「待たんかい!」
「いらっしゃいませ~」
アメス教徒陣営のスイーツ屋台。昨日の噂やアレコレを踏まえつつ、まあでもコッコロちゃんやペコリーヌちゃんが作ってくれるんだし、とホイホイされたアクセルの住人は、そこで笑顔の少女が一人でいることに怪訝な表情を浮かべた。
「あれ? ペコちゃん一人?」
「はい。カズマくんとコッコロちゃんは今別の用事で出かけてますから、今日はわたしが全力で腕を振るいますよ~」
「あ、そ、そうなんだ」
笑顔でそう言われたら、ストッパーいないと不安なんで止めときますとは口に出来ないわけで。
「らいじょうぶよ~。私もぉちゃ~んといるんらからぁ」
「……うわ」
ひょこ、と顔を出すへべれけ。一体全体何が大丈夫なのか問い詰めたい状態の彼女は、ジョッキの麦しゅわをグビグビやりながら、お手伝い頑張るわよと若干怪しいろれつでのたまう。
ひょっとしてこれ初日より地雷なんじゃないのか。やってきたお客はそんなことを思ったが、もう遅い。それで何にしますか、と笑顔のペコリーヌに問い掛けられてやっぱりいらないですと答えられるのならば最初からここに来ていないのだ。
「ちなみにわたしのオススメはこの特製パフェとスペシャルチョコレートソフト、濃厚プリンなんかがイチオ――」
「普通のパフェください」
「普通のソフトクリームください」
「普通のプリンください」
食い気味に注文をした。あれを聞き終えたら最後、間違いなくあの笑顔と可愛さに押し負ける。あとおっぱい。
はーい、とほんの少しだけ残念がりつつも、ペコリーヌは手際よくスイーツを作り始めた。ここで強引に特製をぶちこんでくるほど彼女もアレではない。
そんなわけで特製ではない普通のスイーツを食べたお客達は、こういう心配さえなければ多分ここ人気トップになれるのになぁ、と心中で嘆いていた。ぶっちゃけその辺の喫茶店より美味い。
なんとも言えないそんな気持ちを抱えつつ、まあいいかとアクセル特有の開き直りを見せ始めたそのタイミングで、一人の女性が屋台へとやってきた。金髪碧眼、明らかに貴族の服装で、間違いなくこんな屋台にやってくるような立場ではない。
と、言いたいのは山々だが、ダクネスとアキノというこれ以上がほぼないレベルの貴族が年中ぶらついているので正直その辺りはどうでもよくなっていた。街の住人もなんか貴族の人が来たくらいの感覚である。
「いらっしゃいませ~。……あれ?」
「ご機嫌麗しゅう、ユー……おっと、ここでは禁句でしたね」
「はい、わたしはただの冒険者、お腹ペコペコのペコリーヌですよ」
そうでした、とくすくす笑う貴族の女性は、そこで視線をメニューに向ける。上から下まで眺め終えた後、では注文をしてもよろしいですかと問い掛けた。
「はい。遠慮なく注文しちゃってください」
「ならばお言葉に甘えて。この特製パフェとスペシャルチョコレートソフト、それと濃厚プリンをお願いしますわ」
ざわ、とお客に緊張が走る。貴族の女性が頼んだそれは、昨日あのミヤコがぶっ倒れたやつだ。味はともかく、何か材料がヤバいらしいというもっぱらの噂のやつだ。
おい大丈夫なのか、と誰かが呟いた。貴族にそんなものを食べさせて、ペコリーヌが捕まったりしないのか。そんな心配をし始めた。
もちろん杞憂である。貴族の女性はスイーツを作っている人物が誰であるかを承知であるし、下手なことをやったら首が飛ぶのは自分だということもきちんと理解をしている。当然ながらペコリーヌにそんなつもりはさらさらないので、やるとしたらブチ切れたアイリスである、念の為。
「はい、どうぞ。特製パフェ、スペシャルチョコレートソフト、濃厚プリンです」
「ありがとうございます。……ああ、この感じ。間違いなく、使われている隠し味は」
「分かっちゃいますか?」
「ええ。これでも数多の美食を追い求めてきておりますので」
「それはそれは。やばいですね☆」
そしてなにより。彼女は承知の上で頼んでいるということである。恐ろしいことに、ここベルゼルグ王国の貴族の中には美食を楽しむ層が一定数存在するのだ。それも、普通の食材は食べ飽きたので一風変わった方向に舵を取る奴らが。
頂点に立つ第一王女には遠く及ばずとも、その熱意は本物。ここにいる彼女などは一度フェアリーの残り湯を使った料理を実践してアキノにしばかれたことがあるほどだ。
「あぁ……このカブトムシのチップとチョコチップが絶妙に混ざり合いソフトクリームの食感を七色に変化させている……素晴らしいですわ!」
「分かりますか!?」
「こちらのパフェはメロンとカマキリが見事なハーモニーを醸し出しています。ああ、素敵……」
「流石ですね!」
えぇ……。と周りの客がドン引きする中、女性の食レポは続けられるのであった。
もちろん売上は落ちた。
「ふぅ……」
「お疲れさまです、主さま」
何だか気付いたら横にいて、当たり前のようにお手伝いいたしますと宣言し、なし崩しに一緒にかき氷売をすることになったコッコロ。そんな彼女が、こちらをどうぞと飲み物を差し出してきたのでありがたく受け取る。さんきゅ、とお礼を言いながら、カズマは額の汗を拭いながら空になったカートを見た。アイドルライブが行われるイベント会場ともなれば、当然熱気も凄まじいことになる。そんな場所ならば冷たいものは間違いなく売れるはずだ。
そう読んだカズマの考えは見事に当たり、追加でガリガリと氷を作っても瞬く間に売れていった。流石に材料を作り出す魔力も無くなってきたので、二人は会場の片隅で一息吐いているというわけだ。
「しっかし」
「どうされました?」
「いや、思った以上に人気だったんだなぁって」
視線をイベント会場に向ける。大勢の観客が詰め寄る中、三人の美少女が歌って、踊って、パフォーマンスを行っていた。
「はーい、みんなー。この会場で一番カワイイのはー?」
『エーリカちゃぁぁぁぁん!』
「……すげぇな」
訓練されたやり取りというべきか。恐らくライブのお約束なのだろう、そういうものが確立しているという時点で彼女達のアイドルとしての実力が相当なものだというのが分かる。日本にいた頃にアイドルのライブに行ったことは終ぞなかったが、もし行っていたらこんな感じだったんだろうかとカズマはぼんやりその光景を眺めていた。
「……ん?」
「どうされましたか?」
「あー、いや。アクセルハーツのあの子、あの黒髪の、リアだっけ?」
「はい。彼女が、何か?」
「確かあの子が曲作ってるんだよな」
カズマの問い掛けに、コッコロは頷く。界隈では有名な話らしいのですが、と付け足し、自分はあまり良く知らないのでと謝罪をした。そこは別に大丈夫だから、と彼女をフォローしつつ、彼は何かを考え込む仕草を止めない。
「なんかこう、馴染みがあるっていうか。日本のアイドルソングっぽいというか」
「主さまの故郷の歌と、似ているのですか?」
「そんな感じがしたってだけだけどな」
まあ気のせいだろう。そう結論付けカズマは話題を打ち切った。というか無理に掘り下げられてもこちらが困る。そんなことを思いながら、視線を再度アクセルハーツの方へ。
ピタリと動きを止めた。熱狂している観客の中に、明らかに浮いている存在を見付けたからだ。
「あの鎧」
「鎧、でございますか? ……おや、あのお方は中々不思議な格好で観戦しておられますね」
全身鎧がサイリウム振っていた。あまりにもシュール過ぎて一瞬見間違いなのかと目を擦ってみたが、やはり全身鎧はそこにいる。冒険者だろうとなんだろうと流石にこの場では普通の格好をしているものなのだが、どういう理由なのか完全装備だ。そして周囲と一緒になってヲタ芸をしている。
「脱げよ」
至極もっともなツッコミである。というか周囲は何か反応しろよ。そんなことをついでに思ったカズマであったが、まあアクセルだしなと諦めた。
一方、コッコロはそんな全身鎧を見て何を思ったのか。何やら難しい顔をしながら顎に手を当てていた。
「あの方は、鎧が脱げない理由がおありなのでしょうか」
「いやコッコロ、そんな真剣に考える必要は……待てよ」
もう一度鎧を見る。この位置では背中しか見えないが、あのパーツには見覚えがあった。この間アクセルハーツの事務所で写真撮影していたドルオタアーマーだ。というか常時全身鎧のドルオタが同じ街に二体いたら流石に物申したくなる。ドMは二体いたが。
ともあれ。あの鎧が以前の鎧だとするなら。
「盗品だから脱げないってことか……?」
「……あの、主さま。おっしゃっていることがよく分からないのですが」
「分かるよ。自分でも何言ってんだって思う。でもあれ、予想からすると神器のはずなんだ」
流石にその辺に保管しておくのは素人だと難しいのではないか。カズマはそんな事を考えたのだ。まだ装備している方が管理が楽だとか、そういう方向を予想したのだ。大分無理があるのは分かる。分かるが、ただの鎧着た変態という結論を出したくない以上、どうしても理屈をこねくり回す必要が出てくるのだ。
「……では、家訓で鎧を脱ぐのを禁じられている、というのはいかがでしょうか?」
「そういう流れの会話を出した俺が言うのもなんだけど、それは大分変態じゃないか?」
同時刻、王城で警備をしていた全身鎧の女性が盛大にクシャミをしてクリスティーナにからかわれていたが、今回の件にはあまり関係がないだろう。
「まあ、どっちにしろ何か理由があるとして、だ」
「あの鎧の人物が、以前主さまとキャルさまの言っていた窃盗犯なのですか?」
「あくまで予想だけどな。……よし」
立ち上がる。ライブはまだ続いているので、あの全身鎧もそうそうこの場から消え去ることもないはずだ。そう判断し、カズマは警備スタッフの親玉、要はダクネスに報告しようと足を進めた。監視はお任せくださいというコッコロに任せ、彼は一人でその場へ向かう。
「……そこまでの距離ならば捕縛して来てくれてもよかったのだが」
「やだよめんどくさい。俺はあくまで善良な一般市民だからな、そういうのはもっと正義感溢れたやつにでも頼んどいてくれ」
はぁ、と溜息混じりに分かったと返事をしたダクネスは、ミヤコとイリヤをそこに残し、数人の警官隊とイベント会場へ行くことにした。カズマもコッコロを残しているのでそれについていき、戻ってくるとほらあれだとサイリウムをブンブンと振っている全身鎧の後ろ姿を指差す。
「……凄い光景だな」
「いやお前のいつもの変態行為には負けるよ?」
「どうしたカズマ。いきなりそんな称賛を」
「褒めてねぇよ。直球で貶したわ」
ジト目でダクネスを見やる。ふふ、とその視線を受け満足そうな笑みを浮かべた彼女は、さてではどうするかと顎に手を当てた。どうやらこのドM、最近軽い罵倒ならば意図的に引き出す術を身に着け始めたらしい。手遅れである。
「流石に今この場で捕縛するわけにはいかんな」
「はい。アクセルハーツのみなさまも、ライブを楽しんでおられる方々にも。全員が望まない結果となってしまいます」
「んじゃ、とりあえず終わるまで待つか」
うむ、とダクネスが肯定したタイミングで、ついてきた警官達が突如テンションを上げる。何だ何だと目を丸くする彼女の横で、仕事でライブ見られないと思ってたのにと言いながらどこからか取り出したサイリウムを振り始めた。
「……ダクネス」
「私の所為か!? い、いや、アクセルハーツの人気が原因だろうこれは。私自身はアイドルにあまり興味がないのでいまいちピンとこないが、大勢を魅了するだけの力を彼女達が持っているのは間違いないだろう」
「そんなもんかねぇ……」
「ですが主さま、アルカンレティアのキャルさまの時もあのような感じでしたので、ダクネスさまのおっしゃることもわたくしは分かります」
「あれなぁ……。んでもあれと違ってこっちはやりたいからやってんだし、一緒にするのも」
「確かに。わたくしの考えが足りなかったようです」
「いやそんな落ち込むほどじゃないからな。ほんとに。キャルはキャルであの瞬間はノリノリだったからさ、うん」
本人がこの場にいたら憤死せんばかりに悶絶するか舌を噛み切るか首に縄をかけ始めるような会話が繰り広げられる。あの事故に遭遇しなかったダクネスが首を傾げていたが、二人共語る気は無さそうなのを見て何となく察した。
「と、ともかく。流石に彼らもきちんと切り替えをしてくれるはずだから、問題はないだろう」
「常時切り替え出来てない奴に言われてもなぁ」
「何を言う。私はきちんと仕事とプライベートは」
「真面目な場面でもドMってることについて言ってんだよ」
「そ、それは……ほら、あれだ。人は呼吸が必要だろう?」
「そこと同程度に考える時点でアウトだよ! コッコロ、こっち来い。やっぱダメだ、アレに近付いたら」
「あ、主さま?」
ぐい、と少々強引にコッコロを引き寄せると、カズマは彼女を自身の後ろに隠す。あの事件で少しはマシになったような気がしないでもないけど結局一緒かもしれないと思いつつ一筋の光明も見えているクウカと比べ、目の前のこいつは多少話が通じる状態のまま段々ひどくなっている気さえしてくる。
「やっぱり一回ペコリーヌに頼んで処してもらった方がいいんじゃねぇかなぁこのドM……」
「わ、私のことより今はあの怪しい鎧だろう? まったく……そう喜ばせないでくれ」
「そういうとこだよ変態!」
そんな会話が繰り広げられている横で。カズマに守られたコッコロは、従者としては少々不満そうで、しかし乙女としては満更でもない表情をしていたりするのだが。
「主さま……やはり、わたくしは」
呟きに込められていたのは何かそういうのとは違う、どこぞの誰かさんに対抗するような何とも言えないやつだったので、彼が気付かなかったのはある意味幸いだったかもしれない。