「おさんぽ~♪ おさんぽ~♪」
「おさんぽ~、じゃないの。散歩はいいからプリン食べるの」
「あ、あはは……」
「はぁ、まったくこやつは」
アクセルの街を歩く四人組。正確には一人はふよふよと浮いていたが、まあ細かいことは置いておいて。
シェフィとシルフィーナのおさんぽはえらくあっさり終わりを告げた。どこからともなくやってきたミヤコが乱入し無理矢理加わったのだ。野放しには出来ない、とついてきたイリヤがすまないなとシルフィーナに謝っていたが、彼女は別段気分を害してはいない。何だかんだでミヤコもイリヤもこの街で出来た大事なお友達である。迷惑かどうかはともあれ、嫌がることはないのだ。
「ぷりん?」
「何なのオマエ、プリン知らないの? プリンは最高に美味しい食べ物なの。プリンがあれば他に何もいらないの」
「それはお主だけじゃ。いたいけな子供に間違った知識を与えるでない」
「何を言ってるの? ミヤコは何も間違ったこと言ってないの。プリンは最高なの、違うって言ったやつ全員ぶっ飛ばすの」
「ミヤコさん、暴力はよくないですよ」
「む。はいはいなの。ちょっぴり呪うだけで勘弁してやるの」
「かんべんしてやるー」
きゃっきゃと騒ぐシェフィを見てイリヤは苦笑する。そうしながら、さてではどこに行くかとシルフィーナへ問い掛けた。向こうの二人はあまり参考になりそうにないからだ。
そのついでに、ちらり、ととある一角に視線を向けていた。
「あ、これはバレたな」
「流石は公爵級大悪魔といったところか」
潜伏し続けるのにも限界ある、と途中から普通に隠れていたカズマがぼやく。それを聞いたダクネスはまあ仕方ないと肩を竦め、コッコロとキャルもバレたのがイリヤだけなら問題ないだろうと頷いていた。
ちなみに残り二人である。
「おじさ~ん。串焼きとりあえず三十人前くださいな」
「はいよまいど。相変わらずペコちゃんはよく食べるねぇ」
「今日はちょっと秘密の見守りですからね、定期的にご飯食べないと参っちゃいます」
そうかそうか、と屋台の店主は串焼きの袋をペコリーヌへ渡す。そうしながら、そっちの兄ちゃんはどうするんだと問い掛けた。聞かれた方であるゼーンはこくりと頷くと、とりあえず同じだけと注文をする。
「……あんた、大丈夫か?」
「何がだ?」
「いや、ペコちゃんと同じ量食べられるのかってことなんだが」
「……何か問題があったのか?」
「あ、い、いや。大丈夫ならいいんだ」
はいよ、と同じ量の串焼きの袋をゼーンに渡す。代金を支払った彼は、一本を取り出すと即座に平らげた。ふむ、と頷き、続いてもう一本もう一本と腹に入れていく。
美味しいですよね、とそれに並んでペコリーヌも串焼きをバクバクやり始めた。
「……なあ、後ろの」
「あたしは何も見てない」
「流石はドラゴン、ということでございましょうか」
「う、うむ。確かにドラゴンならば多少量を食べてもおかしくはないな」
ドラゴンとタメ張るくらい食ってるベルゼルグ王国第一王女のことはスルーするらしい。今更ということもあるし、改めて比較すると彼女のアレさが浮き彫りになる気がしたからだ。
それよりも、と意識を大食い王女とドラゴンの二人組から子供たちへと戻す。天気もいいですし、とシルフィーナが大通りを歩くことを提案し、シェフィは笑顔でそれに同意をしているところだった。
「ま、その辺でプリン探して食べれば問題ないの」
「お主は本当にブレんのぅ」
てくてくと歩く三人とふよふよ浮く一人。最初こそ注目されていたが、面子が面子なので次第に住人たちも慣れ、むしろ見守る視線が多くなっていった。そのおかげというべきか、当初より追い掛けていたカズマ達の見守りの視線が紛れていく。
このまま無事に終わりそうだな、と誰かが呟いた。コッコロはその意見に同意するように微笑み、ダクネスもまたミヤコが今の所問題を起こしていないことを確認して安堵の溜息を漏らす。
「さあ、プリンをよこすの~」
即座にこれである。ばばっ、と視線を動かすと、店員が苦笑しながらちょっと待っててくださいね、と奥に引っ込んでいくところであった。イリヤは慣れたものなのか特に反応せず、シルフィーナですらあははと頬を掻くのみだ。
「ぷりん、もらえるの?」
「そうなの。ミヤコはとっても偉いから、プリン貰いたい放題なの!」
「お~、みやこえらい!」
目をキラキラさせているシェフィにドヤ顔で胸を張るミヤコ。どっからツッコミ入れようかとジト目のイリヤは、念の為の確認とばかりにちらりと視線をとある一角に向けた。シルフィーナに気付かれないように、である。
ダクネスが親指を立てた拳を下に向けていたので、了解したとばかりに彼女は頷いた。
「ばかもの」
「ふげっ!」
ゲンコツ一発。墜落したミヤコは暫し地面にのたうち回っていたが、復活すると何しやがるのと彼女に食って掛かった。当然だろう、とイリヤは悪びれる様子もない。
「無垢な幼子を騙すでない」
「何も騙してなんかいないの! ミヤコはプリン貰いたい放題なのは本当なの!」
「ダクネスへのツケだろうに」
「それがどうかしたのかなの? ダクネスはミヤコの面倒を見てるんだから、それくらい当然なの」
「ばかもの」
「ぷぎゅ」
二発目。そういう時は少しでも申し訳無さそうにしろ。まったくもう、と言葉を続けると、イリヤはシェフィに向き直った。倒れているミヤコをツンツンしている彼女に向かい、こいつの言うことを聞いてはいかんと述べる。
「お主はいい子じゃからな。こやつのようになってはいかんぞ」
「ん~? うん、わかった。しぇふぃ、いいこだから、みやこにならない!」
「ふふっ。えらいですね、シェフィさん」
「何かボロクソ言われてる気がするの……」
妥当だよなぁ、と見守り組のうちカズマとキャル、そしてダクネスは思う。コッコロとペコリーヌ、彼女をよく知らないゼーンはコメントを控えた。
そんなこんなで、見守り組に護衛されつつ、四人は街をぶらついていく。あの後結局プリンは貰ったので、ありがたく頂いた。彼女たちが離れてからダクネスが平謝りして料金を払っていたが。
「……ん?」
その後は別段問題はなし。途中鬼ごっこのように走り回ったり、かけっこしたりと動き回ったことでシルフィーナが少し息切れしたが、飛び出そうとしたダクネスをコッコロが押し留めた。ゆっくりと首を横に振り、視線だけを向こうに動かす。
「しるふぃ、つかれた? おやすみする?」
「い、いえ。大丈夫……違いますね。はい、少し疲れたので、どこかでお休みしたいです」
「そっか。じゃあ、おやすみしよう!」
シルフィーナの手を取って、シェフィはブンブンと振る。おやすみおやすみ、と視線をキョロキョロさせ、そしてそのまま何かを考え込むように首をぐるぐると動かし始めた。
「シェフィ。休むのならば、ほれ、そこらの店の中はどうじゃ?」
「おみせ?」
「イリヤ、休むならこっちなの。そっちの店はプリンがないの」
「あはは……。では、そちらのお店に行きましょうか」
「うん。とつげきー」
突撃なの、とシェフィとミヤコが店へと走る。が、シェフィはすぐに止まると、横のシルフィーナを見た。そうだった、と頷いた。
「しるふぃ、おつかれだったね。ゆっくりいこう」
「ふふっ。ありがとうございます、シェフィさん」
テクテクと歩く二人の後ろをイリヤが追い掛ける。そしてそんな一行を物陰から見守る怪しい六人組は、どことなくほっこりした表情を浮かべていた。特にダクネスは涙目である。
「シルフィーナ、いつも心配かけまいと無理をしていたあの娘が、素直に……。ふ……私の知らないところで、きちんと成長していたのだな」
「完全に母親目線だぞこいつ」
「シェフィさまもご立派でした……ああやって他人のことを気遣うお心は、何物にも代えがたい」
「こっちは、まあ、うん。平常運転ね」
「むぐむぐ、やばいですね☆」
「はぐ、もぐ、がぶ。……ああ」
どう見ても怪しい。母親とツッコミとひたすら食ってる六人組だ。ここがアクセルでなかったら即通報ものである。実際はアクセルでも通報ものなのだが、いかんせん顔が知られすぎているのでスルーされているだけだったりする。
それで、どうする。カズマが他の面々にそう問い掛けると、どういうことですかとペコリーヌが代表して首を傾げた。
「いや、流石に店の中にはいけないだろ? ここで待つか?」
「それは、確かにそうだな。ううむ」
「あんたのスキルで中覗けないの?」
「めんどい」
キャルの言葉にカズマは即答する。彼女自身もそこで食い下がることはせずに、じゃあ待ってましょうかと意見を変えた。コッコロとペコリーヌは、そうですねとキャルに同意する。
「私としてはミヤコが少々心配だが、まあ、イリヤもいるから、うん」
「多少の荒事なら、シェフィがどうにかするだろう」
悩むダクネスに対し、ゼーンはどうやら欠片も心配していないらしい。その辺りはドラゴンだからなのだろう。あくまで荒事限定だが。
「じゃあ外で待つってことで。ま、そうそう問題事なんか起きることもないわよ――」
「何だてめぇら!?」
即問題事である。お気楽な締めをしようとしていたキャルは店内のその叫びで動きを止め、カズマは素早く《潜伏》しながら窓を覗き込んだ。そうして、げ、と声を上げる。
「ど、どうしたカズマ!?」
「いや、何か店の中にガラ悪そうなのが大量にいる」
「何だと!?」
ダクネスも窓を覗き込む。カズマと違って周囲にバレバレであったが、誰も怪しまない辺り彼女の信頼が伺えた。アレな意味で、である。
彼女の視界に映るのは、確かにガラの悪い男達の姿。背中に鳥のマークのついた服を着たそいつらは、店の席全てを占領していたらしい。らしい、というのは状況と人数から推測したからだ。
なにせ、今男達は店に入ってきた面々を取り囲まんとしているからだ。
「……ミヤコよ。これはどういう状況じゃ?」
「ミヤコのプリンの邪魔したやつなの。万死に値するの」
「ばんしにあたいする!」
ブカブカの袖をビシリと男達に突きつけるその仕草を真似て、シェフィも笑顔で男達を指差す。何だこのガキども、と彼らの表情が訝しげなものに変わっていった。
「あ、あの……これは、一体どうしたのですか?」
そんな中、シルフィーナが慌ててこちらにやってきた店員の女性に話しかけていた。ごめんなさい、と女性は謝ると、迷うこと無くこう述べる。
こいつらが悪い。
「言ってくれるじゃねぇか。俺達は客だぜ?」
「はん。何か注文してからお客さん名乗りなよ」
「おいおい。ちゃんとメニューも見てただろ? 迷ってるだけ――」
「はぁ? プリン頼んでないとかオマエ馬鹿なの?」
ミヤコが噛み付く。なんだこいつ、とさっきからこちらを威嚇してくるミヤコを若干引き気味に見ながら、男達は揃って頷くと彼女を睨んだ。ガキがいっちょ前にしゃしゃり出てくんな、と脅した。
こいつにそんなものが通じるはずがない。
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いの? ……はぁ、オマエらみたいなやつにプリンをオススメするのが間違ってたの。とっとと出てけなの。二度と来んな」
「……おいガキ。こっちが下手に出てるからって調子乗ってんじゃねぇぞ」
「何言ってるの? 調子乗ってんのはオマエらなの。そもそも、ミヤコのプリンタイムを邪魔した時点で慈悲は無かったの」
「お主さっきから言ってること滅茶苦茶じゃぞ……」
「プリンを布教したいのか独り占めしたいのかどちらなのでしょうか……」
基本ノリとプリンで喋っているミヤコにその辺の整合性を求めてはいけない。恐らく自分でも改めて聞かれると首を傾げるであろうからだ。ともあれ、現状分かっているのはこの男達は店の営業妨害をしているガラの悪い連中だということと、ミヤコがそれに思い切り喧嘩を売ったということだ。
はぁ、とイリヤが溜息を吐く。窓を眺め、慌てて顔を隠した連中を見て苦笑すると、とりあえずシルフィーナを下がらせた。何がどうあっても、彼女だけは無事でいさせなければならない。というかほかの面子はこの程度では無事でない理由がない。
「いっそ向こうに合流させる、わけにもいかんか。やれやれ、子供のお守りは大変じゃのぅ」
「あう。申し訳ありません、イリヤさん……」
「お主のことではない。あれじゃあれ」
メンチ切ってるミヤコを指差す。その隣で、キャッキャ言いながらはしゃいでいるシェフィも見えて、アレも追加で、と彼女は述べた。
「このガキ……ちょっと痛い目見なきゃ分からねぇようだな」
「それはこっちのセリフなの。オマエら、ちょっと痛い目見せてやるの」
「いたいめみせてやる!」
ち、と男達は舌打ちをする。図体だけはでかいガキどもに世間の厳しさを教えてやるのも大人の役目。そんなことを思いながら、彼らは目の前の二人に向かって一歩踏み出した。
「あ、そうだなの」
そのタイミングで、ミヤコが思い付いたとばかりに手を叩く。ぐるんと視線を動かすと、店員の女性に取引があるのと笑顔を見せた。
「ど、どうしたの? ミヤコちゃん」
「こいつらぶっ飛ばすから、後でプリンよこせなの」
「……ぶちのめしたら大盛りプリン!」
「任せとけなの!」
先程よりやる気に満ち溢れたミヤコは、覚悟をしろと男達に向かってドヤ顔を浮かべた。
「な、なあ。これ俺達立場逆じゃねぇか?」
「だ、大丈夫だ。ここであのガキどもを黙らせれば、むしろ警備会社『八咫烏』に頼るしかなくなるだろうからな」
「そ、そうだな」
知ってるか、それフラグって言うんだぜ。窓から眺めながらオチを予想したカズマは、後始末の準備するぞ、と残りの面々に声を掛けた。