プリすば!   作:負け狐

13 / 214
Q:お前その格好させたかっただけだろ

A:はい


その13

 真っ黒な服装に仮面。明らかに怪しいその姿の男は、隣の仮面をつけた少女を見て口角を上げた。

 

「いやお前なんだそれ」

「あんたに言われたくないわっ!」

 

 勿論仮面の男はカズマであり、仮面の少女はキャルである。普段の冒険者服から黒装束に着替えた彼とは違い、キャルは普段の服装を黒っぽくした程度の代物だ。元々が濃い青、濃紺を基調としていたタイプだったので、正直そのままでもよかったのだが、何となく雰囲気で着替えたらしい。胸元や肩口のファーと網タイツが、どことなく仲間を裏切った悪役のようにも見える。

 とりあえずそんな服装と仮面の感想を言い合いながら、二人はこっそりと件の教会へと向かっていた。目的はそこにある溜め込んでいるであろうお金。それを奪い取って正当な報酬にする。という建前だ。

 

「ある程度暴れたらユカリさんが踏み込んでくれる手筈になってるから、それまでに清貧だからとか抜かして報酬ケチった生臭坊主の懐を全開にしておく。ここまではいいな?」

「勿論。しかし、出来るだけ怪我人は出さない方向っていうけど……」

 

 夜道を駆けながらううむとキャルは唸る。そんな彼女を見てどうしたんだと声を掛けたカズマであったが、彼女の口元がニヤリと笑みを浮かべたことで大したことではないと判断した。目は仮面で隠されているが、恐らく不敵な笑みでも浮かべているのだろう。

 

「手加減、苦手なのよねぇ」

「ああそうかい。まあ確かに、お前のスキル派手な魔法ばっかだったしな」

「ちゃんと生活の役に立つ魔法も覚えてるわよ」

「両極端だな」

 

 はぁ、と小さく溜息を吐いたカズマは、そろそろだなと歩みを止めた。目的地はすぐそこ、ここから先は何も考えずに進んではマズい。

 

「……俺一人の方が良かったんじゃ」

「今更何言ってんのよ。一応、怪我させないやつもあるから大丈夫よ」

 

 ホントかよ、とカズマはキャルを見やる。口元しか見えないのでどうにも表情が読みにくいが、少なくとも場数は自身よりも数段踏んでいるだろう。ならば、確かに今更、心配することなどない。

 

「それより、そっちこそ大丈夫なの?」

「嘗めるなよ。この仮面持ってきてくれたユカリさんの友人とかいう獣人の盗賊の人に、新たなスキルを教わったからな」

 

 あれは間違いなく猫の獣人だと断言出来るレベルのコテコテさであった、とその盗賊の女性を思い出す。まさか語尾に「にゃ」をつける猫獣人が本当にいたとは。

 ともあれ、その女性から学んだ新たな盗賊スキルが、《バインド》だ。ロープなどを使い、相手を拘束することが出来るスキルで、今回のように相手を討伐するわけではない状況にはうってつけといえるだろう。

 

「……そもそも、その仮面なんなの? 白黒で、変なの」

「いや、何かオーナーの試作品だって話だ。最近この辺にこの仮面をつけた人形みたいなモンスターがちょくちょく発見されてるんだと。何でも触れると爆発するらしい」

「へー……。ちょっと待って。それで何でその仮面を作ろうと思ったわけ?」

「さあ……?」

 

 顔も見たことのないオーナーとやらがお嬢様高笑いを上げている姿を幻視したカズマは、細かいことは置いておこうとそれを流した。キャルもそれには同意し、改めてと教会を見やる。見た目は確かにみすぼらしく見えるが、しかしその実そう見せているだけであるのは既に調査で判明していた。昔はまだしも、今は既にプリーストとは名ばかりの冒険者崩れが多数ここの所属となっていることも把握済みである。

 

「しかし、あの人凄いわね……第一印象で完全に嘗めてたわ」

「ああ。ただの麦しゅわガンギマリねえさんじゃなかったんだな」

 

 シラフのユカリの仕事ぶりは凄いの一言である。それらの調査をまとめたのも全て彼女であるし、その傍らコッコロの手伝いの指示とウィズへの説教も並行していた。出来る女を自称していたが、あながち嘘ではないと自らを持って証明していた。

 カズマにとってはその姿は驚嘆であった。今までの変人窟を覆すそれに、ひょっとしてアクセルは凄いのではないかとほんの少しだけ評価値が上がっていく。

 よし、とカズマはキャルの手を握った。ひゃん、と急なそれに思わず声を上げてしまった彼女に静かにするよう言いながら、彼は潜伏スキルを発動し気配を消す。

 

「……先に使うって言いなさいよ」

「最初からその手筈だっただろ……」

 

 ヒソヒソとそんな会話をしながら、二人はこっそりと教会の敷地に侵入する。握ったキャルの手はすべすべで、何だかとてもいけないことをしている気がしないでもなかったが、これはあくまで仕方ないことだと自分に言い聞かせながらカズマは裏口の近くにある窓へと近付いた。

 

「《フリーズ》」

 

 窓ガラスを急速に冷やす。そうした後ティンダーで熱すると、殆ど音を立てずにガラスが割れた。鍵を開け、そこからこっそりと侵入する。侵入した部屋には誰もいないようだったが、いざここから部屋を出て廊下を歩き溜め込んでいるであろう場所まで向かうとなると中々に骨が折れる。

 

「さて、どうするか……」

「まあ、基本は見付からないよう慎重に、だけど」

 

 何かない? とキャルはカズマに問い掛ける。そういきなり言われても急にアイデアなど降って湧いてくるわけでもなし。人がいないのをいいことに、暫しそこでカズマは思考を巡らせた。

 懐からロープを取り出す。出来るだけ相手を傷付ける気はないが、それでも使えるものは使うと基本の装備はほぼ持ってきていた。お目当てのものとロープを組み合わせると、これでよしとカズマは笑う。

 

「……え? それで何する気なのよ」

「まあ見てろ」

 

 そう言って部屋を何ら警戒することなく出た彼は、早速教会にいたプリースト崩れと鉢合わせした。何だお前は、と明らかに聖職者らしからぬ武器を取り出したそのプリースト崩れの男に向かい、カズマは焦ることなくロープを投げる。

 

「《バインド》」

「なっ、がっ」

 

 即座に男は縄に絡め取られ床に転がされた。それだけならまだどうとでもなる。口も塞がれてないので、助けを呼ぶことも出来る。だというのに、男はそのまま痙攣し動かなくなった。何かを言おうとしているが、呂律が回っておらず大声も出せていない。

 

「……何事?」

「麻痺毒をロープに染み込ませ、《バインド》で相手に巻き付くと同時に発動するようにしてみました」

「うわぁ……」

 

 陸に上がった魚のようになっている男を見ながら、キャルは何とも言えない表情を浮かべる。仮面のおかげで見えないのが幸いか。ともあれ、これで見張りはなんとかなるだろうと胸をなでおろした彼女に向かい、カズマは何を言ってるんだと肩を竦めた。

 

「へ? いやでも」

「ロープは数が限られてんだぞ。一々こんなことはやってられん」

「じゃあ、どうすんのよご主人さま」

 

 それは、と言いかけた辺りで廊下の向こう側が騒がしくなる。どうやら先程の男の声を聞いていた連中がそこそこいたようだ。追加きたわよ、と慌てるキャルに、待っていましたとばかりに彼女の手を引き部屋のドアの影に隠れると潜伏を行った。

 

「近い近い近い!」

「我慢しろ。それよりも、ほれ」

「一体何が……え?」

 

 バインドで拘束された男を見て近付いていく同じような冒険者崩れは、その男に触れた途端電流にでも打たれたように跳ね上がり倒れ伏した。同じように男に触れた連中が感染でもしていくかのようにバタバタと倒れていく。拘束された男を中心に、あっという間に痙攣する人の塊が出来上がった。

 

「……え?」

「BB団団員から取得したスキルその二、《ブービートラップ》。ロープに染み込ませた麻痺毒を、スキルを使って周囲にも撒き散らしてみました」

「……あたし、もしあんたと戦う時は遠くから範囲魔法で消し飛ばすことにするわ」

 

 ロープで縛られた状態でビクンビクンと痙攣するのはまっぴらごめんだ。そんなことを思いつつ、アホなこと言ってないで行くぞというカズマの声に頷き、男達を放置して目的地へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 どうしてこんなことに。教会の代表者であるプリーストの男は、目の前の女性と数人の警官を見て顔を青ざめさせた。何故このタイミングで、そう叫びたいのを必死で押さえながら、男は警官達に弁明をする。

 が、それを聞いていた女性が、それはおかしいですねと小首を傾げた。

 

「おかしい、とは」

「ベルゼルグ王国の法では、教会に対する資金繰りは一定額と定められていますよね? 規定第二十三条と、それに関連するアクセルの自治法十二条。それを超える額を溜め込んでいるにも拘らず、墓地の浄化は冒険者任せで、最低賃金……。その辺りは、どう説明します?」

「……っ!?」

 

 ペラペラと法律を述べる女性――ユカリに、男は驚愕し、言葉が止まる。が、すぐに表情を戻すと、一体何のことですかなととぼけるように笑みを浮かべた。そんなお金など溜め込んでいない、この教会は清貧を美徳としていて、皆慎ましい生活をしているのだ。そう言って祈りを捧げるように両手を組むと、彼は天を仰ぎ。

 

「――ん?」

 

 その頭上から大量のエリス金貨と紙幣、そして宝石が降ってきたことで目を見開いた。ジャラジャラ、バラバラと雨のように落ちてくるそれを、男も警官も呆然とした表情でただ眺めている。

 

「……これは、一体?」

「さ、さあ? エリス様の思し召しですかな?」

 

 ユカリの言葉に視線を逸らしながら男はとぼける。が、それを聞いた彼女はそうですかと笑みを浮かべた。つまりこれはこの教会で溜め込んでいたものなどではないんですねと彼に述べた。

 

「ならば、ベルゼルグ王国規定第六十条に則って、アクセルの貴族……この地区ですと、ウィスタリア家預かりとさせていただきますね」

「なっ!?」

「あら? 何か問題が? これらは、こちらのお金ではないんですよね?」

 

 そう言って笑顔を向ける彼女に、男は口をパクパクとさせる。先程のやり取りがある以上、この大量の金と宝石が教会の資金だと言ってしまえば処罰が下る。逃げ道を塞がれている以上、これを全て再び自分の懐に戻すのは難しい。

 だが、と男は思考を巡らせる。目の前に警官がいるとは言え、平が数名。先程からこちらを責める人物よりは御しやすい。そう判断すると、おおこれはと宝石を手に取りわざとらしく驚いたふりをした。

 こちらの宝石は、教会でいざという時のために保管しておいた貴重なものだ。この間盗まれてしまったのだが、今ここにこうして戻ってきた。臆面もなくそう言い切った。

 

「成程。つまり、その宝石が戻ってきたのがエリス様の思し召しだ、と」

「ええその通り。やはり、エリス様を信じてい、れ、ば……」

 

 ピラピラとユカリが一枚の紙を掲げる。それは宝石の売買記録。日付はつい最近。ここに書かれている宝石と、その戻ってきた宝石とやらが一致すると非常に問題なのでは。そう言って彼女は笑みを浮かべた。

 

「で、でたらめだ! エリス教徒の私にそんな詐欺まがいな」

「書類の正しさなら、わたしが保証しますよ」

 

 警官の後ろから一人の少女が前に出る。一緒にそれを確認したので、間違いない。そう言って彼女は笑みを浮かべ、素直に謝っちゃいましょうと男に述べた。

 何を言っていると男は少女に返す。どこの馬の骨だか分からない小娘が一体何を保証するというのだ。直接口には出さないが、似たような意味合いを丁寧な口調で告げ、警官達に声を掛ける。自分よりも、こちらの詐欺を仕掛けてきた女共を捕まえた方がいいのでは、と。

 

「……駄目ですか。本当なら、こういう使い方はしたくないんですけど」

 

 少女はそんな男の態度を見て眉尻を下げた。しょうがないですね、と言いながら、腰のポーチからペンダントのようなものを取り出し、男にだけ見えるようにそっと。

 

「……え? あ、あなた様は……!?」

「これで、身分の保証にはなりますよね?」

 

 

 

 

 

 

「っと。あれ、何だ? 何であのおっさんペコリーヌに土下座してんだ?」

「……ペコリーヌというより、二人にじゃない? よっぽどユカリさん達の証拠が効いたのかしらね」

 

 教会に隠してあった財産をばら撒き終わったカズマとキャルは、少し離れた場所で待機していたコッコロと合流、着替えを済ませて何食わぬ顔で向こうの野次馬を行っていた。

 が、予想していたものとは少し毛色が違い、一体何があったのだろうかとカズマは怪訝な表情を浮かべる。カズマ達と違い、途中まで向こうと行動していたコッコロも、あの場面自体は見ていないので何が起きたか分からず首を傾げるばかりだ。

 とはいえ、話自体はどうやら決着がついたらしく、ガクリと項垂れた男はそのまま警察に付き添われて教会の中へ。そしてばら撒かれた財産はユカリが回収し、そのまま用意していた荷台に乗せている。

 

「ただいまー。一件落着ね」

「わたしとしては、最後のはあまりやりたくなかったんですけどね~」

 

 荷台を引っ張りながらユカリとペコリーヌがこちらにやってくる。予想通りの結果になって満足しているユカリとは違い、ペコリーヌはどこか困ったような表情を浮かべていた。

 

「まあ、しょうがないんじゃないですか? 言いふらしもしないでしょうし」

「そうかもしれませんけど。わたしとしては、ああいうの好きじゃないんですよ」

「そういう清濁を使い分けるのも、後々重要だと思いますよ?」

 

 そう言ってウィンクするユカリに苦笑を返したペコリーヌは、とりあえず今はただのペコリーヌでいたいんですと続けた。そうしながら、カズマとキャル、そしてコッコロに視線を向ける。

 

「いや、普通にバレるでしょう……」

「案外バレないものですよ?」

 

 そっちだって最初は気付かなかったくせに。そう言って頬を膨らませたペコリーヌに、ユカリははいはいごめんなさいと笑顔を見せた。先程までの態度を戻し、そういうことならこっちも遠慮なくペコリーヌとして扱うからと言ってのけた。

 

「主さま? どうされました?」

「いや、何か聞いてはいけないようなことを聞いた気がしたから、俺はとりあえず忘れることにする」

「そうね。その方がいいわ」

 

 カズマの言葉に同意するようにキャルが呟く。厄介事は近付かないに越したことはないのだ。うんうん、と一人頷き、彼女は拳を握り天を仰ぎ見る。適当に生活できて、だらけられる。それが一番だ。問題なんか別にいらない。

 その決意というか、宣言というか。それがどこぞの誰かのようなことを言ってるのだと、キャルは気付いていないようであった。

 

「ところで、あのクエストの報酬って結局増えるのか?」

「あ」

 

 次回のコッコロの給料は、前回の三倍になっていた。

 




ちょっと一区切り的な。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。