クエストの目的地に辿り着くと、そこには先程言われていたように先客の姿があった。そんな先客である金髪のチンピラは、やってきたカズマ達を見て、正確にはペコリーヌを見て顔を顰める。
「何で来たんだよ」
「理由は多分ダストさんと同じですよ」
しれっとそう述べた彼女を見て、ダストはガシガシと頭を掻く。非常に嫌そうな顔をしながら、邪魔はすんなよと踵を返した。
そんな二人を見ていたカズマ達は、改めて思う。何であいつペコリーヌに時々当たり厳しくなるんだろうか、と。
「リールちゃんのお友達だから、だと思いますよ」
「ふーん。……そういえば、完っ全に流してたけど。あのリールって人、あんたの友達ってことはひょっとして」
「確か、聖テレサ女学院の理事長を務めておられるということでしたが。キャルさまは、それ以外にも何かお心当たりがあるのですか?」
コッコロの言葉に、キャルはまあ外れてたらいいんだけどとペコリーヌを見る。あはは、と視線を逸らされたので、あ、これ確定だと目が死んだ。
「そういや、アイリスが留学してた時の愚痴でポロッと何か言ってたよな。確か……リオノールちゃん、だったか?」
「……それ、ブライドル王国第一王女の名前よ」
「ぶっ!」
思わずむせながらペコリーヌを見る。頑なにこちらを見ようとしない彼女を見ながら、三人はコクリと頷いた。
よし、何も分からなかったことにしよう。そういうことになった。
「というか、何でお前名前知ってんだ?」
「に、姉さんがね。お姫様になるための研究だって色々調べてたのよ」
「そうだったんですね~。…………え? あれ?」
「うん、あんたの正体多分、いや確実に知ってる」
ピシリとペコリーヌが固まる。が、まあ今更ですねとすぐさま開き直った。成長したのだ。これが正しい成長かどうかは別として。
そんなことを話しながら、とりあえずクエスト自体は終了させる。そこまで強いモンスターではないが、よくよく考えるとこの辺にはあまり見かけない顔ぶれであった。
「つまり、何かしらこの辺で異常が起きてるってことよね」
「恐らくは。主さま、十分をお気を付けくださいませ」
「コッコロも、無茶はするなよ」
「……カズマくんカズマくん。わたしはどうなんですか?」
「え? お前はまあいつも通りでも問題ないだろ?」
「……そうですね」
むすー、と若干ふてくされた顔でペコリーヌが先頭を歩く。それを見て対応を間違えたのは分かったが、いかんせん何が問題だったのかがいまいち分からない。いや何となく予想はつくが、勘違いだったら非常に恥ずかしいので口に出来ないと言ったほうが正しい。
「あんたバカ?」
「うるせぇよ。そもそも、相手がもし本当にドラゴンだったら俺なんか瞬殺だぞ? カッコ付けてる暇なんかないっての」
「そりゃそうだろうけど、もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ」
「俺と一緒にペコリーヌを盾にしてるやつに言われたくねぇよ」
「はぁ? しょうがないじゃない。ドラゴン相手とかあたし瞬殺よ?」
「ふふっ。お二人は、本当に似た者同士なのでございますね」
『どこが!?』
「息ピッタリですね。やばいですね☆」
クスクスとペコリーヌが笑う。機嫌が直ったのか、それとも最初からちょっとそういう素振りを見せてみただけなのか。どちらにせよ、そこまで深刻ではないようだと判断したカズマは、そこで安堵の息を吐いた。そうしつつ、いやなんでだよ、と一人ツッコミを入れる。そういうハーレム野郎みたいな悩みはよその転生者に任せろよと脳内ツッコミを続けた。
同時刻、御剣響夜が盛大にくしゃみをしていたが、特に関係はないだろう。
「んで? いそうなのか? ドラゴン」
「ん~。どうでしょうか。今の所、そういう気配はないっぽいですけど」
「というか、むしろあんたの方が専門でしょ、そういうの」
「いや、敵感知はやってんだよ。でもあれって敵意がないと反応しないから」
「成程。おや、ということは、目撃されたドラゴンはこちらを害する気がないということになるのでしょうか」
「まあ、わたしやダストさんが想像していたホワイトドラゴンなら間違いなく敵意はないと思いますよ」
ただ、その場合余計な問題が二つ三つ追加で発生するだけだ。どちらが厄介かと言えば勿論どちらも厄介なのだが、まだある程度顔見知りの可能性がある分そちらのホワイトドラゴンの方がマシかもしれない。
そんなことを思っていた矢先。ば、とカズマが後ろを振り返った。それに即座に反応したコッコロが彼を庇うように立つが、しかし何かがやってくる気配はない。
「……どうしたのよ」
「いや、今敵感知が反応したんだけど……何もいない、よな?」
「こちらでは感じ取れませんが、恐らくは」
「不意打ちをしてくる、って感じもしませんね」
武器を構えて暫し待ったが、何かが襲ってくる様子はない。スキルが反応したのだから気の所為ということはないはずなのだが。狙っていた獲物と違ったのだろうか、そんなことを思いながら、しかし安心は出来ないので一行は戦闘態勢のまま探索の続きを行うことにした。
そんな彼らの背中を暫く見ていた長髪の青年は、とりあえず様子見だと視線を外す。もう一組も、こちらも、今の所彼女を害そうとやってきたわけではないのを感じ取ったのだ。だが、油断はできない。もし何か不埒な事をしようものならば、この手で叩き潰してやる。そんなことを思いながら、別ルートで彼は進む。
「……その前に。奴らより先にシェフィを見付けなくては」
まずそこをやっておくべきだろう。そうツッコミを入れてくれる相手は生憎といなかった。
そうして探索をしていると、ある意味必然というか、もう一組と再度ぶつかるわけで。
「邪魔すんなっつったじゃねぇか」
「たまたまだ、たまたま。というか、どうしたんだよダスト、何か妙にピリピリしてるな」
「うるせぇ。こっちも事情があんだよ」
「ダストさま、もしよろしければ、わたくしたちもお手伝いさせてくださいまし」
「ぐっ……保護者ちゃん相手に怒鳴るわけもいかねぇし」
ああもう、とダストが息を吐く。視線をカズマ達から外すと、一緒に来ていたパーティーメンバーへと声を掛けた。キースとテイラー、そしてリーンがこちらへとやって来て、何だどうしたと口にする。
「あ、ひょっとしてダストのわがままの手伝いしてくれるの?」
「わがまま、ですか?」
「そうそう。こいつ噂のホワイトドラゴンを見てみたいとか言いやがってさ」
「見るだけ、という約束でこちらも協力してるんだ」
「く、クウカとしては、少しくらい齧られたほうが昂ぶるのですが」
「うぉ!?」
何かドMが湧いてきた。三人に遅れてこちらに来たらしいクウカは、いつものアヘ顔でホワイトドラゴンにガジガジされるのを想像して悶えている。何でこいつ連れてきたの、という目をカズマとキャルがダストに向けたが、彼は知らんと突っぱねた。
「まあ、いざという時の生贄くらいにはなるだろ」
「は、はい。凶悪なドラゴンがこちらに齧りつき、クウカを蹂躙しているその横で、まるでゴミを捨てるかのような扱いのまま放置し去っていく。そんな状況を想像しただけで、クウカは、クウカはぁ……っ! じゅるり」
「平常運転ね」
「これを平常運転で流すようになるのも大概だけどな」
キャルの言葉にカズマがツッコミを入れる。そうは言いつつ、彼自身も割と慣れている感があるのが手遅れである。コッコロですらもう驚いていないあたり、どうしようもないのかもしれない。
「それで、ダストさん。ホワイトドラゴンはいたんですか?」
「いたらとっくに帰ってるっつの。……ただ、どうもおかしいんだよな」
「おかしい、ですか」
「この付近にあいつがいるんなら、何かしら感じ取れてもおかしくないんだが。その気配がない」
「……ということは、ひょっとして」
「ダスト、ペコリーヌ。何話してるの?」
リーンの問い掛けに何でもないと返した二人は、じゃあ手分けして捜索しようと話を打ち切った。向こうに戻っていくダストをチラ見しつつ、ペコリーヌは彼の言っていた言葉を反芻する。
「ペコリーヌ、どうしたの?」
「キャルちゃん。ひょっとしたら、やばいかもしれません」
「は? いやドラゴン捜索の時点で既に十分ヤバいわよ」
「そうなんですけど。わたしの予想が外れたのかも――」
咆哮が響いた。ビリビリと周囲の空気を揺らすようなそれを聞いたカズマ達は、即座にそれの発信源であろう方向へと視線を向ける。
「あっちか」
「そうね」
「主さま!」
「カズマくん!」
向けるが、即座に行こうとしないカズマを見て、コッコロとペコリーヌが声を掛けた。ついでにいうとキャルも同じく視線を向けているが動いていない。
いやだって真っ先に行って攻撃されたら死ぬじゃん。これが二人の出した結論であった。
「大丈夫です、主さま、キャルさま。わたくしがこの命に代えてもお守りいたします」
「そういうのいいから。コッコロが死んだら何にもならねーの!」
「そうよ。もうちょっと命大事にしなさいよコロ助」
「は、はい。もうしわけありません……?」
逆に諌められたコッコロは、二人の剣幕に圧されて目をパチクリとさせている。毎度毎度のことですよね、とそんな三人のやり取りを見て苦笑したペコリーヌは、とにかく様子を見に行きましょうと述べた。ある程度状況を把握しないと、突然の強襲に遭う可能性がある。そういうわけである。
先頭はペコリーヌ、殿がコッコロという隊列で目的地へと進んだ一行は、そこで同じく遠巻きに様子を見ているダスト達を発見した。どうですか、と彼に声を掛けると、見ての通りだと返される。
その視線の先には、何やらフラフラと森をぶらついている真っ白なドラゴンが一体。
「ホワイトドラゴン……」
誰かが呟く。強力な魔物としてその名を馳せているドラゴン。その中の一種族であるにも拘らず、その純白の姿は恐怖よりも美しさが勝っていた。アメジストのような紫の瞳はどこか好奇心旺盛な幼子のように揺らめいており、広げた翼からは氷の結晶が舞い散っている。今の季節にそぐわぬそれは、まるでこの空間だけ別の世界を切り取って持ってきたような、そんな風に思えるほどで。
「フェイトフォーじゃ、ない……」
ダストの呟きに反応したのは二人、リーンは何のことだと首を傾げ、ペコリーヌはああやっぱりと眉尻を下げた。後者の彼女はそのまま視線を再度ホワイトドラゴンに向けると、どうしようと腕組みをする。胸部の特盛が押し上げられたが、現状そこに注目出来るほど余裕のある人間はここにいなかった。
「ね、ねえペコリーヌ」
「なんですか?」
「あのホワイトドラゴン、あんたの知ってるやつなの?」
「知らないドラゴンですね」
「ヤバいじゃない!」
あまりにもしれっと答えたので、キャルは思わず全力ツッコミを入れてしまった。その叫びは当然向こうのホワイトドラゴンにも届いてしまうわけで。
キョロキョロと視線をさまよわせた白い竜は、そこに集まっている一行を見付けると目を瞬かせた。まるで子供だな、とどこか場違いな感想を抱くが、それを噛みしめる暇もない。どこか歌うように嘶いたホワイトドラゴンは、そのまま一直線にこちらへと駆けてくる。
「げぇ!」
「逃げろ!」
「く、クウカはおかまいなく。あの竜の玩具にされることで皆さんの無事を祈っていますので――」
「いいからお前も来い!」
「……なーんか最近クウカに優しいわよねぇ」
「どっちかっていうとドラゴンに優しいんだよ!」
リーンの疑惑の目にそんなツッコミを入れつつ、ダスト達はその場を退避。そしてカズマ達も、当然迎え撃つなどという選択肢はないので急いで逃げた。
どん、と盛大な音がして、一行の後ろにあった大木がへし折れる。それを見て首を傾げた白い竜は、再びキョロキョロと視線を巡らせた。そして一行を見付けると、どこか楽しそうに首を振ると短く吠える。
「ねえ」
「どうした」
「あたしの気のせいだといいんだけど、あれって」
「いえ、恐らくは、キャルさまの考えておられる通りかと」
「……じゃれてますね」
マジかよ、とカズマが顔を顰める。犬とか猫ならともかく、というか犬ですらサイズによっては危険なのにあの大きさの竜にじゃれつかれたら間違いなく死ぬ。そして厄介なことに、向こうは遊んでもらいたいからやっているのであって、害する気など欠片もないということだ。
「これ攻撃したら俺ら絶対悪者じゃん……」
「そうね。というか流石にあたしでもそんな後味悪いことしたくないし」
「かといって、放置するわけにもまいりませんし」
「悪い人に捕まっちゃう可能性もありますしね」
特にホワイトドラゴンは既に絶滅してしまったと言われていたほどの超希少種だ。それがこんな場所で人に敵意なくじゃれついていたら、間違いなくその手のハンターに捕獲されるか素材目的で討伐される。もしそうなったら、後味が悪いなどというレベルではない。
「ああもう、しょうがねぇなぁ! おいダスト! こいつどうにかするぞ!」
「はぁ!? お前正気か?」
「とか言っちゃって、ダストもさっき同じようなこと言ってたじゃない」
「素直じゃねぇなぁ」
「いや、以前よりは案外素直になった方だろう」
「く、クウカは、そんなダストさんも悪くないと思います」
「お前らうるせぇよ!」
騒がしいが、とにかく向こうも同じ意見らしい。とはいえ、一体全体何をどうやったらいいのか。それがさっぱりだ。何かいい方法ありますか、とペコリーヌがダストに聞いていたが、ここまでガキな竜を見たことがないと返されていた。
「そもそも、そういうのは俺よりももっとこう……あいつがいれば少しはマシか? いやでもなぁ、世界一カワイイボク云々がこいつに通用するとは思えねぇし……」
何やら意味不明なことを呟いていたダストは、とにかく落ち着かせるなりなんなりしないとどうにもならんと締めた。言われた方は、その方法が知りたいんですけどと眉尻を下げる。ダストは知らんと突っぱねた。
「ん~。やっぱり、遊んであげればいいんでしょうか。おもちゃとか、そういうので」
「それ玩具にされるのあたし達なんですけどぉ!」
「あ、そ、その時は是非ともクウカを」
「お前は黙ってろ!」
「は、はい……あぁ、そうやってぞんざいに扱われた挙げ句、『お前は玩具の価値すらねぇんだよ』とクウカはその辺に無造作に打ち捨てられ風雨に晒されるのですね……イイ」
「やっぱりこいつ玩具として与えとく?」
「それは流石に……」
キャルの提案に流石のコッコロもちょっと引く。そうやって、ああでもないこうでもないと作戦を練っている一行であったが、そこで誰かが気付いた。
あれ、なんか向こう大人しくない、と。
「……待ってるな」
「待ってるわね」
「待っておられますね」
「待ってますね」
ペタンと座り込んで、カズマ達の意見が固まるのを首を揺らしながら待っている。どうやら自分をかまってくれようとしているのが分かっているらしく、まだかなまだかなと目を輝かせているのが見て取れた。
「ダスト、どうしよう。あたし何だかこの子凄く可愛く思えてきた」
「もうちょっと小さければどうにでもなったんだけどな」
「まあ、相手はドラゴンだ。そこはしょうがないだろう」
どことなくホッコリし始めたその空気で、ドラゴンはキュイキュイと鳴きながら頷いていた。耳にした言葉は、小さければ。大きいのが問題。小さければ、遊んでくれる。そうか、そうだったのか。そう判断したらしいホワイトドラゴンは、ゆっくりと立ち上がると空に向かって一際大きく鳴いた。
そして、それと同時に体が薄く光を帯びる。光は全身を覆い、そのままドラゴンの巨体を段々と小さく変えていき。
「どう? どう? しぇふぃ、あそべる?」
「ダスト、見るなぁぁぁ!」
「おごっ!」
「カズマ! あんたもよ! って、見てないわね」
「そうしないとお前物理的に俺の目を潰す気だっただろ」
「と、とにかく何か羽織るものを」
「あはは……やばいですね」
カズマ達とそう変わらない年齢の少女へと変化すると、無邪気な顔できゃっきゃと笑っていた。
全裸で。