プリすば!   作:負け狐

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セレスディナ「来いよ……こっち来いよ!(切実)」


その127

「あぁん、もう。使えないわね!」

「いやはや手厳しい」

 

 ジロリと一体のメスオークが横目で睨む。睨まれた相手はカシャリと音を立てながら肩を竦め、次いで申し訳ないと頭を下げた。そうしつつも、少々歪な作り物の目をギョロリと開く。まあ、しかし、と言葉を紡ぐ。

 

「監視を行っていたのがオークの仕業だと向こうは認識している。まだ有利はこちらにあると思うがね」

「はん。口だけは一丁前ね。下半身はあるだけで出やしないってのに」

「いやそりゃ私元々捨てられた人形だからなぁ」

 

 ちょっと引きながらそう述べたオークの対面にいる相手、ドールマスターは、とりあえずこのまま続けようと提案した。オークはそれにはいはいと返すと、同じく聞いていた仲間のメスオークに向き直る。

 じゃあそれで行きましょう。舌なめずりをしながら同意する仲間たちを見ながら、オークはニヤリと口角を上げる。先日、紅魔の里の近くにテレポートした紅魔族をたまたま見かけ、そして痺れた。あんな貧弱なボーヤに一体何故惹かれたのか、本人もよく分からない。だが、間違いなく彼女は思ったのだ。運命の相手だと確信したのだ。

 ちなみにオークの運命の相手はとりあえずダース単位で増えていき、そしてその都度使い潰される。

 

「まあ、こちらとしては都合がいいが」

「んん? ああ、心配しなくても、あんたたちの目的の邪魔はしないわ。魔術師殺しだかなんだか知らないけど、魔道具には興味ないもの」

「それは助かるな。こちらも、紅魔族と関係のない男に興味はない。魔王様の障害にもならんだろうからな」

「そうかしらぁ? 案外、ああいうのが勇者として活躍しちゃったりするのかもしれないわよ」

 

 オークのその言葉に、ドールマスターはまさかと肩を竦めた。監視をしても、あの男に特別なものは感じられない。むしろ周りの連中のほうがよっぽど脅威だ。オークたちの趣味は分からんと思いつつ、彼は一度彼女達から離れた。お互いの作戦のすり合わせは一応終わったので、今度はこちら側の行動を話し合う番だからだ。

 そうしてオークの集落から戻ってきたドールマスターは、いまいちやる気の出ていないシルビアを見て小さく溜息を吐いた。幹部がそんなことでどうすると述べた。

 

「だって、この間の子が来てるじゃない。どうせ碌なことにならないわよ」

「しかし、前回酷い目に遭った相手は違うのだろう?」

「いやあの子も相当だったわ。こっちが一番被害受ける場所にピンポイントで爆裂魔法打ち込んでくるのよ。大体、なんで人間がああも爆裂魔法に詳しいの。師匠との修行の賜物ですとか言ってたけど、爆裂魔法の師匠って何よ……」

 

 あんな事ができるのはシルビアの知る限りかつての同僚であったウォルバクくらいだ。紅魔の里で消滅したという話だったから、ひょっとしたらあの少女の師匠とやらが彼女を討伐したのかもしれない。そんなことを思い、余計な驚異にげんなりした。

 

「前回は出てこなかったのならば、その師匠とやらは数に入れずともいいだろう」

「そうなんだけど……。後はあれよ、所長? だとかいう子供体型のエルフ」

 

 魔王軍幹部である自分が頭おかしいと感じる時点で相当だ。出来ることならばアレとは二度と会いたくない。あのイケメン騎士は一体何がどうなってあのエルフを慕っているのか謎すぎる。

 

「そうなのよ……。そうでなくてもイケメン騎士と上位悪魔が二人いるのに」

 

 紅魔族だけでもお腹いっぱいなのに、余計な戦力がマシマシになっているこの里は、正直シルビアが真正面から突っ込んでいっても返り討ちに合う未来しか予想できない。監視で少しだけ見たあの女医も、前回ことあるごとに目にしたので後方支援として申し分ないのだろう。

 まあ、それでも前回より人は少ない。幽霊のプリーストも挙動がおかしいエルフの弓使いとパートナーらしき魔物もいないし、あの女医の知り合いらしき面子も数人いない。何かしら行動を起こすのならば、確かに好機ではある。

 

「でもねぇ……どうも成功する気がしないのよ」

「まあ、念には念を。死なないための準備は怠らないようにしよう」

 

 シルビアの溜息に、ドールマスターは苦笑しながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは。みんな揃っていますか?」

「あら? めぐみんじゃないか。珍しいわね」

 

 勢いだけで飛び出しためぐみんとキャルは、ではどうするのかといったあたりで我に返った。もう面倒だからオークの集落行って爆裂魔法ぶっ放そうぜ、という結論になりかけた。

 その後の対処、というか逃走ルートを確保しないとそのままお陀仏だったので、二人は別の方法、あるいは対処法を手に入れるために進路を変えたわけであるが。

 

「また上位悪魔……。まあ、そんなもんだろうとは思ってたけど」

 

 めぐみんが軽い調子で話をしているのはムチムチボディの女悪魔だ。キャルはそんな彼女を見て諦めというか慣れというか、そういう状態になっている。ぶっちゃけ今更ではある。が、キャルとしてはそこら辺流すようになってしまったら終わりなんじゃないかと思わないでもないのだ。

 

「ま、いいわ。あたしはキャル、よろしく」

「アーネスよ。ウォルバク様、今はちょむすけ様かしら、に仕えている上位悪魔」

「それで。マサキやホーストは?」

「何? あいつらに用事?」

「いえ、特にそういうわけでもないのですが、出来れば頭数は多いほうがいいと思いまして」

 

 また何かやらかすのか、とアーネスが眉を顰めている中、めぐみんはそこまで大したことじゃないと言い放った。そうして語った話は、確かに傍から聞くと大した話ではない。というか一応関係者ではあるめぐみんやキャルとしてもこれまでの経験からすれば割と軽い問題だ。当事者のカズマですら、事態が大きいのか小さいのかよく分かっていないくらいである。

 案の定、話を聞き終えたアーネスも拍子抜けしたような顔をしていた。まあつまりオークをどうにかすればいいのね、と軽い調子で述べている。

 

「とはいっても。オークをどうにかすることは案外難しいわね」

「殺しても死ななそうな連中ですからね」

「近場に住んでいる連中が言うと重みが違うわね……」

 

 だが、どうにもならない相手かと言えば答えは否なわけで。最悪そのマーキングを施した相手をどうにかすればいいだけの話だ。まさか種族全体でカズマの遺伝子を狙っているというわけでもあるまい。

 

「もしそうだったら、捕まった時点で即干からびるでしょうね」

「……多分、その可能性は低いと思うわ」

 

 キャルがどこか死んだ目で述べる。そうなったら、間違いなくカズマは泣き叫ぶし、恥も外聞もなく助けを求めるだろう。そして訪れる、例のアネが、オークと対峙し。

 

「とにかく! あたしたちのやることは、そうなる前にオークをどうにかして、何もなかったことにすることよ」

「何だかキャルの心配事が若干ずれている気がしますね」

「やることは変わらないから、いいんじゃないの」

 

 対処さえ間違えなければ、今回はいつものように酷い目に遭うことなく終わることが出来る。最初から殆ど変わっていないが、キャルの出した結論はそんなところである。とはいえ、差し当たっての問題がその間違えない対処の仕方なのだが。

 

「オークの集落に直接乗り込むのが一番手っ取り早いんでしょうが」

「それで、犯人見付けてその後は?」

「そこなのよねぇ……」

 

 やはり当初の予定位通り、ミツキの言うことを聞いてほとぼりが冷めるのを待ったほうがいいのだろうか。ううむと考えながら一人悩み始めたキャルを見て、まあとりあえずお茶でも飲んでいくかとアーネスが述べた。そうですね、とめぐみんが同意し、三人は研究所を歩いていく。

 

「そういえば」

「どうしました?」

「ここ、一体何なの?」

「この間言った通り、所長が復旧しようとしている場所です」

「それは聞いたけど」

 

 見たこともないような構造の、何だか分からない設備が目に映る。ぶっちゃけ何一つとして用途の推測すら出来ない。修理中で動いていないからだ、と言い訳もできたが、多分動いていても分からないだろう。

 

「あれ? 何かここだけ優先的に補修されてるわね」

「ああ、そこは爆殺魔人が寝かされていた場所ですから」

「……え? あんたここで生まれたの?」

「私の爆裂魔法のルーツはあるえとアンナの小説で暴露されたから知っているでしょう!?」

「あたし読んでないし。しかも途中だったから、その後そういう話が出てきてもおかしくないでしょ?」

「あたしが口出すのもなんだけど、それおかしいって思わない感性も中々だね」

 

 ははは、とアーネスが苦笑し、気付いたキャルが悶える。あたしは普通あたしは普通あたしは普通、と呪文のように連呼し、気持ちを落ち着けたのか小さく溜息を吐いた。

 

「アクシズの巫女は間違いなく普通じゃありませんよ」

「うるっさい! ぶっ殺すぞ!」

 

 めぐみんに言葉の致命傷をぶちこまれたキャルが叫ぶが、もちろんはいはいと流される。そうしながら辿り着いた部屋に入ると、先日見た悪魔悪魔したビジュアルのホーストがこちらに振り向いた。

 

「お? 何だめぐみん。と、確かキャルだったか。どうした?」

「ちょっと手伝って欲しいことがありまして」

 

 心配しなくとも、所長の無茶振りよりマシです。そう続けためぐみんに、ホーストは当たり前だろうと少し疲れたように返した。

 

 

 

 

 

 

 一方のあるえとアンナは、ミツキが持っていた処理済みの監視人形を調べつつ、他にも残っていないかどうかから調査を始めた。ターゲットの近くにいた個体が処理されただけで、全て処理済みだと考えるのは早計だからだ。

 

「その辺り、ミツキ先生は不干渉だからね」

「診療所以外の監視は管轄外だからな」

 

 紅魔の里を歩きながら、時折魔力感知を行う。普段見慣れたものとは違う、異物が紛れ込んでいないかどうか。それらを行いながら、気になった場所をガサガサと探し。

 

「これは、思ったよりも厄介だね」

 

 杖の先端に纏わせた雷で、その辺りにうろついている生物を模した人形の頭を焼く。バチン、という音と共に、焦げ臭い臭いがほんの僅か鼻についた。

 里を何となしに見て回った結果、とりあえずというレベルで既に五体ほどの人形を処理することになった。たまたま偶然、違う事件が重なっていると考えることももちろん出来たが、それよりは同一犯の仕業だとした方が手っ取り早く確実だ。

 

「だが、解せんぞ。ターゲットであるカズマは診療所だ。こんな場所を監視する理由が見当たらん」

「そうだね。元々マーキングをされていたのだから、それが途切れた場所を重点的に探すのは自明の理。加えると、監視の人形もそこで破壊されたのだから、理由を探りに行かないというのも考えにくい」

 

 ふむ、とあるえが顎に手を当て考え込んでいる中、アンナは破壊した人形を見ながらふと思い付いたそれを口にした。ミツキは多種多様なスキルを持ったオークが用意したものだと言っていたが、その実はそうではなく。

 

「オークと、見えざる協力者(シュバルツァ・コペラシオン)が存在しているとしたら」

「それは最初に却下した、事件が二つ重なっているという意見を再び持ち上げた形になるのかな」

「そうではなくて。オークと協力しているが、目的が異なっている。そういうことだとしたら」

「ほう。成程、それは面白い。つまりこの監視の真の目的は」

 

 そこであるえは言葉を止めた。分からない、と言うつもりはない。あくまで見解の一つを述べるだけではあるが、しかしそれでも少しだけタメを作りたかっただけだ。

 勿論アンナも承知で、彼女の言葉に被せようと目を見てタイミングを伺った。

 

『魔術師殺し』

 

 ふ、とお互いに笑みを浮かべた。拳をカツンと打ち合わせ、そして揃ってポーズを取る。

 そうしながら、だとするとこれは中々に危険だと表情を引き締めた。正解である前提だが、その場合の犯人というのは容易に予想ができたからだ。

 なにせ、少し前に襲撃されているのだから。

 

「どうやら諦めていなかったみたいだね」

「まあ、当然だろう。あれを手に入れてしまえば紅魔の里を攻め落とすことは容易。いや、世界の天秤を即座に魔王側に振り切ることも」

「……となると、それに対抗するための力が必要になるね。成程、だからカズマを」

「私達は実際に目の当たりにしてはいないが、あの男の潜在能力はあの所長が手放しで褒めるほどだ。当然魔王軍も承知だろう」

「考えたね。流石は魔王軍、というべきだろうか」

 

 ちなみに。二人はこの話をしながらどこからか取り出したメモ帳にガリガリと何かを書いている。間違いなく次の小説のアイデアにするつもりだろう。あるいは、この考察自体がただのネタ出しなのかもしれない。

 

「魔王軍の策略に陥るわけには行かないな」

「そうだね。設定をもう少し練る必要があるけれど、まあ概ね事件をなぞっても話はできるだろう」

「ああ。では、我らの執筆活動、ではなく。世界の救済を始めようではないか」

 

 アンナの目が怪しく光る。紅魔族でもないのに。それを見ながら、あるえもテンションの高ぶりが抑えられないのか、眼帯で塞がっていない方の瞳が紅く輝いていた。

 病室でカズマがのんびり小説を読んでいる間に、どうやら調査メンバーの立ち位置は入れ替わってしまったようである。が、それを指摘するものはだれもおらず、何より本人たちも自覚がないので軌道修正はされないままだ。

 

 

 

 

 

 

「騒がしいですわね」

 

 そんな二組とすれ違っていた少女は、眉を顰めながら紅魔の里にある占い屋へと足を踏み入れる。いらっしゃい、と笑顔を見せた占い師の女性に軽く会釈をすると、そのまま対面の椅子に座った。

 

「それで、今日も恋の占いかしら?」

「はい。お願いできますか?」

「ええ、勿論」

 

 そう言って笑顔を見せた女性は、机の上にある水晶玉に手をかざす。目の前の少女、エリコがこの占いをしにくるのは初めてではない。恋の相手を、運命の相手を知るために何度か訪れているのだ。

 随分と離れているのか、あるいは未だ出会っていないからなのか。水晶玉に映ったその映像はとてもおぼろげで、だからこそエリコはその映像を鮮明にするために色々と行ってきた。おかげでこの一年ほどで大分名が売れてきており、彼女としては面倒な反面、これで運命の相手が見つかるかもしれないと期待もしている。

 では、と占い師の女性、そけっとが水晶玉を見詰めた。これまでとは違う、何が何だか分からない映像から、随分と分かりやすいものに変わっていたそれを見る。

 

「これは……結構若い、のかしら。まだ繋がりきっていないのか、はっきりと姿はわからないけれど」

「いえ、これまでに比べれば大きな一歩です」

 

 そけっとの申し訳無さそうな言葉に、エリコはゆっくりと首を横に振る。前進しているということが分かったのだ。後はこれを続ければ。

 と、そこで彼女の動きが止まった。シルエットのようなその映像。そこに映っている姿。

 それは、見間違いでなければ。

 

「……ど、どうしたのエリコちゃん?」

「クスクス。いえ、ありがとうございますそけっとさん」

「え、ええ。役に立ったのならばよかったわ」

 

 立ち上がり、ペコリと頭を下げる。そのまま占いの館を後にしたエリコは、普段見せないような笑みを浮かべながらゆっくりと歩みを進めた。

 成程、そうか、そういうことか。つまりあれが運命ということか。

 

「……いえ、違いますね。もう少し冷静にならなくては」

 

 あの水晶玉に浮かび上がって見えた姿は、彼に相違ない。そうは思うのだが、しかし現状あの男性に魅力を感じたかと言えば答えは否。運命の相手だというだけで、盲目的に信じるには少し弱い。

 

「ですから、見極めなくてはいけませんね」

 

 逆に言えば。彼が運命の相手だと確信さえすれば。彼女はもう、迷うことはないのだ。

 幸いにして、彼は現状少々問題に巻き込まれている。見極めるには丁度いい。

 

「失望、させないでくださいませ……クスクス」

 

 ああ、願わくば。この自分の冷めた想いに再び火を灯してくれるような、そんな相手でありますように。人を心の底から信用できないこの自分に、もう一度信頼を与えてくれますように。

 

 


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