プリすば!   作:負け狐

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このコンビだとキャルちゃんが汚れヒロインみたいに


その124

「げ、気付いたらもうこんな時間じゃねぇか」

 

 外の惨状から目を逸らすように小説を読んでいたカズマは、窓から差し込む夕日に顔を上げた。元々大分無理矢理なスケジュールで動いていたので当然ではあるが、しかし彼としては出来るだけ日帰りをしたかった。

 これ以上ここにいると絶対何かが起こる。そう確信していた。

 

「まあ、一応コロ助とペコリーヌには朝行く時に伝えてるし、泊まりになっても大丈夫だとは思うけど」

「いや大丈夫じゃねぇよ。外の悲鳴聞いてただろ」

「あれは病気の治療を嫌がったからでしょ? 健康なら何の問題もないじゃない」

 

 そう言って手をヒラヒラとさせたキャルは、ここって泊まる場所あるのとめぐみん達に尋ねていた。一応宿屋もあるし、なんならここに泊まっていってもいい。あるえとアンナがそう返し、めぐみんもそれに同意するように頷いていたので、それもいいかと彼女は。

 

「ふざけんな、こんな場所にいられるか! 俺は宿屋に行くぞ!」

「まるでこれから被害者になるような物言いだね」

「惨劇の序曲(プレリュード)が奏でられるかのようだな」

「別方向でお約束が分かってますねカズマは」

 

 うんうんと満足そうな三人を見て、カズマはこんちくしょうと表情を歪めた。そしてそんな彼を呆れたような表情で眺めているキャルは、小さく溜息を一つ吐く。分かった分かった、とどこか年下の弟を見るような目でカズマを見た。

 

「それで、その宿屋ってどこにあるの?」

「里の商業区にありますよ。サキュバス・ランジェリーという名前の酒場兼宿屋なんですけど」

「どう考えてもいかがわしい宿じゃない! 宿屋そこしかないの!?」

「キャル。そうか、お前……」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 突如キメ顔で短く何か分かったような事を言い出したカズマを思い切り睨みつけ、キャルは却下だ却下と叫ぶ。男女がそんな名前の宿屋に向かったら間違いなくそういう目的だ。少なくとも彼女はそう判断した。カズマもそう思った。ちょっとだけ興奮した。

 

「ああ、いえ。確かに名前はアレですが、別に普通の酒場ですし普通の宿屋ですよ。観光客が名前に釣られてつい立ち寄るのを狙ってますから」

「あ、そ、そうなんだ。……いや待って。だとしても、その名前の宿屋にあたしとカズマが入っていったら誤解されない?」

「俺は構わないぞ」

「あたしが構うのよ! ていうか! あんたペコリーヌほっといてそういうことするわけ?」

「いやほっといても何も。べ別にほら、俺とあいつは別にそういう関係じゃないし」

「面白いくらいに狼狽えているね」

「修羅場だな。というよりも優柔不断か」

「最低ですね」

 

 紅魔族プラスワンからボロクソである。そんな三人にうるせーと返したカズマは、どこか開き直ったようにああそうですよと叫んだ。こちとら生まれてこの方色恋とは無縁の人生送ってきたんだ、少しくらい悩んだっていいじゃないか。そんなことを言い出し、思ったよりも真剣だったのであるえもめぐみんも、アンナですら茶化さずそうですかと引き下がった。

 

「というか。別に告白されたわけでもないのにそういうの意識するってのも何か……こう」

「は?」

 

 今度はキャルが非常に冷めた目になった。何言ってんだこいつという顔で、カズマを思い切り睨む。あいつが、わざわざデートに誘ったというその意味を、こいつは理解していないのか、と。

 そこまで考え、するわけないかと溜息を吐いた。ついでに考えれば、緊張しないようにと散々っぱら言ってきたのも自分たちだ。原因の一端を担っているのだから、これ以上追求するのもよくないかもしれない。

 

「って、ここで流されたら最悪あたしこいつと一緒の部屋で一晩過ごす羽目になるじゃない!」

「馬小屋生活の頃だってそうだろ」

「あん時はコロ助いたでしょうが! ストッパーがいないあんたと二人きりとか、何されるか分かったもんじゃないわ」

 

 ただでさえ以前不可抗力とはいえ擦り付けられた経験があるのだ、万が一が無いとは言い切れない。思わず視線がカズマの顔から思い切り下に向かってしまい、我に返るとブンブンと首を振って散らした。

 

「おいおいおい。いくら何でも俺の信用無さ過ぎないか?」

「さっきまでとの態度の変わりよう見てれば当然でしょ」

「酷い言われようだな。だがな、考えてもみろ。そもそもコッコロは今たまたまここにいないってだけで帰ったらまた会うんだぞ。後ろめたいことなんか出来るわけないだろ」

「ぐっ。それは、確かにそうかもしれないけど」

 

 少なくともそこについては信用してもいい。カズマの傍らにコッコロがいる限り、許可なくその手の行為は出来ないしやらないだろう。

 だが。

 

「……本当に、何も、しないのね?」

「いや、して欲しいなら喜んで」

「ぶっ殺すわよ!」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで結局二人はあるえとアンナの自称工房に一晩泊まることになった。めぐみんは実家があるのでここでは寝ないが、夕飯までは一緒にいるとのこと。気を取り直し何だかんだでデザートまで食べ終えたカズマは、ふと思いついたことを口にした。

 

「なあ、めぐみんは帰るっつってたけど、あるえとアンナはどうなんだ?」

「ん? 私は当然実家があるからね。特に何もなければ帰るよ」

「私はどちらでも構わないが。普段寝る場所はそこだしな」

 

 そこ、とアンナが指差したのは窓の向こう。カズマが出来るだけ記憶から消していた診療所である。え、と思わず聞き返すと、誤解はするなと口角を上げポーズを決めた。

 

「我はあいつらと協力関係、対等だ」

「一応言っておきますけど、病室に住んでいるわけではありませんよ」

「診療所には居住スペースが併設されているからね」

 

 怪しさに拍車が掛かりそうだったアンナのイメージを元に戻す。そのつもりだったのだろうが、カズマにはあまり効果がなかったらしい。というか彼の疑問はそこではなかった。

 めぐみんやあるえの反応も似たようなものだったので同じ立ち位置かと思っていたら、まさかがっつり関係者だったとは。そういうわけである。

 

「だから誤解をするなと言っただろう。私は向こうの言いなりになるつもりはない」

「へ?」

 

 そんな中アンナだけは彼の疑問にきちんと答えていたらしい。実験台にしたいから連れてこいなどと言われても自分は従わないから安心しろ。そう言って再度口角を上げる彼女を見て、あれこいつ実はかっこいいんじゃないかとカズマは思う。

 一方でめぐみんとあるえはああそういうことかと納得していた。そうしながら、これでも彼女は向こうの他の連中と比べると大分良識はあると付け足す。

 

「いやそれ、診療所にいる面々の良識がないって言ってるようなもんなんだけど」

「いやまあ実際無いですし」

「良心と良識は全く別物と切り離せるあの姿勢はある意味驚嘆するね」

「その辺りが所長と意気投合する所以でしょうね」

 

 紅魔族二人の診療所の中の人評が間違いなく悪い。キャルの何気ないツッコミから暴かれた怒涛の真実に、彼女は思わず戦慄する。するが、よくよく考えたらネネカと立ち位置がそう変わらないのかと落ち着いた。

 いやあれが二人いたら恐怖以外の何物でもないだろうと思い直した。

 

「まあ、心配無用だ。先程キャルが言っていたように、どうしても治療を受けねばならない事態にならない限りはミツキも手を出してくることはないだろう」

「なあそうやってフラグ立てるのやめない?」

 

 ふふん、とドヤ顔で述べるアンナにそんなことを返しつつ、まあそうなったとしてもきっと被害者はキャルだろうと一人カズマは頷いていた。ここら辺はお約束をきちんと守ってくれるだろうと高をくくっていた。

 ――翌日。

 

「お腹痛い」

 

 見事なフラグ回収である。げんなりとした表情で客間から昨日集まっていたリビングへとやってきたカズマは、既に起きてソファーでだらけているキャルと目が合った。そんな彼女は彼の顔を見てギョッとする。

 

「どうしたのよ。顔が悪いわよ」

「顔色って言え」

 

 ツッコミを入れつつ、というかお前は人んちでだらけすぎだろと追加を叩き込みつつ、カズマはそのまま空いているソファーに座ると項垂れる。吐き気はしない、熱がある様子もない。ただただお腹が痛いのだ。しかもこれはトイレに行きたいという系統のものでもない。原因不明の腹痛だ。

 

「おはよう。ん? どうしたのだ?」

 

 そんな二人のいる場所へアンナがやってくる。めぐみんやあるえと比べると場所も近いし家族と住んでいるわけでもない彼女のフットワークは軽いのだろう。あるいは、意外と面倒見が良いのかもしれない。

 ともあれ、アンナはカズマを見るなり眉尻を下げた。体調が悪いのか、どこがおかしいのか、そんなことを尋ねてくる。純粋に心配しているようだったので彼は素直に話していたが、キャルはそれを横目で見ながら心中でこんな感想を持った。

 病院の受付で様子聞いている看護師みたいだ、と。

 

「ふむ。原因としては食中りだろうか」

「でもあたしは何ともないわよ。めぐみんやあるえはどうかしら」

「そうだな。彼女達の状態によっては、我らも何かしらの対策を――」

「おはようございます。って、あれ? どうしたんですか?」

「おはよう、みんな。おや、カズマ、調子が悪そうだね」

 

 言っていたそばからめぐみんとあるえが現れる。そして見る限りピンピンしていた。ここから察するに、症状が現れているのはカズマ一人だと考えられる。

 二人にも事情を話すと、何か心当たりはないだろうかと記憶を辿り始めた。が、いかんせん昨日は殆ど全員がここにいたのだ。特別な何かは何も起こっていない。

 

「カズマ。あんた夜中にこっそり抜け出したりとかしてないわよね?」

「いやする理由がないし」

 

 それこそサキュバス・ランジェリーが名前通りの店であったのならばカズマとしてもやぶさかではなかったが、そうでない以上怪しい診療所がすぐ近くに建っているこの家から一人外に出る意味はない。まあそうよね、とキャルも肩を竦め、そうなるとお手上げだろうと彼女は考えるのをやめた。

 

「まあ、我慢できないってわけでもないし。大人しくしてれば治るだろ」

「それならばいいのですが。これで実はとんでもない病気だったとかはシャレにならないんでやめてくださいね」

「おい怖いこと言うなよ。不安になるだろ」

「しかし実際に私達は元気で君だけが。となると、そういう疑いを持ってもおかしくはないからね」

「だから不安煽るんじゃねーよ!」

 

 こころなしか腹痛が酷くなっている気がしてきた。病は気から、という言葉があるように、こういう場合精神は重要な要素だ。特にここは彼のいた世界とは違う理がある。実際の理論として確立していてもおかしくはないのだ。

 

「……ねえ、カズマ」

「何だよ」

「病院行く?」

 

 カズマの動きが止まった。思わず顔を上げると、キャルが何ともいえないような顔でこちらを見ているのが視界に映る。からかいで言っているわけではないのだろう。だが、あまりにもお約束通りの展開をなぞっている彼の姿を見て、百パーセント真剣になりきれない感が見て取れた。

 

「いやだから大丈夫だろ。寝てれば治るって」

「しかし、キャルの言うことももっともです。もしかしたらですが、知らないうちに寄生型モンスターに侵入されていたとか、謎の呪いを受けていたとか、そういう可能性がないとも言いきれませんし」

「ねーよ! そんな事が起きるような生活してねーよ! こちとらただの《冒険者》だぞ、毎日適当に生きるのをモットーにしてるカズマさんだぞ!」

「……何だか、病院に行きたくないと駄々をこねる子供を見ている気分になってきたね」

 

 あるえがぽつりと呟く。聞こえてんぞこら、とそんな彼女を睨みながら、カズマはとにかく大丈夫だから心配ないと言い張った。傍から見ていると間違いなく彼女の言った通りである。

 はぁ、とキャルが溜息を吐いた。あのね、と駄々をこねる子供を諭すように彼の瞳を真っ直ぐに見る。

 

「あんたに何かあったら、コロ助どうすんのよ」

「ぐっ……」

「ねえ、めぐみん。私は実際に見ていないのだけれど、コロ助という少女は私達よりも幾分か年下なんだよね」

「ええ、年齢にそぐわない落ち着きと物腰ですが、間違いなく私達より年下です」

「……犯罪かい?」

「初見は誤解してもおかしくない絵面ではありますね」

 

 目の前でコッコロの存在によって説得されたカズマを見ながら、あるえが苦虫を噛み潰したような顔でそう問いかける。めぐみんは既に慣れたと言わんばかりに言葉を返し、まあ実際はそういう関係ではないですしね、と締めた。

 

「どちらかといえば、母親と息子でしょうか」

「犯罪だね」

 

 そう言いながら創作意欲が湧いたのかポケットから取り出したメモにガリガリと記入を続けていく。

 ともあれ。ちょっと診てもらうだけ、という念押しをしながら、アンナの先導によりカズマはその診療所へと足を進めた。進めて、入り口で足を止めた。

 

「どうしたのだ?」

「……滅茶苦茶頑丈そうな扉ですね」

「患者が逃げ出しにくいようにな」

 

 つまり紅魔族でも手こずるレベルだということである。間違いなくカズマの自力では突破できない。それが分かっただけでも、ここから逃げ出す気になるのは充分であった。

 扉が開く。地獄への入り口でも開かれたのかと言わんばかりの軋んだ音と共に、ゆっくりと診療所の内部が明らかになった。見た目は思っていたよりも普通の建物だ。どこかコンクリートを思わせる素材で、その壁や床には。

 

「ひっ」

 

 キャルが悲鳴を上げる。べっとりと壁に塗りたくられたような赤い跡。既にそこには何も無いが、恐らく赤い色の液体を流しながら抵抗し力尽きたのではないかと思われる痕跡がそこにあった。

 他にも、明らかに不自然な手形がついている。勿論赤い。何か赤い液体を流して、それを手で塞ごうとした結果ついてしまったそれで壁や床を触ったような。必死で逃げ出そうとして叶わなかった跡のような、そんな手形が。

 

「お邪魔しました」

 

 即座にカズマは踵を返した。ここはやばい。何がどうやばいか説明する必要がないくらいにやばい。一目見てこれあかんやつだと判断出来るくらいにやばい。

 

「あら」

「え?」

 

 がくりと力が抜け、膝から崩れ落ちた。いきなり立っていられなくなったカズマは、尻餅をついたままガクガクと震える体を必死で動かして視線を巡らせる。何だ、何が起きた。その原因を探ろうと、必死で。

 

「これは、あまりよろしくないわね。アンナちゃん、すぐにその子を運んで頂戴」

「み、ミツキ!? いや、しかし、私は彼に実験台にする手伝いはしないと」

「何を言っているの? その子、早く治療しないと危ないわよ」

 

 慌てるアンナに、ミツキと呼ばれた女性は冷静に返す。言葉も、口調も、別段危険なところは感じられない。ただ、服装は赤い裏地の黒というより濃い紫のコートで、酷い隈のある瞳という見た目から医者というよりも呪いや毒薬でも専門にしていそうな雰囲気が感じられた。ただ薔薇のアクセントのついたガーターストッキングは中々色っぽかったので、カズマとしてはあれはあれでありかな、と現実逃避を一瞬行うほどだ。

 

「大丈夫よ。まだ初期段階だから、後遺症も残らないわ」

「え? あ、はい」

 

 クスリと微笑まれ、カズマは何とも間抜けな声を返す。アンナはそういうことならと動けなくなったカズマを運ぼうと肩を担いだ。キャル達もそれに続き、えっちらおっちらと彼は診療所内へと運ばれる。

 

「それにしても。紅魔族じゃない被検た、じゃなかった、患者さんは久しぶりね」

「――え?」

「冗談よ。……じゃあ、少し眠っていてね。きちんと治療してあげるわ」

 

 それはどっちの意味なのだろうか。そんな疑問を浮かべる間もなく。

 ミツキの笑みと共に、彼の意識は底へと沈んでいった。

 

 

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