「二日間出店やってたから知らなかったけど、意外と俺の知ってる祭っぽいのもあるんだな」
三日目。カズマが祭を見て回りながらそんなことを呟くと、コッコロはそうなのですかと頷き、ペコリーヌもまた微笑む。ふーん、と冷めた返事をしつつもキャルはキャルで同じ方向を見ていて。
「何かやってくの?」
「ん? そうだな……えーっと」
彼女の言葉に視線を彷徨わせ、そして視界にペコリーヌが映ったのでカズマは思わず視線を逸らした。間髪入れずにキャルが彼のスネを蹴る。
「いってぇ!」
「あんたねぇ……もう少し自然に出来ないわけ?」
「んなこと言われても……」
ずずいと迫るキャルに圧されつつ、カズマは何ともいい難い顔で彼女を睨み返す。こちとら転生するまで童貞を貫いた生粋のチェリーボーイ。そういう経験など皆無で、距離の近かったはずの幼馴染とはとあるきっかけで疎遠となり。
「あれ?」
「どうしたのよ」
「いや、何か記憶がおかしかったような」
そもそも立ち直ってたらここに来ていないような。頭にハテナマークを飛ばしながら自分の過去を疑いつつ、カズマはまあいいと気を取り直した。
ともあれ。昨日のあの約束から、どうにもカズマはペコリーヌを意識してしまっている。しないほうがおかしいと言えばそれまでなのだろうが、だとしてもあまりにも露骨過ぎて、当の本人であるペコリーヌもどことなく恐縮してしまっている。
「あの、カズマくん」
「な、なななんだ?」
「別に、無理はしなくてもいいですからね? わたしはこうやってみんなと一緒にお祭りを楽しむだけでも、物凄く幸せですから」
「いや違うって。そういうんじゃなくて、ただ俺は」
「大丈夫ですよペコリーヌさま。主さまはただ、恥ずかしがっておられるだけなので」
「ひょふっ」
何だか慈愛に満ちた表情でコッコロにフォローされた。確かに彼は自分ではそこを口にすることは出来なかった。だから彼女のその行動は間違いなく正しい。カズマとしても助かったことには違いない。
問題は、心情的にベッドの下のエロ本を机の上に置かれたような状態になってしまったことだけだ。
「ほらカズマ。死んでないでさっさと行くわよ」
「他人事だと思って余裕だな」
「他人事だもの。というか、あんたがそうやってるのを見るのはむしろ楽しいわね」
「覚えてろよ」
「嫌よ。普段色々やられてるんだし、こういう時くらい楽しんでもいいじゃない」
ぷーくすくす、とどこぞの水の女神のような笑い方をしたキャルは、笑顔のまましゃきっとしなさいとカズマの背中を叩いた。そうしながら、大体、と向こうの二人に聞こえないように彼に顔を近付ける。
「ペコリーヌとのデートなんだし、どうせ食べ歩きで終わるわよ」
「身も蓋もねぇな……」
だが、しかし。言われてみれば、とカズマも少し思い直し、そしてふと思い出した。
あれ? それ前やらなかったっけか、具体的にはサキュバスの店で、と。
「よし、祭楽しむか」
「何か急に吹っ切れたわね……」
射的の店やくじ引きの店を適度に引っ掻き回し、屋台の食べ物を買い込んでは平らげ。
そんなことをしていると、意外にも時間は過ぎていく。つい先程まで朝だった気がするのに、気付けばもう昼もとうに過ぎ去っていた。
「それにしても」
「どうされましたか?」
カズマの呟きに、コッコロが反応する。いや、大したことじゃないと言いながら、彼は眼前に広がる女神祭で賑やかになっている街を見渡した。
獣人、エルフ、ドワーフ、そして悪魔とか幽霊とかその他諸々。多種多様、と言ってしまって大丈夫なのかいささか不安になる顔ぶれが、思い思いに楽しんでいた。
「いかにも異世界って感じの光景なんだけど、普段が普段だからもう実感通り過ぎてるなぁ……」
「それは……主さまがこちらの暮らしを日常だと感じておられるからではないでしょうか」
「あー……なるほどな」
コッコロの言葉にカズマは頷く。ひょんなことから始まった異世界転生だが、戻りたいなどという気持ちはとうの昔に失せていた。アメスにもそれは以前に述べた気がするが、その時から気持ちは変わっていない。
それは、取りも直さず、こちらの生活に満足しているということにも繋がるわけで。
「あの、主さま」
「ん?」
「以前も口にしておられたのですが、その異世界というのは一体――」
コッコロの言葉はどこからか聞こえてきた歓声で掻き消された。何だ何だ、と視線を向けると、広場の一角で人だかりが出来ているのが見える。キャルとペコリーヌもそれに興味が出たのか、行ってみましょうと駆けていった。
「悪いコッコロ。何だっけ?」
「……いえ、なんでもありません。わたくしたちも参りましょう」
そう言って微笑むコッコロ相手に、カズマはそれ以上何も言えず。分かったと彼女の手を引いて人だかりに突進していった二人へと合流した。
それで一体何なんだ、と視線を向けると。
「さあ、このアダマンタイトを砕ける冒険者はいませんか?」
どうやら祭を聞きつけてやってきたらしい露天商がちょっとしたゲームのような屋台を出しているらしいのが分かった。地面に置いてある石、アダマンタイトだとかいうそれを砕けるかどうかの挑戦なのだろう。
「へー、アダマンタイト砕きかぁ……」
「ん? なんだキャル、知ってんのか?」
「冒険者として色々旅してた時にわたしも見ましたね。大抵は成功しなさそうな人達がいる場所を狙ってやるんですけど」
目の前では挑戦者が撃沈していく光景が広がっている。そんな流れに気を良くしたのか、露天商は声を張り上げ、賞金額が上がっただの、魔法でも大丈夫だの、デストロイヤーを破壊したという話だから期待していたのにだの、周囲をどんどん煽っていく。
それを聞いた周りの人々は、さてどうするかと顔を見合わせていた。これ以上話が大きくなると、間違いなくアレらが来る。許可を出したということはそれを見越しているのだろうが、だとしても、来る面子によっては一瞬にして。
「まったく。私達の出店の近くで余計なことをしないでもらいたいものですね」
「あ」
ざざっ、と人混みが割れた。そこを歩いてくる小柄なエルフの女性を見て、周囲は思う。
終わったわこれ、と。
「おやお嬢さん。今度の挑戦者はあなたですか?」
「あ、バカ」
見ていた人の誰かが呟く。あーあ、と何も知らない露天商の末路を察して静かに首を横に振る者もいた。勿論ここで露天商を庇って逃がすことも可能だが、この街でそんなことをする命知らずはいない。恐らく勇者ですらやらない。
「ね、ねぇキョウヤ……止めないの?」
「え? ……まあ、元々そうなるように仕向けている節もあるし、いいんじゃないかな……」
「そ、そっか……」
どこからか魔剣の勇者が匙を投げた言葉が聞こえてきたが、誰も彼を責めるような空気を出していないのが証拠とも言える。
ともあれ、人だかりはネネカ達がやってきたタイミングで盛大に下がった。空間の広がりが一気に数倍になり、露天商がいきなりのそれに思わず視線を彷徨わせる。
ふう、と彼女は息を吐いた。それに合わせるように、じゃあとりあえずあれ破壊しましょうと腕をぐるぐると回しながらめぐみんが前に出る。
BB団の二人が全力で押し留めた。
「ちょ! 何するんですか!?」
「お、おおおおちおちついてて! おちちついてててください!」
「いやあなたが落ち着いてくださいよ!?」
いかに頭に血が上りやすいめぐみんといえども、自分を押し止める面子の一人が滅茶苦茶テンパってるのを目の当たりにすれば少しは冷静になる。人混みの圧力でガリガリと正気が削られているアオイを見ながら、彼女は何だかもうどうでもよくなったかのように表情を無に変えた。
「ゆんゆん」
「な、何? めぐみん」
「とりあえずアオイを落ち着かせてやってください」
「わ、分かったわ! 大丈夫、BB団の絆があればこれくらい…………絆、あるわよね?」
「本人に聞けばいいでしょう」
「アオイちゃん!? 私たち、絆あるわよね!? 私の一方通行じゃないわよね!?」
「え? は、はははははい!? 絆? え、あの、その、はいって力強く言いたいんですけどそれって結構自意識過剰じゃないかって思ったりもするんで……あ、でも私としてはそうであって欲しいというか、そういう願望は人並みに、いや人一倍、ああでもそれは流石におこがましい――」
「ルーシー! 安楽王女! ちょっとこいつら回収してくださいよ!」
立場逆転してない? と誰もがツッコミを入れたかったが、巻き込まれるのは嫌だったので皆避けた。幽霊とモンスターがぼっち二人を運んでいく中、完全に白けためぐみんが視線をネネカへと戻す。それでどうするんでしたっけ、と。
「ええ。まずはそこの露天商にご退場願うのですが」
丁度いいので少し実験をしましょう。そんなことを言いながら、ネネカが背後に声をかける。セレスディナは屋台で留守番をしているのでおらず、ちょむすけは彼女の隣。なので、それに反応するのは。
〈なあ姐さん、俺っち鎧なんで攻撃力自体はそこまで、てかほぼないぜ?〉
「そこは期待していません。あなたの材質であるオリハルコン、それとの衝突にアダマンタイトはどれほど耐えられるのかを調べるだけですから」
〈やっべぇ俺モルモットだ。これそのうちマイボディが七色に光るんじゃね?〉
「光りたいのでしたら、そのうちと言わず今すぐにでも可能ですよ」
〈アイギス、いっきまーす!〉
ガションガションさせながら全身鎧がアダマンタイトへと向かう。完全にビビっている露天商を気にすることなく、アイギスは鉱石へとチョップを繰り出した。
オリハルコンとアダマンタイト。二つのぶつかり合いにより、思った以上の音が広場に響き渡る。
〈いってぇ! 意外と硬いんですけどこれ!?〉
「ふむ。やはり一撃では駄目ですか。アイギス、続きを」
〈ねえ姐さん血も涙もないとか言われない?〉
「意外と面倒見が良い、とは言われたことがありますね」
〈マジかよ、世界狂ってんじゃね?〉
鎧なので表情は変わらないが、明らかに空気がげんなりとしたままアイギスはアダマンタイトに攻撃を続ける。チョップは痛かったのでひたすらゲシゲシと踏み付けるだけという非常に不毛な行動を繰り返すだけに成り下がったが、ネネカはその様子を観察しながらレポートを書き続けていた。
露天商は腰が抜けたまま呆然としている。
「師匠」
「どうしたの?」
「これ、いつ終わるんでしょうか」
「……ネネカが満足するか、アダマンタイトが壊れるまでじゃないかしらね」
ちょむすけのその言葉を周りも聞いていたのだろう。よし撤収、と人だかりは段々と小さくなっていく。思ったより大事にならなくて良かった良かった。人々の感想は概ねこれであった。
そうして残されたのは一部の物好き。近くの露店で食い物を買って食べながら、アイギスvsアダマンタイトを観戦している。
「……そろそろ別んとこ行くか」
「そうね」
「はい」
「分かりました」
そんな中、最初こそ物好きだったカズマ達も、このまま代わり映えしないだろうと判断したらしく、見物をそろそろ打ち切ろうとしていた。まあ精々頑張れ、そんなことを思いながら軽くアイギスに声を掛け。
〈――ん? ん!?〉
聞こえてきた方向に視線を動かしたアイギスの動きが止まった。こないだの兄ちゃんじゃねぇか、とカズマを一瞥。これからに期待だよなぁ、とコッコロを眺め。ボリューム不足はなんともしがたいとキャルを見て小さく溜息を吐き。
ペコリーヌを見て、そこに視線を固定させたのだ。可愛くて、巨乳で、見る限り剣士。おおよそアイギスの求める基準をパーフェクトに満たしている。
〈おっっ嬢さぁぁぁぁん! 俺、いや僕はアイギスという歌って踊れる素敵な鎧型神器なのですが。どうでしょう、ひとつ、自分と一つになってみては?〉
「はい?」
〈あなたのような素敵な騎士を待っていたのです。ああ、あなたを包み込むことが出来たら、きっと極上の心地を味わえるに違いない。ささ、遠慮なく〉
「え、っと?」
〈さあ! あなたのその柔らかそうな素肌も、豊満な胸も、美しい顔も! 全て包み込んでみせますから! 匂い味わうのは不可抗力ですしね〉
「……やばいですね」
〈ええそれはもう、ヤバいくらいの極上体験をおやくそ――〉
『いい加減にしろこのクソ鎧!』
ダブルのドロップキックを食らい、アイギスが吹っ飛ぶ。アダマンタイトと盛大に激突した鎧は、鉱石を潰しながら転がっていった。
ゴロゴロと転がったアイギスが起き上がると、ペコリーヌを守るようにカズマとキャルが立ち塞がっている。どうやら蹴り飛ばしたのはあの二人らしい。
〈へいへいへい兄ちゃんよぉ。あんたこの間俺見逃してくれたじゃねぇかよ〉
「こっちに危害を加えないならに決まってんだろうが」
「ったく。思った以上に碌でもない鎧ね」
〈えー。ってか何? そこの極上の女騎士ちゃんお前の仲間なの? どういう関係? 別に口出しする権利とかなくない?〉
「仲間が変態に襲われそうになってたら助けるだろ普通」
思った以上にやる気のカズマを見て、アイギスは不機嫌そうに鼻を鳴らす。何だよそういう関係か? そんなことを思いながら、彼に合わせるように武器を構えるキャルと、そしてコッコロを見て。
〈えー。俺っちそういうの好きくなーい。冴えない野郎が可愛い女の子はべらしてるの見てると、こう、ムカムカしてきますよ〉
残っていた物好きという名の野次馬は、アイギスの言葉にうんうんと頷き。やっぱり最初はそう思うよなぁ、と何かを懐かしがっていた。そうしながら、多分この先どうなるかを何となしに予想する。
「所長」
「どうしました?」
「この流れって多分、アイギスが」
「そうですね。それが何か?」
「……いえ、よくよく考えたら別にあれに愛着とかありませんでした」
「めぐみん……」
まあそうだろうけども、と苦笑するちょむすけを他所に、アイギスは観客やネネカ達が思っていた通りの行動をし始めた。
すなわち、カズマを倒して周りの女の子ゲットだぜ、である。
〈大体、そこ女の子同士で仲良さそうじゃない? そういう空間に挟まろうとする男は抹殺するべきだと思うわけよ。あ、もちろん俺っちは鎧だからノーカンだけど。そういうわけだから――〉
「――そういうわけだから、なんですか?」
地獄の底から響くような声が聞こえた。へ、とアイギスがその声の方向に目を向けたが、いるのは可愛らしいエルフの美少女が一人。殺気全開で目が完全に座っている以外は、特に変わったところもない。
「主さまを、排除しようと……? そう、言ったのですか?」
〈なにこれ怖い〉
明らかに少女と幼女の中間くらいの女の子の出すオーラではない。神器であるアイギスが気圧されて、思わず一歩後ろに下がる。と、同時に無数の矢でハリネズミになった。
〈ぎゃぁぁぁぁぁ! なにこれ!? なにこれ!?〉
「――お兄ちゃんを抹殺?」
〈増えた!?〉
いつの間にか同じような状態の少女がもうひとり。見覚えがない、こともない。確か以前、スカウトしようとして失敗した美人の横にいた少女だ。
ということはまさか、とアイギスの鎧に悪寒が走る。
「弟くんに危害を加えようとするなんて――それは駄目だよね」
〈ひゅっ〉
あ、これ死んだ。曲がりなりにも神器であるはずのアイギスが、何故か本能的にそんなことを思った。思ってしまった。
それくらいに、目の前の美女は恐ろしかった。他の二人と違って、彼女はあくまで自然体だ。だからこそ、怖かった。
感情のままに、ではなく。ただそれが当たり前だからという、日常の一ページのような気安さでこちらを排除しようとしているのだから。
アクア「なんか凄い勢いで女神パワー使われてるんですけどぉ!」
アメス「奇遇ねアクア。あたしもコッコロたんが珍しく使ってるわ、女神パワー」