プリすば!   作:負け狐

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初登場だし、割とおとなしめ


その110

「めんどくせぇ……」

「そうは言いつつ、満更でもない顔してるわよ」

 

 ダラダラと歩いているのはアイドルとの交渉を任せられたカズマである。その隣には、その場にいなかったのに何故か同行者になったキャルがいる。理由はまあ、お察しというところだ。

 

「そりゃ、まあ。アイドルだろ? 少しは期待してもいいじゃないか」

「はいはい。ったく」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら彼女は彼の横を歩く。そんなものだろうか、と呟きつつ、自身の過去を振り返ってげんなりとした顔をした。

 

「アイドルとか、碌なもんじゃないわよ」

「実感こもってるな」

「アルカンレティアのこと考えれば当然よ当然! あんなんになりたがるやつの気がしれないわ」

「あれはちょっと状況が特殊過ぎるんじゃねぇかな……」

 

 カズマの故郷の、日本のことを思えば、アイドルとは花形である。キャルのあれは彼のアイドル像とはちょっと違う。だからあれを基準にするのはどうなのかと思わないでもないが、しかし。

 いかんせんここは異世界。彼の常識が通用するかはその時にならないと分からないのだ。

 

「ま、いいや。えーっと、確かこの辺だって話だけど」

 

 渡された地図を頼りに目的地に向かう。この世界に来て一年近く、いい加減アクセルでの生活も慣れてきたカズマにとって、この辺りも見知った風景だ。が、こんな場所にアイドルが住んでいたなどという情報は欠片も知らない。

 ひょっとして地下アイドルも地下アイドルのドマイナーなのだろうか。そんな心配が頭を過ぎり、そうなるとキャルの心配もあながち間違ってないのかもしれないと眉尻を下げた。

 

「なあ、キャル。アクセルハーツって知名度どのくらいなんだ?」

「はぁ? あんた今更それ聞くの? ……まあ、あたしもそこまでは知らないけど」

 

 ポリポリと頬を掻きながら、彼女はアイドルユニット『アクセルハーツ』について知っていることを語り出す。駆け出し冒険者の街で生まれた踊り子ユニットが出発で、活動を続けていくうちにアイドルとして成長。冒険者の始まりでもあるここ出身のアイドルとして人気を博し、次第にベルゼルグ王国の知名度も上げていったのだとか。

 

「へー。そこそこ有名なんだな」

「そりゃ、カルミナみたいな世界規模じゃないけど、多分王都とかアルカンレティアとかには知られてるんじゃないかしら。ここのところ巡業もしていたみたいだし」

「成程。だから俺は聞いたことがなかったんだな」

「……まあ、アイドルの話題を出すようなのが周りにいないものね」

 

 強いて言うならダスト達だろうが、あれは偶像を追いかけるよりは実用を好む輩だ。アイドルのファンをやるには適正が合わない。

 まあいいや、とカズマはその辺りの部分を打ち切った。目的地は見付かった。事務所といえば聞こえがいいが、要は普通の住居である。スペースの一部分をそういうことに使っているのだろう。商店と同じスタイルだ。

 そちらの、アイドルとしての仕事の為に使っているであろう空間へと足を向けると、成程アクセルハーツ事務所の看板が掲げられていた。これまでは気にしていなかったが、意外と目立つ。

 

「よし、行くか。すいませ――」

 

 場所が間違いないのを確認し、カズマはそのまま扉を開いた。キャルもその後に続き、何か問題が起きないかどうかをチェックしようと気合を入れる。

 そうして二人が建物の中で見たものは。

 

〈可愛いよ! 超絶可愛いよエーリカちゃぁぁぁぁん!〉

「そうでしょ? 可愛いでしょ!? やーんもー、可愛すぎて困っちゃう~♪」

「……」

「……」

「あ、お客さんですか?」

「あ、っと。申し訳ない、今ちょっと立て込んでいて……」

 

 ツインテールの少女がポーズを決め、それを魔導カメラで様々な角度から連写する全身鎧の姿であった。

 

 

 

 

 

 

「忙しいようなので俺達はこれで、じゃ」

「待ちなさいよカズマ。一応話をして断られた体は装いなさいって」

 

 即座に撤退を決めたカズマと、向こうからの言質を取っておけと述べるキャル。この辺りは本当に似た者同士である。

 一方の、その場にいた面子であるが。全身鎧とツインテールの美少女の他に、黒髪ロングの少しツリ目気味の美少女と、亜麻色の髪をした少々おとなしめな雰囲気の美少女が二人。カズマ達の反応を見て大凡を察したので、無理に引き止めようとはしなかった。まあこれ見てたら当然だよなと言う表情を浮かべていた。

 

「……えっと。一応聞いておくけれど」

「はい。なんですか?」

「そこの全身鎧は関係者なの?」

「全くの無関係だ」

 

 キャルの問い掛けに黒髪の少女がきっぱりと述べる。亜麻色の髪の少女も、多分ファンだと思うのだけれどとどこか自信なさげに言葉を続けた。

 そうなると次はあれを放っておいていいのかという話になるわけだが。

 

〈エーリカちゃん、いいよ、イイっ! ギリギリのラインを攻める仕草がたまらん! くぁー! やっぱ閉じこもってばっかじゃダメだな、こういう刺激に出会えないもんな!〉

「よく分からないけど、要はアタシの可愛さにメロメロってことよね! うんうん、いいじゃない。その調子よ」

「……まあ、エーリカが満足してるみたいだから」

「いいのかなぁ……」

 

 ダメだと思う。そう言いたかったが、言ったら確実に巻き込まれるのでカズマは自重した。したのだが、やはりというべきかなんというか、隣のキャルは口にしてしまった。いやダメでしょ、と思い切りこの空間に喧嘩を売ってしまった。

 ん? と全身鎧が振り向く。エーリカと呼ばれたツインテールの少女も、そこでようやく来客に気付いたらしい。

 

「あら? お客さん?」

「あ、ああ。えっと……そういえば、用件を聞いていなかった」

「ご、ごめんなさいっ! あの、今日は何の御用でここに?」

 

 亜麻色の髪の少女にそう問い掛けられた以上、何でもありませんと帰ることも出来ない。元々話だけはしておかないと面倒なことになるとはキャルの弁であったので、カズマも仕方ないと覚悟を決めた。決めたのだが、しかし。

 

「なあ、そこのフルプレート野郎」

〈あん? なんだ小僧、口の聞き方に気を付けろよ。こう見えても俺ぁ結構な強者だぜ? 小僧程度はワンパンよ〉

「はいはい。で? あんたはここに何の用事で来たんだ? 俺達は今からビジネスの話をするから、用がないなら出てってもらいたいんだが」

 

 見た目からして大分強力な鎧を装備しているのは間違いない。が、正直カズマにとっては今更である。その程度でビビっていてはアクセルの街で外を歩けない。軽く流しながらそんな言葉を続けたカズマを見ていた全身鎧は、暫し彼を見詰めると面倒臭そうに息を吐いた。

 

〈ったく。久々の自由なんだからもう少し俺に優しくしてくれたってバチは当たんねぇってのによ。やだやだ、これだから世間ってやつは〉

「即座に叩き出されないだけ優しくしてるわよ」

〈あん? ……惜しい、実に惜しいっ!〉

 

 ぼやく全身鎧に臆すことなくツッコミを入れたのは勿論キャル。そして、彼女の方を見た全身鎧は非常に残念そうな声を上げた。何事、とキャルが狼狽える。

 エーリカはその光景を見て、ふむ、と一人頷いた。

 

「ねえリア、シエロ。あの娘とアタシ、どっちが可愛い?」

「……ベクトルが違うから、一概に判断できないんじゃないだろうか」

「そ、そうだね。エーリカちゃんとはタイプが違うし」

「ふーん。ま、いいわ」

 

 何がいいのか分からないが、とりあえずエーリカは納得したらしい。黒髪の少女――リアと亜麻色の髪の少女――シエロはそんな彼女を見て安堵の溜息を吐いた。話をややこしくされなくて済んだ、と思ったのだ。

 

〈しょーがねーなー。エーリカちゃん、リアちゃん、シエロちゃん。今度のライブ、見に行くからなー!〉

「ええ、待ってるわよギスさん!」

「うん、ありがとう」

「が、頑張ります」

 

 あばよ、と手をガチャンガチャン振りながら去っていく全身鎧を見ながら、ほんとあいつ何だったんだろうとキャルは溜息を吐いた。カズマも同様だが、余計なことを考えて余計なことに首を突っ込む羽目になるのは勘弁だと即座に追い出す。

 

「ごめんなさいね。それで、用事は何だったのかしら。この超絶美少女のエーリカちゃんが聞いてあげるわ」

「……さっきからすげぇ自信だなこの子」

「まあ、アイドルだし、そんなもんじゃないの?」

 

 別段聞く耳を持っていないわけでもなさそうなので、この程度なら問題ない。そう判断したキャルはそのまま今年の女神祭についてを三人へと語った。アクセルに戻ってきた時点でその辺りは聞いていたのか、彼女達に驚く様子はない。

 

「それで。祭の二日目か三日目に特設ステージでイベントをやろうということになったんだが」

「それは、アクセルハーツに出演依頼ということで良かったのかな?」

 

 カズマの言葉に、リアがそう返す。その通りだと彼が頷き、キャルは拍子抜けするくらい普通に話が進んでいくので肩透かしを食らったかのように目を瞬かせていた。

 では出演は二日目と三日目のどちらなのか。話がそこに進み、一応二日目を予定しているとカズマが述べると、聞いていたエーリカは少し不満げに眉を顰めた。

 

「祭の最終日を飾るわけじゃないのね」

「そうみたいだね」

「うん。えっと、カズマくん?」

「カズマでいいよ、年もそう変わらないし」

「ありがとう、じゃあカズマ。アクセルハーツの出演を二日目にしたのには理由があるのかな?」

「いや、この手のイベントって真ん中で盛り上げるもんだろ? で、三日目は花火があるから二日目にアイドルライブって寸法だけど」

 

 エーリカの言葉に続くようなリアとシエロの反応を見て、カズマは不思議そうに首を傾げた。祭といえば、真ん中辺りにショーやイベントをやって最終日は花火でしめるのが定番のイメージを持っていたからだ。

 

「あれ? そういや花火最終日じゃねぇじゃん」

 

 そこでふと気付く。三日目に花火をやったら最終日は何をやるのか、と。幸か不幸かその呟きは聞かれることがなかったが、ともあれ彼の説明で三人は納得したらしい。エーリカ辺りは準備や初日の疲れを吹き飛ばす可愛さを見せてあげると張り切っている。

 そんなわけで交渉は成立。拍子抜けするほどあっさりと決まってしまったことで、カズマも何か見落としがないか不安になって書類を何度か見直したほどだ。

 

「じゃあ、よろしく頼む」

「ふふん、この可愛いエーリカちゃんに任せなさい!」

「ああ。全力を尽くすよ」

「えと、精一杯頑張ります!」

 

 あれこのやり取りさっきの全身鎧と同じじゃないか。そんな疑問が頭を過ぎったが、これはそんなものだろうと振って散らす。そうして事務所を出たカズマは、隣にいるキャルへと視線を向けた。案外簡単だったわね、と鼻歌交じりの彼女を見た。

 

「なあキャル」

「どうしたのよ」

「これ、ほんとに大丈夫だよな? 書類の見落としはなかったけど、何か俺忘れてないよな?」

「心配性ねぇ。別にそうそう問題なんか起こらないでしょ」

「そういうフラグ建てるようなこと言うんじゃねぇよ……」

「変なこと言ってないで、帰るわよ」

 

 アクセルの街を歩く。これでアイドルライブも決まったから、ステージの観客席の調整も進めていかなくてはいかない、と彼は思考を巡らせ。

 馬鹿馬鹿しいとすぐにやめた。これは自分の仕事じゃない、関わる必要もない。だからライブにやってくるファンの心配などする必要も。

 

「あ」

「どうしたのよ?」

「さっきのフルプレート野郎、ライブに来るとか言ってなかったか?」

「言ってたわね。……いや、流石に」

「考えすぎか……?」

 

 見た目が異様なだけでアイドルの追っかけとしては特別変な感じでもない。あの姿が変じゃないという時点で大分アレだが、しかしわざわざ心配するほどでもないのは確かである。

 そのはずなのだが、カズマはどうにもあの姿が気になった。彼が見ても分かるくらいにあの鎧は強力であった。まず間違いなくこんな街では買えない。それどころか、王都でも存在するか怪しいレベルだ。

 

「あ」

 

 今度はキャルが声を上げた。どうした、とカズマが彼女に尋ねると、ちょっとね、と返す。そうして、自分は直接聞いたわけじゃないけれどと前置きを一つした。

 

「確か、貴族の屋敷から神器が盗まれたのよね? で、クリス達の仕業じゃない」

「ああ、何かそういう話だったな」

「で、その神器って、確か鎧よね?」

「聖鎧アイギスだかなんだかって名前だから、そりゃ鎧だろうな。……おいちょっと待て」

 

 気付いた。キャルの言いたいことを、カズマも理解した。

 どう考えてもその辺を歩いているような輩が装備できる鎧じゃないそれを纏っている怪しい男。そして、同時期に盗まれた鎧の神器。

 

「あれ、鎧盗んだ犯人か!?」

「初対面のインパクトで流しちゃったけど、声も何だか変だったもの。あれ、きっと正体隠してるのよ」

「マジか」

 

 確かに言われてみれば、辻褄が合うような気がしてくる。あんな怪しい全身鎧が街に来れば多少は噂になっていてもおかしくないのに、カズマもキャルもまるで存在を知らなかった。突然現れたとしか言いようがないのだ。

 

「いや待った。なんで盗んだ鎧着て街歩いてんだよ。ただのバカじゃねぇか」

「カズマ、よく考えて。さっきのあいつ、どうだった?」

「ただのバカだったな」

 

 ついでに多分スケベだ。そう結論付けたカズマは、キャルと視線を交わす。

 そうだ、これは、勿論。

 

「ユカリさんに報告して、俺らは無関係だな」

「そうね。あたし達はただ情報を伝えるだけだものね」

 

 巻き込まれてたまるか。二人の意見はこれ以上無いほど一致した。

 

 


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