プリすば!   作:負け狐

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おかしいぞ、本当はもっとこう、ほのぼのするはずだったのに。


その140

「子供の体力嘗めてたわ……」

 

 ギルド酒場。そこでぐだりと溶けている猫耳娘が一人。言わずもがなキャルであるが、その反対側には貧弱だなと鼻で笑うカズマがいる。

 

「うっさい。というか、あたしのこれは疲れたとかそれ以前にシェフィのバカに散々突進されたからなの!」

「好かれてんだろ? 喜べよ」

「はぁ? だったらあんたも激突されなさいよ!」

「いや俺もされてるっての。お前の時だけなんか勢い強いだけで」

「理不尽!」

 

 子供ってそんなもんだろ。一人笑いながらカップを傾けたカズマは、その笑顔のまま調子良く語る。妹分が出来たと思えばいいじゃないかと続ける。

 

「まあお兄ちゃんの妹は私ですけどね」

「うわ出た」

「何ですかキャルちゃん。私は妹ですよ? お兄ちゃんのいるところに妹あり! 切手も貼る必要ない関係なんです」

「あっそ」

 

 シズルがいないので流される。非常にどうでもいい返事をしたキャルは、そこであれ、と視線を巡らせた。やべー方がいないじゃないか、と。いや、こっちはこっちで十分やべーのだが。

 

「ねえリノ、シズルは?」

「シズルお姉ちゃんですか? ……そういえば、見てませんね」

「ちょっと、同じ教会にいるんだからそこは把握しときなさいよ」

「セシリーさんなら多分その辺でエリス教徒煽ってると思いますけど」

「いやそっちはどうでも……よくはないけど、まあその程度なら」

 

 その程度扱いなのかよ、と聞いていたカズマはジト目でキャルを見る。生まれが生まれだから根本的な部分でたまにアクシズ教徒が顔出すんだよなぁ。彼女が聞いていたら首を吊りそうなことを考えつつ、彼はまあ心配いらないだろうと二人に声を掛けた。

 

「あんたねぇ。あいつがまた何か企んでる可能性だってあるのよ?」

「失礼しちゃうなぁ。私は弟くんの迷惑になるような企みはしないのに」

「そんなこと言って、こいつの迷惑にならなきゃ何やってもいいとかやらかすのがあんたでしょうが」

「それは当然でしょ? 弟くんの幸せのためになら、お姉ちゃんは何でもするよ」

「度合いを考えろって――」

 

 ば、と声のした方向であるカズマの隣を見る。ニコニコ笑顔で座っているシズルが視界に映り、キャルは思わず叫んだ。何だ何だ、と酒場の客がキャルを見るが、彼女の対面にいるシズルを見てああそういうことかと視線を外す。そうしながら、よし暫くカズマに近付くな、と皆がアイコンタクトを取った。

 

「それで、弟くん。最近の調子はどうかな?」

「へ? いやまあ、普通? かな?」

「うんうん、調子を保つのは大切だからね、えらいえらい。でも、ここのところは色々あったでしょ? 疲れはどう?」

 

 色々、と言われても。ここ最近の出来事を思い出しながら考え込むカズマに向かい、シズルは優しい笑みを浮かべた。大丈夫だから、と言葉を紡いだ。

 

「オークにマーキングされたり、襲われかけたりしたでしょ? その後休憩する間もなく魔王軍との戦いまでこなしちゃうんだから凄いよ。本当に、弟くんは立派になったね。お姉ちゃんとしても鼻が高いぞっ」

「さも当たり前のように言ってるけど、こいつあの事件一ミリもからんでないわよね……」

「そうですね、お兄ちゃんから話を聞いたわけでもないですよ」

「……あんたはあんたで何でノーリアクションなのよ」

「妹ですから」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 よしよし、と抱きしめられているカズマを横目に、キャルはもうこれ考えないほうがいいやつだと思考の放棄をし始めた。追加で、よくよく考えたらいつものことだったわと開き直った。

 

「んで? あんたら何しに来たのよ」

「お姉ちゃんが弟くんに会うのに理由が必要?」

「カズマ」

「俺!? いや、まあ、別にいいんじゃない?」

「うんうん。流石は弟くん。大好きだよ」

 

 ハグリターンズ。色々と柔らかいものをぐいぐい押し付けられているので、カズマも表情がそろそろ賢者に近付いていく。酒場でスタンドアップって終わりじゃね? そういうわけである。

 その辺りはシズルも察しているのだろう。ギリギリのタイミングで彼女は離れると、じゃあ気を取り直して、と手を叩いた。それはそれで彼にとっては生殺しである。こうして調教が進んでいくんだろうな、とリノはどこか他人事のようにアネの所業を眺めていた。まあその前に妹が颯爽と助け出すんですけど、とか追加で考えている時点でこっちもどうしようもない。

 

「最近やってきたあの二人は、信用できそう?」

「……予想外に真面目な話題ぶっこんできたわね」

「何か誤解してませんか? 私たちだって、きちんとやる時はやりますよ」

「リノちゃん。そういうまるで普段私達がきちんとしてないみたいな言い方は駄目だぞ☆」

「っ!?」

 

 思わず身構えたが、シズルの頭突きは飛んでこなかった。まあカズマを挟んで両隣なので当たり前ではあるのだが、お姉ちゃんパワーは容易に空間を超えるのでリノの警戒は至極もっともといえる。

 こほん、と咳払いをしたリノは、気を取り直すように視線をキャルとカズマに戻した。さっきの会話を聞く限り、シェフィは今の所普通に幼児なので問題なさそうではあるが、しかし。

 

「いや、私としては何だか妹の領域を侵されている感じがするんでむしろこっちの方が警戒対象な気もしますけど。コンビに油絵を描かれちゃうようなことがあると困りますし」

「『トンビに油揚げをさらわれる』って言いたいんだよね」

 

 そう言いながら、大丈夫だよとシズルは笑みを浮かべた。弟くんはそんな薄情な人じゃないから。そう続け、笑みをリノからカズマに移す。まあそりゃ当然、と向けられた方は頬を掻きながらそう返した。

 

「というかあいつ本物の兄さんいるしな」

「まるでどこかに偽物の兄さんがいるような言い方ね。凄い身近なところとか」

 

 キャルのツッコミは流された。そうしながら、だから大丈夫と先程のシズルが言ったように言葉を続けると、あの二人は問題ないだろうと彼も結論付ける。

 

「この後も、何かダクネスんとこの子と一緒に遊ばせるって言ってたし。心配なら一緒に来るか?」

「むむむ。妹対抗馬としては気になるところですけれど、ここでグイグイいくと妹度が微妙に下がりそうな……いや、むしろ甘えん坊妹アピールに」

「今のところは問題ないみたいだし、お姉ちゃんは遠くから見守るだけにしておくね」

「比喩表現じゃないのがなぁ……」

 

 その場にいなくても見守ってるのだろう、とキャルは謎の確信を持った。

 

 

 

 

 

 

「しぇふぃ!」

「あ、あの、シルフィーナと申します」

 

 笑顔で手をブンブンと振るシェフィに対し、シルフィーナはおっかなびっくりである。まあ見た目の年齢は自身のママより少し下程度だからある意味当然であるが。それでも一応話は聞いていたので、取り乱しはしていない。

 

「ふふっ。シェフィさま、元気よく挨拶できましたね」

「うん、こっころママ!」

「シルフィーナ。無理はしなくてもいいのだぞ」

「い、いいえ。大丈夫ですママ。私もこの街で、沢山のお友達を作りたいと思いますから」

 

 コッコロがシェフィを、ダクネスがシルフィーナを撫でる。そんな光景を見ていたカズマ達は、うんまあこれってあれだよなと生暖かい目をしていた。

 

「ママ友交流会……」

「思ってたとしてもそれ言っちゃ駄目なやつですからね。ララティーナちゃん、ああ見えて結構気にしてるんですから」

「でもさ、気にしてるっていっても。実際はどうあれ、母娘っていうか家族っていうか、そういう関係なのは間違いないじゃない。それを否定するのは違うと思うわ」

 

 家族に恵まれなかったキャルがそう言ってしまえば、口など挟めるはずもない。若干心外ねぇ、と性転換した狐耳の人物の幻影が見えた気がしたが、それはそれだと振って散らした。

 

「というか、むしろツッコミ入れるべきはこっちサイドじゃないの?」

「いやまあ、コッコロはママだろ」

「こいつ手遅れだったわ……」

「やばいですね☆」

「……そうか、やばいのか」

 

 静かに見守っていたゼーンが呟く。それを聞いていた一行は思わず吹き出してしまった。いや今のはペコリーヌの口癖みたいなものだから、と説明しながら、だから問題ないと彼に伝える。

 いや実際ヤバいからね。そう改めてツッコミを入れてくれる常識人は生憎この場に存在していなかった。

 

「しるふぃ、あそぼ!」

「は、はい。えっと、何をしましょうか」

 

 そんな空気の中、ママ友交流会はつつがなく進んでいく。コッコロママとダクネスママに見守られる中、シェフィとシルフィーナは遊びの算段を立てていた。

 ここ数日、キャルの尊い犠牲によってシェフィはきちんと勢いの調整が出来るようになった。中身基準の同年代と遊んでも問題ないとなったので、今回の顔見せに至ったのだ。ちなみに、キャルには変わらず突っ込んでいくがもう誰もそこを気にしない。

 

「おにごっこは?」

「鬼ごっこ、ですか……。それは、二人では難しいのでは」

「んー? じゃあ、かくれんぼ!」

「……鬼ごっこより難しいと思います」

「んー。……んー? むむむ」

 

 コテンコテンと首を傾げながら、遊ぶ方法を考えるシェフィ。そんな彼女を見ながら、シルフィーナはクスリと笑った。見た目はどう見ても自分が下だが、どうやらこちらがお姉さんぶれるかもしれない。そんなことを考えて、ほんのちょっぴり心が弾んだ。

 

「じゃあ、シェフィさん。お散歩に行きましょう」

「おさんぽ! しぇふぃ、おさんぽすき!」

「それはよかった。お散歩しながら、遊ぶことを考えましょう」

「うん!」

 

 笑顔でシルフィーナの手を掴む。へ、と思わず目をパチクリさせた彼女を気にすること無く、シェフィはおさんぽおさんぽと外に出ていった。その強引さに少し驚いていたシルフィーナも、すぐに笑顔になって、手を繋いだまま屋敷を後にする。

 うんうん、とほっこりその光景を見ていたコッコロとダクネスも、やがて我に返るとお互いに自分の娘について語り始めた。間違いなくママ二人である。

 

「ママ友交流会だな」

「そうですね~」

「あ、もういいんだ」

「いやまあ、ここまで来ると否定のしようがないですし」

 

 あはは、とペコリーヌが笑う。そうしながら、それでどうしますかと問いかけた。何がどうするなのか、とカズマ達は首を傾げたが、様子を見に行くんですかという彼女の言葉に成程と頷く。

 

「危険なのか?」

「あ、いえ。そういうわけじゃないんですけど。ただ単に、ちゃんと遊べているかな~っていう心配です」

「……そうか」

 

 ふむ、と頷いたゼーンは、そのまま無言で部屋を後にしようとする。待て待て待て、とカズマが止めると、どうしたとばかりに振り返った。その顔には純粋に疑問であると書いてある。

 

「何か言ってから動けよ! あとお前が一人でシェフィとシルフィーナ追い回してたら事案だからな! 警察にしょっぴかれたくなかったら大人しくしてろっての」

「俺はシェフィの兄だ」

「そういう問題じゃねーんだよ!」

「……普通かと思ってたけど、そうよね、ドラゴンだもんね。そういう常識疎いわよね」

「あはは、やばいですね☆」

 

 そんなやり取りを聞いていたのだろう。コッコロとダクネスもこちらに合流し、ならばこっそり見に行くかということになった。六人の男女が子供を追いかけ回す時点で中々に狂気なのだが、基本街の住民はこの面子の顔を知っているのでそこまでの騒ぎにはなるまい。

 

「よし、では。ミヤコ、私は少し外に――ミヤコ?」

 

 応接間を出て、ダクネスはその辺を漂っているであろうプリン幽霊に声を掛けた。が、返事はない。おかしいな、ともう一度呼んだがやはり無反応。まさか、ともうひとりの居候の名を呼んでみたが、やはり反応は返ってこず。

 

「ハーゲン。ミヤコとイリヤがどこに行ったか知らないか?」

 

 執事長を呼び止め問い掛けた。が、彼ははてさてと首を傾げるのみ。そんな態度がどうにも怪しかったため、彼女はジッと彼を睨んだ。

 はぁ、とハーゲンは溜息を吐く。申し訳ありませんお嬢様と頭を下げた。

 

「ミヤコさんは少し前、イリヤ様と一緒に外へ」

「そうか。……待て、何故それを今隠した?」

「口止めをされましたので」

「どうしてだ」

「シルフィーナ様を追い掛けていったから、ではないでしょうか」

「ミヤコの大馬鹿者ぉ!」

 

 というかお前は何故そうホイホイ言うことを聞いてしまうのだ。彼にそう尋ねると、孫には弱いのですと返された。

 ああそっかー、既にミヤコとシルフィーナで二人いたのかー。知りたくなかったその事実に、ダクネスは思わず崩れ落ちる。

 

「ダクネスさま。ご安心くださいまし。わたくしも、主さまとシェフィさまで二人ですので」

「そ、そうだな……いやおかしいだろう!?」

 

 一瞬納得しかけて慌てて我に返った。確かにそう言われてしまえばそうなのかもしれないが、多分そうじゃない。大体、自分は望んでママになっているわけではないのだ、シルフィーナはともかく。

 

「いやそれ以前にカズマがカウントされてることにツッコミ入れなさいよ……」

「やばいですね」

 

 言いながら、二人はカズマを見る。ここで俺!? と思い切り動揺したカズマは、そんなこと言われてもと視線を巡らせた。

 そうすると、当然コッコロが視界に入るわけで。

 

「どうぞ、主さま」

 

 ば、と微笑みながら手を広げる。最近寂しかった兄を構う母のごとし。そんな魔力に当てられたカズマは、そのままフラフラとコッコロに導かれていった。

 

「あ、何か落ち着く……」

「よしよし、主さま。いーこいーこでございます」

「やばいな……」

「ヤバいわね……」

「やばいですね……」

「……そうか、やばいのか」

 

 ゼーンの呟きを否定する者は、今回は誰もいなかった。

 

 




シズル「そういえばリノちゃん。さっきのは『切っても来れない関係』って言いたかったんだよね?」

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