「おや?」
「あれ?」
とりあえず協力を取り付け研究所を出たキャル達は、そこであるえとアンナにばったり出会った。カズマの問題解決でここへ来る理由は特に思い付かず、まさか自分達と同じようにここの連中に協力でも仰ぎに来たのかと首を傾げる。
が、あるえもアンナもそれは違うと首を横に振った。というか、そういえばそもそも最初の目的はそうだったと思い出したように手を叩いた。
「めぐみん」
「なんですか?」
「これであたしたちの方が薄情だって言われるの納得行かないんだけど」
「同感ですね。そもそも彼女達は小説のネタを優先するきらいがあります。何だかんだカズマのことを考えているキャルとは大違いですよ」
「いやその評価も個人的には違うというか」
好き好んでアレのことを心配しているわけではない。ぶすぅ、と不満そうな表情を浮かべたキャルは、まあいいと姿勢を戻した。そういうところなんですけどね、とめぐみんが苦笑するのは見えなかったらしい。
それで、と二人は小説優先組を見る。だったら何の理由でここに来たのか、と問う。
「それなのだけれど。オークには協力者がいる」
「は?」
「ふ、驚くのも無理はない。しかし、我らが魔眼の前には真実は常に白日へと曝される。そこにたとえ不都合な事実が紛れ込んでいようとも」
「それで、何故ここに?」
「流石紅魔族、慣れてるわね……」
「私達にとっては普段の会話ですからね」
ゆんゆんがぼっちになるわけだ。そんなことを思いながら、キャルはあるえ達の話の続きを待つ。
その協力者というのは、監視用の人形を見る限り魔王軍だと推察される。そんな言葉を聞いて、聞くんじゃなかったと目を細めた。デタラメ言うな、という意味合いではない。またこのパターンの厄介事かよ、という目である。
「ふむ。二人の考察が本当だとするならば、狙いはやはりここですか」
研究所の近くにある地下格納庫を見やる。里の紹介の際に述べた、強力な兵器がそこに眠っている。そして以前、魔王軍がそれを手に入れるために襲撃してきたのも記憶に新しい。
懲りない連中ですね。そう言って溜息を吐いためぐみんは、しかし前回と違って今回は搦手を使ってきているのを疑問に思った。魔王軍がそこまで慎重に、ともすれば恐れていると思われかねないような行動をする理由は何だ。
「……考えるまでもないですね」
この研究所を根城にしている面子とそのトップが原因だろう。ちょむすけを相手に隠しつつ、BB団とタッグでぶちのめした魔王軍幹部だとかいう女性には多大なトラウマを植え付けたらしい。ちょむすけ曰く見た目は女性だが半分男性だという話だが、細かいことはどうでもいいだろう。今重要なのは、その結果向こうがこそこそと行動するようになったことだ。
「真正面から来ないとそれはそれで厄介ですね」
「まあでも目的が分かってるなら問題ないんじゃない?」
「その通り。だから私達はここに来たんだ」
「あの魔術師殺しを敵の手中に収めさせるわけにはいかないからな」
ふ、とポーズを決める二人。そんな二人を見ながら、キャルもめぐみんも一つ考えが浮かんでいた。それを実行すると間違いなく当初の目的からは遠ざかるであろう選択だ。
何やってんだお前ら、と丁度いいタイミングでホーストが顔を出した。帰ったと思った二人がすぐそこで騒いでいるので気になったらしく、あるえとアンナを見付けてなんだそういうことかと溜息を吐きながら踵を返す。
その背中に、待ったとめぐみんが声を掛けた。やっぱりそうするのか、とキャルも諦め顔で頭を振っている。
しょうがない、とここで話していたことをホーストに伝え、目的のものを奪われないよう注意して欲しいと述べた。聞いていた方は、いいのか、とめぐみんとキャルを交互に見やる。
「ぶっちゃけカズマは診療所で引きこもっててもなんとかなるけど、里がメチャクチャになったらそれも出来ないでしょ」
「私も概ね同意見です。優先順位としては里の平和の方が上ですから」
「それならいいけどよ。お前らは無理すんなよ」
悪魔に心配された、と何とも言えない表情を浮かべるキャルを経由し、めぐみんはではそういうことでとあるえ達に向き直る。こちらのことは任せましたよ。そう告げると、キャルと共に今度こそ本当にこの場を後にした。
向かう先は診療所。カズマに事の経緯を話し、場合によっては時間の解決を待つという選択肢を取らせるためだ。まあ無茶しなければ問題ないし、と隣でぼやくキャルを見ながら、めぐみんはそうだといいんですけどね、と呟いた。
勿論彼女の心配は現実となる。
「は?」
カズマが外に出た、という話をミツキから聞いたのがその直後だ。一応最終手段になりそうなメタモルアップルの抽出液は渡したから、すぐにどうこうなるとは限らないわよ。そうミツキは述べたものの、こちらに視点に立っての意見なのかどうかが分からないので安心は出来ない。そもそも問題として、その張本人が見当たらない時点でアウトである。
「あのバカ、どこ行ったのよ……!」
「考えたくありませんが、里に侵入したオークによって連れ去られた可能性がありますね」
「……ヤバいじゃない」
「ええ。何か痕跡がないか、探しましょう」
診療所を再度飛び出した二人は、もしそうだった場合ミツキの渡したもので本当に何とかなっているのだろうかという疑問がどうにも拭えなかった。
佐藤和真は、異世界に転生してから最大のピンチを迎えていた。何がどうピンチなのかを一言で伝えるのは難しい。ただ、ナニがピンチなのかは明らかだった。
「ふふふ。中々面白いことをしてくれるじゃない」
そう言って彼女は笑う。その仕草でちらりと見えた舌が唇を湿らせ、どことなく甘い空気を醸し出す。
が、状況はあまりよろしくない。カズマは地面に寝かされているし、彼女はそこにまたがるような体勢を取っている。まあ言ってしまえば襲われている状態だ。性的な意味で。
勿論襲っている相手はカズマをさらったオークであるし、そんな状態であるから彼はもう必死で逃げようと頑張った。初めての相手が豚の頭部を持つモンスターとかマジ勘弁と抗った。まあ結局無意味だったわけだが。
所詮低ステータスの《冒険者》。様々な種族を交配を繰り返したオークに敵うはずもなく、この体勢になってからは碌な抵抗も出来ていない。だがそれでも。カズマは何とかして現状を打破する手段を模索した。恐らく今までの中で一番必死で思考を巡らせた。まあ結局無意味だったわけだが。
そんな時に思い出したのが例の薬瓶である。ミツキの言葉を信じるならば、これをオークに飲ませれば自分の悩みが解消される。勿論かもしれないであり、思い切り胡散臭く信じるか信じないかで言えば当然信じていないのだが、それでも。
「待って! ちょっとこれ飲んでみない!?」
「ん? りんごジュースみたいね。別にいいけれど」
そんなやり取りでえらくあっさりそれを飲んだオークは、その直後全身が軋むような感覚で思わずのけぞった。マジか本当に効いた、とカズマはその隙を逃さないように馬乗り状態から逃れるとすぐさま逃亡を。
「逃さないわよ♪」
などということが出来るはずもなく。あっさりと捕まった彼は再び同じ体勢になってしまったわけなのだ。
が、そこからが問題であった。最大のピンチになったのはここからであった。
「いや待って! そういう効果!? 悩みが解決ってそういう意味!?」
カズマが悶える。先程のオークの笑みに、その唇に、思わず視線を向けてしまったのを悔やむように頭を抱えながら、彼は叫ぶ。
「別に私は構わないわよ。こういう趣向も、悪くないわ」
右手を自身の胸に添える。むにゅりと柔らかな弾力を持ったそれが形を変え、カズマの目の前で揺れていた。そこに視線を固定させながら、カズマはいや違うそうじゃないと必死で言い訳をする。こいつはさっきまで二足歩行する人型の豚モンスターだったんだぞ、と己を落ち着かせる。
「あら。でも今は、違うでしょ? あなたの好みの、人間の、お・ん・な」
馬乗りの状態から、腰を落とす。むっちりとした太ももと張りのあるヒップがカズマの下半身に触れ、彼は思わず変な声を出した。そのまま覆いかぶさるように、彼女は彼に顔を近付けていく。先程まで彼女自身の手で形を変えていた胸は、カズマの胸板で潰れ、ぐにぐにと歪んだ。
そして至近距離に。さっきまで豚だったとはとても思えない、どこか勝ち気な瞳を持ったほんの少しだけ幼さの残る美少女が妖艶に微笑んでいる。オークの元々の体毛を反映したのか、薄桃色のロングヘアーを左右でくくった髪型が顔立ちによく似合っており、むっちむちのボディと組み合わさってかなりの破壊力を誇っていた。
「さ。もういいかしら。私といいこと、しましょ?」
「あ、はい。――じゃなくて! 待って! ほ、ほら話をしよう!?」
「いいわよぉ。何を話すの? あなたのちょっぴりイケナイ性癖の話?」
そう言いながら、美少女に変化したオークがカズマの上着を脱がしにかかる。先程よりもダイレクトに向こうのおっぱいが感じられるようになり、彼は再び変な声を出した。
ダメだ。これ以上はダメだ。間違いなくこのまま食われてしまう。性的な意味で。そして何が問題かって見た目がエロ可愛い美少女になっちゃったおかげで逃げるための必死さが足りない。カズマの中でそんな結論を弾き出し、これはむしろ逆に大ピンチになったのではないかと思い始めた。今更である。
クス、と笑った元オークは、カズマの手を取り自身の胸に押し当てる。あ、やばいこれ上書きされちゃう。そんな最低な感想を抱いたカズマを気にすることなく、そのまま彼の手の平に顔を近付けた。そして。
「ひゃぁん!」
「うふ。ちょっとした味見♪」
手のひらを舐めた。見た目が美少女なので間違いなくいかがわしいビジュアルである。当然カズマもそう思ったし、なんなら舌が気持ちよかったとか考えていたりもする。
「ダメだダメだダメだ。俺は騙されないぞ。これいざおっぱじめるとオークに戻るやつだろ!? 時間制限がタイミングよく発動するやつだろ!?」
「んー。本当ならありのままの私を愛して欲しいけれど。まあ今回は妥協してあげる。そんなに心配なら、もっと飲めばいいでしょう? 知ってるわよ、まだあるの」
「あ、その手が。じゃない! こんな流されるまま初体験ってなんか妙にリアル感あるのもどうかと思うんだよ俺! 大体こういうのって最初は心に決めた人とかさぁ!」
「いいじゃない。それとも、私のこの体は、嫌い?」
おっぱいを押し付け、カズマの下半身に自身の下半身をグリグリと押し付けた。疑いようもないほどのいかがわしい行為であり、まさにこれからおっぱじめるであろう男女のあれこれである。
「ま、待って! そ、そうだ。な、名前! 名前と歳とか、そういうの知らないままヤッちゃうのって寂しいだろ! 自己紹介、しよう!? 俺は佐藤和真って言います! ちょっと前に十七になったばかりで」
何とかして気を逸らして、一歩間違えるとそのまま流されるように搾り取られるこの現状をどうにかしなくてはいけない。いいじゃんもう、可愛くてエロいし、戻らないように薬飲んでもらって諦めようぜ。そんなもうひとりのカズマの誘惑を振り払いながら、彼は必死で逃げ道を探す。
「ピチピチの十六歳、オークのスワティナーゼよ。年も近いし、体の相性も、きっといいわぁ。さ、じゃあ次は――あなたの息子を、そろそろ紹介してもらいましょうか!」
「クライマックスぅぅぅ! いや待って! まだほら、俺の息子はシャイだからさ! ね!? もうちょっとお互いのこと知ってから」
「あら、その割には……私の股ぐらで元気に起きてるみたいだけど」
「俺の息子が反抗期ぃぃぃぃぃ!」
今日も元気に頑張るぞいしているカズマのカズマさんを見て、見た目だけは美少女になったオークが舌なめずりをする。ズボン越しにそれをさすり、中々の一品じゃないと楽しそうに笑った。
じゃあそろそろヤッちゃいましょうか。ズボンを脱がし、パンツ一丁になったカズマの上で、むっちむちのツインテール美少女の見た目をしたオークという説明をしても理解できない状態となったスワティナーゼが自身の服に手をかける。元々オークの状態で薄着だったので、現状体操服姿的な状態であったそこから、半裸、そして全裸へとフォームチェンジを行っていくのだ。勿論カズマに目を逸らすという選択肢はなく、おっぱいとかその他諸々がモロになっていくのを抵抗することも出来ずに黙って見ていることしか出来ない。
決して抵抗しなかったわけではない。出来なかったのだ。
「ああ、そう言えば。あなた、着たままのほうが好きな人?」
「服によるかな。って違う! そもそも俺はそんなことをするつもりが」
「随分と立派な息子だこと」
「息子の親離れ早すぎるんですけどぉぉ!」
終わった。何だかんだ多分気持ちいいんだろうな、とか至極どうでもいいことを考えながら、カズマはもう天井のシミでも数えようと諦めの境地に達した。ちなみに野外なので天井など無い。
あるのはこれからカズマのカズマさんを咥えて離さないようにと完全に獲物を食らう目をしているおっぱい丸出しのスワティナーゼと、木々の合間に見える空。
そして、横から迫ってくる巨大な斧。
「ぐはぁ!」
スワティナーゼが吹っ飛んだ。合体前だったので衝撃でもげることこそ無かったが、割とギリギリだったのであっという間にカズマのカズマさんは大人しくなる。我が息子よ、割とこのパターン多いよな。ホロリと自身の下半身の不憫さを嘆きながら、カズマは即座にズボンを履き直し体を起こした。間違いなく誰かが乱入してきた。それが味方ならばいいが、もし敵、あるいはそれに準ずるものだった場合。
「はぁ……」
「うえ?」
そんなカズマの視界に映ったのは、振り抜いた斧を杖のようにしてもたれかかっている一人の少女。見覚えはある。確か診療所で花の交換をしていた美少女だ。そんな彼女は、何とも言えないアンニュイな、というかやる気のない表情でこちらを眺めていた。
「運命の人……。そんな文言に踊らされた私が愚かだったのでしょうか」
はぁ、と溜息を一つ。そうしながら、彼女はいいえと頭を振る。まだそう断ずるのは早い。あの占いも、まだ鮮明ではなかった。ならば、運命を感じるのはこれからの可能性だって十分にあるはずだ。
「ですが。現状はこれっぽっちも感じませんわね」
「何か唐突に現れて唐突にダメ出しされた気がするんですけど」
「まあ、いいでしょう。大切なのは、これから」
「あー、分かったぞ、この子人の話聞かないやつだ」
とりあえず敵ではない気がする、とカズマが安堵したそのタイミングで。彼の背後で何かが立ち上がる気配がした。振り向くと、色々丸出しのスワティナーゼが痛いじゃないのとこちらを睨んでいる。薬の効果がまだ続いているので、カズマにとっては思い切り眼福、もとい、目の毒であった。
「流石はオーク。一撃では沈みませんか」
「当然よぉ。私達はね、愛のためにいくらでも強くなれるんだからぁぁ!」
「あんぎゃぁぁぁぁ!」
叫びと同時に美少女がオークへと戻っていく。勿論服のはだけ具合はそのままなのでカズマは絶叫とともに本来のスワティナーゼの裸から逃げ出した。そうしながら、よかったあのままだと絶対トラウマになってた、とこっそり安堵した。薬飲ませてからじゃなきゃダメだったな、と助かったからなのかかなり最低なことも考えた。
そんな彼のことは気にせず、スワティナーゼは彼女へと襲いかかる。が、一撃を手にした斧で軽く受け止めると、ぐるりと力任せに振り回し再度オークを弾き飛ばした。
「無駄ですよ。……さっき、あなたは言いましたね」
「な、何をよ……?」
「愛のためならばいくらでも強くなる、と。奇遇ですね、私もそうです」
斧を地面に打ち付ける。大地が割れ、亀裂が走った。そうしながら、彼女は笑う。クスクスと、独特な笑い方をする。
「運命の人を、愛を、見付けるために」
「……あんた、ひょっとして」
スワティナーゼが目を見開く。思い出したのだ、風のうわさを。狙った獲物はどんな相手でも粉砕することから、あの難攻不落であった巨大兵器になぞらえて呼ばれている冒険者の話を。人でもないオークにすら届く、その二つ名を。
「私は、いくらでも強くなりますわ」
「《
その言葉に答えるように、彼女は手にした斧をもう一度振り上げた。正解だ、と言葉にはせずとも、その表情が物語っていた。
「クスクス」