プリすば!   作:負け狐

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ある意味なかよし部より書くの難しい


第七章
その121


―1ー

 死屍累々を築き上げたその人物は、やってきたこちらを見て口角を上げた。傍らの騎士はそんな彼女を守るように付き従い、しかし邪魔をしないようにと一歩引いている。

 その光景を見て、思わず目を細めた。そこに転がっているのは自身の部下。とはいっても、背後に控えている昔からの従者である悪魔二人と比べると繋がりは浅く、上司として認識もされていない程度の、正直そこまで思うこともない存在ではあったが、しかし。

 

「あなたが、最近暴れまわっているというエルフかしら」

 

 そう問いかけると、目の前の相手は少し考え込む仕草をとった。そうしながら、隣の騎士の名前を呼ぶ。

 

「マサキ。私に心当たりはありませんが、あなたはどうですか?」

「はい。いえ、そうですね。私の方も、存じ上げません」

 

 彼女の質問に何故かやたら爽やかオーラを発しながら答えるマサキと呼ばれた騎士は、そのまま視線をこちらに向けた。人違いでしょう、と言い切った。

 目の前の光景を作り上げた張本人が、何を抜かしているのか。思わず目を瞬かせ、そして二人がふざけていないことを確認し。

 何だこいつら、と若干引いた。

 

「おいお前ら! この惨状作っといてそれとか頭おかしいんじゃねぇのか!?」

 

 自身の代弁を従者の一人が述べてくれた。が、向こうのエルフは彼の言葉に失礼ですねと返すのみ。視線を左右に動かしながら、そもそも、と指を立てた。

 

「この状況のどこが惨状なのですか?」

「どっからどう見てもだよ! 何なのお前!?」

「そこの悪魔の男性よ。それ以上ネネカさまを愚弄するのならばこちらも」

「マサキ」

「はっ。出過ぎた真似をしました」

 

 一歩前に出した足を即座に戻す。主に仕える騎士としては間違いなく優秀なのだろう。が、主人を致命的に間違えているように思えてしまうのはこちらの気のせいではあるまい。

 はぁ、と溜息を吐く。そうしながら、ならば質問を変えるわと口を開いた。

 

「ここのところ、魔王軍所属の魔物を狙っているのは貴女?」

「ふむ。そこまで気にしてはいませんでしたが、良い実験材料を調達していたことを言っているのでしたら、私に間違いありません」

「えぇ……」

 

 予想以上に酷い答えが返ってきた。何が問題かといえばまったくもって自然にそう述べていることだ。挑発とか、そういう相手のペースを乱したりする意図で放ったものではないことだ。本気で実験材料として魔王軍を襲撃したのだ。子供のような身長に似つかわしくない大きな帽子を被ったエルフ、アンバランスなその見た目も相まって、一種異様な恐怖を煽る。

 

「ウォルバク様。これ以上の問答は無意味かと」

 

 傍らにいたもう一人の女悪魔が彼女にそう告げた。言われたウォルバクも割とそうは思うのだが、しかしでは何をどうすればいいかといえば答えに詰まる。

 戦闘を開始した場合、間違いなくこちらに被害が出る。負けることは無いとは思うが、もしこの二人のどちらか、あるいは両方を失ってしまったら。そう考えると、彼女はその答えを躊躇した。

 

「ネネカさま」

「必要ありません。私は会話をしているのですよ」

「しかし……いえ、失礼しました」

 

 感じ取ったのだろう、マサキが剣に手をかけた。が、ネネカがそれを止める。そうしながら、そうでしょう、とウォルバクへと微笑みかけた。

 ええ、と彼女は答える。幸か不幸か現状向こうにその気はないし、気まぐれを起こす様子もない。実験材料、というカテゴリに自分たちは当てはまっていない。

 

「……それで、一体何を話題にするの?」

 

 だからだろうか。ウォルバクはそんなことをネネカに問いかけていた。後ろの二人が驚きの声を上げるのを苦笑しながら抑え、彼女は真っ直ぐ目の前の得体の知れない存在を見る。魔王軍幹部という肩書も、今この空間には何の意味もないように思えた。

 

「そう身構えないでください。私は何の変哲もないエルフの魔道士です。あなた相手ではすぐさま敗北してしまう、か弱い存在ですよ」

「か弱い存在は魔王軍を実験材料にしないものよ」

「彼らが脆弱だったのでしょう。あなたと違って」

 

 どこから取り出したのか、あるいは生み出したのか。椅子のようなものに座りながら、ネネカはそう言ってクスクスと笑う。その表情は何かを見透かされているようで、魔王軍幹部という立場が所詮仮の宿に過ぎないことを看破されているようで。

 

「さて、話題でしたね。勿論ありますよ」

 

 とん、と杖で地面を叩く。波紋のように広がったそれは、地面に一つの紋章を描き出していた。ウォルバクには見覚えのある、勿論従者二人も見たことがあるそれを前に、彼女は言葉を紡いでいく。

 

「邪神ウォルバク。いえ、怠惰と暴虐の女神の封印について。中々に研究しがいのあるテーマですが」

「――っ!」

「私は、共同研究者を探しているのです。都合の良い人物に心当たりは?」

―□―

 

 

 

 

 

 

 ギルド酒場の掲示板に珍しい依頼が貼られている。ということで覗き込んだカズマは、なるほど確かにと頷いた。

 

「へー……」

 

 横のキャルもそれを見て何とも言えない感想を零している。まあそりゃそうだろうな、と彼は思いつつ、もう一度内容を見直した。

 求む、感想。見出しはこれである。色々と書いてはあるが、要は小説を読んで感想を聞かせて欲しいらしい。冒険者の依頼としては意味不明であった。

 だからだろう。貼ってある場所はクエストボードではなくパーティ募集などに使う掲示板だ。だが、それが逆に多数の人々の目にとまるようになっていた。

 

「小説の感想、か」

「え? あんたやる気?」

「その小説の内容次第だけどな。こう見えて俺、読書家なんだぞ」

 

 引きこもり生活の際、ラノベを読み漁っていたことを言っているのだが、その辺りの事情を知らないキャルは素直に受け取る。その割には最近本とか読んでないわよね、という極々普通のツッコミを入れた。

 

「こっちは俺の好みのジャンルないからなぁ」

「ふーん。で、この依頼のは好みのジャンルっぽいってこと? ……これが?」

「いや待て。まだそうとは決まってない。とりあえず見てからだ」

「でも見て判断しようと思う程度には琴線に触れてるのよね」

 

 何とも胡散臭い目で掲示板とカズマを交互に見る。そうしつつも、まあいいやと打ち消した。カズマがこの手の香ばしい冒険小説が好きでも、別段自分には関係がない。

 まあ暇だし、行くならついていくくらいはしよう。そんなことを思いながら、あまりよく見ていなかった依頼を受ける際に連絡を取るべき相手の名前を見たキャルはそこで固まった。カズマカズマ、と袖を引っ張り、ここ見たのかと指差す。

 

「げ」

「これ絶対ろくなことにならないでしょ」

「そうだな。よし、や――」

「おや、あなた達が受けてくれるのですね」

 

 やめよう。そう宣言するよりも早く、彼らの背後から声がかけられた。既に大分聞き覚えのある声となったそれは、当然誰かも判別できるわけで。

 

「こちらとしても、あなた達ならばある程度耐性もあるでしょうから安心ですね」

「耐性って何!? 小説読むだけなのに何の耐性がいるわけ!?」

「あ、キャルはともかく俺はただの《冒険者》なんでそういう耐性とか無いんで。いやー、残念だなー」

「安心してくださいカズマ。あなたはこの手の類に問題がないことを既に調査済みです」

「何でだよ!?」

 

 理由が聞きたいのですか。そう言って薄く微笑んだ相手に――ネネカに対して全力で首を横に振ったカズマは、どうやら逃げられないということを覚り項垂れた。同じく逃げられないと諦めたキャルであったが、隣のこいつよりは直接的な被害者にならなそうなのでこっそりと胸を撫で下ろす。

 と、いうわけで。なし崩し的にネネカに連れてこられた二人は、研究所のソファーに見知らぬ人物が二人腰掛けているのを視界に映した。年は自分たちと同じくらい、片方は縦ロールに似た髪型をした黒髪の少女で、ローブ越しでも分かる胸部の豊かさは隣のキャルでは相手にならない。眼帯と赤い瞳を見る限り、紅魔族なのだろう。

 そしてもう一人は。光の加減で緑に見える黒髪を首辺りで二房だけ伸ばしている少女。紅魔族とは少し違う赤い右の瞳と全く違う金色の左の瞳も目に付くが、それよりも首の赤いマフラーと腕や足に巻かれている包帯、ベルトが至るところについているレザー感溢れる服装にチェーンまで完備という出で立ちは、カズマの心の奥底の何かを刺激した。

 

「おかえりなさい、ネネカさん。おや? その二人は?」

 

 紅魔族の少女の方がこちらに声をかける。思ったより落ち着いた声と雰囲気に、カズマもキャルもほんの少しだけ安堵した。

 

「ええ、ただいま帰りました、あるえ。この二人は、あなた達の依頼を受けてくれる私の知り合いです」

「ほう、それは、ありがたい」

「あーいや、まあ」

 

 あれ? ひょっとしてこの人まともなの? そんなことを思わず考え、よろしくと警戒することなく言葉を紡いだ。そうした後、自身の名前を名乗る。カズマとキャル、という名前を聞いた彼女は、ではこちらも名乗らねばと立ち上がった。

 

「我が名はあるえ。紅魔族随一の発育にして、やがて作家を目指す者」

「あ、やっぱ紅魔族だったわ」

「そりゃそうよね」

 

 スン、と二人のテンションが再度ネネカに連れてこられた時と同じくらいまで下がる。

 そのタイミングで、静かに様子を眺めていたもうひとりの少女も立ち上がった。ふ、と小さく笑みを浮かべると、左手で金色の瞳を覆い隠し、指を開いて再度瞳を露出させる。意味があるようには見えないが、とにかく瞳は光っていた。

 

「我が名はアンネローゼ・フォン・シュテッヒパルム! またの名を、《疾風の冥姫(ヘカーテ)》! 暗黒騎士にして、終焉戦争(ラグナロク)を終わらせし、旧世界の英雄だ!」

「そして、我ら二人」

『人呼んで《熾炎戦鬼煉獄血盟暗黒団(ジ・オーダー・オブ・ゲヘナ・イモータルズ)》!』

 

 ポーズを決めたあるえとアンネローゼの周りを青い炎が舞う。やがて炎がゆっくりと消え去り、決まったとばかりに二人も決めポーズを解いていた。

 勿論カズマもキャルもついていけていない。紅魔族のことはめぐみんやゆんゆんである程度知っていたつもりであったが、その予想の斜め上をいかれたのだ。あるえはまだしも、恐らく紅魔族ではないアンネローゼが同等かそれ以上をぶちかますとは予測も出来ない。

 

「さて、と。では、依頼の件だけれど」

「あ、そこは普通にやるんだ」

「無論だ。私達は紅き絆で結ばれし盟友、作家としても名を残すべく日々精進をしているのだからな」

「お、おう……」

 

 紅魔族より紅魔族している厨二オッドアイにカズマは大分引き気味だ。この調子だとでてくる小説も凡そ想像がつく。絶対ルビが多いやつだ。そんなことを確信しながら、案外普通の説明を受けこれがそうだと二人から小説の原稿を渡された。

 

「……うん、予想通りだ」

「あー……あたしパス」

 

 キャルは早々に諦めたが、しかしカズマはまあせっかくだしと読み進める。まずはきりのいいところまで、とあるえの方の原稿に手を付けた。普段の日常ならともかく、この手の小説ならば紅魔族の言い回しもそういうものだと案外流せる。むしろ芝居がかったそれは合っていると評してもいいほどで。

 一旦切り上げ、次はアンネローゼの原稿を手に取った。やはり独特の言い回しとあるえよりも多いルビ。だが、それが設定を盛りに盛った物語に思ったよりもマッチして、ギリギリのところで胃もたれしないようになっている。

 

「……」

「ん? どうかしたのかな?」

「我らの綴りし世界に予想以上に潜り込んでしまったのかもしれないな」

「え? カズマ? マジなの?」

「待て待て待て」

 

 キャルが本気で心配し始めたのでカズマは慌てて顔を上げる。あ、よかった無事だったと安堵の溜息を吐く彼女に当たり前だろうと返し、視線をあるえとアンネローゼに向けた。

 

「思ったより面白かった」

「微妙な反応だね」

「あまり賛美には聞こえないな」

「いやまあまだ途中だし。でも、両方とも結構続きが気になる感じではあったな」

 

 こう、ラノベの新刊コーナーで見かけたら買っちゃおうかなって考えるくらいには興味が湧いている。とはいえ、あくまで現状はだ。ここから一気に展開が変わって途中切りしてしまう可能性も無きにしもあらず。

 そんなことを思いながら二つの原稿を読んでいたカズマであったが、ふと気になることを見付けた。正確には、気が付いたと言うべきか。

 

「なあ」

「なんだい?」

「これってひょっとして、テーマというか元ネタというかが同じだったりするのか?」

 

 出てくる登場人物の名前や容姿が共通している。舞台も同様だ。だが、それでもすぐに気付かなかったのは広げ方が異なっていたからだろう。同じ傾向でも、案外細分化されているんだな、とカズマは明日から役に立たない知識を学んだ。

 

「そこに気が付くとは、中々の慧眼の持ち主だな。その通り。その物語は、私とあるえ、共通の友であるとある人物の過去の記録を再現し、後の時代へと受け継がせるべく綴ったものだ」

「へー。あれ? じゃあそれって実際にあった出来事ってこと?」

 

 原稿を読んでいないキャルが呑気に返事をし呑気な質問をしているが、カズマの方はそうでもない。これ元ネタにされた方大変だろうな、と誰かは知らないがこっそりと同情した。自分の人生をラノベにされて喜ぶほどまだカズマも染まってはいない。

 そんなタイミングで扉が開く。やってきた人物はカズマ達を見るとおや、と声を上げ、そしてあるえとアンネローゼを経由し机の上の原稿で視線を止める。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

「うお!?」

「ど、どうしたのよめぐみん」

 

 その人物、めぐみんは猛スピードで机の上の原稿を奪い取ると、全力で破りにかかった。あっという間に二つの物語が紙吹雪へと変わり果てる。その急展開にキャルはもとより、カズマでさえも頭がついていかなかった。

 

「めぐみん! 何をするんだ」

「何をするんだはこっちのセリフですよ! 何をしてるんですか!? 何でよりにもよってこの二人に読ませてるんですか!」

「めぐみん、読んでいたのはこっちのカズマだけだ。それにしても、あまりの素早さに止める暇もなかったではないか。今の貴様は、まさしく不可視の雨音(インビジブル・レイン)と呼ぶに相応しい」

「やかましいですアンナ! というかどっちかならまだキャルの方がマシでしたよ!」

「おいどういう意味だ」

「そのまんまの意味じゃない?」

 

 頬杖をついてどうでもよさげに述べるキャルの頬を引っ張りながら、カズマはようやく落ち着いてきた思考で一つの結論を出した。先程のあるえとアンネローゼ――アンナの言っていた元ネタ、そしてこのめぐみんの取り乱しよう。

 そこから紡ぎ出される結論は。

 

「なんだめぐみん、さっきの話お前が元ネタだったのか」

「ほらこうなる!」

「めぐみん。紅魔族ならばむしろここは誇るべきでは?」

「うむ。自身の足跡が英雄譚として残る、素晴らしいではないか」

「読んだ相手が問題って言ってるでしょうが!」

 

 まあつまり、そういうわけである。

 

 


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