「えー……と」
眉間を揉みながらカズマが机の上の書類を見る。二日目の売上である。彼のアイデアでライブステージのかき氷売りは大成功を収めたわけなのだが、しかし。
「……何か一日目とほぼ売上変わってないんですけど」
「はい」
ペコリーヌが言葉少なく述べる。カズマ側が大成功をした結果売上変わらずということは、つまるところ本家本元の出店屋台がダメダメだったというわけで。
何がどうしてこうなった、と説明を求めるためにペコリーヌから視線を動かしたが、いかんせんもうひとりがユカリである。朝っぱらから酔っ払っていたへべれけにまともな説明など期待できるはずもない。
「ちょっと特別メニューの注文が定期的にあったおかげで、普通のお客さんが遠巻きになっちゃったのよ」
「え?」
「あまり知られてないでしょうけど、実はベルゼルグ王国の貴族の中に美食、というか珍味愛好家がいてね。昨日の噂を聞きつけてやってきちゃったの」
「成程。そんなことがあったのですか」
「いや俺の驚いたところそこじゃないんで」
ふむふむと頷いているコッコロの横でカズマがツッコミを入れる。彼は営業中へべれけであった彼女が普通に状況の説明をしたことに目を見開いたのだ。理由の内容はぶっちゃけどうでもいい。
「まあいいや。んで、ペコリーヌ」
「……はい」
しょぼん、と椅子に座ったまま項垂れているペコリーヌを見る。気合を入れていたのにこの結果というのが彼女としては落ち込む原因となったらしい。
はぁ、とカズマは溜息を吐いた。しょうがねぇなぁ、とガリガリ頭を掻きながら、ここで説教したら俺悪者じゃねぇかと一人呟く。
「心配しなくても、あんたは年中無休で悪者よ」
「黙ってろよ部外者」
「はぁ!? あんたねぇ、あたしが今日もあの二人を押し止めるのにどれだけ苦労したか」
「は? アクシズ教徒のやらかしなんだから、巫女のお前が見てて当然だろ?」
「言うに事欠いて! ぶっ殺すぞ!」
「あぁ? やれるもんなら」
「キャルさま、主さま」
ピタリと二人の動きが止まった。そこまでにしてくださいませ、と苦笑しながら一歩踏み出すコッコロを見て、二人揃ってバツの悪そうに視線を逸らす。完全に母親に叱られた悪ガキであった。
「主さま。キャルさまはキャルさまで精一杯自らのやれることをやっておられたのですから、そこを悪く言うのはいただけません」
「はい、ごめんなさい」
「キャルさま。主さまは今日頑張っておられました。そして今も、ペコリーヌさまを責めようとはしておりません」
「はい、ごめんなさい」
二人のその言葉を聞き、コッコロは柔らかく微笑む。分かってくださればよいのです、と述べると、彼女は話を戻すために一歩下がった。
一応、念の為に言っておくが、コッコロはまだ幼いといっても過言ではない年である。アイリスより年下である。
「カズマくん……」
「あーもう! 今コッコロも言っただろうが、別に怒っちゃいねぇって」
「でも、せっかくカズマくんやコッコロちゃんが頑張ってたのに」
「いや別にお前サボってたわけじゃないんだし、話聞く限りどうしようもないというか」
何だかんだで、カズマの根はお人好しである。ここで、「そうよこれは私のせいじゃないから。もっと頑張らないカズマが悪いわ。いや、むしろ空気読めない客のせいよ! 今から文句言いに行きましょう」とか言い出すような奴であったら遠慮なくボロクソに言うが、目の前にはしょんぼりとしている巨乳の美少女プリンセスしかいない。
ちなみに、上記の文句を言いそうな輩は彼の守護女神の横でだべっている水の女神の他に、隣にいる猫耳娘も微妙に該当したりするのだが、特に関係ないので今回は割愛。
「ま、別に売上悪くても死にはしないんだから、もっと気楽に」
「そんな弟くんに贈り物だよっ」
「うぉあ!?」
お姉ちゃんが湧いて出た。半ばおなじみと化しつつあるシズルの登場だが、しかし慣れるかといえばそんなこともないわけで。どこでもお姉ちゃんシステムはカズマにとって色々な意味で心臓に悪い。
「はいこれ、売上に使ってね」
「……あの、お姉ちゃん。なんですかこれ」
「アクシズ教会の土地の権利書だよ」
「ぶふっ!」
キャルが吹いた。は、とコッコロとペコリーヌも状況についていけず目を丸くしている。ユカリは我関せずを貫く所存らしい。
「これで一気に売上トップだね、弟くん」
「なわけないでしょうが! 何なの!? あんた常識どこに置いてきたの!? あーダメだこいつ最初から持ってないんだ!」
「も~、キャルちゃん、落ち着かないとダメだ、ぞ♪」
「おひゃぁ!」
掠った。それだけで首から上が持っていかれるような感覚を味わったキャルは、一瞬にして血が上っていた頭が冷え、むしろ青ざめる。というかこれ直撃して毎回無事なリノはどういう体の構造しているのか、と戦慄した。
「あの、お姉ちゃん」
「どうしたの? 弟くん」
「俺、祭の屋台の売上にそこまで命かけてないんで、これは丁重にお断りさせていただきます」
「そっか。残念」
返された土地の権利書を胸の谷間にしまい込むと、じゃあ何かして欲しいことはないかな、とシズルはずずいとカズマに迫る。密着したおっぱいがその衝撃でむにゅりと形を変え、谷間の権利書が微妙に上下した。
「だ、大丈夫です。いやほんと大丈夫なんで、今んとこ困ってることも特にないんで」
「ほんとうに?」
「ほんとほんと! あのうろついてる鎧も俺は放置するって決めたし」
これ以上はまずい。そう判断したカズマがシズルから距離を取り、ゼーハーしながらそう返す。そんな彼を見つめながら、それならしょうがないねと彼女は微笑んだ。
また遊びに来るから、と普通に教会の扉を開けて帰っていったシズルを見ながら、カズマは盛大に溜息を吐く。ここにきて、キャルがいつぞやに言っていたことを実感し始めたのだ。
「えっと、カズマくん。大丈夫ですか?」
「おう、大丈夫大丈夫」
「いつの間にか立ち位置逆になってるわね」
「それを見越してだったら大したものだけど」
「……お姉ちゃんパワー、というものでございますか……」
「いやアレがそんな殊勝なわけないから。だからコロ助は対抗心燃やさないで」
祭の夜恒例のコントも終わり、明日はどうするかという話になった。よくよく考えれば、この二日間出店しかやっていないことに気付いたのだ。
「もう売上どうでもいいなら、明日は出店閉めちゃって祭ぶらついたら?」
「えっと? それってありなんですか?」
ユカリを見る。商店街ならともかく、アメス教徒として参加するというだけなら、全日程で出店をする必要は確かにない。そんなことを述べた彼女は、だからまあ気にしなくていいわよと笑顔で手をひらひらとさせた。
「よし。じゃあ俺は明日は寝るか」
「いや参加しなさいよ祭」
そうと決まれば、と宣言したカズマをキャルはジト目で見やる。それを睨み返した彼は、そんなこと言ってもと言葉を続けた。
「今更一人で祭ぶらついてもしょうがないだろ」
「え? カズマくん、一緒にお祭り行かないんですか?」
「主さま、ご一緒されないのですか?」
カズマのそれを即座に否定される。いやまあ、確かに仲間だし、そういう流れになる可能性もあるかもしれないと思ってはいたが。そんなことを思いつつ、しかし彼女たちは彼女たちで交友関係もあるので、そちらに行く場合だってあっただろうと反論した。
「あんた何言ってんのよ。この流れでこいつらがあんた置いてくわけないでしょうが」
即座に否定その二。呆れたようなキャルの言葉にコノヤローとカズマは睨むが、いかんせんそこには勢いがない。
そんな彼を見てどこか勝ち誇るように笑みを浮かべたキャルは、まあ精々両手に花を堪能してなさいと腕組みを。
「え? キャルちゃん、一緒に行かないんですか?」
「キャルさま、わたくしたちとお祭りをご一緒されないのですか?」
「え?」
ついさっきと同じ展開が今度は自分を当事者にして繰り広げられたことで目を丸くさせた。どういうこと、と視線を彷徨わせても、ユカリがそりゃそうだろうという表情を浮かべるのみである。
となると、どうなるか。当然、パニクる。
「え、いやだって。あたしはほら、アクシズ教の出店あるし」
「別にお前がやってるわけじゃないんだから休めばいいだろ」
「そうだよ。別に気にしなくても大丈夫」
「あたしがいないと、アクシズ教徒が」
「ここまで来て無茶苦茶し始めるほど向こうも空気読めないわけじゃないだろ」
「ちゃんと私が見てるから大丈夫」
「いやほら、シズルとリノが」
「……お姉ちゃんは、ほら、あれだ」
「心配性だなぁ。お姉ちゃんは弟くんの楽しみをぶち壊すような空気の読めないことはしません」
「……そう言うなら。あたしも参かいや待って」
弾かれたように横を見る。シズルお姉ちゃんリターンズ。先程帰ったはずのお姉ちゃんがリポップしていた。パクパクと声にならない状態のまま指差していたキャルは、どういうことだとカズマを見る。同じように目を見開いて固まっていた。
「シズルちゃん、また会いましたね」
「うん。弟くんのために戻ってきちゃった」
「……これが、お姉ちゃんパワー……やはりわたくしも、いついかなる時にも主さまのもとへと馳せ参じるようになれなくては」
「うんうん、お姉ちゃんは負けないぞっ」
「やばいですね……」
とはいえある意味平常運転だ。気を取り直したペコリーヌは、先程の会話を思い出しながら彼女へと言葉を紡いだ。迷惑かけちゃいそうですけど、大丈夫ですか、と。
シズルはそんな彼女の言葉に笑顔を見せる。大丈夫だよ、とサムズアップした。
「お姉ちゃんは、弟くんのために全力を尽くすものだからね。キャルちゃんとの時間を、お姉ちゃんがきっちりサポートしてあげるから」
「何かデートのプラン練られてるみたいになってるな」
「何であんたとデートしなきゃいけないのよ」
えっへんとでっかい胸を張るシズルを見ながら呟くカズマの横で、ジト目でキャルが文句を述べる。ふん、と鼻を鳴らしている彼女は照れ隠しとかそういう類では無さそうで。
それでも全力で拒否していない辺りを感じ取ったカズマがニヤリと口角を上げた。
「そう言う割には満更でもないんじゃないのか? いいんだぜ? 素直になってくれても」
「バッカじゃないの。あんたと一緒に馬鹿騒ぎするだけならともかく、デートとかそういうのはお断りよ」
「それはデートと何が違うのでしょうか……」
「若いっていいわよねぇ……。いいなぁ……爆発すればいいのに……ぐすん」
幸いというかコッコロのツッコミのような何かとユカリの呪詛は聞こえていなかったらしい。二人共に反応せず、そのまま普段のような言い合いへと移行していく。
そんな流れに、珍しく飛び込んでいく少女がいた。
「あの、カズマくん。デート、したいんですか?」
「うぇ? どうした急に?」
「ちょっとペコリーヌ、血迷っちゃダメよ。こいつ可愛い女の子なら誰でもいいとか言い出すスケベなんだから」
「流石に誰でもいいとかは言わねぇよ。お前俺のこと何だと思ってんの?」
場合によってはダストより酷い扱いされてないだろうか。そんなことを思いながら抗議したカズマをキャルは流し、そういうことならと見守りから猛禽の目に変わりそうになっていたシズルをごめん勘違いだったと宥めにかかる。
それはさておき。
「それで? どういうこと?」
「あはは……。いえ、ここのところ迷惑かけっぱなしですし、お詫びが出来たら、なんて」
カズマがぐ、と唸った。これは間違いなく据え膳。ここでそういうことならばと首を縦に振れば、ペコリーヌは間違いなく色々尽くしてくれる。普段自重しているお願いがひょっとしたら通るかもしれない。
「いや、そういう理由でならお断りだ」
だが、カズマは耐えた。心の中では血の涙を流しながら、ひょっとしたらちょっといけたかもしれない希望を沈めながら。ぶっちゃけそれやったらアイリスに塵も残さず消される可能性があるので命の危険的に踏み止まりながら。
「別に言うほど迷惑とかかけてるわけじゃないからな。そんなお詫びとかいらねーよ」
「カズマくん……」
「主さま……」
お前誰だと言わんばかりの受け答えをしたことで、ペコリーヌと、それを見ていたコッコロがジーンとする。キャルは思い切り何だこいつという目で見ていたが。
「だから、そんなお詫びとかそういう理由じゃなくて、ただデートしたいとか、そういうのじゃないかぎり」
「え? デートしたいなら誘っていいんですか?」
「え?」
目をぱちくりとさせるペコリーヌを、カズマは呆気にとられた表情で見やる。キャルの何だこいつという目で見る対象が二人に増えた。
「えっと。特に理由がなくても、カズマくんとデートがしたいなら、誘っても良かったんですか?」
「え? お? そ、そりゃ、えっと……」
「こっち見んな」
「主さま。大丈夫でございます」
苦虫を噛み潰したような顔をしたキャルと、子供の成長を見守るような顔をしたコッコロを経由し、ふぁいとだよと笑顔のシズルを通り、リア充爆発しろと麦しゅわを飲み始めたユカリを見なかったことにして。
「も、もちろん」
「本当ですか!?」
ぎゅ、とペコリーヌがカズマの手を握る。何この子ちょっと眩しすぎるんですけど、とカズマが思わず直視できないレベルの笑顔を見せた彼女は、じゃあじゃあ、と嬉しそうにスケジュールを考えている。
「明日、みんなでお祭りを楽しんだ後に……わたしとデート、してくれますか?」
カズマがそれに何と答えたかは、コッコロの苦笑と、キャルの非常に冷めた目で察して欲しい。
なお。
「弟くん。こういうときの返事は、もう少しきちんとしてあげるべきです」
「はい……ごめんなさい」
「お姉ちゃんはさっきのでもオールオッケーで今すぐデートに向かっちゃうけど、他の女の子によってはダメな時もあるんだからね。ペコリーヌちゃんだから通用したんだよ」
「き、気を付けます」
「お姉ちゃん基準で考えてくれるのは嬉しいけど。すっごく嬉しいけど。他の女の子を相手する時は、きちんとその子を見てあげないとだめだぞっ」
蛇足だが、カズマは後でお姉ちゃんにガチ説教された。
次回がデート回だと思ったら大間違いだからな!