「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」
ドサリと倒れる。視界いっぱいに映る空を暫し呆然と眺め、シルビアは恥も外聞もなくボロボロと涙を流した。死ぬかと思った。否、死んだ。確実に死んだ。木っ端微塵になった。
ここは紅魔の里から少し離れた場所である。ドールマスターの用意したキャルの人形を動かして殴り込みをかける際に、いざという時のために出来るだけ距離を取ろうと決めた位置である。
だから、ここには誰も来ていないし、危険もない。
「戻ってきたか。消滅の瞬間まで意識を共有していたので心配したが、無事なようで何より」
傍らに佇んでいたドールマスターがそんなことをのたまう。が、シルビアは倒れたまま動かない。ただただ泣きじゃくるのみである。
「……どうした?」
「やだぁ……もうやだぁ……」
「お、おう?」
何か泣き言いい始めた。見た目的に物凄くアンバランスなことをやりだしたシルビアを見て、彼はちょっとだけ引く。引いたが、しかし心当たりがあったのか即座に表情を戻した。
「やぁだぁ……おうち帰るぅ……おそと出たくない……出たくないぃ……」
「……うわキツ」
心当たりがあっても目の前の光景は中々にアレである。いやこうなった原因自分だけどさ、と思いはするのだが、それで割り切れるかといえば答えは否なわけで。
「落ち着いてくれ。大丈夫だ、もうあなたを攻撃する相手はいない」
「ほんとう? もうシルビアいじめられない?」
「うわキツ」
もう一度言うが、自分が原因だろうがなんだろうがこの光景は中々にアレである。こころなしか潤んでいるその瞳が幼さを宿したものになっているのが拍車をかけているようであった。
「……と、とにかく帰ろう。魔術師殺しのサンプル自体は回収したのでな。一応任務自体は達成と言っていいだろう」
今回の戦闘の様子を見る限り、これがあってもちょっと対策面倒だな程度で済まされるような気がしないでもないが、無いよりはマシだろう。そんなことを思いながら、ドールマスターはシルビアの手を取って立たせる。
「帰るの? しるびあのおうち、帰る?」
「キッツ……」
何度でも言うが、目の前の結果が全てである。原因とか過程とかその辺は置いておいて、とにかくシルビアのその姿がアレなのだ。
「もう、こわいものいない? しるびあこわいのやぁなの……おそと出るの、やぁ……」
「キツい……」
ドールマスターの返事がワンパターン化してきた。自身の精神がガリガリと削られるような思いを感じつつ、とりあえず療養させておけばそのうち治ってくれるだろう。そんなことを思いながら、彼はそこでふと思う。
シルビアの精神退行は恐らく自身の人形による侵食が原因だろう。魔王軍になる前は、己の領域で道具を蔑ろにしている連中を幼児化させていたこともある。
だが、あくまでそれは人間の冒険者が対象であったし、魔王軍幹部などという大物に通用するとは思っていなかったので、その辺つけっぱなしにしていたのだが。
「これは、案外他の種族にも有効なのかもしれん」
魔王軍に所属したからには、人間一辺倒のスキルにも改良を加える必要がある。今回のこれはいい転機になった。
「差し当たっては、サンプルが必要だな。……人間以外の強力な種族を対象に出来るのが望ましいが」
あまりにも人型とかけ離れていると勝手が違いすぎる。それらに該当するものといえば。
そこまで考え、思い付いた。思い付いたが、そうそう簡単にサンプルが見付かるとは思えない相手でもある。
「ううむ。どこかに、幼児化出来そうな上位種のドラゴンでもうろついていないものか……」
「くしゅん!」
「どうした? 風邪か?」
同時刻。一人の少女が先端を三編みにした水色のセミロングを揺らしながらくしゃみをしていた。その横に立っている長髪の男性が、少女にそんな声を掛ける。ぶっきらぼうではあるが、それにはどこか優しさが感じられた。
「う、ううん。大丈夫よ、兄さん。きっと、どこかで誰かが私の噂でもしていたんじゃないかしら」
「……それは、碌なものではないだろう」
「あはは……。で、でも、ほら、この間の豚獣人の紳士さんなんかはまだ」
「奴が例外なだけだ」
取り付く島もない。そんな兄の言葉を聞いた少女はあははともう一度苦笑し、とにかく大丈夫だと言葉を続けた。
そうしながら、今度はどこに向かうの、と彼に問う。目的もなく旅をしている、というわけでもなかったが、最近は割と考えなしにぶらついているようにも思えたからだ。
そんな彼女に、兄はそうだな、と少し考える素振りをした。今いる場所と照らし合わせ、恐らくお前も知っているだろうがと前置きをする。
「ブライドル王国か、ベルゼルグ王国のどちらかに向かう」
「それって、両方とも」
「……ああ。ホワイトドラゴンの気配が感じられる場所だ」
自分達と同じ。言外にそう続けながら、彼は歩みを進める。少女はそれを追い掛けるように、少しだけ小走りで足を動かした。
「あ、でもブライドル王国のホワイトドラゴンって、噂になっていた騎士の相棒よね? 簡単には近付けないんじゃない?」
「そうだな。……ならば、まずはベルゼルグ王国か」
こちらはドラゴン本人ではなさそうだが、手掛かりぐらいにはなるだろう。そう結論付け、二人は行き先を決定させた。
「碌でもない連中がいなければいいのだがな……」
「心配し過ぎよ、兄さん。きっと私達を受け入れてくれる人だって沢山いるわ」
「……碌でもない連中がいなければいいが」
「どうして二回言ったの!?」
はぁ、と溜息混じりで述べる兄を見て、少女はそんなツッコミを入れていた。
『あー……酷い目に遭った』
「見事に重なりましたね」
「あはは、やばいですね☆」
戦闘から一夜明けた、紅魔の里。あるえとアンナの事務所に泊まったカズマ達は、無事に平穏な朝を迎えたことでようやく一息ついていた。げんなりしているカズマとキャルに対して、コッコロとペコリーヌはそれほどでもない。
とはいえ、愚痴なら聞きますよという二人の厚意に甘えることも出来ない。キャルは例のアレが原因である以上、口にするのもげんなりするのだ。何が悲しくて自分の偽者が股間にテント張ってた話を蒸し返さねばならんのだ。
そしてもう一方のカズマはもっと顕著である。彼の酷い目の大半はオークに襲われかけたことだからだ。ド直球の下ネタだからだ。何が悲しくてこの二人にそんな話をせねばならんのだ、というわけだ。
「まあ、もう終わったことだし。忘れようぜ」
「そうね。うん、そうよ、それがいいわ」
謎の連帯感を見せて誤魔化しにかかった二人を、コッコロもペコリーヌも静かに見守る。言いたくないことを無理に聞く必要もない。彼女たちの見解は概ねこれである。
ともあれ。事態が一件落着したので、一行としてもここに留まる理由はない。そろそろ帰るか、というカズマの意見に、別段異を唱える者はいなかった。
「おや、もう帰るのかい?」
そうして帰り支度をしていると、事務所にやってきたあるえが少しだけ寂しそうにそう述べた。貴重な読者が離れてしまうのは中々の損失だ、とそれを隠そうともせずに彼女は続ける。
「せっかく新作の構想も出来てきたのだがな」
後ろにいたアンナもそんなことをのたまう。執筆の準備をし始めているところからすると、早速それに手を付け始めるつもりらしい。
それにちょっぴり興味が湧いたのはカズマである。何だかんだめぐみんモチーフの小説は楽しんだので、新しい話とやらがどんなものになるのか気になったのだ。
「なら、もう少し留まっていくかい? 出来上がったらすぐに見せられるように」
「我が執筆を愛する者を満たすことを確約するぞ」
「あー、いや。それは遠慮しとくよ」
ぶっちゃけそこまでして読みたくはない。流石に口にはしないが、彼としては出来上がったらそのうち見せてもらおうかな程度である。本屋で新刊を見かけたら買う程度である。積極的に情報を集めて予約して購入するレベルの情熱は持っていない。
それは残念、とあるえが肩を竦める。ならば我が書の完成を待つが良いと笑みを浮かべるアンナも、無理に引き留める事はしないようだ。
「それがいいですよ。この二人と一緒にいたら、日常が全て小説のモチーフにされかねませんから」
途中から聞いていたのだろう。いつの間にかやってきためぐみんが、げんなりした表情で二人を見ていた。そうしながら、一応言っておきますがと言葉を続ける。
「許可は取ったんですよね?」
「心配いらないよ。あくまでメインのモチーフはめぐみんだ」
「私は許可してませんけど!?」
「何故だ? 以前の約束を違える気か?」
「今回の! 許可は! 出してませんけどぉ!?」
がぁ、と叫ぶめぐみんに、二人はまあ落ち着けと軽く返す。ざっけんなと額に十字が浮かび始めていたが、毎度毎度のことなので彼女もそこで踏みとどまった。
ゼーハーと息をしながら、彼女は振り返る。そういうわけですので、とカズマ達を真っ直ぐに見た。
「無許可であなた達を書いていたら遠慮なく燃やしちゃってください」
「いえ、流石にそこまでは」
「わたしは別に構わないですし」
「正気ですか!? コッコロなんかは慈悲深き癒やしと風の母なる巫女とかになるんですよ!?」
「そ、それは確かに、少し恥ずかしいですね……」
割と正確じゃないかな、とカズマは思わないでもない。が、それを口にするとあるえ達が喜々として書き始めるので自重した。
「ペコリーヌはきっと、お忍びで世直しをする大国の麗しき姫騎士とかそういう感じになるでしょうし」
「別にそんな麗しくもないですし、世直しだってしているつもりはないんですけどねぇ……」
いやあんた実際やってんじゃない、とキャルは思わないでもない。が、それを口にするとアンナ達が盛りに盛って書き始めるだろうから自重した。
「カズマとキャルは……多分アレがそのままモチーフになりますよ」
『ぶっ殺すぞ!』
誤解だ誤解、とあるえとアンナが説得を成功させるまで、二人の怒りのボルテージは上がりっぱなしだったそうな。
尚、出来上がったら即チェックするという約束を取り付け、一応執筆の許可はおりたらしい。みんな甘いですね、と呆れたように呟いているめぐみんの姿が印象深い。
そんなわけで、ネタも使えて原稿チェックという名の読者も手に入れた二人が、何だかんだで今回一番の勝利者である。
―8―
邪神の消滅事件のほとぼりも冷めた紅魔の里では、今日も一人の少女が元気に里の外で魔法をぶっ放していた。
「《エクスプロージョン》!」
盛大な爆発が起きるが、既に里の紅魔族は慣れっこである。今日もやってるな、とどこか満足げな表情だ。
「まだよめぐみん。威力を高めるのはいいけれど、その分制御が散漫になっているわ。天才肌に胡座をかいては駄目」
「はいっ、師匠!」
倒れためぐみんが勢いよく返事をする。それを聞いて笑みを浮かべたウォルバクは、では次、とその横で緊張している少女を見た。
ゆんゆん、と少女を名を呼ぶ。いい加減慣れなさいと苦笑しながら、爆裂魔法の勢いでこちらにやってくる魔物を見た。
「討ち漏らしはきちんと処理するから、大丈夫よ」
「はははははははいぃぃぃ! お、おおお師匠様!」
「大丈夫じゃないですね」
首だけをそちらに動かしながらめぐみんが呆れたように呟く。事件後、改めて師弟関係を結んだめぐみんとウォルバクであったが、そこに今にも死にそうな表情で待ったをかけた人物がいたのだ。ゆんゆんである。何かもう色々限界でテンパりまくっていて自分でも何言っているか分からない状態ではあったが、とにかく待ったをかけたのだ。
ウォルバクが宥め落ち着かせ、心配いらないと笑みを見せて。そうしてゆんゆんも気付いたら彼女をお師匠様と呼ぶようになった。どういうことなの、と困惑していた彼女を見て、ネネカは楽しそうに笑っていたが。
弟子になったからにはきちんと面倒を見る、というあたりが彼女の人の良さを表しているが、ともあれ今日も今日とて二人は修行で腕を上げていくのだ。
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」
「お疲れ様」
尚ゆんゆんが疲れているのは大半がテンパっていることによる緊張である。これでもましになっているのだから恐ろしい。
今日はここまで、ということでホーストがめぐみんを脇に抱える。その背中には野次馬をしていたこめっこもいた。完全に懐いたらしい。
そんな出来事が日常として定着しきった頃。ウォルバクはとある街から届けられた手紙を見て難しい顔を浮かべていた。
「どうしたんですか、師匠」
「あれ? それお手紙ですか? じ、実は私も前に文通してたことがあって、アオイちゃんっていう……」
「ゆんゆんのそれとは関係ないでしょう」
ばっさりといく。そうしながら、めぐみんは再度ウォルバクを見る。溜息を吐いた彼女は、見てもいいわよとめぐみんにそれを手渡した。
差出人は、ネネカ。そして用件は。
「アクセルに来い、ですか……」
「向こうでやっている研究所とやらに人手が足りないらしいわ」
「マサキを呼び戻せばいいのでは?」
ネネカの騎士であるマサキは、現在この紅魔の里でホーストやアーネスと謎施設を補修中である。中々に使えそうな研究所跡ですね、という彼女の一声で決まった作業だが、しかしそれでも本拠地を疎かにするほどの価値はないはずだ。
「建前でしょうね。私を手元において研究を進めたい、といったところかしら」
やれやれと肩を竦める。こんなあからさまな要望を出してくるということは、半ばからかっているも同義だ。同時に、それにこちらが乗っかるということも確信しているという自信の表れだ。
もしくは、そう。
「……めぐみん。あなたはどうするの?」
「え?」
「恐らく、この手紙にはあなたも来るように書かれているわ」
可能ならばゆんゆんも。そう続けたが、彼女は即座に後ずさりしてぶんぶんと首を横に振っていた。彼女の中でネネカは分身する謎の怖い人で固定されている。これが解けるのはまだ時間がかかるであろう。
はぁ、とめぐみんはゆんゆんを見やる。そうしながら、彼女は覚悟を決めたようにウォルバクへと振り返った。
「行きます」
「めぐみん!?」
「どのみち私はあの人との共同研究を約束しています。紅魔族としてあの誓を違えるわけには行きませんし。……何より、まだ師匠と離れたくありません」
自身の爆裂道はまだ始まったばかりなのだから。そう迷いなく言い切っためぐみんを見て、ウォルバクはしょうがないと苦笑した。なら、準備を済ませましょうと言葉を続けた。
それからはあっという間。ホーストとアーネスにはここを頼むとお願いをし、ゆんゆんが来たくなったら送ってあげて欲しいとも付け加えた。
そうしてアクセルへと出発する時、ウォルバクはああそうだとめぐみんを見る。どうしましたかと首を傾げる彼女に向かい、悪戯でもするかのように口角を上げた。
「せっかくだから、名前も変えましょう」
「名前、ですか」
「ええ。ウォルバクではなく、紅魔の里からやってきた人らしく、ね」
えぇ、と見送りのゆんゆんは眉を顰めるが、当のめぐみんはノリノリである。ならばとっておきの名前を考えましょうと弾けるような笑顔を見せ、そして。
「決めました!」
彼女はそれを告げる。えぇー、と引くゆんゆんではあったが、ウォルバクは気にしていないようなのでもういいかと諦めた。
「じゃあ、今この瞬間から。邪神ウォルバクは完全に消滅よ。そして――」
楽しそうに彼女は笑う。以前とは違い、信頼できる仲間が増えた状態で、とっておきの弟子も出来て。
かつてない幸せを噛み締めながら、彼女は笑う。
「我が名はちょむすけ! 才能ある紅魔族めぐみんとゆんゆんの師匠であり、爆裂魔法を始めとした数多の魔法を教示せしもの!」
―□―
第七章、完!