「ナーッハッハッハ! さてお主たち。何か言うことがあるのではないか?」
「ひぃぃぃ! すいませんすいません! 調子乗ってましたぁ!」
「こんな弱っちい俺達がこの街で警備会社とかナマ言ってましたぁ!」
「うむうむ。程よく甘美な悪感情じゃ」
イリヤの目の前にはきれいに並べられ土下座させられる男達がいる。見事なまでにミヤコ、シェフィ、イリヤにボコされた哀れな連中の末路であった。若干暴走しがちだったミヤコとシェフィを抑え、定食屋の被害も極力ゼロに済ませたことで、店員からの称賛・賛美も貰えてイリヤはご満悦である。
「この街の快適さは癖になる。失われた力も、短時間ならば取り戻せるまでになったからのぅ」
「…………」
「ん? どうしたシルフィーナ」
「い、いえ。イリヤさん、大人だったのですね……」
「見た目は悪魔にはそれほど重要ではないがの。じゃがまあ、少なくともお主の数百倍以上は生きておるのは確かじゃ」
そう言いながら、イリヤはシルフィーナの頭を撫でる。とはいえ、別にそんなことを今更気にする必要などない。そう言って笑みを浮かべると、彼女は視線を入口の扉に向ける。
「あ、あの。それは――」
「お主とわらわは友人なのじゃろう? だったら、そんなものは些細なことじゃ。さ、母親が心配しておるぞ」
「誰が母親だ! いやまあ、ここまで来ると若干否定しづらいが」
定食屋に入ってくるのはダクネスだ。その後ろでは警察を呼んできたカズマ達の姿も見える。呼び出されたセナは、土下座している男達を見て若干引いたが気を取り直して連行していった。
「ふむ。これで一件落着じゃな」
「らくちゃくー」
「さ、プリンをよこすの!」
そうして倒れたテーブルなどを戻した一行は、約束の特盛プリンを食べるミヤコを横目に、ほんの少しだけバツの悪そうな顔でシルフィーナに睨まれていた。何故か、はもちろん、こっそりとこちらを見ていたからである。
「心配してくれるのは嬉しいのですけれど……」
とはいえ、その行動の理由が理由なので強く出られるはずもない。しゅん、と、眉尻を下げると、やはり自分の体が弱いからですよね、と呟いた。まあそれはそうだろうな、とカズマとキャルは否定せずにダクネスを見るので、余計に言葉に詰まってしまう。
「俺はシェフィが心配だっただけだ」
「分かってるからあんたは黙ってなさい」
「……そうか」
ドラゴンに空気読めっていうのが無理な相談じゃないだろうか。そうカズマは思ったりもするが、何となくこいつがそういう性格だからではないかとも感じる。どちらにせよ、その辺のツッコミはキャルに任せて自分はスルーと決め込もう、彼はそう決めた。
「で、でも、ママ。私、この街に来てから凄く調子がいいんです」
ぐ、と拳を握ると、シルフィーナは笑みを見せる。今までならば、こんな風に街を歩き続けることなど出来なかった。鬼ごっこで走り回るなんて無理だった。一日屋敷で本を読んで、少しだけ散歩をして。それが限界だった。
だというのに、友人たちと街を歩き、走り回って、しかも疲れてはいても倒れることはない。シルフィーナにとって、それは初めての経験なのだ。
「だから、私は大丈夫です」
「……無理をしては、いないのだな?」
「はい!」
元気よくそう返事をするシルフィーナを見て、ダクネスはそっと視線を逸らした。彼女に顔を見せないようにした。ちょっぴり涙が潤んでしまったその顔を、見られないようにしたのだ。
「否定できる要素がなくなったな」
「もう完全に母親ね」
「で、でもほら、姉と妹でも似たような状況になると思いますし。わたしとアイリスだって」
「なるか?」
「ならないわね」
「……こ、コッコロちゃん」
「ええっと……ノーコメントでお願いいたします」
そこの王女姉妹のやり取りと比べると、やっぱりこっちは母娘だよなぁ。そう結論付けてしまったカズマとキャルに反論できる者は、生憎といないようであった。
そんなこんなでママ友交流会は無事終了し、シルフィーナとシェフィはお友達となった。暇があればシェフィはシルフィーナと遊ぶようになったし、ミヤコもついていくのでお目付け役にイリヤが加わり、安全面で言えば心配もない。
安全面では、である。別の心配は常に付きまとうが、それはこの街がアクセルだからなのである意味仕方ない。
ともあれ、今日も今日とて四人が出掛けていくのを見送ったダクネスは、自身の執務室で来客の対応を行っていた。来客、といっても顔見知りなので空気自体は気楽なものである。
「それで、あの警備会社の件だったな」
「ええ。ララティーナさん――というよりミヤコさん達ですわね、が叩きのめした連中ですが、警察署では向こうに暴行を受けたと主張していましたわ。……まあ実際嘘ではなかったので少々のお説教で釈放されたらしいですけれど」
「ああ、うん。そうだな」
向こうが嫌がらせを行っていたのは確かだが、警察沙汰かといえばそういうわけでもなく。おかげで警察としても街の住民による喧嘩としてしか処理できなかったらしい。その辺りは、いくらダスティネス家でも、ベルゼルグ王家第一王女でも無理を通せないし、通したら問題だ。やっても問題にならなさそうなのはモーガン家くらいだろうか。
「しかし、『八咫烏』とかいったか。近隣の街々で勢力を広げている警備会社……とは聞こえがいいが、実際は嫌がらせをして無理矢理警備の押し売りをしている、と」
「ええ。まあ結局は商売人の風上に置けないチンピラですわ」
やれやれ、とアキノが肩を竦める。そんな彼女を見て、ダクネスは苦笑した。この様子だと、件の事件が起きた時点で既に調査は済ませてあったのだろう。だというのに報告が遅れたのは。
「それで、解決はしたのか?」
「あら、気が早いですわね。
「何年の付き合いだと思っているのだ。大体は分かる」
「ふふっ、そうでしたわね。では、結論から言いますと」
この街にはもういない。笑顔を浮かべたまま、アキノはそう言い放った。結論自体は予想が立っていたので、ダクネスもそれには何も言わない。どちらかというと問題なのはそこに至る過程である。
「そもそも、リサーチ不足も甚だしいのですわ。
「それは、なんとも……」
一人前の商人は一人前の武人でもある。その教えを実践しようとするウィスタリア家のお嬢様が、そんなもの必要とするはずもなく。大体どんなオチになったかのを想像しながら、ダクネスは目の前の紅茶に口を付けた。
「まあ、それよりも問題なのはネネカ研究所に売り込みに行ったことでしたが」
「ぶふっ!」
そして吹く。まあ確かにアクセルのことを知らなければ、あの研究所も何かの商売をしている建物に見えなくもない。勿論知っているアクセルの住人はそんな命知らずな真似はしないので、『八咫烏』をそれはそれは気の毒そうな顔で見送っていたのだとか。
「えっと、大丈夫だったのか? その、向こうは」
「三日三晩うなされる程度で済んでいたので大丈夫でしょう」
「あ、ああ、そうだな……。穏便に済んでいるな……」
何だか訳の分からない見た目ロリエルフの狂人と、元魔王軍幹部で元邪神である唯一の良心と、その弟子で大抵のことを爆裂魔法で解決しようとする爆裂娘、研究材料兼パシリ一号と化している元魔王軍幹部のダークプリーストに、顔面凹んだセクハラ神器。一般人は足を踏み入れた時点で正気を失ってもおかしくない場所に乗り込んでその程度なのだから確かに穏便であろう。
机にぶち撒けた紅茶を拭き取りながら、ダクネスは色々と諦めた目で事件解決だなと述べた。
「ええ。それ以外の店も結局碌に警備が出来なかったらしく、連中は撤退。というより、壊滅と言ったほうが正しいでしょうか」
「……何だろうか。こちらが被害者のはずなのに、物凄く悪いことをしている気がしてくる」
「自業自得でしょう。噂ではシズルさんの目の前でカズマさんの悪口を言った輩もいたとか聞きますし」
「私は何も聞いていない」
この街の冒険者なんか当てにならない、そういう売り込みをしている現場に遭遇したのだろう。特に最弱職なんかがでかい顔をしている、とか言ったのだろう。ひょっとしたら遭遇したのではなく、その現場に突如現れたのかもしれないが、深く考えたら負けだ。
話はそれで終わりだろうか、と若干死んだ目でダクネスは彼女に述べる。が、アキノは勿論違いますわと別の書類を取り出した。
「最近、街に体調不良者が急増しています。幸い命に別条はないので、プリーストの方々の回復魔法と解毒魔法で治療は出来ているのですが」
「ふむ……確かに、これは多いな。何か原因に心当たりは?」
「それが、さっぱりなんですの。ひょっとしたらと思い、バニルさんにも尋ねてみたのですが」
コロリン病、という特殊な病であることはバニルの口から述べられたが、それだけ。この病はキャリアとなるものがおり、その対象者を中心に媒介・潜伏を行い、時が来ると発症するのだとか。
「ただ問題は、バニルさんがキャリアを特定できていないことですわ」
「……どういうことだ? あいつならば見通すことが」
「キャリア自身が強力な存在か、あるいは近くにバニルさんが見通せないほどの相手がいるか。どちらかだろうと彼は言っていましたが」
そこまで言うと、アキノは言葉を止める。正直な話、この説明だけでほぼほぼ答えのようなものだ。いくら変人の街アクセルでも、仮面の悪魔が見通せないほどの実力者は数えるほどしかいない。リッチーであるウィズ、研究所所長のネネカと所員ちょむすけ、彼と同じく公爵級悪魔のイリヤ、最近吹っ切れたことで対象となった腹ペコバーサーカー王女ペコリーヌ。
そして。
「病が広がったのは最近、ということは」
「……ゼーンさんかシェフィさんのどちらかでは、と
「だ、だがあの二人はピンピンしているぞ。現に今日だって――」
猛烈に嫌な予感がした。慌てて立ち上がったダクネスは、すまないとアキノに告げると執務室を飛び出す。彼女の考えを察したアキノも、同じように駆け出した。
「シルフィーナは今日どこに!?」
「し、シルフィーナ様でしたら、今日は街の外に出掛けるとおっしゃっていましたが……」
「なんてことだ……っ!」
途中ハーゲンに問い掛けて返された答えがこれだ。何故よりにもよってこのタイミングで、とダクネスは歯噛みする。そんな彼女に、落ち着いてくださいとアキノが声を掛けた。
「ララティーナさんの心配はもっともですが、今は冷静に事を運ぶべき場面ですわ」
「……ああ、すまない。ではまずは」
「ええ、まずは」
選択肢の片方を潰そう。揃って頷くと、二人はアメス教会へと進路を変えた。
「はぁ!?」
教会に飛び込んできた二人を出迎えたキャルは、その説明を聞いて素っ頓狂な声を上げた。そうしながら、何かに気付いたようにキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「おそらく、キャルさんは女神アクアの加護が強力に掛かっているでしょうから、問題ないと思いますわ」
「その説明で安心したくない……」
首のチョーカーを思い切り握りしめ、うううと謎の唸り声を上げた。そのまま暫し動きを止めていたが、気持ちを切り替えたのか、よし、と顔を上げる。二人に待ってなさいと告げると、彼女はそのまま奥へと引っ込んでいった。
「カズマー! ゼーン! ちょっとこっち来なさい! ヤバいのよ!」
「何だよ。俺は昨日徹夜でデッキ組んでたんだから寝かせろって」
「どうした?」
キャルの叫びに、教会住みの男性陣が降りてくる。いいからこっち来なさいとそのまま二人を強引に連れ出すと、ダクネスとアキノにもう一度説明をするように述べた。コクリと頷くと、先程話していたコロリン病のキャリアについて言葉を紡ぐ。
「……あれ? じゃあ俺ヤバいんじゃ?」
「ああ。カズマは念の為後で治療を受けておいた方がいい。……それよりも、だ」
ダクネスはゼーンを見やる。説明を聞いて何かを考え込む仕草を取っていた彼は、しかし彼女の視線を受けると首を横に振った。自分はそうではない、という意思表示だ。
「失礼ですが、証拠はおありになって?」
「……俺はドラゴンだ」
「短い。もっと分かりやすく説明しなさいよ」
ジト目でキャルがゼーンを睨む。む、とその視線を受けた彼は、再度暫し考え込む仕草を取った。若干困っているような雰囲気が感じられ、こいつドラゴンとかそういうの関係なく根っから口下手なんだなと少しだけほっこりする。
「ドラゴンは、あまり人の病には掛からない。……感染してしまう可能性が無いとは言えないが、キャリアにはならないだろう」
「成程。……ではシェフィさんも同様だと?」
頷く。そこに嘘は含まれてはおらず、というかゼーンは嘘をつけるタイプではないので言っていることはほぼ間違いないと見ていいだろう。
そうか、とダクネスが息を吐く。シェフィがキャリアだった場合、一番影響を受けるのは一緒にいたシルフィーナだ。だが、そうでないのならば。
心配は心配だが、先程のものよりはまだ少し。
「すいません! ユカリさんはいますか!」
ばぁん、と扉が開く。何だ何だ、と視線をそこに向けると、ウィズが血相を変えてそこに立っていた。その傍らにはバニルと、それに背負われた。
「コッコロ!」
「あ、主さま……。申し訳、ありません。お見苦しい姿を……」
「言ってる場合かよ! 何がどうなって、って熱ぅ!」
慌てて駆け寄ったカズマがコッコロに触れたが、その体は尋常じゃない熱を持っていた。おいまさか、と視線をダクネスとアキノに向けると、緊張した面持ちで頷かれる。
「うむ。この症状はコロリン病であるな。どうやらエルフ娘もキャリアと接触していたらしい」
「そうなんです。だから、ユカリさんに回復魔法と解毒魔法を」
「ユカリさんは他の罹患者の治療で今日は街中を駆け回っていますわ……呼び戻すにも時間が」
「い、いいえ。わたくしは、大丈夫でございます……。どうか、他の方々の治療を、優先してくださいませ……」
「大丈夫じゃないですよ!? コッコロさんいきなり倒れたんですから。無茶して我慢しすぎなんですよ!」
泣きそうな顔でウィズが叫ぶ。一緒に仕事をしていたのに、彼女の体調の変化を察することが出来なかった罪悪感が渦巻いているのだろう。だが、そんなウィズに対し、コッコロは苦しげな息を吐きながらも微笑む。大丈夫ですから、と彼女の手を握る。
「ええい、我輩の背中で湿っぽい会話をするでない。とにかくエルフ娘を寝かせる場所を用意しろ」
コッコロの部屋、というわけにもいかないので、教会内の治療室へと彼女を運ぶ。が、それ以上のことが出来ない。濡れたタオルを額に乗せても、ほんの気休めにしかなっていないのだ。
「ああもう、なんでよりによってコロ助が……」
ガリガリとキャルが頭を掻く。こういうのは自分かカズマの役目だろう。そんなことを続けながら、苦しげに息を吐くコッコロを痛ましげな表情で見つめた。
それで、とアキノを見る。向こうも忙しいらしく、やはりすぐには無理だと首を横に振られた。ここで他の連中なんかどうでもいい、とユカリを呼び寄せるのは簡単だ。だが、コッコロはそれを望まないし、それで治療されても悲しむだけで終わってしまう。
「キャル。お前こういう時こそ女神パワー使えよ」
「使えたらやってんのよ! ああいや、今の無し。でもコロ助が、あー、うー……」
自分の中の何かと葛藤をし始めたキャルを見ながら、カズマは思考を巡らせる。こういう時に自分はコッコロに頼りきりだったことを実感したのだ。かといって自分が代わりの役目を担えるかと言えば勿論否なのだが。
だから彼が出来るのは、そんな時にもどうにかするアイデアを捻り出すだけ。
「つまり」
「そういうことだね」
ば、と振り向いた。笑顔で立っている人物を視界に入れて、カズマは思わず安堵の息を零す。そうしながら、お願いできるかと彼女に述べた。
勿論、と彼女は二つ返事で頷く。そもそもそのためにここに来たのだし、何より。
「お姉ちゃんは、弟くんの頼みなら聞いちゃうからね」
ベッドのコッコロを中心に魔法陣が生み出される。回復魔法と解毒魔法、彼女を治療するためにそれらの呪文をシズルが唱えたのだ。彼の思考を読んだかのように湧いて出てきた、カズマのお姉ちゃんが、だ。
「お姉ちゃん」
「何? 弟くん」
「ありがとう」
「ふふっ。どういたしまして」
柔らかな笑みを浮かべたシズルは、そのままコッコロの顔色が戻るまで、呪文を唱え続けた。皆が見守る中、全力で。
「……いや、うん。コロ助の治療してくれるのはありがたいし、あたしも大分慣れてきた感はあるんだけど。なんかこう、釈然としないというか……」
「シズルさんって、不思議な人ですよね」
「それで済ます汝も大概だがな。まあ、我輩としてはエルフ娘を運んだ運賃代わりの悪感情を摂取できたので何も問題はない。が、小僧の動じなさには少々不穏なものを感じるな。あやつ、常識書き換えられていたりせんか?」
ううむ、と少々訝しげな顔でカズマを見るバニルであったが、そこに答えは返ってこなかった。ゼーン以外の面々は薄々そんなような気がしていたが、はっきりと口にすると取り返しがつかないような気がしたからだ。
勿論コッコロは完治した。
アクア「ぶっぶ~。書き換えられたのは因果で、常識なんてちっぽけなもんじゃないんですぅ! 所詮悪魔のあっさい考えなんてそんなものよね。ぷーくすくす」
アメス「それ誇ることなの?」