※祭の日数勘違いしてたっぽいので修正
夜も更け、人々が寝静まっている頃。二人の人物がとある貴族の屋敷へと侵入しようとしているところであった。
一人は短めの銀髪で、スレンダーな体型の盗賊の少女。もう一人は猫の獣人で盗賊、銀髪の少女より幾分か年上に見える少女。ちなみにこちらはきちんとおっぱいがある。
そんな二人は、アクセルの貴族の一つアンダインの屋敷へひょいひょいと手慣れた様子で忍び込んだ。
「あ~……何か楽過ぎて拍子抜けにゃ」
「いやそれ自体はこっちとしては助かるけど」
猫の獣人でおっぱいのある方の盗賊少女――タマキが若干やる気の失せた顔でぼやく。そんな彼女を見ながら、銀髪でおっぱいのない方の盗賊少女――クリスが苦笑した。そうしながら、それにしてもと辺りを見渡す。
「色々あるね……。これらも全部?」
「流石に全部が全部ではないけど。ま、殆どそういうルートで手に入れたやつにゃ」
屋敷のお宝を見ながらぼやいたクリスに、タマキがそう返す。彼女の言葉を聞いたクリスは、暫し動きを止めたまま何かを悩むように顎に手を当てていた。
「だとしても、表に出てるやつはこっちが言い逃れできないやつだから、今回は見逃した方がいいにゃ」
「え? あ、うん」
まったく、と肩を竦めるタマキへとクリスは謝罪をする。ごめんつい、と頬を掻きながら屋敷を更に進んで行くと、やがて重厚な扉のある部屋へと辿り着く。盗賊が揃っているのだ、ここが何で、どういう仕掛けがあるのか。その他諸々丸分かりである。
「ま、こちとら盗賊コンビ。この程度の罠なんか楽勝に――ん?」
警報の罠だということも看破済み、鍵開けも踏まえそう大したものではないことを確信したタマキがそんなことを言いながら振り向いて、そして。
クリスが何やら札を取り出したのを見て怪訝な表情を浮かべた。なんじゃそら、と。
「これは、えっと。あたしのせんぱ――知り合いが作った結界破壊の魔道具なんだけど」
「結界破壊? 結界殺しとは違うのかにゃ?」
「えーっと、先輩いわく『魔王軍が自慢してるのより数十倍は凄いの作ってあげるから感謝しなさいよ』って」
「……その先輩とやらは大丈夫かにゃ? 頭とか」
「悪い人じゃないんだよ? そこだけは保証するから」
逆に言うとそれ以外は何も保証しないということである。タマキの視線が益々胡散臭いものを見る目に変わっていったが、そこはまあ仕方ないとクリスは割り切った。ぶっちゃけ、自分自身もアクア特製結界破壊札の効果を信用しきれてない。
ないのだが、アメスも別段何も言わなかったので、とりあえず効果自体は間違いないだろう。この私が作るんだから大丈夫よ! と自信満々に言っていたアクアの姿が思い浮かんで不安を煽るが、使わなかったら使わなかったで絶対何か言われるのでどちらにせよ結果は同じだ。
ええいままよ。そんなことを思いながらクリスはその札を宝物庫の扉へとかざし。
「――へ?」
「にゃ!?」
アンダインの屋敷に掛けられていた効果の全てが一瞬で解呪された。
「――まあ、事情は了承したが」
「それで貴方の罪が軽くなるわけではありませんわ」
勿論人自体には何の効果もなかったため、アンダインの屋敷は一瞬にしてパニックに陥った。警報、罠、隠し扉、アイテムの封印その他諸々全部がぶっ飛んだことで、逆にクリス達のことがモロバレになったのだ。当然のごとく二人は脱兎のごとく逃げ出した。屋敷の誰にも見られなかったのは流石の手腕と言えるだろう。
さて、そんなパニック状態に陥ったアンダインは当然警察へと通報。それに付随して領主代行たるダスティネス家の愛娘が検分に訪れる運びとなったのだが。
「と、いうわけで。調べは既についています。丁度いいことに本来隠してあったそちらの裏帳簿から非合法で手に入れた品々まで全て表に出ているので、言い逃れは不可能ですわ」
ダスティネス家のララティーナと共に現れたのはウィスタリア家のアキノその人だ。検分を終えた後、それとは別件でアンダインを問い詰め始めたのだ。それとこれとは別だろうとアンダインは抗議をしたが、アキノはええそうですわねと頷くのみ。
それとこれとは話が別だからこそ、盗みに入られた被害者としては別に、非合法で収集をした加害者として問うているのだ。そう言って彼女はニコリと微笑んだ。そんなわけで、二人の冒頭の言葉が再度アンダインに突き刺さる。
「……こわぁ」
「あたしも最初ああやってとっ捕まってこうなったからにゃ……」
尚、逃げた二人はダクネスとアキノの同行者枠にしれっと混ざり込んでいた。向こうが何も言ってこないところをみると、バレてはいないと考えて間違いない。
「さて、それではこの屋敷の品々とこちらで確認したリストとの照合をさせていただきますわ」
「アンダイン殿、こちらも素直に応じてくれれば、ダスティネス家としては便宜を図っても構わないと思っている。どうだろうか」
がくりと項垂れたアンダインは言われるがままだ。まあこの状況だと仕方ないだろうな、とクリスもタマキも傍から見ていてそう思う。
では早速とミフユが警官を引き連れてリスト照合を行っていく。テキパキと効率的に済まされていくそれをダクネスは暫し見ていたが、そのままこの短時間で猛烈に老けたように思えるアンダインへと視線を動かした。間違いなく悪人は向こうのはずなのに、なんだかこちらが極悪非道なことをやっているような気がしてきてしまう。
「……はぁ、女神祭で少しは休息が取れればいいのだが」
「難しいでしょうね」
彼女の呟きを聞いていたアキノがばっさり。やはりそうか、と肩を落としたダクネスを見ながら、アキノは冗談ですわと笑った。冗談が冗談な気もする、と思ったが口にしないよう飲み込んだダクネスを見ながら、笑みを浮かべた。
「元々エリス祭は忙しいものですが、まあこれまでの騒動に比べればそよ風のようなものでしょう? ですから、気にせず
「……これまでは、な」
「あら。何か今回は酷くなる心当たりが?」
「……ないこともない、が。いやしかし、ユースティアナ様が流石にそこまでは……」
「まったく。心配のし過ぎですわよ。年の一度のお祭、楽しまなくては」
そうだな、とダクネスは苦笑する。確かに少々心配をし過ぎてしまったようだ。そのことを自覚し、そしてその心配で若干興奮していた自分を沈めた。いかんいかん、今はそういうのでアヘっている場合ではない。
そんな彼女の葛藤が伝わったのか、アキノが突如冷めた目で心配する必要なかったですわねと呟いていた。
「あら?」
そんな二人の耳にミフユの声が届く。どうしたのだろうと視線を動かすと、クリスとタマキに何かを話し掛けており、そしてその二人の表情が怪訝なものに変わっていくのが見えた。
「どうした?」
「何かあったのですか?」
二人が三人へと声を掛けると、クリスが非常に苦い顔で振り向いた。ミフユやタマキと比べると、今回の依頼者ともいえる彼女が一番この件に入れ込んでいるからだ。
「……ないんだ」
「は?」
「ないんだよ。アイギスが……!」
「どういうことだ?」
すっかり燃え尽きたアンダインへと問い掛けるが、ここに間違いなくいたはずだの一点張りで、嘘を吐いている様子もない。
そこから考えられる予想は一つ。侵入した時には、既に神器は何者かに持ち去られた後だった。
「そんな……」
「これは、少しきな臭くなってきたな」
「女神祭も近いというのに、厄介事が舞い込んできましたわね」
がくりと項垂れるクリス、何かを考え込むダクネスとアキノ。
そんな二人を見ながら、タマキはどうにも納得いかないような顔をしていた。そんな相手がいれば、この『ファントムキャッツ』が気付かないはずがない。
「アンダインの証言によると、件の鎧があった場所はここらしいけれど。確かに鎖が落ちているわね」
「ふーむ。……確かに、何かがここから移動した跡が残ってるにゃ」
「となると、タマキさんを出し抜ける手練ということかしら」
「もしくは、鎧が勝手に逃げたかだにゃ」
「流石にそれは……考えとしては効率的だけど」
まあ冗談にゃ、とタマキは笑う。
ほぼ魂の抜けているアンダインは、勿論そんな会話など聞いちゃいなかった。
そういうわけで。ユカリはカズマ達に申し訳ないと謝罪をしていた。コッコロもペコリーヌも、事情が事情なので仕方ない、気にしないでいいと彼女に返す。
「しっかし。神器が盗まれるって大分ヤバいんじゃないのか?」
ここで渋る必要もない、とカズマもそこは流したのだが。事情自体は流せるものではない。頬杖を付きながらユカリへとそんなことを述べた。
「そうなのよねぇ。しかもその神器、結構強力なものらしくて」
「強力な神器、でございますか……。それは、どのような?」
「聖鎧アイギスっていう名前の鎧で、神器だから防御力もとてつもなくて、スキルや呪文の耐性もばっちり。おまけに装備者の傷まで癒やしてくれるんだとか」
「それは……もし神器を奪った相手がそれを装備していた場合」
「……やばいですね」
コッコロとペコリーヌの表情が真剣なものになる。この件の調査をするのはアキノやダクネス達、二人の友人達だ。そんな危険なもの相手に、もしものことがあったら。
そう思い、祭の出店の準備をしている場合ではないとお互い頷きあった。ユカリに視線を向けると、それの手伝いをすると口に。
「待った。キミ達はきちんと祭りの準備をしてもらわなくちゃ」
「ですが」
「大丈夫よ。そもそも神器は持ち主を選ぶんだから、そうじゃない者は性能を発揮出来ないわ。そのことは、他でもないキミ達がよく分かってるでしょう?」
「……あ」
ペコリーヌが頭のティアラに触れ、ようとして、違った違ったと手を引っ込める。いい加減慣れろよとカズマがぼやいたが、これまでずっと付けていたのだからやはり無意識には仕方ないと彼女は返した。そうしながら、自身のポシェットに仕舞ってある王家の装備に視線を動かす。
「まあそういうことならこっちは気にしないけど。ほんとに大丈夫なんだろうな? いくら俺でもユカリさん達に何かあったら寝覚め悪いぞ」
「あはは。その辺りは準備もするし、いざとなったらバニルさんにも協力を要請するから」
そう言いながら、話題に出した瞬間バニルが吹き出して笑い転げていたことをユカリは思い出す。そうかそうか精々頑張るといい、と痙攣しながら言葉を返していたのはなんというかイラッとした。そしてそれがバニルの糧となったことで余計にムカついた。
が、あの大悪魔がそういう反応をするというのならば、そこまで危険はないのだろう。そう思わないとやってられない。
「今の所被害もないし、アクセルから持ち去られたって結論をあの二人が出したら調査は打ち切りだし。正直そこまで祭に影響もないと思うのよねぇ」
「……ユカリさん、ぶっちゃけやる気ないな?」
「あったりまえでしょ! お祭りの準備期間よ!? 仕事終わりのお酒飲んでもそこまで怒られないのよ! なのに、なのにっ……!」
「結局怒られるんですね……」
「そこまで怒られない、でございますか……」
この時点で毎年この人が祭の準備でどうなっているか予想ができる。まあ普段通りではあるのだろう。否、普段より何割か増しで酷いのかもしれない。
「それはよかった」
「どういう意味よぉ!」
カズマの呟きにユカリは彼の肩を掴んでガックンガックンと揺らす。突然のそれに彼は反応できず、されるがままになってしまう。
一応、念の為だが。彼女はほぼ常時お酒が絡んでダメ人間になる可能性を秘めてはいるが有能で美人で、胸がでかい。本人は割とその辺無頓着だが、ロングヘアーで胸がでかい美人のお姉さんで面倒見もいいのでそこそこカズマを甘やかしてくれる人なのだ。そんな人が至近距離で、そしてたわわがこちらに密着せんばかりに迫っている。
「……何だろう。一応好みドンピシャのはずなのに……。脈なしってわけでもないはずなのに……」
カズマの表情は無であった。シズルやペコリーヌの時には感じる高まりを、ユカリ相手では感じ取れなかった。むしろダメだなこの人、という思いが湧き上がってくる。
まあここでカズマのカズマさんにスタンドアップされても非常に困るので、そこは助かるのだが。
暫しカズマを揺らしていて気が済んだのか、ユカリは我に返るとコホンと咳払いをひとつした。そうしながら、これはさっきの件とはそこまで関係がないけれどと続ける。
「実は、せっかくの女神祭だからもう少し目玉が欲しいって話も出ているの」
「と、仰られますと?」
「具体的には、特設ステージで何かイベントをやりたいってことらしいんだけど」
祭の期間は四日。初日のテンションを維持するためにも、二日目か三日目に刺激が欲しいということらしい。何かいいアイデアないかしら、とユカリは三人に、というかカズマに問い掛ける。
そこまで関係がない、というのは、逆に言えばある程度は関係がある話ということだ。恐らくこの案件は貴族側からの要望なのだろう。だから本来はダクネスやアキノでどうにかすべきなのだが、神器の盗難でそれが難しい。大体、そういうわけだろう。
「アイデアねぇ……。つっても、今ぱっと思い付くのは精々アイドルのライブとかミスコンとかそういうのくらいか」
「アイドルのライブ、ですか?」
「みす、こん?」
ペコリーヌはともかく、コッコロはさっぱりといった様子で首を傾げている。まあこっちの世界ではそうだろうな、と一瞬思ったが、これはただ単にコッコロだからだろうとカズマは思い直した。何だかんだで彼女はまだ子供なのだ。
それよりも問題は、残り二人の反応だ。
「アイドル、か……確かにいいアイデアね」
「ちょいまち。ユカリさん、え? 何? ここアイドルいんの?」
「あれ? 知ってて言ったんじゃないですか?」
「知らねぇよ。あくまで俺の故郷の話だったし」
「そうなんですね~。あ、ちなみに、世界規模で知られてる有名なアイドルもいますよ。『カルミナ』っていって、今は確かエルロードにいるはずです」
カズマの疑問にさらりとペコリーヌが返す。マジかよ、と目を見開いた彼に、ユカリがそこでさらなる爆弾を叩き込んだ。
「そこまでの規模じゃないけれど、一応アクセルにもいるわよ、アイドル」
「マジか!? ……あれ? この流れって」
「アキノさんには私から連絡しておくから。じゃあ、言い出しっぺのカズマ君。ここのアイドル、『アクセルハーツ』との交渉は、よろしく頼むわね」
嵌められたぁぁぁぁ、とカズマが絶叫するのはこの直後である。