―3―
「ここです」
そう言ってめぐみんは草をかき分ける。紅魔の里のはずれにぽつんと佇む、邪神の墓。女神が封じられた地とともに里の名物の一つで、出自と真偽不明の観光地に毛が生えたような場所である。だが、めぐみんにとっては違う。
「ありがとうございます、めぐみん」
「いえ。……私はまだあなたを信用したわけではありませんから」
そう言って彼女はネネカを睨んだ。状況についていけずに、しかし置いてきぼりは嫌なのでついてきたゆんゆんはただオロオロとするばかり。傍らのマサキが心配いらないと歯を光らせたところで全く効果なしだ。
「慎重なのは美徳ですが、あまり疑り深いのはよくありませんよ」
「いきなり現れた胡散臭いエルフの魔道士を信用する根拠などどこにもありませんから」
「ふふっ。ええ、そうでしょうとも」
口角を上げたネネカは、それで肝心の封印はどこにあるのかと問い掛けた。非常に嫌そうな顔で、しかしここまで案内した手前放棄するわけにもいかず。めぐみんはあそこですよと指差した。
指差し、そして目を見開いた。
「こめっこ!?」
「あれ? 姉ちゃん」
めぐみんより幾分か年下の少女がそこにいた。手に何かの欠片を持ち、足元の窪みにカチャカチャとはめ込んでいる。先程めぐみんが述べたことが正しいのならば、あそこにあるのは邪神の封印だ。
「一応聞きますが、何をやっているんですか?」
「おもちゃで遊んでる」
「ちくしょう間違いなく私の妹だ」
数年前の出来事だ。自分が全く同じことをしていたことを思い出し、めぐみんは頭を抱えた。そうしながら、彼女の足元の封印をちらりと見る。割と順調に進んでいるのが確認でき、どうしようと頭を抱えたまま更に唸った。
「これは重畳。私が手を出すまでもないようですね」
「そうはさせませんよ! こめっこ、お姉ちゃんが遊んであげますから、こっちに来なさい」
「やだ」
「今なら結構言うこと聞きますよ!?」
「んー。ちょっと待って。あいつと相談する」
本気なのか、からかいなのか。ネネカのその言葉に焦っためぐみんがこめっこを説得し始めたが、どうも彼女は一人ではなかったらしい。おーい、と向こうの草むらの方へと声を掛けていた。それに合わせ、ガサガサと茂みが揺れる。
「あー? どうした? 封印解けたのか?」
「違う。お姉ちゃんが遊んでくれるっていうから、今日は帰っていい?」
「あぁ? 何だよ家族が迎えに来てたのか。じゃあしょうが――」
「悪魔ぁぁぁぁぁ!」
ガリガリと頭を掻くこめっこの話し相手を見ていたゆんゆんが、そこで限界を迎えたらしい。顔面蒼白で瞳をグルグルさせながら、めぐみんとこめっこの手を掴んで全力でダッシュする。あっという間に邪神の墓が見えなくなった。
「ちょ! 待ってくださいゆんゆん」
「待たないわよ! 魔法もろくに覚えてない私達じゃ悪魔になんか勝てっこない!」
「それはそうですけど、落ち着いてください! あの怪しいエルフが置いてきぼりです!」
あ、とゆんゆんが立ち止まる。そうだった、と顔面蒼白で目ン玉ぐるぐるのまま慌て出した彼女を、めぐみんが落ち着けと一発引っ叩いた。若干涙目だが我に返ったゆんゆんへ、とりあえず戻りましょうと彼女は提案する。
「む、無理でしょ!? 悪魔よ? 悪魔がいるのよ!?」
「確かにあれは悪魔でしたが、こめっこと意思疎通が出来ていました。少なくともいきなり襲われることはないでしょう。そうですよね、こめっこ」
「うん。うまいものくれる」
「餌付けされてるじゃない!」
「いえ、逆に考えれば交渉でどうにかするタイプだということです」
「本当かなぁ……」
不安な表情を隠すことなく、しかしめぐみんが戻っていくのを見ているわけにもいかず。ゆんゆんは結局再び彼女と共に邪神の墓へと歩みを進めた。念の為、と茂みで息を潜め、向こうの様子をそっと伺う。
「やれやれ。好戦的ですね。私は戦う意志など無いと言うのに」
「騙されるかよ! 魔王軍の兵士達を何十体と実験台にしたこと忘れてねぇぞ!」
「あれは所詮実験台。あなたのような上位悪魔とは比べ物にならない存在価値の低さです。ですから、それはここでの会話を断る理由足りえません」
「お前そういうセリフは悪役が言うやつなんだよ! ぐぅ……むやみに暴れると他の紅魔族に気付かれちまうし……」
「賢明な判断ですね」
歯噛みする悪魔をネネカが見下ろす。比喩表現である。ともあれ、悪魔は吐き捨てるように彼女に問い掛けた。それで一体何の用事だ、と。
対するネネカは顎に手を当てながら目を細め、返す。おかしな質問ですね、と。この場所に来る理由を、そちらは既に知っているはずなのに、と。
「むしろ、私の方が問い掛けたいのですが。ウォルバクは共同研究を蹴った。そしてその理由は、現状封印に手を出す気はない、だったはず」
「……」
「つまり、ここにいるのはあなたの独断ということでしょうか」
「……だったら、何だ?」
「お節介を言わせてもらうのならば。すぐに戻ってウォルバクに相談したほうが良いですよ。余計なトラブルを生み出す前に」
「お前に何が分かるってんだ」
ギロリとネネカを睨む悪魔だが、彼女は全く動じない。傍らのマサキも動く気配がないということは、そういうことなのだろう。
口角を上げたまま、ネネカは述べる。そうですね、と彼女の分かっていることを口にする。
「このままでは、紅魔の里に襲来した魔王軍幹部と紅魔族の全面戦争。そんなところでしょうか」
『――――っ!』
息を潜めていためぐみん達が思わず叫びそうになり、慌てて口を塞いだ。
そんな彼女達のいる茂みをちらりと見たネネカは言葉を続ける。そうならないためにも、と悪魔に告げる。
「まずは一旦、報告に戻るべきでは? 怠惰と暴虐の女神ウォルバクに仕えし上位悪魔、ホースト」
「……この外道が」
「光栄ですね」
―□―
「嫌よ! 絶対に嫌!」
魔王城。そこで全力拒否をしているのは大分層が薄くなった魔王軍幹部の一人、シルビアだ。困り顔の伝令係がそう言われましてもと呟いているが、どうやら意見を変えるつもりはないらしい。
「紅魔の里に行け? アタシがあそこでどれだけ酷い目に遭ったか分かってるでしょう!? 一回目はまだ良かったわ、でもね、二回目でもう懲りたの」
「しかし、そういう指令でして……」
額に浮かんだ汗を拭きながら伝令係がそう述べるが、シルビアは変わらず行かないの一点張りだ。あそこに行くくらいならばベルゼルグ王国との最前線に突っ込んで行ったほうがなんぼかマシ。そのくらいの覚悟である。
「現在、前線では例の女騎士が暴れているらしいですが」
「……ほとぼりが過ぎたら前線に行くわ」
王族よりバーサーカーしていると魔王軍でももっぱらの評判なあの宴騎士とぶつかるのも御免こうむる。こちとら幹部とはいえ肩書は強化モンスター開発局長、純粋な戦闘力はベルディア、バニル、ハンス、ウォルバクと比べると数段落ちるのだ。そんなことを思いながら、彼女は大きく溜息を吐いた。
「同じ裏方仲間だったセレスディナも行方不明だし……もう、あの時の幹部はアタシ一人だけになっちゃったわね」
新たな幹部はいる。まだ立て直せる戦力はある。だが、かつての同僚の姿が見えなくなるのは、寂しいのだ。こういう感傷に浸るのは間違っていると分かってはいるのだが、しかし。
「では、先輩幹部。ここは共同作戦というのは如何かな?」
「ん?」
横合いから声。シルビアがそこに視線を向けると、オレンジの道士服に黒い外套を羽織った人形が立っていた。大きさは人間と同じくらい。薄紅色の無機質な目がギョロリとこちらを見詰めている。
「目的は紅魔の里にある兵器の情報だろう? ならば私の力が役に立つと思うのだが」
「あなたの力が?」
「私は道具の怨念の集合体。使われなくなった兵器は我が同胞だ」
む、とシルビアは人形を見る。凝った名前は持ち合わせておらず、ドールマスターと名乗っているその人形の言葉は確かに真実だ。事実、その能力で持って占い師の目に止まり、魔王軍にスカウトされたのだから。
溜息を吐く。真正面から戦うことは絶対にしない。そう念押しすると、彼女はドールマスターへと手を差し出した。
「じゃあ、期待しているわよ。セレスディナの忘れ形見さん」
「全力を尽くそう」
カシャリ、と人形の手がシルビアの手を取った。
所変わって紅魔の里。ようやく辿り着いたあるえとアンナの工房、というか小説執筆用の家である。ほらこれだ、とめぐみんによって処理された原稿の新たなコピーを渡され、カズマは気を取り直して前回の続きから読み直していた。めぐみんも確認のために二つの物語を読書とは思えない表情で睨んでいる。
「……ねえ、めぐみん」
「なんですか」
ついでに、ついてきてしまったので暇なキャルも知り合いがモチーフということでなんとなくそれを眺めていたのだが。ある程度流し読みしたところで顔を上げた。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、とめぐみんに声を掛けている。
「この辺ってどこまで本当なの?」
「凡そはあるえとアンナの誇張です」
「ふーん。じゃあ幼い頃に復活した邪神の半身に襲われたのを助けられたのが今の自分のきっかけってのもそれっぽく物語にしたやつなのね」
「あ、それは本当です」
へ、と目をパチクリさせる。めぐみんの表情にからかいは感じられず、本気の発言だということが伺えた。そんなキャルの顔を見て、彼女はふう、と溜息を吐く。
そうしながら、そもそもですね、と指を一本立てた。
「私の師匠の正体は怠惰と暴虐の女神ウォルバク。かつては邪神と呼ばれその力がここに封じられていた元魔王軍幹部なんですよ。別におかしなところは一つもないじゃないですか」
「あー、そっか。……じゃあ、昔ちょむすけさんに助けられて、それから師匠って呼ぶようになったのね」
「いえ、師匠を師匠と呼ぶようになったのはそれから大分後です。……多分、その辺りも書いてあるんじゃないですか?」
「勿論だ。私の綴った物語の
「おいこらネタバレやめろ。今俺読んでるんだから」
「おや、意外にのめり込んでくれているんだね」
「こういうの読むの久々だからなぁ」
こちらに来てから初かもしれない、かつてのヒキニートライフスタイルに組み込まれていたオタクムーブだ。懐かしさもあるし、体を動かしてばかりだった生活に一息入れる意味もある。
一応念の為言っておくが、彼の平時の日常は仕事もせずその辺りをブラブラするダメ人間スタイルで大して変わりはない。横の猫耳娘も同様である。
「この主人公に突っかかっては泣かされるポンコツライバルってモデルいるの?」
「ゆんゆんですね」
「あー……」
察した。成程ね、とどこか優しい目になりながら、キャルはポンコツライバルの行く末を読み進めていく。カズマほどではないが、彼女もそれなりに楽しんでいるらしい。
そうなると、と残り一人に必然的に注目が行く。
「それで、どうだいめぐみん」
「どう、とは?」
「我らの物語は、禁書となるか否か」
「……まあ、今のところは問題ないんじゃないですか?」
思い切りモデルになっているのは恥ずかしいが、それは許可を出した時点で諦めている。はぁ、と溜息を吐きながら、めぐみんはペラペラと原稿を捲っていた。場面は封印の地で悪魔と対峙するところだ。未だ力に目覚めていない主人公とへっぽこライバルは、それでも悪魔を真っ直ぐ睨む。それに対し、悪魔は矮小な人間風情がと鼻で笑いながらこちらを意に介さず封印にかかりきりだ。
「ホーストも随分と悪役になってますね」
「許可はもらっているよ」
「意外とノリノリだったぞ」
「それはまた……ああ、成程、所長モチーフのキャラとやりあうからですか」
読み進めると、いかにも黒幕ですと言わんばかりの怪しいキャラが悪魔と戦っていた。悪魔の攻撃を受け止めながら、お互い全力を出していないと笑い合うその姿は対等の存在に見える。
実際はどうなのか、はあえて言うまい。
「さて。お茶でも淹れようか。喉も乾いた頃だろうし」
「私も手伝おうか?」
「大丈夫だよアンナ。君はめぐみんを見張っていてくれ」
「それはどういう意味なのか聞かせてもらおうじゃないか」
「どこが君のアウトなのか分からない以上、目は離せないだろう?」
「自覚があるなら自重してくれれば」
「それは無理だね」
笑いながらお茶を用意しに行ったあるえを睨んでいたが、小さく溜息を吐くとめぐみんは再度原稿に視線を向けた。このままぶっ飛んでいかなければまあ。そんなことを思いながら、でもそうはならないだろうと謎の確信を持ちながらページを。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が響いた。ビクリと反応したカズマとキャルが、一体何があったと立ち上がり視線を動かす。この建物内ではなく、恐らく外。そして声の主は男性であることは分かったが、しかしそれ以外はさっぱりだ。
めぐみんもアンナも動じていない。あるえもお茶を用意し終わったのか、呑気にティーカップを運びながらこちらに戻ってきていた。
「え? ちょっとあんた達、さっきの悲鳴って」
「ん? ああ、あれは多分ぶっころりーですね」
「誰!?」
「紅魔族の遊撃部隊とかいう名目でニートをやっている靴屋のせがれさ」
「反応に困るわね。いや、だからなんで悲鳴が」
「大方ミツキの診療所から抜け出したのではないか?」
なんてことのないようにアンナが述べる。まあそうでしょうね、とめぐみんも頷きお茶に口をつけた。あるえも大体同じような反応だ。
それで済まないのがカズマとキャルである。何がどうなって診療所から抜け出そうとすると悲鳴が響くのか。ひょっとしてこれは日常茶飯事なのか。そんな疑問が湧いて出る。
「この間から虫歯の治療を拒んでいたからね。そのせいだろう」
「素直に受け入れていればあのような末路にならなかっただろうに」
あるえとアンナの言葉に、二人の思考が理解を拒んだ。カズマはそれでもなんとか必死で妥協点を探す。ああそうか、ここは異世界、きっと虫歯治療はとんでもなく痛いものなんだ。そう自分に言い聞かせ、心を鎮める。
虫歯であんな叫ぶわけ無いでしょうが、というキャルのツッコミで露と消えた。
「だから、治療を拒否して逃げたのでああなったんでしょう」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
「ですから――」
「助けてくれ! 嫌だ! 俺はまだやりのこしたことが!」
「おい外から断末魔が聞こえてくるんだけど」
「いつものことです」
さらりと流された。必死の命乞いは段々と小さくなり、そしてやがて聞こえなくなる。
バタン、とどこかの扉が閉まる音とガチャリと鍵がかけられる音だけが、静寂の訪れた空間にやけに大きく響いた気がした。