プリすば!   作:負け狐

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キャルちゃんの血管切れそう


その113

「お姉ちゃんに任せて。アクシズ教の売上を弟くんにあげれば大丈夫だから」

「なわけあるかぁ!」

 

 ギリギリアウトである。にこやかに今日の売上を譲渡しようとしていたシズルを引っ掴み、さっきのは無しと宣言して放り投げたキャルは、返す刀でペコリーヌをギロリと睨んだ。あはは、と苦笑しているところを見ると、彼女の視線に心当たりがあるらしい。

 

「そんなに駄目でしたかねぇ、これ」

 

 これ、とパフェを一つキャルの目の前に置く。ん? と怪訝な表情を浮かべた彼女は、まずペコリーヌを見て、そしてカズマを見た。表情を消している。これは間違いなくアウトだ。これが理由だ。

 ダメ押しにコッコロを見た。視線を逸らされた。確定だ。

 

「どうしたの? キャルちゃん。……へー、変わった材料を使ってるんだね」

 

 何をやらかした。そうペコリーヌへと問い掛けようとしたそのタイミングを潰すかのごとく、シズルがひょいと彼女の背後からパフェを見る。目をぱちくりとさせると、そんな感想を口にした。

 

「あ、お姉ちゃん分かるのか。流石」

「これぐらいできないと、お姉ちゃんは務められません。えへん」

「成程……。お姉ちゃんとは、中々大変なのですね」

「わたしも、もっと気合い入れてアイリスのお姉ちゃんやらないといけないですね~」

「待って、ねえ待って。あたし置いてきぼりなんですけどぉ! 何なの!? これ何入ってるの!?」

 

 そうして答えが分からないキャルが取り残された。目の前のパフェがとてつもなく得体の知れない物体へと認識が変わり、何をどうあっても絶対に食ってなるものかと彼女は決意する。

 

「食べられないものは入ってませんよ」

「入ってたら大問題だわ! で? だから一体何入ってんの!?」

「キャルさま、その、味は保証いたしますので……」

「何でコロ助まで言葉濁すわけ!? あたしに何食わせようとしてんの!?」

「大丈夫だって、美味いぞ」

「あんたのその言葉が一番胡散臭いわ!」

 

 ひぃ、と席を立つ。襲ってきたりしないだろうな、と恐る恐る、ゆっくりと後ずさるキャルは、しかしそこで見てしまった。寂しそうな顔をして俯いているペコリーヌを、見てしまったのだ。

 罠だ。あれは絶対に罠だ。わざとやっている。嘘泣きだ。ぐるぐると思考が回り、そして当然のようにその答えを弾き出した。そんなものに引っかかるわけ無いだろう。と心中で言葉を続けた。

 

「……」

「あはは……やっぱり、だめ、ですよね……」

「……」

「……」

「食えばいいんでしょうが食えば!」

「流石キャルちゃん!」

「ほーらやっぱり嘘泣きじゃない! 覚えてなさいよアホリーヌ!」

「分かってんのに何で食うかね」

「キャルさまはお優しい方ですから」

「そこ! うるさい!」

 

 うがぁ、と吠えつつ、席に戻ったキャルはスプーンを手に取る。そしてパフェにそれを突き立てると、迷うことなく口にした。おお、とシズルが笑顔で小さく拍手を送る。

 さて、その特製パフェのお味はというと。当然ペコリーヌが工夫をこらした一品なので、突如ゲテモノへと変貌してしまうなどということはありえない。

 

「美味しい……」

「本当ですか!?」

「嘘ついてどうすんのよ。何よ、心配して損したわ。これ、すっごく美味しいじゃない。何であんな言い方した――」

 

 動きが止まった。思い出したのだ。シズルがこれを見た時に何と言ったかを。

 変わった材料を使っている。そう、彼女はこのパフェを評したのだ。

 

「魔物入りかぁ……」

「あ、察した」

「違いますよキャルちゃん。そこに入っているのはカマキリで、魔物とはまた別です」

「何のフォローにもなってない!」

 

 吠えるリターンズ。そうしながら、溜息混じりにキャルは特製パフェ攻略を再開した。どうやら、これまでに初心者殺しやマンティコア等普通は食べない魔物を何度も食べたせいで大分感覚が麻痺しているらしい。まあ蟲かぁ、とキャルは半ば流し気味になっていた。

 

「でもペコリーヌ。これあたしだからいいけれど、普通の人に材料知らせたらぶっ倒れるわよ」

「……あはは」

「既に犠牲者が一人出てんだよなぁ……」

「……ミヤコさまは、ご無事でしょうか」

「これが原因かい!」

 

 

 

 

 

 

 と、いうわけで。そんなこんなで女神祭の一日目が終わった。商店街はそれぞれの陣営から報告を受け、今日の売上を聞いて色めきだつ。これまでの、エリス祭の倍以上のその数字を見て、来年もこれで行くかと密かに決めたとか決めないとか。そういう流れがあったらしい。

 が、とりあえず彼ら彼女らには一切関係がない。ううむとアメス教会で考え込むカズマ達の目の前には、商店街へと報告した今日一日の売上が置いてある。

 

「まあ、あんな事があった割には、稼いでるわよね……」

「ほぼゼロとか覚悟したからな」

 

 キャルの呟きにカズマが続ける。そうしながら、ちらりとコッコロとペコリーヌを見た。

 何だかんだ、彼女達の人気は多少のマイナスを打ち消す効果があったらしい。ミヤコがここのプリンを食べてぶっ倒れた、という話はあっという間に街中に広がったが、それでも来る人は来たのだ。大丈夫なやつください、という注文ではあったが。出来ればコッコロちゃんのでお願いします、という要望は、果たしてどちらの意味だったのだろうか。真相は闇の中だ。

 

「とはいっても、他の陣営に比べると間違いなく足りてないな。ていうか何でサブ女神の陣営の売上がすげぇことになってんだよ……」

 

 提出に行った際大まかな内訳も知らされたが、ウォルバク・レジーナ陣営の売上が、店単位で見るとトップを叩き出していた。出店の主がネネカな時点で大体察するが、それを踏まえても中々に異常だ。

 対してカズマ達のスイーツ屋は下の方。キャルが参加しているシズルのクレープ屋は真ん中で普通の売上であった。

 

「しっかし、アクシズ教徒が変なことやらずに普通に出店してるから相対的に俺達が何かすげぇ駄目に見えてくるな」

「主さま、こちら側のことはともかく、それは別に良いことなのでは?」

「キャルちゃんの頑張りの成果ですしね」

「褒められてるんだろうけど、何か嬉しくない……」

 

 はぁ、と溜息を吐いたキャルは、そんなことよりと彼を見た。それで結局どうするのだ。わざわざこうやって作戦会議をしている以上、何かしら対策を立てる必要があると判断しているのだろう。それを踏まえ、そう問い掛けた。

 

「はいはいはいはいー! 私たちの明日からの売上お兄ちゃんにあげちゃいましょう」

「うん、さっすがリノちゃん。じゃあ」

「だからそれはやめろっつってんでしょうが! ていうか何でいるのよ!? どっから湧いて出た!?」

「え? 妹なんだから、お兄ちゃんがいる場所にいるのは当然じゃないですか」

「お姉ちゃんだからね」

「理由になってない!」

 

 ぜーはーと肩で息をしながら全力ツッコミをしたキャルは、どうすると視線でカズマ達に問い掛けた。まあいいんじゃないですか、というペコリーヌの返事を聞いて、カズマをスルーして、最後に。

 

「手伝ってくださるのであれば、別段気にしないかと」

「……いいの? あんたの主さまに悪影響よ?」

「それは、わたくしが気を付けていれば大丈夫ですので」

「なら、いいけど……」

 

 またこの間みたいな状態になるのは勘弁して欲しい。そんなことを思いながら、とりあえず追加メンバーを加えた作戦会議が再開された。

 とはいえ、そんな急にいいアイデアが降って湧いてくるなどということがあるはずもなく。

 

「売り子で集客……は今の時点でもうそんな感じだしなぁ」

「まあペコリーヌとコロ助がやってるってだけで普通に人来るものね。……それでこの売上だから絶望してんでしょ?」

「そこなんだよなぁ……。この二人がやってるのに売上が振るわないとなると」

「お姉ちゃんが頑張ろうか?」

「私もお手伝いしますよー!」

「あんたらは自分のクレープ屋台があるでしょうが!」

 

 シズル達の提案を一瞬受け入れかけて、アクシズ教徒がオプションでついてくる可能性に思い至り丁重にお断りした。

 そんなこんなで客寄せのアイデアは出ず。カズマの脳裏に、このままいくと戦犯として吊るし上げられる姿が浮かぶ。流石にそこまではいかないかもしれないが、足を引っ張ったと評判が悪くなるくらいはありそうだ。そんな事を考え、理不尽だと項垂れた。

 だって今回の理由の九割以上ペコリーヌのせいだもの。

 

「よし。発想を変えよう」

「どういうことよ」

「あの出店をどうこうしようとするから駄目なんだ」

「……頭おかしくなったの?」

「ちっげーよ! あっちはあっちでペコリーヌがなんとかするとして、別ルートの稼ぎを用意するって話だ」

 

 元々の申請と極端に違うものを出せば流石に注意が入るだろうが、そうでなければ。腕組みをしながらグルグルとカズマは思考を巡らせる。スイーツの店ということは、それに準ずるものならば問題ないはずだ。祭の出店で、甘いもの。

 

「……あ、待った」

「どうしたのよ」

「ひょっとして、アキノさんとこのたい焼き屋ってアメス教陣営扱いなのか?」

「それは、そうなんじゃない? ユカリさんも今日は向こう手伝ってたみたいだし」

「ああ。それでしたら、こちらに書類がございます」

「えっと、今回はアメス教徒ってことになってるみたいですね」

 

 ふむ、とカズマは頷く。そうなると、とりあえずアメス教陣営が全体的にダメだ、となるのは避けられる。つまり、こちらは単独でトップを目指すところまで行く必要はない。そこそこ儲けられる、ちょうどいいアイデア。必要なのはそれだ。

 

「……よし」

「あ、何か思い付いたんですか?」

「ああ、ちょっとな。明日はイベントがあるだろ?」

「はい。主さまが依頼に向かった、アクセルハーツのアイドルライブが開催されます。それが、何か?」

「祭の会場の特設ステージに人が集まる。季節は夏、当然、冷たいものが欲しくなるはずだ」

 

 よしよし、と口角を上げたカズマは、早速準備に取り掛かるぞと立ち上がった。手頃な飲み物の用意と、《フリーズ》で作り上げた氷を削る道具、そしてシロップ。

 

「はいこれ」

「……あ、はい。ありがとうお姉ちゃん」

「お礼なんていらないよ。だって私は、お姉ちゃんだもん」

 

 ででん、とカズマの思考を読んでいたかのように置かれたそれを見て、彼は暫し動きを止めた。ちらりとその横を見ると、だいたいこの辺ですかね、とドリンク類のサンプルを用意しているリノの姿が映る。

 

「ひょっとして、俺が何しようとしてるかも分かってるとか?」

「そこまでは分からないかな~。でも、弟くんのアイデアだから、絶対大丈夫だよっ。お姉ちゃんが保証します」

 

 ね、と笑顔を浮かべるシズルを見て、カズマも同じように笑顔を返そうと。そうしようと思ったのだが、苦笑するに留まってしまった。なんとなくここまで見透かされているとどうにも歯がゆいというのが一つ。

 そしてもう一つは。

 

「コロ助、顔」

「……あ、申し訳ありませんキャルさま」

「だから言ったじゃないのよ……」

「やばいですね……」

 

 となりのコッコロが非常に怖かったからである。

 

 

 

 

 

 

 二日目。

 

「じゃぁ、きょうはぁお姉さんがこっちの手つらいをしちゃうわよ~」

「おい何で朝っぱらから出来上がってんだよこの人」

 

 ぷっはぁ、と麦しゅわをグビグビやりながら出店の前でそう宣言する酔っぱらいの図。それをジト目で眺め、連れてきた二人へと視線を動かした。ダクネスはそっと視線を逸らし、ミフユはじゃあよろしくと普通に流す始末である。

 

「おい体よく不良債権押し付けただろ」

「そ、そんなことはないぞ。ユカリはアメス教徒だし、昨日アキノ側にいたのだから、こちらの手伝いに回るのは至極当然の流れだ。うん、その通り」

「目が泳ぎまくってんだよ!」

「多少効率は落ちるけれど、その状態のユカリさんもちゃんと使えるわよ」

「信じられねぇっての」

「いや、確かにそんな状態でも仕事自体はきちんと出来るのだ、彼女は」

 

 ミフユの言葉にダクネスも頷く。そうはいっても、カズマの記憶では目の前のへべれけがまともな仕事をしている姿を見た覚えが。

 そこまで考え、意外とあることに気が付いた。一応やれることはやれるという二人の言葉に同意は出来た。

 が、今回もそれが適用されるかといえば話は別なわけで。

 

「……店番、やれるか?」

「ふっふっふ~。ろんなしごともどんとこーい」

 

 ダメそう。とりあえず出した結論はこれである。が、まあ恐らくいないよりはマシだろう。そう結論付け、カズマはペコリーヌに彼女を押し付けることにした。

 

「ん? 何だカズマ、お前は何か用事があるのか?」

「昨日が昨日だったからな。今日は別口で稼ぐんだよ」

 

 よ、と置いてあったカートを引っ張り出す。保冷庫も兼ねているそれの中には、昨夜考えた品物が既に用意されていた。そのカートの横に、折りたたんでいたのぼりを突き刺す。

 白地に、波のような青い模様が付けられているその旗は、カズマが日本にいた頃よく見ていた夏の風物詩。

 

「お、おいカズマ。申請とあまりにもかけ離れたことをやられると」

「何いってんだ。かき氷は立派なスイーツだろ?」

「え? そ、そうなのか……?」

 

 意見を求めるようにミフユを見たが、まあ別にいいんじゃないかしらという彼女の言葉を聞いたことで、ダクネスはあっさりと折れた。あまり変なことをしないように、と一応カズマに釘を差した。

 

「大丈夫だって。ちょっとコンサート会場で売り歩くだけだからさ」

「まあ、そういうことなら……おい待て、今なんて?」

「もう行っちゃったわよ」

 

 


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