プリすば!   作:負け狐

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   奇蹟のカーニバル
  開    幕    だ


その112

 準備も、討伐も。気付けばあっという間であった。あれよあれよと時間は過ぎ、女神祭は開催当日を迎える。トラブルが起きなかった日はないが、アクセルにとってはそれは日常。他の場所では超天変地異のような大騒ぎになるような事態であろうとも、慣れてしまえばそれは日常で平和なのだ。

 街には開催を宣言する声が拡声魔道具で響き渡り、空を魔法で彩られ。そうして歓声が沸き起こる中、アメス教会にいる面々は気合を入れていた。

 

「ではでは、張り切って出店を頑張りましょ~!」

「おー、でございます!」

「へいへい」

 

 正直に言ってしまえば疲れるのであまりやりたくはないのだが、カズマとしてもペコリーヌやコッコロがこのテンションな以上水を差すこともしたくない。しょうがねぇなぁ、と苦笑しながら、まあ手伝いだしと頬を掻いていた。

 では出発、と割り当てられた区画へと向かう。アメス教のスペースは当然ながらエリス教や、ついでにアクシズ教と比べてもささやかではあったが、決してぞんざいに扱われているわけではないのがその場所から感じられた。

 

「それにしても、こんな中心部にスペースもらっちゃってよかったんですかね?」

「いや当然だろ。この街一番のアークプリーストといえばコッコロだ。実質アメス教がトップなんだから、もっと胸を張ればいいんだよ」

「あ、主さま……それは、その」

 

 カズマの評価に顔を赤くしてモジモジとするコッコロ。そうですね、と笑顔で同意するペコリーヌの追撃を食らい、彼女はあううと顔を覆ってしまった。

 こほん、と誤魔化すように咳払いをする。準備を続けましょうという彼女の言葉に、カズマもペコリーヌも了解と頷いた。屋台自体は既に完成しているので、今日の分の材料の設置と料理の準備が主である。保冷用の箱にクリームなどを入れ、果物の下ごしらえを行い、そして。

 

「なあ」

「はい?」

「……とりあえず奥にしまっとけ、な?」

「はい?」

「その蟲を仕舞えっつってんだよ!」

「下ごしらえをしないと駄目ですよ?」

「そっちはやってから持ってこいよ! ああもう、見られたら即閑古鳥――」

 

 がぁ、と叫ぶカズマ。その横で首を傾げながらセミをすり潰しペースト状にするとプリンの材料に混ぜていくペコリーヌ。苦笑しつつ果物を準備するコッコロ。傍から見ていると何が始まるのかよく分からない状態であった。

 

「カズマ。どうだ? 準備は」

 

 そんな場所へと近付く人物。責任者として出店の状況を確認するために巡回しているのだろう、ダクネスが彼に声を掛けていた。げ、と即座に顔を顰めたカズマは、彼女の視界にペコリーヌを入れないようにしながら挨拶をする。何の問題もないぞと食い気味に述べた。

 

「……何かあったのか?」

「何もねぇっつってんだろ! 人の話聞きやがれこのドM!」

「いきなりご挨拶だなカズマ。私はただ、普通に仕事をしているだけなのだが……。まあいい、もっと言ってくれ」

「うるせぇよ! 早くどっか行け!」

 

 ふふ、と笑顔を見せるダクネスを見て表情を益々曇らせたカズマは、なんとかしてこいつを遠ざけようと思考を巡らせた。

 が、勿論その答えを出すよりも早く背後の彼女達が動くわけで。

 

「ダクネスちゃん、おいっす~☆」

「はい、ごきげんよう、ペコリーヌさん。女神祭の出店の調子は如何ですか?」

「はい、ダクネスさま。こちらは準備万端でございます」

「おはようコッコロ。そうか、それは楽しみだ。アクシズ教とは違って、こちらは何の心配もいらないからな」

「……だったらいいよなぁ……」

 

 カズマの呟きは風に消えた。どんな出店を行うのかは予め提出してもらっているので、彼女が確認するのは書類と実際が相違ないかだ。用意されている材料と屋台の看板を見て、そして試しに一つ注文をして完了である。

 

「はい。じゃあ、ダクネスちゃん、どれにします?」

「そうですね、では」

「勿論プリンなの! この特製濃厚プリンをもらうの!」

 

 ひょこ、と彼女の後ろからふよふよと浮遊する少女が現れる。スイーツと言ったらプリン、プリンと言ったら勿論ミヤコ。そんな宣言をしながら、彼女は迷うことなくそれを注文した。

 

「お、おいミヤコ。お前マジか? マジでそれ食うのか?」

「む。何なの? ミヤコにプリンを食べさせない気なの? そうはいかないの。特製で濃厚とか選ばない理由はないの。いいからよこすの! プリンをよこすの~!」

 

 ダボダボの袖をブンブンとさせながらミヤコがのたまう。ダクネスも苦笑しながら、ではそういうわけなので、とペコリーヌへ述べていた。分かりましたと笑顔で注文を受ける彼女に対し、カズマと、そしてコッコロはなんとも言えない表情である。ミヤコが選んだのは間違いなく特別メニューで、刺激が強いのでご注意くださいの文字も記されている例のアレだ。

 鼻歌交じりでプリンを作っているペコリーヌを見ながら、コッコロはダクネスにも注文をうかがう。出来れば普通のメニューの方も、と何故か念押しをしていたので、彼女は首を傾げながらも普通のパフェを注文した。

 

「お待たせしました~! ダクネスちゃん用のパフェと、ミヤコちゃん用の特製濃厚プリンです!」

 

 出店、といってもちょっとした屋台だ。持ち帰るだけでなく、テーブルも数個用意されているのでその場で食べることも出来る。席についていた二人にペコリーヌが注文の品を運ぶと、彼女達は思わず目を見開いた。

 

「流石、と言っていいのか若干迷いますが。素晴らしい出来栄えですね」

 

 王女のスキルじゃない、という部分はとりあえず脇に置いておく。では、とダクネスはパフェをひとすくいして口に運ぶと、甘いクリームと自然な果物の酸味が混ざり合いハーモニーを奏でていた。貴族の身であるため、この手の美食には慣れ親しんでいるのにも拘らず、手放しで称賛できるほどだ。

 

「……美味しいです」

「の割には微妙な表情だな」

「ユースティアナ様の腕前を称えればいいのか、第一王女として道を踏み外していないかと嘆くべきなのか、その葛藤がだな……」

「いや今更だろ」

「そう、だな……。うん、美味しい。とても美味しいです」

 

 開き直った。ダクネスは色々と諦めたようにスプーンを動かしながら、目の前のスイーツに舌鼓を打つ。良かった、と笑顔を見せるペコリーヌを見て、彼女はしょうがないと笑みを浮かべた。

 さて、一方のミヤコである。

 

「す」

「す?」

「す、っごく美味しいの~!」

 

 一気に半分ほどを平らげたミヤコは、その場で文字通り飛び上がって喜んだ。ふわふわと浮かびながら、蕩けるような顔ではふぅと息を吐いている。

 そのまま、席につくことなく浮かびながら彼女はプリンを食べ続ける。今まで食べたことのない味だ、と評しているのを聞いて、カズマとコッコロはこっそりと汗を流していた。

 

「ペコリーヌ、凄いの! こんなプリン初めて食べたの!」

「気に入ってくれたのなら良かったです。手間ひまかけた甲斐がありました」

 

 いえい、と喜ぶペコリーヌを見て、ダクネスも自分のことのように嬉しくなる。そうしながら、どうやら間違いなくここに問題は発生しないだろうと彼女は結論付けた。やはり問題はアクシズ教、キャルが抑えてくれているとはいえ、果たしてどれほどの。

 

「それにしても。一体何が刺激の強い特別メニューなの? 美味しすぎて、とかそういうやつなの?」

「あ、バカ」

 

 ぺろりと平らげたミヤコが首を傾げる。別段刺激を感じるようなものはなかったし、注意書きをする必要性も感じない。そう思ったことからの疑問であったが、それは間違いなく禁忌であった。聞いてはいけない事柄であった。

 

「あ、それはですね。カズマくんが普通のメニューとして出すのは刺激が強いからって」

「おいさり気なく俺を主犯みたいな立ち位置にするんじゃねぇよ。俺もコッコロも止めたの!」

「……どういうことだ?」

「ダクネスさま、それは、その……」

 

 何だか突如不穏になったような気がする。思考の海から戻ってきたダクネスがそう問い掛けると、ああもう知らねとばかりに溜息を吐くカズマの姿が。

 材料がちょっと特別なんですけど、味はこの通り。そんなことを言いながら、ペコリーヌはこの季節の限定食材を使ったのだと語る。なんなら見ますかと言葉を続ける。

 

「はい! これが濃厚プリンの味の秘密です!」

「……」

「……」

 

 じゃじゃーん、とダクネスとミヤコの目の前に差し出されたのは、セミである。ペコリーヌの手の平からはみ出るようなそれが、ワシャワシャと新鮮な動きを見せていた。

 

「……ユースティアナ様?」

「はい?」

「プリンに、これが?」

「はい、まろやかさと濃厚な味わいがたまらないですよね」

「……」

「……」

「――ゴバァ!」

「ミヤコ!?」

 

 のけぞるように空中で痙攣したミヤコは、そのまま地面に墜落した。ピクリとも動かなくなった彼女を、その場にいる一同、ただただ見詰めることしか出来ず。

 

「……あ、あれ?」

「だから言ったじゃねーか……材料見せんなって……」

「ペコリーヌさま。今回は、わたくしも主さまに全面同意でございます」

「そんなぁ……」

 

 こいつはとんでもない爆弾が生み出されたぞ。そうダクネスが確信したのがその直後である。こころなしか、胃痛が二割増しになった気もした。

 勿論今のダクネスはそれで興奮できるので彼女自身は何の問題もない。

 

 

 

 

 

 

「うん、何の問題もない。うん、ないな、ない……」

「どうしたのよ」

 

 アクシズ教の出店の区画でシズルとリノのクレープを食べたダクネスは、その普通さに感動した。問題がないって素晴らしい。うんうんと頷きながら完食し、よかったよかったと胸を撫で下ろす。

 

「ねえダクネス。ペコリーヌんとこで何かあった?」

「うえ!? い、いや、特には」

 

 あからさまに動揺した彼女を見て、クレープ屋の手伝いをしつつアクシズ教ストッパーと化したキャルがジト目になった。こちとら必死でこの連中を抑え込んでいたのに、あいつらは好き勝手やりやがったのか。そんなことを思いながら、彼女はダクネスへと詰め寄る。

 

「うん、怒っているキャルさんもそれはそれで」

「いきなり湧いてきて何言ってんのよあんたは」

 

 そんな彼女を眺めながら堪能しているセシリーへと視線を動かす。お前自分の出店どうなってんだと問い掛けると、ふふんと何故か胸を張られた。

 

「おかげさまで順調よ。たまには真面目に労働するのもいいわね」

「……一応聞くけど、あれは」

「ちゃんと撤回したわよ。キャルさんの言う事ならちゃんと聞くもの」

「へーへー」

 

 ドヤ顔のセシリーを尻目に、キャルは改めてとダクネスに向き直る。そうしながら、彼女はあれ、と首を傾げた。

 傍らにいるのはイリヤだ。この祭の最中、少なくとも現在のダクネスならばもう一人を野放しにすることはないと思ったのだが。

 

「ねえ、ミヤコは」

「あやつならぶっ倒れたので救護班に回収されたぞ」

「は?」

 

 何があった。目をパチクリさせたキャルに向かい、イリヤはやれやれと肩を竦めた。おかげで巡回にわらわが駆り出されたとぼやいている。

 

「それ、大丈夫なの?」

「心配はいらん。少々刺激が強かっただけじゃろう」

「刺激?」

「……ペコリーヌさんの、スイーツが、ちょっとな」

「あ、もういい。言わなくていい。聞きたくない」

 

 溜息と同時に溢れたダクネスのそれを聞いてキャルは耳を塞いだ。自分から聞きに行ったにも拘らず、である。思った以上にアレだったっぽいので退避を選んだのだ。

 しかしそうなると、向こう側の現状が気になってくるわけで。事情を聞くのは嫌がる割に、彼ら彼女らがどうなっているのかは心配になる。そういうところがキャルがキャルたる所以であり、貧乏くじを選んで引き続けている理由でもあり。

 

「あーっと。さっきの話とは全然関係ないことなんだけど。一応、一応よ? 聞くけど、あいつら大丈夫なの?」

「うむ。まあ原因となった例のアレさえなければ何の問題もないからのぅ。ダクネスもある程度釘を差しておるし、そうそう悪いことにはなるまいて」

「とはいえ、規則に違反しているわけでもなし。流石に禁止は出来ないからな……。あのお方はその辺りをわきまえていてくださるとは思うのだが。ま、まあカズマやコッコロもいるし、大丈夫だろう、うん」

「どう考えても大丈夫じゃない反応してるじゃないのよ!」

 

 ほんとあいつ何やったんだ。会話の流れで実行犯が誰か確信を持ったキャルは、ああもうと頭をガリガリとさせながら一瞬だけ悩んだ。ぶっちゃけ放っておいても何とかなるだろう。それは間違いない。ないのだが。

 だったら自分は安心できるのかと問われれば、そんなわけないだろうと即座に断言してしまうわけで。

 

「とりあえず今んとこアクシズ教徒は大丈夫。案外こういうノリ好きな連中だし、そこは心配してない。よし」

 

 ぐ、と拳を握った。今なら少し席を外しても何の問題もないだろう。そう結論付け、キャルはクレープの出店にいる二人へと振り返り。

 

「ちょっとあたし向こう……へ?」

「あ、やっぱりキャルちゃんも行くんですね」

 

 リノしかいないのに気が付いて動きを止めた。今の所そこまで忙しくないので大丈夫ですよ、という彼女の言葉を聞き、ああうん、と曖昧な返事を零す。

 

「ちなみにシズルお姉ちゃんならとっくの昔にお兄ちゃんのところに行きましたよ。具体的にはダクネスさん達にクレープ渡した辺りで」

「あんの弟バカはぁぁぁぁぁ!」

 

 ごめんよろしく。そう言うが早いか、キャルは一目散に目的地へと駆けていった。

 ひらひらとそんな彼女に手を振ったリノは、まったく仕方ないですね、と苦笑する。こういう時フォローするのは大変だとひとりごちる。

 

「まあ、そういう影の努力がお兄ちゃんへのアピールに繋がっちゃたりするんですけどね。剣の下を掴み取れってやつです。ふっふっふ」

「……ダクネス、あやつは何を言っておるのだ?」

「さあ、何かの言い間違いだろうとは思うのだが……」

 

 




シズル「縁の下の力持ちだよ、リノちゃん」

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