プリすば!   作:負け狐

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その日、運命には出会わない


その111

「成程。それはありがたい情報だ」

 

 そうは言いつつ、ダクネスは思案顔である。そんな彼女を見て、何か文句あったのかよとカズマとキャルはジト目を向けていた。

 現在の場所はダスティネス邸。ユカリに報告するはずが、タイミングを逃したせいで直接責任者へと報告する羽目になったのだ。ちなみにアキノではない理由は単純で、今回の件はクリスがやらかしたからである。まあ友人のために叱責を受けるというのも滾ると本人はご満悦なので何も言うまい。

 

「何よダクネス。せっかくあたし達が情報持ってきたのに」

「そうだそうだ。善良な街の住人の貴重な意見をないがしろにする気かよ」

「い、いや。そういうわけではないのだ。確かに有力な情報ではあるし、調査を進めるのに一役買うのは間違いないのだが、その」

 

 んー、と二人から視線を逸らした。そうしながら、現在この部屋、もはやすっかり事件の捜査本部となるのがお約束と化したララティーナの執務室を眺める。正確にはその部屋にいる別の来客を見る。

 それにつられ、カズマとキャルもそこに視線を向けた。

 

「ミツルギがどうかしたのかよ」

「佐藤和真、僕の名前は……合ってる!?」

「えー……」

 

 キョウヤのその反応にキャルが引く。彼の傍らにいたパーティーメンバーのクレメアとフィオもあははと苦笑しながら視線を逸らした。

 それで、とカズマは彼を流しながら再度ダクネスに問い掛ける。問われた方は、ううむと少しだけ表情を歪めた。

 

「カズマは勇者候補と呼ばれる者達を知っているだろうか」

「いや俺当事者なんですけどぉ! わざとか!? わざとだな!?」

「あんたが勇者候補って言われても、ピンとこないのよねぇ」

「キョウヤと比べてビジュアルとかパッとしないし」

「キョウヤと比べて何か小物臭いし」

「お前ら好き勝手言い過ぎだろ」

 

 キャルの呆れたような言葉に、クレメアとフィオが乗っかる。キョウヤはノーコメントを貫いた。一応彼としてはある程度認めているかららしい。

 ともあれ。それがどうしたんだよとカズマは少々食い気味に問い返す。うむ、と頷いたダクネスは、勇者候補は文字通り魔王軍との戦闘で活躍できるだけの実力を持った者達で、当然ながらレベルも高く装備も充実していると続けた。

 

「まあ何が言いたいかといえば……駆け出しの街に似つかわしくない装備というだけでは、断定するには少し弱いのだ」

「あーはいはい出たよお役所仕事。こっちが下手に出てればそういう事言いやがって」

「ほんとよね。領主代行ともあろうお方がそんなことじゃ、お先真っ暗よ」

「お前達は本当に、こういう時のコンビネーションは見事だな……くぅ」

『興奮してんじゃねーよ!』

 

 二人の冷たい視線も相まってダクネスにはご褒美だ。承知の上ではあるが、それでもカズマもキャルもツッコミを入れざるを得ない。そうしながら、もういいと溜息混じりに話を打ち切った。

 尚、全身鎧が街を闊歩していることについては誰ひとりとして問題視していない。

 

「てかミツグリ、お前は何でここにいるんだ?」

「微妙に訂正し辛いのやめてくれるかな!? ――僕らは丁度修業を終えたタイミングでここの女神祭の噂を耳にしてね。せっかくだからと協力を申し出たのさ」

 

 エリス、アクア、アメスの三女神を称えるのがメインの催しだ。キョウヤにとって願ってもないものだったのだろう。クレメアとフィオはそこまででもないが、彼がやるならということらしい。

 そしてその言葉の別の部分が引っ掛かったのはキャルである。修行? とオウム返しに彼へと問い掛けていた。

 

「ああ。少し思うところがあってね。僕自身も鍛え直さないといけないと思ったんだよ。王都を離れ、ベルゼルグ王国の端やエルロード、ブライドル王国にも立ち寄ったかな」

「何だお前、主人公かよ」

「だから何なんだその罵倒は!?」

 

 け、と吐き捨てるようなカズマのそれに一々ツッコミを入れながら、まあおかげで随分と鍛え直されたとキョウヤは笑った。魔剣の力に頼らない戦い方も少しずつ身に付いてきた、と己の得物を軽く叩く。

 

「修行の旅の途中で出会った冒険者パーティーには感謝しかないよ」

「ほんとほんと。私たちもおかげでレベルアップしたし」

「今なら塩漬けクエストとか行けちゃうかも」

 

 へー、とカズマは気のない返事をする。塩漬けクエスト、というといつぞやのグリフォンとマンティコアのことだろう。あれなら既に食し終わっている。

 

「ふむ。しかし魔剣の勇者と呼ばれるほどのミツルギ殿が評価するほどの冒険者パーティーか」

 

 ダクネスの呟きに、彼はああと頷く。その冒険者パーティーのリーダーである彼女が言うには、何でも、世界中のダンジョンを踏破するのが目的だとか。その宣言に違わぬ実力と、副目的である人助けが主になりつつある人柄が彼にとっては好印象だったらしい。

 また再会できるだろうか、と一人呟いているキョウヤを他所に、カズマは興味もないので生返事を通り越してガン無視だ。とりあえず祭りの準備の一つである討伐クエストは楽できるな、と全然話と関係ないことを考えている。

 

「まいいや。俺達は報告終わったし、帰るぞ」

「そうね。じゃあダクネス、あたし達はもうこの件関係ないから」

 

 わざわざ余計なことを言いながら執務室を後にする二人を見ながら、ダクネスは相変わらずだなと苦笑した。そう言いつつ、きっとまた巻き込まれて当事者になるのだろうと口角を上げた。

 その辺りはキョウヤも同意見のようで。

 

「彼のほうがよっぽど主人公体質だと思うんだけれど」

 

 独りごちたその言葉は、幸か不幸か誰にも聞かれなかった。

 

 

 

 

 

 

 女神祭も順調に準備が進む中、一人の少女は今日も今日とて若干ビクビクしながら賑やかな街を歩く。キョロキョロと挙動不審に辺りを見渡し、自身の方へと歩いてくる人を大げさ過ぎるほどのリアクションで避けて、そして。

 

「すいませんすいません! 私みたいな路上のチリにも劣る人間が街を歩いていてごめんなさい!」

 

 勿論すれ違った街の住人はドン引く。何だかんだで彼女はそれなりに知られているのだが、だから問題ないかといえば、そういうわけにもいかず。

 というか何であの娘今日は一人なんだ? という彼女の、BB団所属のぼっちアオイのことを承知の人々は首を傾げていた。

 

「はぁ……。やっぱりアオイ、お前一人で買い出しとか無茶だったって。ほれ、帰るぞ」

 

 ひょこ、とアオイの胸ポケットから小型サイズの安楽王女が顔を出す。だいじょぶマイフレンドくんの定位置を乗っ取った彼女が、呆れたようにアオイを見上げていた。

 

「うぅ……やっぱりそうですか……? デザインがたまたま目に止まっただけの、それ以外何の役にも立てていないような塵芥にはおこがましいことでしたか……」

「ちっげーから。……あのな、人には向き不向きがあんの。アオイにはそういうのが向いてないってだけでしょ。ほれ、分かったら素直にギブアップして別の誰かに」

「だ、駄目です!」

 

 は? と安楽王女が目を丸くする。思わず叫んだアオイ自身も目を丸くさせていた。瞬時にテンパった彼女は、そのままわたわたと路上で怪しい動きを繰り返す。

 そうして時間が過ぎ少しだけ落ち着いたアオイは、溜息を一つ吐き、もう一度それを口にした。駄目です、と。

 

「わ、私が自分で言い出したことですし。みなさんが頑張っているんだから、私だって頑張らないと……!」

「頑張るところ間違えてねーかなぁ……」

 

 はぁ、と胸ポケットの安楽王女が溜息を吐く。とはいえ、それで彼女を否定するのも違う。仕方ないかと再度溜息を零し、だったらさっさと済ませるぞとアオイに述べた。

 はい、と彼女が力強く頷く。次いで、ありがとうございますと頭を下げた。

 

「あー、はいはい。……ったく、何で私がこんなことしてんだか」

 

 どこか遠い目で彼女はぼやく。が、孤独死を避けようと看取ってもらいにきた冒険者達を世話して、世話をし続け、そうして死した後養分にしていた生活とどちらがいいかと言われると。

 

「まあ、こっちの方がある意味面白いし、討伐の恐れも無くなったし、マシか」

 

 意地でも今の生活の方が良いとは言わない。どうかしましたか、というアオイの声に何でもないと返しながら、安楽王女はほれ急げと彼女を先導する。

 彼女のアドバイスのおかげか、アオイの買い出しはその後問題なく終えることが出来た。これで全部ですね、と手にした袋を見ながら彼女は安堵の息を吐く。

 

「うし。んじゃ帰るか」

「はい。……ん?」

 

 安楽王女の言葉に返事をしたアオイであったが、そこで視界に映ったものを見て動きを止めた。何だ、と安楽王女も彼女の視線を追ってそれを見る。

 

「何だあれ……? 鎧?」

「酒瓶片手に座り込んでますし、中に人はいるんじゃないですか……?」

 

 路地の片隅で木箱にもたれかかって管を巻いている全身鎧。普通ならば怪しさ満載だが、ここはアクセルである。何か変なのがいるなぁ、程度の認識しかされていないのがいっそ哀れであった。

 

「で、アオイ。あれがどうしたっての?」

 

 安楽王女の反応ですらこれである。勿論と言うべきか、アオイもたまたま目に留まっただけなんですけどと頬を掻く始末だ。

 それでも、アオイにはどうやらあの全身鎧にぼっちの波動を感じ取ったらしい。そのことを説明すると、案の定安楽王女はあからさまに顔を顰めた。

 

「お前本気? あれをぼっちの同類とみなすわけ?」

「いえその、同類という言い方はなんというか。ただ、ちょっと私に似てるような気がって私ってばなんてことを!? 自分に似てるとかこれ最大級の罵倒ですよね!?」

「多分存在的には向こうよりお前の方が上じゃねぇかなぁ……」

 

 真っ昼間から酒場で騒ぐ人間はまあまあいるだろうが、路上で管を巻くのは中々にいない。というか夜でもそこまでいない。

 関わらないほうがいいぞ。安楽王女が出した結論はこれだ。魔物がそれを言ってしまうのもどうなのかと思わないでもないが、ともあれアオイも彼女の忠告を無下にはしない。そうですね、と頷くとそのまま鎧から視線を外した。

 

〈あー、ちくしょー! なんだよ! もっとこう俺に優しくしてくれてもいいじゃねーかよ!〉

 

 そんな彼女の耳に声が届く。恐らく先程の全身鎧の声だろう。そして、その叫びは中々に切実で。キャルやカズマといった何だかんだお人好し、というタイプとは違う普通に人の良いアオイは、それを聞いてやっぱりちょっとと足を止めた。

 

〈あー……どこかにコロッと口車に乗せられてくれるようなチョロい巨乳の女の子いねーかなー……。十代前半でも見た目がガキじゃなきゃそれはそれでありか? 狙い目か?〉

 

 が、次の言葉を聞いて即座にその考えを打ち消した。振り返ることなく、アオイはその場を後にする。

 

「あれは駄目な奴だ。というかゆんゆん危なくないか?」

「ダストさんより駄目な気配がしましたね」

 

 安楽王女はともかく、アオイがその感想を抱くのだから相当である。

 

 

 

 

 

 

 全身鎧は黄昏れていた。自由になってから街にいる美女美少女を堪能しようと闊歩していたものの、思っていたよりも成果があげられなかったのだ。というよりも、ほぼゼロといった方が正しい。

 

〈あー……エーリカちゃんの写真でも見て癒やされるか〉

 

 鎧の中から取り出した、アクセルハーツのメンバーの生写真を眺めて気持ちを切り替える。どうやら仕事のオファーがあの後来たらしく、向こうもあまり自由な時間が取れないと撮影会が一時中断されているので、無理に会いに行くわけにもいかないのだ。その辺りはきちんとわきまえているし、ライブは勿論応援に行くつもりではある。

 が、それはそれ。彼は現状人の温もりに飢えていた。具体的にはスタイルと性格がいい割とチョロそうな若い美少女の温もりにだ。

 

〈さっきこっち見てた娘は、んー、性格はまあお人好しそうで押せばいけそうだったが、スタイルがなぁ……〉

 

 年齢もちょろっと範囲から外れてそうではあったし、そもそも剣士ではなさそうだった時点で鎧と無縁の人物なので向こうが選択肢に入れないと思われるのだが、彼にとってはその辺どうでもいいらしい。

 よっこらせ、と鎧は立ち上がる。手に持っていた酒瓶は気分を盛り上げるフレーバーで、一滴も摂取していない。つまり酔っ払ってすらいないのだが、彼は素でこれらしい。もっとも、アクセルではそこまで珍しいレベルではないのだが。

 

〈やっぱ街を出て旅に出るべきか……? でもなぁ、なんかパッと見この街美女美少女レベルたけーんだよなぁ……。別の場所行ってガッカリするくらいならもうちょっと粘っても〉

 

 ぶつぶつとぼやきながら鎧は街を歩く。ガシャンガシャンと周囲を見渡しながら、あれは合格あれは補欠、あっちはご縁がなかったなどと好き勝手評価をしていた。一応彼も数回の玉砕で学んだのか、即座に交渉に入るような愚行は侵さない。とりあえずピックアップをするのみだ。

 それにしても、と鎧は先程の思考とは違う感想を呟く。女神祭だかなんだかとかいう催しのおかげで、賑やかさが普段の倍は違っている。これまでアンダインの屋敷に仕舞われていたので実際に目にすることはなかったが、それでも分かる程度には街の雰囲気は異なっていた。

 

〈やっぱここだな。今の時期なら他からも可愛い子来てそうだし、祭の間くらいは粘って、駄目なら旅に出るとして――〉

 

 ピタリ、と鎧の動きが止まった。視線の先にいる人物、その姿に釘付けとなった。

 美女美少女二人組。片方はどうやらアーチャーで鎧からすれば職業適性が合っていないが、かなりの美少女で合格ラインをゆうに超えている。スタイルはまあ普通といったところ。彼女の存在だけでもやはりこの街で探したほうがいいと思わせてくれるほどだ。

 が、問題のその隣の美女だ。高身長、抜群のスタイル、そして一見して分かる剣士適性。穏やかで優しそうなその顔は、しかし隣の美少女と話している時にはどこか無邪気で可愛らしく。

 

〈あ、あ、あ……!〉

 

 カタカタと鎧が震える。気付けば無意識に彼は足を踏み出していた。真っ直ぐに、迷うことなく、鎧は彼女へと向かっていた。

 

「ん?」

「どうしたんですかシズルお姉ちゃんってうわぉ! なんですかこの鎧!?」

 

 突如目の前に立ち塞がった全身鎧にシズルが首を傾げ、隣のリノは盛大にリアクションを取る。そんな二人を眺めながら、鎧はどこか興奮した様子で視線を固定させた。彼女達の片方に、シズルへと向き直った。

 

〈お嬢さん〉

「え? 私?」

 

 突如渋い声を出した鎧を見て、シズルが若干困惑した返事をする。目の前に来たのだから用事があるのだろうとは思っていたが、どうやら予想とは少し違う雰囲気を感じ取ったのだ。

 

〈はい。お嬢さん……いえ〉

 

 す、と鎧が片膝をつく。騎士が忠誠を誓うようなポーズを取りながら、彼はシズルに向かって言葉を紡いだ。状況についていけないリノを他所に、言葉を続けた。

 

〈マスターと、そう呼ばせてもらっても? この身を持ってあなたの柔肌をあらゆる厄災から守り通したいのです〉

「……んー」

「え? 何悩んでるんですかシズルお姉ちゃん? これ即断っていいやつですよね? 紳士は危ないから近付かないってやつですよ!?」

「君子危うきに近寄らず、だよリノちゃん。でも、うん、そうだね」

 

 リノの言葉に頷きながら、シズルは顎に指を添えながら小首を傾げた。その仕草がまた可愛らしく、鎧はこふっ、と思わずむせる。その過程でおっぱいが二の腕によって形を変えたのも見逃していない。

 

「弟くんを守ってくれるのなら、いいかな」

〈あ、野郎は対象外です〉

「行こうかリノちゃん」

「切り替え早い! いやまあ、確かにお兄ちゃんを守らない鎧に用事はないですけど」

 

 瞬時に路傍のゴミよりも興味を無くしたらしいシズルは、片膝をついたポーズのまま動かない鎧を一瞥することなくその場を後にした。元より興味のないリノもそれに続く。

 そうして、鎧は再び孤独となった。

 

〈どういうことなの……?〉

 

 弁明のチャンスすら訪れないほどの見限りの速さに、彼も流石についていけない。

 というわけで、全身鎧――聖鎧アイギスの所有者探しは連敗続きである。

 

 


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