プリすば!   作:負け狐

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まあ元々紅魔の里はやべーのしかいないし大丈夫だろう、うん


その122

―2―

 冒険者カードを眺める。自身の目標としているそれの習得まであと僅かなのを確認すると、めぐみんは小さく息を吐いた。もう少し、そう思ってしまうことで、かえって彼女の中で焦りを生み出していたのだ。順調ではあるし、躓きもない。けれども、それと心は別である。

 隣では色々こじらせている自称ライバルが気合を入れているが、別段気にすることなく席を立った。紅魔族の学校の授業は既に終わっており、各々家に帰る時間だ。クラスメイトとは家が近所にないので連れ立って下校することもなく、そもそも一人が寂しいと思うほど子供でもないので彼女にとってはそれほど。

 と、そんなめぐみんの横で、自称ライバルが小さく声を上げた。視線を横に向けると、何か言いたげな表情が見える。

 

「なんですかゆんゆん」

「え? あ、うん、べ。別に何か用事があったわけじゃないんだけど、その」

「……そうですか。では」

 

 ゆんゆんを放置して教室を出る。待って、と慌てて駆けてくる彼女を横目で見ながら、めぐみんは少しだけ速度を落とした。

 そのままなし崩しに一緒に帰ることになり、しかし別段話が弾むこともないので、お互いテクテクと家路を進むのみ。ゆんゆんはどうにかして会話を続けようと思考を巡らせていたようだが、いかんせん実行に移せていないので少し前にいるめぐみんにとっては何も変わらない。それでも、全然家の方向の違うめぐみんとわざわざ遠回りしてまで一緒に帰りたいという謎の決意だけは伝わっていた。

 

「もう少し軽く出来ないものですかね」

「え? な、何が?」

「こっちの話です」

 

 会話が再度止まる。あぅだのうぅだの言っているゆんゆんを気にすることなく、彼女はそのまま歩みを進める。

 そんな背中に、声が掛けられた。少し尋ねたいことがあるのですが、と話し掛けられた。

 

「は、はははははい!? わ、私で良ければ何でも聞いてください!」

「落ち着いてくださいゆんゆん。……見ない顔ですね。紅魔の里に何用ですか?」

 

 テンパるゆんゆんを庇うように、声を掛けてきた相手の前に立った。一見すると子供のエルフだが、纏う雰囲気が幼い少女のそれではない。小柄な体にアンバランスな大きな帽子が、何故か妙に似合っていた。そして、その隣には無駄に爽やかなオーラを醸し出す騎士の男性。どう考えても怪しい二人組である。

 

「そう身構えないでください。あなた達に声を掛けたのも、偶然です」

「……偶然で、他にも大人がその辺にいる中でわざわざ子供の私達を選んで尋ねたのですか?」

「ちょっとめぐみん、そんな言い方」

「ふむ。思ったよりも聡いのですね」

 

 え、とゆんゆんがエルフの女性を見る。子供といえどもやはり紅魔族ですか。ふむふむと頷きながら、彼女は隣の騎士を見た。分かりましたとばかりに頷くと、彼は一歩後ろに下がる。何もしないから安心しろ、というメッセージ代わりなのだろう。勿論めぐみんは益々警戒を強めた。

 

「ええ、そうでなくては面白くありません。名前を教えてもらっても? ああ、勿論口上をつけてくれて構わないですよ」

 

 そう女性は述べたが、生憎まだ学校の生徒の身ではこれといった何かがあるわけでもなし。現状何を言っても既に誰かが言っているような二番煎じにしかならない予感を覚え、めぐみんはぐ、と歯噛みした。

 ゆんゆんは普通に名乗った。

 

「……ふ。いいでしょう。ならばとくと聞け! 我が名はめぐみん!」

 

 が、すぐに思い直す。そうだ、あるではないか。自分だけの、とっておきの口上が。他の誰も真似できない、自分だけの名乗りが。

 そんなことを考えながら、めぐみんは学校の制服であるローブを翻しポーズを決める。

 

「やがて爆裂魔法を覚え、紅魔族唯一にして絶対の魔道士に至る者!」

「……え? ちょっとめぐみん!?」

「やはり。当たりですね」

 

 驚くゆんゆんとは裏腹に。エルフの女性は、彼女のその名乗りを聞いて満足そうに口角を上げた。

―□―

 

 

 

 

 

 

「へー、ここが紅魔の里。じゃねぇ!?」

「向こうに見えるのが里よね。何でここに?」

 

 めぐみんによる人力シュレッダー事件により小説の続きが閲覧不可になったため、別の予備を使うことになったのだが。それならばいっそこちらの工房に来てもらおうというあるえの提案によって、カズマ達は紅魔の里へとテレポートで連れてこられたのだ。

 目的はただ単に小説を読みに行くだけなので、コッコロとペコリーヌには連絡済みではあるがこちらには来ていない。そのため、現在の面子は。

 

「いやまあすぐそこではあるんだけど。ここ普通に街道だろ? モンスター出てきたらどうすんだよ」

「ふ。案ずるな。この暗黒騎士たる私がついているのだぞ。安心して背を任せるが――」

「おう、じゃあよろしく」

「え? ……貴様は魔王軍幹部ともやりあった特殊な《冒険者》なのだろう? それでいいのか?」

「アンナ。カズマにそういうのを期待しても無駄ですよ」

「どういう意味だこら」

「言わなきゃ分かりません?」

 

 カズマとキャル、あるえとアンナ、そしてめぐみん。前衛を担える人物が果たして存在しているのかといえば。

 

「まあ、かっこつけてもしょうがないから言うけど。所詮俺は《冒険者》なんだから、前衛とか無理だぞ。だからその辺は暗黒騎士に」

「カズマ。アンナの暗黒騎士は自称です。実際は普通にアークウィザードですよ」

「は? いやだって大剣持ってんじゃん」

「我が魔剣は溢れ出る魔力を制御する役割を担い、そしてそれにより真価を発揮する。ただの剣と同じと思わないことだ」

「つまり?」

「杖です」

「何で紅魔族でもないのに紅魔族してんだよ!」

 

 何ででしょうね、とめぐみんは素で返す。あるえに視線を向けても頷くのみで、どうやらそこに何か理由や意味を見出すのはやめた方がいいらしい。

 ともあれ。そんなこんなで騒いでいたものの別段何の問題もなく街道を歩き、紅魔の里の入り口へと到着する。やってきたカズマ達に気が付いたのか、里の紅魔族は皆一様に黒い装備を翻し来訪者を歓迎した。里のあちこちで儀式のようなものや魔法の鍛錬らしき動きも見え、成程強力な魔力を持った種族の町であるということを否応にも感じさせた。

 

「……」

「どうしたキャル」

「いや、何か思い切り観光客向けのパフォーマンスを見せられたような」

 

 儀式も、鍛錬も。ついでにいうと里の人々の装備も。普段の生活でそんなことをしているようには見えなかったのだ。自分たちが来るということを分かっていて、わざわざ見せるためにやっている感じがひしひしと感じられる。言われてみればそうかもしれない、とカズマは顎に手を当てていたが、その辺りはやはりアルカンレティアでアクシズ教に育まれた誇り高き驚異の猫耳美少女キャルちゃんをやらされていた経験の賜物なのだろう。

 

「それは、そうさ。わざわざ紅魔の里から少し離れた場所にテレポートしたのもそのためだからね」

「準備の時間が必要だったんですよ」

「私のように常に昂ぶる気を纏い生活しているわけではないからな」

「あの位置そのためかよ!」

 

 ツッコミを入れたものの、観光客向けにわざわざそこまでやるというプロ根性は普通に感心するレベルではある。そんなことを思いつつ、いやでもなぁ、とめぐみんを見た。

 基本的に紅魔族は独特のかっこよさを基準に動く。多分見せたいだけなんだろうな、と己の意見を翻した。

 

「んで。肝心の小説はどうすればいいんだ?」

「ああ、すまないね。私達の拠点に向かおう。そのついでといってはなんだが、里の案内もしようじゃないか」

 

 あるえに案内されながら、カズマ達は紅魔の里を歩く。所々にアクセルでは見ない変わった建物やオブジェがあるのを、つい視線で追ってしまった。おかしな神社やいかにもな岩に刺さった聖剣、どこかで見たような逸話が看板に書いてある泉など、なんというか怪しい観光施設に迷い込んでしまったような錯覚に陥る。

 実際怪しい観光地なので、彼のその認識はある意味正しい。

 

「ん?」

 

 そんなカズマの目に飛び込んできたのはその中でも更に怪しい地下へと続く階段。とはいえ、所詮これまで同様おそらくその手の施設なのだろうと軽い気持ちで覗き込み。

 

「ん? 何だ小僧? 見ない顔だな?」

「ぶふっ!」

 

 いかにもなビジュアルの、どう見ても悪魔だと断言できる姿をした存在が、入り口のスペースを掃き掃除していた。見た目とやっていることのギャップが凄すぎて思わずカズマの動きが止まる。その横では、同じように覗き込んだキャルがげぇ悪魔、と叫んでいた。

 

「おや、ホーストではないですか。今日は掃除当番ですか?」

「お、なんだめぐみん。またこっち帰ってきたのか。これは昨日こめっこがここで食い散らかしたから、片付けしてんだよ」

「あー……それは、申し訳ない」

「いや、食いもん渡したのも俺だしな」

「軽いな! え? 何? こいつひょっとして紅魔族なの?」

 

 てっきり赤い目をした割と美形の人間タイプの種族だと思っていたが、あんな見た目も存在したらしい。そう誤解しかけたカズマに、そんなわけないだろうというあるえのツッコミが入る。彼は紅魔族ではなく、普通に上位の悪魔だと続けられた。

 

「へーそうなんだーってなるかぁ! 悪魔が掃き掃除とかおかしいんじゃないの!?」

 

 同じく聞いていたキャルがズビシィと指を突きつけながら叫ぶ。が、いかんせんアクセルでは割と日常の光景であることを思い出し、指はへにょりと曲がった。

 ホーストはそんな二人を見てカカカと笑う。久しぶりにそういう反応をされたと少しだけ嬉しそうにしながら、持っていた箒を壁に立て掛け翼を広げた。

 

「我が名はホースト! 怠惰と暴虐の女神ウォルバク様に仕えし上位悪魔! でっけぇゴブリンじゃねぇぞ」

「……ここで暮らすと名乗りみんなあれになんのか?」

「さあ。生まれ育った私にはそれに対する答えは持ち合わせてませんね」

「まあ、それはもういいわ。何でその上位悪魔がこんなところにいるわけ?」

 

 余計なことは考えないことにした。そんなわけで流したキャルはホーストに問い掛けたが、ああそれなら、と彼は割と軽い口調で言葉を返す。階段を上がり地上にやってきたホーストは、丘の上にある巨大な建物を指差しあれだと続けた。

 

「ウォルバク様の頼みでな。ネネカっつー血も涙もないちっせぇ極悪エルフの研究の手伝いさせられてんのさ」

「本人とマサキがいないからって言いたい放題ですね」

「いいじゃねぇか、たまには言わせろ」

 

 そう言って再び笑ったホーストは、それで一体何の用だったのかとめぐみんに問う。彼女は別段ここに用があったわけではないと答え、本来の用事をとてつもなく嫌そうな顔で彼へと告げた。

 

「あー、こないだの。そういや二人共ここんとこずっと書いてたな」

「ああ。おかげで中々の力作が出来たよ」

「うむ。あの綴られし英雄譚を是非とも読んでもらわなくては」

「モデルにされた本人としては非常に不本意なんですけどね。そういうわけで、私も確認しておこうかと」

 

 場合によってはマスター原稿ごと灰燼に帰す必要性がある。目を紅く光らせながらそう述べためぐみんは、ではそろそろ行きますとホーストに手を振った。帰ったらウォルバク様によろしくな、と手を振り返す彼と地下施設を後にし、一行は改めてあるえとアンナの拠点へと。

 

「ねえ、ところでさっきのあのホーストとかいうのが指差してた建物ってなんなの?」

「あの建物ですか? あれは遥か昔の謎施設で、今は研究所と呼ばれています」

「研究所? まあ確かにそれっぽいが」

「名付けたのは所長ですけれど。アクセルのあそこが研究所と呼ばれているのもそのせいですね」

「へー。んで、あれは何を研究してんだ?」

「特に何も」

「は?」

「あの建物自体はどうやら玩具の工場だったらしくて。しいていうならば施設の設備の復旧ですかね」

 

 そんなことにあの悪魔担当させてるのか。何とも言えない表情になったカズマとキャルを見て、一応もう一つ目的はありますよとめぐみんは苦笑した。流石に玩具工場を復活させるためだけにホーストとアーネス、そしてマサキを出向させるほどネネカもアレではない。

 

「さっきの地下施設に玩具とは別に兵器が格納されてまして」

「どういう落差!?」

「その施設作ったやつ馬鹿だろ」

「それを分析するという目的もあります。一応心配はいらないとは思いますが、こちらの兵器の方は危険なのであまり関わらないほうがいいでしょう」

「当たり前じゃない。言われなくても関わらないわよ」

「うわ、フラグくせぇ……」

 

 これひょっとしてヤバいことに巻き込まれるんじゃないだろうか。何だか無性に嫌な予感が湧いてきて、カズマは小説を読んだら早めに帰ろうと一人誓った。

 

「……なあ、あっちの建物はなんなんだ?」

 

 そんな彼の視界に映る、玩具工場とはまた別方向。里の外れに位置するであろう場所にある何ともいえない怪しさを醸し出す建物。例えるならば、収容所のような。

 そんな彼の質問に答えたのはめぐみんではなくあるえとアンナ。あの建物なら、と笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「紅魔の里を拠点にしている闇医者の病院さ。そして、私達の拠点もあの方向にあるよ」

「建物の見た目は悪いかもしれないが、腕は確かだぞ。三割増しに元気になれると評判だ」

「絶対やばいやつだ……」

 

 小説を読んだら絶対にすぐ帰ろう。カズマはそう誓った。叶うかどうかは別である。

 

 


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