女はしょうがないわねぇと立ち上がる。
「エリス、感謝しなさいよ! 私もその相談、乗ってあげるわ! だからちょっとこっち見なさいよ、ねえ、ねえってば! 私一人だけ仲間はずれとか嫌なんですけどー! 寂しいんですけどー!」
祭りの準備が始まる。そういう名目でやって来たギルドでは皆がモンスター討伐の依頼を請けていた。勝手知ったるといった様子で動き回るペコリーヌを尻目に、カズマは一人、頭にハテナマークが浮いている。
「何で?」
「当たり前でしょ? 祭なんだから」
「主さま、お祭りの間は冒険者のお仕事はみな休業となってしまいます。ですので」
「あー……」
そういうことか、と頷いた。女神祭開催中に余計なトラブルを起こされないよう念入りに付近のモンスターを狩っておくのだろう。成程成程と彼は納得し、そして。
「別に俺がやらなくてもよくね?」
「まあ、それはそうだけど……。でも、確かにそうね、この街実力だけはおかしい連中が山程いるもの、あたし達が頑張らなくても」
「主さま、キャルさま……」
ほんの僅かにコッコロの眉尻が下がる。そうしながらも、そういうことでしたらこちらも無理強いはいたしませんと彼女は微笑んだ。
「では、わたくしは他の方々のお手伝いに」
「何言ってんだコッコロ。俺は女神の勇者カズマさんだぞ、こういう時こそ頑張らなきゃ駄目だろ」
「こいつ……」
ドリルばりに手の平ぐるっぐるしているカズマを見ながら、キャルは何とも言えない表情を浮かべていた。まあ別にどっちでもいいけど、と溜息を吐きながら、彼女は手近な依頼を眺める。
そうしながら、何だかやけに張り切っている男連中の姿を見付けた。
「何あれ?」
「さあ? まあダストが混じってるってことは碌なことじゃないだろ」
「そうね」
流した。そのタイミングで戻ってきたペコリーヌが、大体この辺が手薄ですよと数枚の依頼書を見せる。主に街の周辺、水源となる水辺付近、そして森。大まかに分類するとこの三種で、中でも森の討伐は重要度が高いらしい。そのことを聞いたカズマはまたしても首を傾げた。祭のためならそこが一番重要度低そうなのに、と。
「セミよセミ。あいつらメチャクチャ煩くて夏の間ずっと鳴き続けるもんだから、専門の業者に頼んでこっちに来ないよう駆除してもらわないといけないの」
「ですが、森に魔物がいると業者の方々が入れず、結果としてお祭りの開催に支障が」
「ほー……。セミ、ねぇ……」
イマイチピンとこないが、この二人がわざわざ言うからには多分自分の思っているものよりも迷惑なのだろう。これを怠ると夜眠れなくなる、と豪語するからには相当だ。
「なあペコリーヌ。実際そんなうるさいのか?」
「そうですね。わたしも夏の野宿は森を避けるくらいですね」
「へー」
「あ、でも昼間は別です。セミはこの季節にしか取れない限定食材ですから」
ぐ、と拳を握って力説するお姫様。突如ぶっこまれた蟲食の話題に、カズマも思わず反応が遅れた。視線を横に向けると、キャルも目を見開きこいつ何言ってんだという顔になっている。どうやらセミを食うのは常識ではないらしい。
「ぺ、ペコリーヌさま? セミを、食べるのですか?」
「はい! 大体このくらいの大きさのセミを捕まえて」
「やめろ、具体的なデカさを出すな! 生々しい! あとでけぇ! 俺の知ってるセミじゃねぇ!」
彼女の手からはみ出るほどの大きさを提示したことで、カズマもここのセミのヤバさを段々と理解してきた。同時に、目の前の少女のアレさ加減を理解したつもりだったが少し分からなくなった。
「えー。美味しいのに……」
「いい、ペコリーヌ。あんた絶対うちでは出すんじゃないわよ。いいわね、絶対よ! フリじゃないからね!」
「でもでも。キャルちゃんだって一度セミを使ったスイーツを食べればイチコロですよ!」
「別の意味でイチコロするわ!」
「セミのスイーツ、でございますか……」
「コッコロ、お前はあっちに行かないでくれ。頼むから」
溜息を吐きながらコッコロを説得する。そうしながら、よしこれは是が非でも森の討伐を済ませて業者にセミを根絶やしにしてもらわねばならないと気合を入れた。夏の食卓にセミを出されないためにも、である。
そういうわけで、カズマ達一行は森の討伐を選択した。ギルド職員に案内された場所には、先程騒いでいた男の冒険者連中の姿もある。
「お、カズマ。お前もこっちか?」
「ん? ああ、食卓の平和のためにもな」
「何言ってんだお前」
ダストが変な奴を見る目でカズマを見たが、当の本人は知ったこっちゃない。職員の説明を聞きながら、では早速森へと向かいますという言葉と共に移動を開始する。
そんな道すがら、彼はダストから騒いでいた連中の理由を聞いた。ああそういうことかと納得した。どうやらあの連中は独り身の望み薄集団らしい。
つまりはアキノ傘下となったサキュバスサービスの中でも、昔からのサービスを受け続けている筋金入りということだ。
「……何でお前あっち側? こないだのお嬢様はいいのか?」
「背筋が凍るようなこと言うな」
うげぇ、と顔を顰めたダストであったが、しかしそれとは裏腹にどこか本気ではないようにも感じられ。あーはいはい、とカズマも当然流した。
何より、彼の装備は今までのチンピラ然としたものと見た目こそ相違ないものの、質がしっかりと上昇していた。そして、得物も。腰につけている剣とは別に、もう一つ。
「あ、いた。ほらダスト、行くわよ」
「あ、だ、ダストさん。もう、みなさん準備が出来てます」
ぐい、とリーンに引っ張られ、彼女と一緒にいたクウカと共に向こうへと去っていく。そんなダストを見ながら、彼は非常に冷めた目で見ていた。他人がモテているのを見せられることほど鬱陶しいものはない。そういうことである。
「おっとうとく~ん♪」
「うおっ」
などと考えていた彼の背中に柔らかくとってもボリューミーな感触が二つ。ぐいぐいとそれを押し付けながら、背後の人物はカズマの耳元でやっと見付けた、と囁いた。甘く蕩けるような声であった。
「弟くんは森の討伐なんだね。うんうん、細かい気配りを忘れていないその姿勢、立派だぞっ。お姉ちゃんは鼻が高い」
「あ、はい。どうも」
あかん、マズい。カズマの中で色々と警鐘を鳴らしているが、誘惑を断ち切ることが出来るほど彼も立派な人物ではないわけで。ヘタレではあるが、こういう状況ではどうしても流されるままになってしまう。
「てい」
「あいたっ」
カズマの背中に一際しっかりとおっぱいが当てられた。それを最後に、背後のシズルが離れる気配がする。どうやら誰かが彼女を引っ叩いて引き剥がしたらしい。その衝撃でカズマへとファイナルアタックが実行されたのだ。
尚、カズマは耐えた。ファイナルにはならずフラッシュもしなかった。
「あんたねぇ……。ここはアルカンレティアじゃないんだから、そこら辺ちゃんとわきまえなさいよ」
「も~、キャルちゃん、何を言ってるの? 私と弟くんは姉弟なんだから、これくらいは当然だよ」
「あんたの常識は世間の非常識なのよ! ほら見なさい、こんなに注目されちゃって」
「それはキャルちゃんが怒鳴っているからじゃないかな」
しれっとそう述べるシズル。まったくもって堪えていない彼女の様子を見て、キャルはああもうと頭を抱えたまま地団駄を踏んだ。
そしてそんな彼女を、まあまあとシズルが宥め、撫でる。逆転した。
「よしよし。私は弟くんのお姉ちゃんだけど、みんなのお姉ちゃんでもあるからね」
「……おかしい……こんなの絶対おかしい……」
「これは、未来の鳥が未来に行っちゃってますね」
「あの、リノさま、『ミイラ取りがミイラ』ではないでしょうか……」
「やばいですね」
そうしてこうしてカズマの周囲に集まる面々。コッコロ、キャル、ペコリーヌ、そしてシズルとリノ。美女美少女が集結しているそれを見て、筋金入りの独り身どもはどう思うかといえば勿論。
他人がモテているのを見せられることほど鬱陶しいものはない。まあそういうわけである。