その報告を聞いたダクネスは、まず頭を押さえ溜息を吐いた。が、驚きは所詮それほどではない。例の鎧が暴れているというそれだけだったからだ。やはりあの場で捕獲するべきだったか、などと思いながら、まあ今度こそ終わりにできるだろうとほんの少しだけ楽観的に安堵をした。
その表情が変わったのは次の報告だ。なんでもネネカが関係しているらしい。それを聞いたことで彼女の顔色が変わる。それはひょっとしてまずいのではないだろうか。事後処理で済まそうと思っていたが、これは悠長なことを言わずに見に行ったほうが。
更に次の報告がきた。何でも騒動の原因は鎧が冒険者カズマのパーティーメンバーの一人にちょっかいを出したからだ、と。もし王女に何かあったら、と立ち上がったダクネスに、その続きが伝えられた。それをカズマが妨害した結果、恐ろしいオーラを出した三人の女性陣に鎧はボコされたとのこと。
「……すまん。なんだって?」
「ですから。冒険者カズマを害そうとしたのでしょう。件の鎧はアメス教のアークプリーストで彼のマ――従者コッコロ、彼の姉を名乗るアクシズ教アクセル支部長シズルと彼の自称妹リノの三人によって叩きのめされました」
「そ、そうか」
じゃあもういいか。半ば諦めが入ったような感想を抱きつつ、やはりこれは事後処理担当なのだなと小さく溜息を吐いて。
「その後、巨大化して街中で暴れようとした鎧は同じく巨大化したBB団の安楽王女によって街の外に放り出され、現在野次馬がそこに集結中です」
「この街の連中はっ!」
誤解なきように言っておくが、彼女も該当者である。というか、筆頭の一人である。統治者というのは時に棚上げが必要なのだろう。
「何なのだこれは!?」
そうして向かった街の外。幸いというべきか狙ったのか、その空間は花火大会の決戦場として誂えられた場所である。飛来する虫を撃退するべく用意されたそこは、何かしら暴れたとしても別段損害はない。
場所は問題がないのだ。彼女が頭を抱えているのは。
「はいはーい。たい焼きおまたせにゃー!」
「へいまいど。こちらは仮面焼き二つだな」
「は、は~い。飲み物おまちどうさまです」
「何をやっている何を!」
城門付近を観客席にして、野次馬を遠ざけつつ売り子で小金を稼いでいる昔馴染の所属陣営だ。タマキがたい焼きを、バニルが肉や野菜を具材にした仮面焼きとやらを、そしてウィズが飲み物を。それぞれ売り歩いているその姿を見て彼女はツッコミを入れつつ何とも言えない表情を浮かべた。
「おや? どうした、気の抜けたところに思わぬ騒動が来て頭の処理が追いついていないドM娘よ。汝の求める快楽ならばここよりも向こう側に行くがいい」
「そ、そうなのか……? ではない! いや、それはそれで気になるが今はそこではなく」
「ほんとダメダメだにゃー……」
「この騒動はどういうことだ?」
「見て分からんか?」
「分からないから聞いている!」
やれやれ、とバニルが呆れたように肩を竦める。報告は聞いているのだろうと彼が問うと、ダクネスは勿論だと頷いた。ならば何が分からないか。それはもちろん。
「何故ここで商売をしている!?」
「稼げるからだが」
「そうかもしれんが、そうではなく!」
「いやまあ、実際アキノの根底そこだし」
タマキがたははと苦笑しながら述べる。うぐ、と彼女のことをよく知っているダクネスは一瞬怯み、だとしても、と尚も言葉を紡ごうと口を開き。
「勿論オーナーは余計な被害者を出さぬよう配慮するのも目的だと言っておったぞ。ほれ、あっちの現場に近付けるのは一部の限られた変人のみだ。残りはこちらの観客席で大人しくしているからな」
「……あ、うん」
「絶妙なタイミングで言いやがったにゃ」
「バニルさんですから」
思い切り勢いを削がれた彼女が萎んでいくのを見ながら、タマキとウィズがポツリと呟いた。そうしながら、それでもういいのかと問い掛ける。先程言ったように、商売も立派な目的の一つなのだ。
すまなかった、とダクネスは三人に頭を下げ、では改めてと騒動の原因たる眼の前で繰り広げられている怪獣大決戦を見やる。デストロイヤーには及ばないが、見上げないと顔が見えないほどの巨大さは十分に脅威であろう。
「よし、では私は向こうに。……ん? 向こう?」
怪獣大決戦の現場付近。明らかに観客ではない連中の集団が視界に映った。先程バニルが言ったように限られた変人なのだろう。ダクネスの知り合い達ともいう。
「おい待て。まさかあそこに」
「フハハハハハ、まさかとは愚問だな。無論、腹ペコ娘もあちら側に決まっておろう」
「それを早く言え!」
「何を言っている。我輩は最初に言ったはずだ。汝の求めるものは向こう側だと」
「意味合いが違う!」
がぁ、と叫んで一目散に駆けていくダクネスの背中を見ながら、バニルは心底楽しそうに笑った。美味美味、と満足そうに呟いた。
「そもそも。今更あの連中がこの程度でどうにかなるはずもあるまい」
「あはは……まあ、そうなんですけどね」
「悪魔のお墨付きの変人ってぶっちゃけどうなのかにゃぁ……」
まあいいや、と気持ちを切り替えたタマキはたい焼き販売を再開する。ウィズもそれに続き、バニルも笑いながらやってくるお客に視線を向けた。
「おー……」
「すげぇなぁ……」
そんな観客席の呟きを、現場から遠巻きに見ていたカズマの耳が拾った。そのセリフをのたまったのは男連中で、一体全体何が凄いかと言えば。
〈オッパァァァァイ!〉
「やかましい! さっさと壊れろ!」
巨大アイギスを巨大安楽王女が蹴り飛ばす。全身鎧はもんどり打って転がり、げんなりした顔で美女の姿をした植物モンスターは息を吐いた。既に何回か行っているやり取りで、大分理性が飛んでいるアイギスはただただ突っ込んでくることしかしない。ほぼ本能で動いていると言っていいだろう。
では、彼の本能とはなんぞや。
〈オッパァァい〉
「だから黙れって言ってんだろ!」
本能的に胸を隠しながら安楽王女が再度蹴り飛ばす。そんな光景を見ながら、カズマはそんなこと言ってもなぁと心中で思う。野次馬は思い切り口に出していた。
「布地が少なすぎる」
「だよなぁ」
「普段小型だから忘れかけてたけど、安楽王女って元々塩漬けクエストになってたくらいの評判だからなぁ」
「あれは、確かに行きたくなるな」
「聞こえてるぞお前らぁ!」
観客の方をギロリと睨む。そんな安楽王女を見て、一部の男連中はありがとうございますとお礼を言っていた。どうやら手遅れ、あるいはいつぞやの影響がこっそり残っていたのだろう。
「……ちょっと服装変えるか」
「そ、その時は私がおて、おて、おててて繋いで!」
「分かったからちょっと黙ってろアオイ。舌噛むぞー」
このやろー、と起き上がったアイギスを右ストレートでぶっ飛ばす。めきょ、と何か嫌な音がして鎧が再度倒れ伏した。
ちらりと右手を見る。指が変な方向に曲がっているのが見えて、あちゃー、と彼女は顔を顰めた。本体の大本ではないのでダメージはそれほどでもないが、痛くないかと言えば嘘になる。
「ゆゆゆゆゆびー!」
「落ち着け。というかお前いい加減降りろ」
肩にしがみついているアオイをチラ見しながら安楽王女はそう述べたが、彼女はいいえと珍しく強い口調で首を横に振った。それは出来ませんとはっきり答えた。
「BB団の仲間として、少しはサポートをさせてください」
そう言ってアオイは自身のスキルを使う。エルフ特有、というより彼女がとことん尖らせたそれは植物栽培というレベルではない。成長の促進や病気の治療も可能にした、いわば植物専門の万能スキル。友達候補が植物しかいなかったからこそ成し遂げた努力の結晶である。
そんなわけで安楽王女の傷を癒やし、これで大丈夫ですねとアオイは微笑んだ。
「はぁ……」
「ふぇ? あ、安楽王女さん!?」
治った右手でアオイを摘んだ。ジタバタともがく彼女を、ゆんゆんとルーシーがスタンバっている場所に落とす。ぺい、と落とされたアオイは、そのまま尻餅をついた。
「ばーか。あのなアオイ。私もこんなんであの鎧が倒せるとは思ってないの」
溜息混じりにそう告げた安楽王女は、準備はどうだと視線を動かす。起き上がるアイギスではなく、足元のBB団でもなく。
〈し、尻ィィィィ、太モ――〉
「おう、いいぞ。めぐみん!」
「《エクスプロージョン》!」
アイギスの頭部が爆発した。上空に生まれた盛大な爆発は、街の全方位からでも確認できるほどの大きさで。
そして勿論、範囲の大きさも絶大である。
「おーおー。飛んできた虫達もついでにぶっ飛んだわね」
「やばいですね☆」
「ふふん。我が爆裂魔法にかかればこれくらい造作もないです」
元々この場所は花火大会の決戦場。集まってきた虫を一網打尽にするための空間である。そして花火とは、いわゆる爆発魔法や炸裂魔法の類だ。
ならばその最上位である爆裂魔法でも何ら問題はない。そういう理屈である。
「え? あ、ひょっとして」
「うん。アオイちゃんがあのまま安楽王女さんの肩にいると衝撃で吹っ飛んじゃうかもしれなかったから」
『素直にそういえばいいのに』
「うるせー。さっき言った理由も本当のことだろうが」
何回か殴り飛ばして彼女は理解した。巨大化しているアイギスは脅威ではない、と。コッコロ達にボコされていた時と比べると、神器としての格が数段落ちているのだ。恐らくネネカの試作品を大量に取り込んだことで本来の性質が薄まったのだろう。だから、どれだけ大きかろうとそこまで苦労せずに退治ができる。
「私としては、この結果はあまり喜ばしいものではありませんが」
「試作品だから当然、じゃないかしら」
「ふむ。成程、そういう考えもありますね」
ちょむすけのその言葉は果たしてネネカにとってフォローになったのか。もしかしたら余計な騒動の火種を作ってしまったのかもしれないが、どちらにせよ今の状況にはそこまで関係がない。魔力を使い果たしてネネカの用意した椅子で満足気にぐったりしているめぐみんを見ながら、じゃあ行きましょうかと彼女はアイギスと残っている虫の群れを見る。
「ええ。出来るだけ作業は迅速に行いましょう。カズマ」
「あーはいはい分かってますよ! やりゃぁいんだろやりゃぁ!」
BB団、めぐみん、そしてネネカとちょむすけ。短時間で一気にブーストを行ったのでカズマとしてもそこそこの負担が掛かっていた。これ以上となると、流石の彼も倒れることを考慮しなくてはいけなくなる。
「その時は、ちゃんとお姉ちゃんが支えてあげるよ」
「あー、ずるいですよシズルお姉ちゃん! 私も! 私もお兄ちゃん支えます!」
「いいえ。主さまを支える役目は、普段から行っている、わたくしにお任せを」
背後から聞こえてきたやり取りをカズマは聞かなかったことにした。ヘタに口出しするものではないと判断した。懸命である。
ともあれ。
「《エクス――」
「――プロージョン》」
ネネカとちょむすけによる爆裂魔法おかわりによってアクセルの街には立派な光の花が咲き誇り、見ていた観客も思わず歓声を上げている。虫はまとめて吹き飛んだ。
「爆裂魔法を花火大会用に転化する方法……流石は師匠と所長というべきですか。来年は私も学ばなくては」
「来年は多分このエロ鎧厳重に封印されてると思うわよ」
次なる高みを目指そうとしているめぐみんにそうぼやきながら、はてさてとキャルはアイギスを見る。あれで木っ端微塵なら万々歳。そうでないのなら追撃の準備が必要だ。
爆煙が晴れた。倒れたままの巨大アイギスにゆっくりとヒビが入っていく。が、そこまで。腐っても神器、完全破壊には至らなかったらしく、そのままゆっくりと体を起こすところであった。
〈ん? ううん? あ、あれ俺っちどうしたんだっけ?〉
そんなことを呟く。ダメージの蓄積で取り込んだネネカの試作品が限界を迎え始めたのだろう。アイギスの言葉には幾分か理性があった。当初の状態を理性があると称するのはいさかか問題な気もしないではないが。
〈あー、そういや何か取り込んで巨大化して。でっけぇおっぱいを揉みしだこうとして〉
キョロキョロと辺りを見渡す。仁王立ちしている巨大な安楽王女を見て、そうそうあれあれと手をワキワキさせた。どうやら多少言語能力を取り戻しても変わらないらしい。
〈相手はモンスターだし、不可抗力の合法ってことでいいよな? よっしゃ、いっただーき――〉
「《オーロラブルーミング》」
「《セイクリッド・ビヨンド》」
「《コロナレイン》!」
〈またこのパターン!? ぐぇぇぇぇ!〉
コッコロにより強化されたシズルとリノのスキルを食らってよろめいた。全身のヒビが更に大きくなり、パーツの一部が崩れ始めている。
〈えちょっとこれまずくない? あ、でもこの巨大ボディと俺っちの本体は別か。……でも駄目だろ!? 破壊で強制解除とか絶対とんでもない負担が〉
『支援完了。さ、やっちゃいなさい』
「《カースド・クリスタルプリズン》!」
「べ、《ヴェノムブルーミング》!」
〈おほぉぉぉぉぉぉ! 冷気と毒の蔦が全身を弄ぶぅぅぅ!〉
ゆんゆんの放った猛吹雪がアイギスのヒビを増大させ、アオイによる地面から伸びた蔦がそこに入り込んで内部から破壊していく。思ったよりエグいその所業に、見ていたキャルは若干引いた。
そして。
「いい加減ぶっ壊れろ!」
〈ひでぶぅ!〉
ダメ押しに安楽王女がぶん殴り、巨大アイギスは見事なまでに粉々になった。バラバラと破片が周囲に降り注ぎ、そしてその中心部にはコアとなっていた普通サイズのアイギスが。
〈ああ……燃え尽きちまったぜ……真っ白にな……。俺っち元々純白ボディだけど〉
余裕があるのかないのか分からないことをぼやきながら、アイギスは落下していく。そのまま地面にドシャリと落ちれば、今回の戦闘は終了、ということになる。
そう、皆が思っていた。カズマもはい終わった終わった、と気を抜いていた。
「――変身」
「ん?」
だから、突如真横でフォームチェンジしたペコリーヌを見て、彼は思わず目を見開いた。お前いきなり何やっちゃってんの、と。
彼女はそれに答えない。目の前に魔法陣を展開し、背中からオーラの翼を生み出して、足に思い切り力を込め。
「《超☆全力全開!――」
〈え? ちょっと待った。俺もうやられてるよ? 後はこのまま倒れて終わりだよ!? 追撃の必要ないよね!? ね? ねぇってば!〉
ペコリーヌは答えない。一直線に空を舞い、目の前のターゲットに向かって剣を振るう。
〈俺っちが何をしたっての!? ここまでされるいわれはなくない!?〉
「――プリンセスストライク》!」
メキョ、とアイギスの顔面が凹んだ。全力で振り抜かれたペコリーヌの剣により、そのまま喋る鎧は遥か彼方へ吹っ飛んでいく。遠くに見える崖に激突したのか、土煙が舞い上がっているのが薄っすらと見えた。
すとん、とペコリーヌは着地する。元の姿に戻りながら、普段の彼女らしからぬ、どこか拗ねたような表情を浮かべながら、飛んでいった向こう側を睨んでいた。だって、と小さく呟いていた。
「今日のお祭り、中止になるところだったじゃないですか」
ダクネス「もう終わってる!?」