ところかわって。一方その頃のキャル。
「……」
「シズルお姉ちゃん、フルーツの手配は終わりましたよ」
「ありがとうリノちゃん。残りの材料の発注も済んだし、場所の確保もこれでよし、と」
「……」
「あとは細かい所を……って、どうしたんですか?」
「あれ? キャルちゃん、どうしたの?」
何の問題もなく出店の準備を進めていくシズルとリノを見て、キャルは絶句していた。ツッコミどころがなく、普通に進んでいくので、彼女は立ち尽くしたのだ。
「はっ! いや、だったら問題ないじゃない!」
我に返った。そして叫んだ。何かやらかすのを期待していたわけではない、と誰に言い訳しているのか分からないが弁明した。勿論リノは首を傾げている。シズルは何となく察したのかクスクスと笑っていた。
「ねえ、キャルちゃん」
「何よ」
「そんなに心配しなくても。私は弟くんの邪魔になるようなことはしないよ」
「それは分かってる。でもあたしの心配はそれはとはまた別で」
「だから、心配しなくても大丈夫。私は、弟くんの、邪魔をしないの」
笑顔である。だが、その表情はキャルにとって背筋が凍るような錯覚を覚えるものであった。その言葉に込められた意味を、知ってはいたが再確認した。
「あ、ひょっとして他のアクシズ教徒のこと言ってます? それならシズルお姉ちゃんが説得して回ったんでお兄ちゃんの迷惑にはならないと思いますよ」
「説得……」
「説得です」
「……血は流れたの?」
「ギリギリ」
「も~、リノちゃん。そういうことは軽々しく言っちゃダメだ、ぞっ☆」
強烈な激突音、というか炸裂音が響く。頭を強く打ったリノがハラヒレホレハレとふらつくのを尻目に、シズルは笑顔のままそういうことだから大丈夫と続けた。何がそういうことだからなのか、何が大丈夫なのか。それを詳しく尋ねる気にはなれなかった。
「……ま、いいわ。こっちに問題がないならそれに越したことはないもの」
「そうそう。だからキャルちゃんも、別に無理に私達を監視しなくても、弟くんの手伝いに戻ったっていいんだよ?」
ぐっ、とキャルが呻く。元々隠してはいなかったが、そうはっきりと言われると思わず身構えた。こいつ一体何を考えてやがる。そう一瞬だけ考え、いや何を考えてるかなんて一目瞭然かと肩を落とす。細かいところはともかく、根底は一つだ。
「別に。いいわよこっちで。……たまには、あいつらと対決するのも悪くないし」
「ツンデレですね」
「ツンデレだね」
「うっさい!」
生暖かい目でこちらを見る二人にそう返しながら、彼女はふと思い出す。そういえば、この教会にはシズルとリノの他にもう一人いるはずだ。とんでもないやらかしはしないが、細かい部分では問題大アリのプリーストが。
「ねえ、セシリーもあんた達の出店手伝うの?」
「違いますよ。あの人はあの人で何かやるみたいで」
「……それ、嫌な予感しかしないんだけど」
「それは心外ね、キャルさん」
「わきゃぁ!」
ぬ、と背後から湧いて出てくるセシリー。思わず裏拳を放ったが、とうやら読まれていたらしくその拳は空を切った。ふふん、とドヤ顔をしながらキャルの前に立った彼女は、そのままふっふっふと謎の笑みを浮かべ続けている。
「気持ち悪い」
「アクシズ教の誇る美人プリーストに何たる言い草!? あ、でもキャルさんが言うのならまあ、仕方ないって納得しちゃおうかしら」
「気持ち悪い」
「言い方に不快感増しましたね」
「そうだね」
偽姉妹はそんな彼女達のやり取りを微笑ましく眺めている。止める気は毛頭ない。自分の害にならない限り、好きに生きている相手を咎めるのは違うからだ。その辺りは腐ってもアクシズ教徒である。
「で? あんた何やるのよ」
「ところてんスライム屋ですが何か?」
即答であった。そういやこいつの好物だったな、とどこか遠い目をするキャルを見ながら、セシリーはちっちっちと指を振る。私がそんなただのところてんスライム屋をやると思ったら大間違いだ。そんなようなことを言いながら、どこからか一口大の大きさのゼリーのようなものを取り出した。
「これぞ私の新発明、ところてんスライムクラッシュタイプ! 細かくブロック状にしたところてんスライムをゼリーで寄せた、安全面に配慮した一品よ」
「……うわ、セシリーにしてはすっごいまともなもの出してきた……」
ところてんスライムは、喉越しは良いがそこそこ固く弾力もあるため、普通のゼリーのように飲み込んで喉に詰まらせる事故も少なくない。なので、彼女はその辺りを改良したのだろう。小さく細かいブロック状にしたことで、誤って飲み込んでもそうそう喉に詰まらせることはないよう配慮されている。
「これでみんな安心してところてんスライムを食べることが出来るって寸法よ。これを喉に詰まらせるような人はよっぽど運に見放された可愛そうなエリス教徒でしょうから、その時はアクシズ教徒に改宗を進めるけど」
「あんたそれは……まあ、強引ってわけでもないし、確かにこれを喉に詰まらせるようなのは女神エリスに見放されてそうね……」
ひょい、とクラッシュタイプを手に取る。どうぞどうぞ、とセシリーに勧められたので、キャルはそれをぱくりと食べた。成程ゼリーで寄せたことで食感も面白く、これは案外本気で売れるんじゃないかと思うほどだ。
「それで、どう? キャルさん、私は問題なしでしょう?」
「そうね。これなら――」
大丈夫だ。そう言おうとした矢先。
「キャルちゃん、これ、な~んだ」
「へ? 看板? えっと? ……『よーっく冷やして食べると更に美味しい』? 凍らせろってこと?」
シズルがセシリーの出店のために用意した道具を一つ指差す。それを眺めたキャルが首を傾げたが、しかしすぐに一つの答えに行き着いた。行き着き、ジロリと目の前の彼女を睨んだ。
先程食べた感じからすると、凍らせた場合喉に詰まる確率は普通のところてんスライムと同等程度に跳ね上がるだろう。そして先程彼女はこう言ったのだ。喉に詰まらせるほど運がないエリス教徒はアクシズ教徒に改宗させる、と。
「絶対に詰まるわけじゃないのだから、セーフよね」
「アウトに決まってんでしょうが!」
看板には注意喚起が追記された。
ここで再確認してもらいたいのは、今回の祭りは女神感謝祭だということである。エリスの名をただ取っ払ったわけではなく、単純に複数の女神に感謝をするという催しへと変わったという点である。
なのでエリス教徒は勿論のこと、次いで信者の多いアクシズ教と、アクセルを中心にじわじわ知名度を上げているアメス教も主として祭に参加するわけなのだが。
ここで忘れてはいけないのは、あくまでこれは女神祭だということである。
一体何が言いたいのかというと、つまりは。
「ふむ。出来栄えとしてはそこそこの物が出来ましたね」
「この短時間で作ったにしては上々ね」
「そうですね。お手柄ですよ」
アクセルの街の外れ。アクセル変人窟の中でもトップクラスの変人の縄張り。またの名を、ネネカの研究所。そこで彼女達は出来上がった物体を見ながらうんうんと頷いていた。
そうしながら、お手柄だと評価した相手をめぐみんが見やる。その視線を受けた該当者はビクリと体を強張らせ、そのまま小刻みに痙攣し始めた。
「きょ、きょきょきょうえつ、しご、しご、仕事終わりはこの一杯!」
「アオイちゃん、落ち着いて!」
『……紅魔の里であれだけ交流したのに』
「いや無理でしょ。こいつがそう簡単に慣れるかっての」
相変わらず常時テンパっているようなアオイをゆんゆんが宥め、ルーシーが溜息を吐き、そして小型安楽王女が呆れたように吐き捨てる。BB団のいつもの光景である。
そんなアオイを研究所一同は生暖かい目で見ながら、話を続けようかと流した。先程ルーシーが述べたように、とある一件から交流が増えたことで慣れたのだ。少なくともネネカ達は、であるが。
『それにしても、良かったんですか?』
「よかったのか、とは?」
『今回の出店です。こちらとしては渡りに船でしたが』
「ああ、そのことですか。それならば何も問題はありませんよ。こちらとしても、丁度良かったものですから」
ルーシーの問い掛けにネネカがそう答え、クスクスと笑う。ねえ、と横のちょむすけに問い掛けると、何とも言えない表情で彼女がネネカから視線を逸らした。
「え、と? お師匠様は何を恥ずかしがって……?」
「あれ? ゆんゆん、あなた師匠の正体知らなかったんでしたっけ?」
「ちょっとめぐみん、あんた今私のこと馬鹿にしたでしょ!? 知ってるわよ! お師匠様は紅魔族っぽい名前を名乗ってるけど、本名はウォルバク。怠惰と暴虐を司るめが……みさま、で……」
気付いたらしい。あ、と間抜けな声を上げながらちょむすけの方を見ると、片手で顔を覆いながら皆に背を向けているのが視界に映る。当然だろう、なんだか知らない内に女神感謝祭の祀られる女神の一柱としてエントリーされていたのだから。
「ちょむすけ。いい加減吹っ切れたのではなかったのですか?」
「……それとこれとは話が別だと思わない?」
「ご、ごめんなさいお師匠様!」
「まったく、ゆんゆんはこれだから」
ペコペコと平謝りしているゆんゆんを見ながら、めぐみんがどこか勝ち誇ったように頭を振る。そしてそんな二人を見ながら、ルーシーは成程、と一人頷いていた。だからこそ、こちらと合同出店を提案したのか、と。
「ルーシー。お前一人で分かった顔してんじゃない。ぼっち筆頭が事情についていけなくて頭から煙吹いてんだから」
『おっと。ごめんなさいアオイ。では、お優しい安楽王女の頼みですから、私が説明をしてあげましょう』
「おいこら」
『ちょむすけさんが女神ウォルバクだということは、ネネカ所長の所属はほぼウォルバク教徒と言っても過言ではないでしょう。ここまでは分かりますか?』
「は、ははははい。なんとか」
『そして一方、こちらは私と、アオイが半分レジーナ教。数は非常に少ないですが、どちらにせよ、他の三陣営と比べれば誤差です。この状態でそれぞれ別々に活動しても成果は得られない』
「な、成程。つまり、お互いで同盟を組んだというわけですね」
そういうことか、と納得したような顔をしたアオイは、しかし即座に瞳をグルグルとさせながら震えだす。これは自分が間違いなく足を引っ張る流れなのでは。そうして爪弾きにされた自分は誰にも拾われず野垂れ死ぬのでは。そんな結末を瞬時に弾き出し、生きててごめんなさいと謝り出す。
一同、当然のように何言ってんだこいつという顔になった。そうして、まーた始まったと流した。慣れ過ぎである。
「アオイ。あそこのおもちゃの設計したのお前だろーが。今んとこBB団で一番活躍してんのはお前なの、分かったら返事」
「は、はははははい! 分かりました! すいません!」
安楽王女の指差した先には、先程ネネカ達が評価していた物体がある。アオイの《だいじょぶマイフレンドくん》をベースに設計をし、出店の商品として作り上げたおもちゃ《トイフレンドくん(仮名)》だ。
ちなみに中身はネネカが主導した。そういう意味でも、このトイフレンドくん(仮名)はBB団と研究所の同盟の証といえるだろう。
「あ、そうですよ所長。これ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「めぐみん。それはどういう意味ですか?」
「所長が趣味全開で中身作ったら絶対碌なことにならないでしょう」
「ふぅ……。まったく。いいですかめぐみん、これはあくまで出店の商品です。私がそこを違えるはずないでしょう」
「師匠。これ、信じて良いんですか?」
「まあ、ネネカのそういうところは信用していいと思うわ」
そう言いながら、ちなみにこれはどういう仕組なのだとちょむすけは問う。ある程度のギミックの説明をされたが、具体的に、実際どうなるのかは未だ見せてもらっていない。
分かりました、とネネカは一同を見渡し、アオイに視線を固定させた。ひぃぃ、と悲鳴を上げる彼女を尻目に、では実演をお願いしますとトイフレンドくん(仮名)の前に立たせる。
「スキルを使用するように、魔力をこれに与えてみてください」
「え? っと? こ、こんな感じでしょうか……ってうひゃぁぁぁ!」
言われるがままにトイフレンドくん(仮名)に魔力を与えたアオイは、いきなり動き出したそれを見て絶叫した。それに合わせて、トイフレンドくん(仮名)がアオイと同じようなポーズを取る。
「へぇ……。起動した人と同じ動きをするのね」
「あくまでおもちゃですので。このくらいが丁度いいでしょう?」
「確かに。所長にしては普通ですね。ええ、良かったです。実に良かった」
余計な一言をのたまっためぐみんの眼帯が魔法により引っ張られているのを尻目に、一同は器用にアオイと同じ動きをするトイフレンドくん(仮名)を見やる。こういうものに興味のない年代や種族ですらこうなのだ。ターゲットとなる子供には言うまでもないだろう。
と、そこでちょむすけがふと気付いた。ターゲットが子供なら、スキルを使うように魔力を与えるとか無理なのでは、と。
「そこはぬかりありません。それこそ、雀の涙ほどの、ほんの僅か魔力を与える真似事レベルでも動くように設計されていますし、なんなら動力と起動者を別にすることも可能です」
「それは凄い、ですけど……。どういう構造したらそんなことが」
ゆんゆんの呟きに、ネネカはクスリと笑う。方法は実に簡単ですと別の机に置いてあったトイフレンドくん(仮名)の中身を眼前に置いた。
「この二枚のパネルに、女神レジーナの加護と極めて近い性質を持ったスキルを組み込んであります」
「へぇ……?」
「ゆんゆん、分からないなら無理して分かったふりをしなくともいいんですよ?」
「う、うるさいわね! だったらめぐみんは分かるの!?」
「そりゃ、分かりますよ。これは、左右のパネルが、お互いに魔力を跳ね返し合うように出来ているんです」
復讐の加護の応用により、一度魔力を通したら半永久的にそれを跳ね返し合う。だからほんの僅かな魔力でも起動が可能というわけである。めぐみんの説明を聞いて一応理解をしたゆんゆんは成程と改めて頷き、聞いても分からなかったアオイは背景が宇宙となっていた。
『それにしてもネネカ所長。この加護の研究は一体どうやって――』
「っだぁぁぁ! 何でいつもいつもいつもあたしをパシらせるんだよ! あぁ……でもパシらされてる時が一番平穏を感じる辺りもうダメかもしれない……」
盛大に入り口のドアが開く。そうして無遠慮に入ってきた泣きぼくろの女性――言うまでもなくセレスディナは、ズカズカとネネカの方へと歩みを進め、そして人が多いことに気付き足を止めた。ここ数日来ているという話は聞いていたが、実際に見るのはこれが初だ。
「ああ、そういえば、セレスディナは彼女達に会うのは初めてでしたね」
「あー……何かあたしが寝てる時にやってたやつのことか。で」
「ひ、ひぃ! ごめんなさい! お金はこれだけしか無いんです!」
「いや、あたしまだ何も言ってな――って、お前!」
「ごめんなさいごめんなさい! 生まれてきてすいません!」
『えっと、セレスディナさん? この子、ちょっと人見知りなのでもう少し落ち着いてもらえると助かるのだけれど……って、あら?』
ルーシーもそこで気付いたらしい。目をパチクリとさせて、セレスディナを見やる。一方のセレスディナも、アオイから彼女へと視線を移し、そして更に驚愕した。
レジーナ教徒だ。混じりっ気のない、ドMでもない。本物のレジーナ教徒だ。
『成程。所長、そういうことだったんですね』
「ええ、理由のもう半分が、それです」
「あ、あぁぁぁ……! レジーナ教徒だ……! あたし以外の、レジーナ教徒だ……!」
「め、めぐみん……。この人ガチ泣きしてるんだけど……」
「……まあ、色々あるんです」
めぐみんの言葉に妙な重みを感じたので、ゆんゆんはそれ以上を聞かなかった。
ちなみに、同盟はより強固になったらしい。