「シズルをどうにかしないといけないわ」
「どうした急に」
アメス教会。そこでバンバンと机を叩きながら力説するキャルを、カズマは冷めた目で見ていた。彼にとっては今自身の口から零したように突然何か言い出したようにしか見えないのだろう。
その一方で、ペコリーヌはあははと苦笑しつつもそこを否定することなく、そしてコッコロに至っては。
「キャルさまの言う通りでございます」
「そうよね? やっぱりあれどうにかしないとマズイわよね?」
「はい。……どうにかしなければ、いけません」
「……あ、ちょっと待った。コロ助のそれあたしの意見と微妙に違う」
引いた。面子の中で最年少である彼女の気迫というか眼光というか。そういうものにビビったのだ。どうにかする、という言葉に秘められた思いがどことなくバイオレンスさを醸し出していた。
「ま、まあまあ。コッコロちゃんも落ち着いてください。別に何か問題を起こしたわけでもないですし、というかむしろ活躍していますしねぇ」
「活躍してるからこそ、よ。この間の森の討伐戦も、普通にみんなの支援してたし」
「いやそこツッコミ入れるとこか?」
おかしな行動のカテゴリに入れられてる感のあるシズルの支援。話に若干ついていけてないカズマがそこに口出しすると、キャルが彼を見て盛大に溜息を吐いた。ほんとこいつ分かってないな、と言わんばかりの表情を浮かべた。
「何だその顔」
「したくもなるわよ。あのねカズマ、あんたほんと分かってる? シズルはアクシズ教徒なのよ?」
「知ってるよ。だからお姉ちゃんはまともなアクシズ教徒だろ?」
「…………」
「キャルちゃんキャルちゃん。女の子がしちゃいけない顔してますよ」
「だってペコリーヌ。今の聞いたでしょ? こいつもう手遅れよ?」
「アメス様の加護をお持ちである主さまが……。なんとおいたわしい……」
コッコロは悲しんだ。仕えるべき主たる少年が、このような状態になってしまうとは。己の無力を苛み、そしてその思いを力に変えた。
必ず、かの邪智暴虐の姉を除かねばならぬと決意した。
「コロ助コロ助。女の子がしちゃいけない顔してるわ」
「やばいですね……」
どうしようこの状況。ペコリーヌは悩んだ。正直キャルもコッコロも冷静ではない。特にコッコロ、放っておくとアクシズ教会を焼き討ちに行きかねない。
「こほん。……申し訳ありません、少々取り乱しました」
「そ、そうね。あたしもちょっと頭に血が上ってたかも」
そんな彼女の心配が伝わったのか、コッコロもキャルもハッと我に返る。根底は変わらずとも、とりあえずある程度話が出来るようにはなったらしい。よかった、と安堵の息を吐くペコリーヌは、そこでカズマがこちらを見ているのに気が付いた。
どうしましたか、と彼女は首を傾げる。そんな彼女を見て、彼はいや別に、と頬を掻いた。
「……まあ、俺もお姉ちゃんフィルターがかかってたのは否定しない」
「その単語が既に手遅れ感醸し出してるけど、まあいいわ」
「でも、それ差っ引いても、現状別に悪いことはしてないだろ。アクシズ教徒のやらかしに悩んでたお前にはむしろいいことじゃないのか?」
「確かにあれからアクシズ教徒の評判上がってるのよね……。責任者になったからなのか、あの二人結構アクシズ教徒を大人しくさせてるし。セシリーですら若干マイルドになってるもの」
欲望に忠実で、好きなことをやり、アクシズ教徒への勧誘を行う。この根底は変わらないが、エリス教徒への嫌がらせは確実に減った。あと警察のお世話にならないよう立ち回るようになった。アクセルの街ではただそれだけでアクシズ教徒の評判がモリモリ上がったのだ。
その程度ならこの街には掃いて捨てるほどいるからだ。ある意味街全体が手遅れともいう。
「でも、だからこそ問題なのよねぇ……。あいつがもし暴走を始めたら」
「そんなことまで考えても仕方無くないか?」
「何他人事みたいに言ってんのよ。その場合理由は間違いなくあんたなのよ」
頬杖を付きながらキャルがジト目でカズマを見やる。俺? と自身を指差す彼に向かって頷くと、そのまま視線を残り二人に向けた。
「でもって、そうなったらコロ助とペコリーヌは巻き込まれるわね」
「キャルちゃんは大丈夫なんですか?」
「あたしは最初から巻き込まれてんのよ……」
「キャルさま……」
はん、と何かを諦めたようなキャルのその言葉に、コッコロの眉尻が下がる。主だけでなく、大切な友人までも悲しませるとは、許すまじ。
再びブラックなコッコロ、略してブッコロになりかけた思考を頭を振って散らす。これは、余計に二人を悲しませる行動だ。理性でなんとか押し留めた。
「となると、現在のキャルちゃんの胃の無事はカズマくんにかかってるわけですね」
「微妙なスケールだな」
「そんなことありませんよ。胃が無事じゃないと美味しいものが食べられません。美味しいものが食べられなかったら、みんなでご飯が食べられなくなって、幸せが無くなっちゃいます」
「お、おう」
拳を握って力説するペコリーヌを見ながら、分かった分かったとカズマは彼女を押し止める。ずずいと来た彼女との距離は非常に近かった。シズルはまだお姉ちゃんだからと自分に言いかせて誤魔化せるが、目の前の少女はそれが出来ない。ただでさえ最近溜まっているので、あまり刺激しないでもらいたいのだ。
「……確かに、これは問題だな」
「え? あんた何でいきなり乗り気になったの?」
「主さま?」
言えるはずもないので、話を聞いてきちんと考えたのだと言い張った。
その日、アメス教会にやってきたユカリは、まずその違和感に首を傾げた。そうした後、何かあったのだろうかと掃除をしていたコッコロに問い掛ける。
返ってきた言葉は、彼女が思わず間抜けな声を上げるものであった。
「ちょ、ちょっとごめんなさい。もう一回言ってもらえる?」
「はい。キャルさまは昨日よりアクシズ教会で過ごしております」
「……何か悪いものでも食べた?」
「え? 何でわたしを見るんですか?」
カズマと共にアメス教徒の出店の準備をしていたペコリーヌが目をパチクリとさせた。いや妥当だろ、という彼の言葉に、彼女はしょんぼりと肩を落とす。
「あのなペコリーヌ。だったら言わせてもらうが、お前のこのメニュー何なんだよ」
「夏のとびきりスイーツです」
「セミ! やめろって言ってんのに何で目玉商品みたいな扱いにしてんだよ!」
「美味しいから大丈夫ですよ?」
「味の問題じゃねーっつってんだろうが!」
がぁ、と叫ぶカズマを見ながら、ユカリはゆっくりとコッコロに向き直る。そういうわけではありません、と首を横に振るのを見て、一応納得することにした。
しかしそうなると。一体全体何がどうなって彼女はアクシズ教会へと向かうことになったのか。
「何だかんだアクシズ教陣営だからって話らしい」
「……何か変なものでも食べたの?」
「アクシズ教徒への信頼すげぇな」
「それもあるけれど。キャルちゃんそういうの絶対嫌がる……けど、何だかんだしょうがないからってやるタイプだったわね、そういえば」
「あはは。そこら辺、似てるんですよねぇ」
「はい。キャルさまは、その辺りはよく似てらっしゃいます」
「あん?」
ペコリーヌとコッコロがカズマを見る。何言ってんだお前ら、とジト目になったカズマは、そこら辺もういいなら手伝いしてくれとユカリに述べた。彼女もアメス教陣営、今回の祭りではここを手伝う立場のはずだ。
「本来ならばアキノさん達と運営の貴族側をやるべきなんだけれど。そうね、キャルちゃんいないのなら、お姉さんが一肌脱ぎましょう」
「ありがとうございます、ユカリさま」
「ええ。それで、みんなは一体何をやるつもりだったのかしら?」
掃除を終わらせたコッコロと共に、二人が作業をしていた場所へと足を進める。そうしてひょい、と覗き込んだユカリはそこで動きを止めた。ほれみろ、というカズマの言葉を聞いて、ペコリーヌが眉尻を下げている。
「え、っと……? この、メニューは、何?」
「夏のとびきりスイーツです」
「そ、そうよね? プリンとかケーキとかパフェとかあるから、間違いなくスイーツよね?」
「はい。材料からこだわった絶品をみなさんに食べてもらおうと思ってるんですよ~」
「そ、そう、なの……」
明らかにユカリの表情が引きつっている。だろうな、とカズマはそんな彼女を見て溜息を吐き、コッコロは何とも言えない表情でノーコメントを貫いた。
そんな空気の中、ユカリはゆっくりと口を開いた。少し、聞きたいことがあるのだけれどとペコリーヌに問い掛けた。
「その、こだわった材料なんだけれど」
「夏でしか味わえない限定食材の数々です」
「……私の記憶が確かなら、それ……この間の討伐で見たやつよね?」
ユカリ自身はアキノ達と街の周辺や水源などを片付けていったので、直接見たわけではない。が、毎年のことでもあるので全く初見ということもありえない。
まあつまりは、森の討伐の時には見かけるやつなわけで。
「カブトムシです」
「スイーツよね?」
「スイーツですよ? 殻をチョコに混ぜ込むと抜群のコクが出るんです」
「……カマキリ?」
「下処理をした羽は香り付けに最適で、フルーツを引き立てるんですよ」
「セミ……」
「砕いて粉にするとミルクによく溶けるんです。プリンの滑らかさを一層強くするのにこれ以上無いほど活躍してくれますよ」
「……」
「こっち見んな。だから俺はひとっことも賛同してないからな」
おい責任者と言わんばかりの目でユカリがカズマを見たので、心外だと思い切り睨み付けた。言っておくが許可した覚えは欠片もないと目で述べた。
そもそもである。これを出店のメニューにするのは勝手だ。買うのはアクセルの住人であり、祭の参加者だ。けど、そうなった場合、試食は誰がやるのか。
カズマだ。
「食べたら美味いかもしれん。ペコリーヌの言うことが正しいのかもしれん。けどな、俺は蟲を食いたくはねぇぇぇんだよ!」
「あ、うん。ごめんなさい、私が悪かったわ」
分かればいい、とカズマは述べる。そうしながら、本気なのかとペコリーヌへ向き直った。お前は真面目に、アメス教徒の祭の出店として蟲のスイーツを出すつもりなのか、と。
「……そんなに、駄目ですか?」
「いや、まあ、そりゃ……材料を隠し通せばワンチャンあるかもしれんが。言うだろ? お前」
「それがこのスイーツの目玉ですし」
しゅん、と項垂れながらペコリーヌが述べる。その姿を見ると、カズマとしてもこれ以上責めるのは酷かもしれないと思ってしまった。何が問題かって嫌がらせとか詐欺とかそういう負のベクトルではなく百パーセント善意でやろうとしているからたちが悪い。
「あの、主さま」
「ん?」
「ペコリーヌさまのお望みを叶えることは、やはり難しいのでしょうか?」
どうしたもんか、と悩んでいると、横からコッコロがそんなことを聞いてくる。彼女としてはペコリーヌがこれだけ言うのだから大丈夫だろうという信頼感から、前向きに進めないか考えていたらしい。まあそうなるわよね、とユカリは彼女を見て苦笑していた。
「つってもなぁ……。いくら美味くても、材料がなぁ……」
こういう時、カズマと同じ思考をしてくれるもう一人がいると話が上手い具合に進んだりする。あるいは、それでも全力ツッコミをしながら被害担当になってくれたりもする。
だが、いない。今この場に、彼女はいないのだ。
「あぁぁぁもう、しょうがねぇなぁ。ペコリーヌ! とりあえず蟲使わないバージョンも考えろ。こっちは裏メニュー的な限定商品にするぞ」
「限定、ですか?」
「人ってのは案外限定品に弱い。特別な材料を使った限定スイーツ、刺激が強いのでご了承くださいとかそんなこと言っとけば万が一クレーム来ても突っぱねられるだろ」
「言い得て妙ね」
間違ってはいない。蟲を材料にしているというのは刺激が強いだろう。味わいだとは一言も言っていないので、向こうの勘違いだと言い張ることも出来る。
「で、だ。これほんとに美味いんだろうな?」
「それは勿論。わたしが腕によりをかけて作ります!」
「……ぶっちゃけペコリーヌの手作りって時点で材料が蟲でも問題なく売れる気がしてきたな」
「カズマくんカズマくん、一応言っておくけれど、初心者殺しのシチューの件は忘れちゃ駄目よ?」
以前、食材にしないモンスターを調理して一騒動あったことを思い出す。ユカリに釘を差され、しかしカズマとしてはまだ蟲の方が抵抗少ないんじゃないだろうかと思い悩んだ。
大丈夫です、とコッコロが述べる。え、と彼女の方を見ると、柔らかな笑みを浮かべたまま、試食用の蟲スイーツの準備に取り掛かるペコリーヌを眺める姿が目に入った。
「ペコリーヌさまは、アクセルの街の方々に愛されています。主さまやユカリさまのご心配はもっともでしょうが、わたくしは、きっと、大丈夫だと信じております」
「……」
「……」
それはまあ、と二人共頬を掻く。何だかんだ言いつつ、これでペコリーヌの立場が悪くなるとか、そういう心配は杞憂だと思ってはいる。そういう意味では、コッコロと同じように彼も彼女も信じているのだ。
が、しかし。
「それとこれとは話が別なんだよなぁ……」
「そうよねぇ……」
鼻歌交じりでカブトムシやカマキリを解体しセミを粉にしているペコリーヌの後ろ姿を見ながら、二人は小さく溜息を吐いた。
尚。カブトムシ、カマキリ、セミはどれも美味であった。やっぱりこれでいいんじゃね、とカズマが半ば諦める程度には。