プリすば!   作:負け狐

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エンカウント


その14

「しかし、それはまた。大変だったのだな」

「本当だよ! おかげで教会一つ閉鎖されちゃうし」

 

 ギルドの酒場で溜息を吐いているのは盗賊のクリス。彼女はそんな職業の割に敬虔なエリス教徒として知られていた。そのため、今回の事件も他人事とは思えなかったのだろう。対面に座るダクネスも、そんな彼女の愚痴を聞きながらうんうんと頷いている。

 クリスが愚痴っているのは、教会とは名ばかりのごろつきの溜まり場となっていた場所のことについてである。ひょんなことから隠し通していたはずの実態がバレて、立ち入り捜査の後そこにいた者は全員強制退去となった。代表者をしていたプリーストも、今は別の町の修道院で懺悔中だ。

 

「しかし、閉鎖? 後任のプリーストはいなかったのか?」

「……アクシズ教が」

「ああ、もういい。みなまで言うな」

 

 ここぞとばかりに生き生きとエリス教徒の不正を広めまくったおかげで、その教会に入りたがるエリス教のプリーストは誰も出ず。そのまま無人の教会と化したその建物は、地区代表でもある貴族、ウィスタリア家によって土地ごと買い取られた。

 

「となると、あの辺りはもう教会が無くなるのか……」

「いや、教会自体はあるよ」

 

 ダクネスがそんなことを呟くと、クリスはガクリと項垂れながら言葉を紡ぐ。ならば何が問題なのかと首を傾げるダクネスに向かい、彼女はゆっくりと顔を上げながら実は、と続けた。

 

「……アメス教会になった」

「アメス? 聞き覚えのない神だが」

「あー、うん。こっちでは殆ど知られてないから。夢の女神で、何ていうか……特に教義とか無いっていうか」

「それは信仰として成り立つのか?」

「名前の通り、夢を抱いて好きに生きろっていう投げやりさが彼女の売りだから。その割にはきちんと面倒見るし、だから先輩の代わりに仕事とか受けちゃってあんな……」

「クリス?」

「え? ああ、何でもない。気にしないで」

 

 途中何やらよく分からないことを言いだしたクリスを不思議そうに見ていたダクネスであったが、彼女がそれよりもと表情を戻したことで思考を戻す。

 教会自体は別に問題ない。エリス教は元々異教徒を排斥するような信仰でもないからだ。一応こちらからはアクシズ教とも共存を選んでいるつもりである。だから彼女が問題にしているのは、教会そのものではなく。

 

「ユカリが……アメス教に改宗したんだ」

「……は?」

 

 今なんつった。そんなことを思い目を丸くしたダクネスだが、クリスが冗談を言っていないことを認識するとその表情が険しくなる。そうした後、大きく溜息を吐いて椅子に体を預けた。

 聖騎士として相当の実力を持っていた彼女が、そんな選択をする理由は勿論。

 

「……酒か」

「酒だろうね……」

 

 これで気兼ねなく麦しゅわ飲めるぞ~、と言っていたとかいないとか。あくまで想像であるが、凡そ間違っていないだろうと二人は思う。ともあれ、エリス教はこの事件で色々と失ってしまったわけだ。

 

「教会の事件の方は、同じエリス教徒だろうと贔屓することなく誠実に対応したってことで傷はそれほどでもなかったけど」

「……まあ、仕方ない。所属が変わろうが、恐らく彼女の態度が変わることもないだろう。気にすることではないさ」

「……そうだね」

 

 どこか歯切れの悪い返事をしながら、クリスは苦笑してカップの中の液体を煽った。そしてそんな彼女を見たダクネスも苦笑し、仕方ないと述べる。

 

「今日は私が奢ってやろう。先日まで遠出のクエストでそこそこ儲かったからな」

「……ゴチになります」

「ああ。すまない、注文はいいだろうか?」

 

 そう言ってダクネスは一人のウェイトレスに声を掛けた。後ろ姿に見覚えがないので、自分がいない間に入った新人なのだろう。そんなことを思いながら、そのウェイトレスが振り返りこちらにやってくるのを見て。

 

「は~い。ご注文、なんですか?」

「ぶふっ!」

「うわ、汚っ!」

 

 その顔を視認すると盛大に飲み物を吹き出した。被害者はクリスである。

 

 

 

 

 

 

「な、ななななな!」

「どうかしました?」

「ダクネス? どうしたのさ」

 

 やってきたウェイトレス、ペコリーヌを見たダクネスは目を見開き、カタカタと震えながら言葉にならない声を上げている。クリスはそんな彼女の様子の意味が分からず、そしてペコリーヌは何か問題あったのかと呑気に首を傾げていた。

 

「何故! こんな場所におられるのですか!」

「何故、って。アルバイトですけど」

「あるばいと……? ど、どういうことですか?」

 

 まるで会話が理解できない、とばかりにダクネスが片言で問い返す。どういうことも何も、とペコリーヌは自分の食事代を稼ぐためだと迷いなく答えた。その答えにダクネスの視界が一瞬ブラックアウトする。我に返った彼女は、頭痛を堪えるように頭を押さえながら言葉を絞り出した。

 

「このことは……ご存知なのですか?」

「定期的に手紙を送ってますし。そもそも、今更驚くんですか?」

「はい?」

「この間のキャベツの時にいましたよ、わたし」

「――え?」

 

 ピシリと固まる。キャベツの収穫後に遠出をしていたので、ダクネスとしては彼女がアクセルに来たのはその間だと思っていたのだ。が、聞かされた答えはそれよりも前。

 しかも自分を見ていたと来た。

 

「も、申し訳……ございません、ユース――」

「はいそこまで。今のわたしは、お腹ペコペコのペコリーヌです。なので、何も気にしなくて大丈夫ですよ、ララティーナちゃん」

「……ダクネスです。ユ、ペコリーヌ様」

「あ、ごめんなさい。じゃあダクネスちゃん、こっちも様付けとかなしでお願いしますね」

「分かり、ました……ペコリーヌさ、ん」

 

 え? 何これ? と二人のやり取りを見ていたクリスが困惑する。どうやら二人は知り合いだったらしいということと、何か隠し事があるらしいということは分かった。が、それ以外はさっぱりである。聞いても教えてくれそうにないので、彼女は考えるのをやめにした。

 ともあれ、注文受けますよというペコリーヌの言葉を聞いて物凄く恐縮しながらクリスへと奢る食事を注文したダクネスは、食欲が失せたのかそのまま机の上に突っ伏した。

 

「違うだろう……? そんな、完全に放浪冒険者みたいな旅は、予想していないだろう……? 私はてっきり」

 

 その状態のまま奇声を上げるダクネスは、自身の胃がキリキリと痛み始めるのを感じていた。この痛みは別に快感ではない、とついでに欲しくもない情報を叫んだ。

 そうしてひとしきり悶えた後、ダクネスはガバリと起き上がる。うわ、と驚くクリスを見て、彼女は先程の人物を知っているのかと問い掛けた。クリスはダクネスと違いこの街にいたはず。ならば、ペコリーヌがどんな生活をしているかも、ある程度。

 

「え、うん。ペコリーヌ達のことなら、多少は」

「そ、そうか。なら……おい待て。今、達と言ったか?」

「うん。四人でパーティー組んでるみたいだし」

「……誰とだ?」

「誰って……ダクネスも知ってる子だよ。ほら、あの時の」

 

 佐藤和真。その名前を聞いた彼女は、明日からの予定の変更を決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

「偉大なるアメス様――」

 

 教会の礼拝堂でコッコロは祈りを捧げる。そんな彼女を見ていたカズマとキャルは、どちらも揃って口角を上げていた。

 

「いやー、まさか教会がまるごと手に入るとはな」

「そうね。コロ助の信仰するアメス様だっけ? の祈りもきちんと出来るようになったし、何より」

 

 ちらりと横を見る。教会の改修の指示を出しているユカリが、こちらの視線に気付いて小さく手を振り笑みを浮かべた。今現在のこの教会の代表者はコッコロではなく、ユカリとなっている。コッコロ自身が自分には教会の運営は出来ないと断ったこともあり、現状アクセルのもう一人の信徒である彼女が担うことになったのだ。

 

「ま、これでもう馬小屋生活とはおさらばね」

「え? 何お前ここで生活する気?」

 

 ふう、と息を吐くキャルに向かい、カズマはそんなことを述べた。彼女は彼の問い掛けを聞いて目を細め、むしろ生活しない理由がないだろうと返す。馬小屋の藁の上で揃って雑魚寝するくらいなら、きちんとした屋根の下で寝泊まりできる方が何倍もいい。

 

「それはそうなんだが……何かこう」

「何よ」

「教会って、規則正しい生活しなきゃいけない感じしないか?」

「……」

 

 思った以上にしょうもない理由であった。が、彼の言っていることは何となく理解できる。教会という建物である以上、自分達以外の不特定多数がやってくる機会も多いだろう。そんな中で、自堕落な生活を行えるのか。そう問われると、答えは否。何だかんだでカズマは出来そうだが、キャルは恐らく出来ない。

 

「別に私は構わないわよ。この教会を拠点に使っても」

 

 一段落ついたらしいユカリがそんなことを言いながらこちらにやってくる。その隣には、礼拝が終わったらしいコッコロもいた。二人の会話は聞こえていたらしく、ユカリに続き、コッコロも同意するように頷いている。

 

「わたくしとしましては、主さまとキャルさま、そしてペコリーヌさまと一緒ならば、どこでも」

「まあ、あんたはそうでしょうけど。あたしはどうせならベッドで寝たいのよね」

「成程。そういうことでしたら、ユカリさまのご厚意に甘えるのもいいのでは?」

 

 これで二対一である。ぐ、と圧されるように後ずさったカズマであったが、気を取り直すように姿勢を正すとまあ聞けと言わんばかりに二人を見やる。

 確かに拠点として使うのもいいだろう。ここでアメスを祀るというのならば、自分にとってもある意味他人事ではない。信仰を増やせばちょっとした加護が大いなる加護に化ける可能性もワンチャンあるかもと狙ってはいる。

 だが、しかし。

 

「やっぱりこう、プライベートな場所が、欲しいんだ」

「プライベート、でございますか」

「……あんたそれ、変な意味じゃないでしょうね」

「男の子ねぇ」

「待て、誤解だ誤解。俺はさっきキャルに言ったことをもう一回言っただけでだな」

 

 キャルのジト目とユカリの生暖かい目を避けるように頭を振ったカズマは、ともかく仮の住まいとしては賛成だが長く住むには異議ありだという自身の意見をはっきり述べた。

 先程想像したこともあり、キャルとしてもその意見には同意出来る部分がある。が、どちらにせよ先の話であり、今から暫く住むにはここでも問題ないというのはカズマとも一致しているのだ。先のことは先に考えよう。そういうことにして、彼女はとりあえず問題を放り投げた。

 

「では、ペコリーヌさまにもそのことをお伝えしなくてはいけませんね」

「そうね。いつもの馬小屋に行ったらあたしたちがいない、ってなったら問題だもの」

「馬小屋ぁ!?」

 

 よし決まり。ということでそれからの話をしようとしていた矢先、あまり聞き覚えのない声が突如響いた。何だ何だ、とその声の方を振り向くと、一人のクルセイダーが目を見開いてこちらを見ているのが視界に入る。

 キャルはどこかで見たような、と首を傾げているが、残りの三人はしっかりと見覚えがあった。

 

「あなたさまは、確か」

「げ、変態筆頭ドMの片方」

「ぐっ。いきなりそんな風になじられたところで私はっ……んんっ」

「ダクネス、どうしたの?」

 

 カズマのそれにビクリと反応したダクネスをやれやれといった表情で見ながらユカリは問う。どうやらカズマ達とは違い、きちんとした知り合いのようであった。

 ふう、と気分を整えたダクネスは、そんな彼女をじろりと睨む。聞いたぞ、と前置きし、エリス教からアメス教へとユカリが改宗したことについてを語る。言われた当人はああうんそうそう、と物凄く軽くそれを流した。

 

「軽いな……いや、まあ、分かっていたが」

「でしょう? それで、用事はそれだったの?」

「ああ、いや、違う。私の用事は、お前達だ」

 

 そう言って視線をユカリからカズマ達へと向ける。過去二回の遭遇時のドMの姿とは違う凛々しい女騎士といった様子の彼女に、カズマは思わず身構えた。もうこのパターンは何度目か分からない。彼は学習したのだ。この街では目立つ人物とエンカウントすると大抵変人なのだ、と。特に目の前のダクネスは既に変態なのが分かっているので、安心する要素はどこにもない。

 

「今聞こえたのだが、お前達のパーティーは……馬小屋で寝泊まりしていたのか?」

「ん? ああ、金のない冒険者なんてそんなもんだろ」

「それは知っている。だが……同じ場所で、なのか?」

「しょうがないじゃない。ちょっとでも節約しときたいもの」

 

 絞り出すようなダクネスの問い掛けに、キャルはしれっと答えた。聞きたくなかったそれを聞いたダクネスはピシリと固まり、そして小刻みに震え出す。

 

「こ、これは……場合によっては、重大な罰を受ける可能性が……? いやしかし、それが肉体的に苦痛を伴うものならば百歩譲って有り……ではない、私だけならともかく、お父様にまで被害が及ぶのは駄目だ」

 

 ぶつぶつと何かを小声で呟きながら俯いていたダクネスは、何かを決意したように顔を上げた。そうして、びしりと指を突き付ける。相手は目の前の三人、正確には、そこにいるカズマだ。

 

「い、今すぐにでも馬小屋生活をやめてもらおう! もし断るのであれば――」

「ああ、今日からやめるぞ」

「――私としても考えが……え?」

「そういう話をしてたんだよ今まさに」

「……そ、そうなのか?」

 

 突き付けていた指がへにょんと下がる。視線を動かすと、皆一様にうんうんと頷いていたので、彼女の表情はぐにゃりと歪んだ。

 

「ダクネス……真っ直ぐなのはあなたのいいところだけれど。もう少し、落ち着いた方がいいと思うわ」

「ぐぅ……! いや、だが、こういう羞恥も案外悪くは……」

「ほんとロクでもねぇなあんた……」

 




例の屋敷がもうちょいかな?

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