プリすば!   作:負け狐

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若干真面目回


その143

「ふう……それで? 私を呼び出した理由はなんですか?」

 

 場所は引き続きアメス教会。椅子に座ってこちらを睨んでいるのは、ついこの間自称警備会社『八咫烏』のチンピラどもにトラウマを植え付けた研究所所長である。自分から植えられに行ったので彼女としては至極どうでもいいことなのだが、今回呼び出されたのはそれとは全く関係がない。

 

「ああ。実は」

 

 そんなネネカの視線を受けながら、ダクネスがいつになく真面目に説明を行う。ここ数日で爆発的に増えたコロリン病の感染者について。そして、そのキャリアとなるものはバニルで見通せないだけの実力を持ち合わせているらしいということをである。

 

「成程。それで、人ではないものを除いた結果、該当者が絞られたわけですね」

「まあ、所長なら実験と称して自身を媒介に病原菌撒き散らすとかやりかねませんしね」

 

 うんうん、と同行していためぐみんの言葉を聞いたネネカは、そちらを見ること無く呪文で彼女の眼帯をパッチンした。そうしながら、心外です、と目の前の連中を睨み付ける。

 

「まさか、貴女達も同じ考えを持っているのですか?」

「い、いや。流石にそこまでは考えていない。ただ、どこかのフィールドワークで持ち込んでいる可能性があるかもしれない、とは思ったが……」

「それこそ心外です。私がそのようなミスをするとでも?」

「まあ、わざとじゃない限りはしないでしょうね」

 

 同じく同行していたちょむすけが苦笑する。コロリン病キャリア疑惑の該当者ではあるものの、流石に女神は違うだろうと彼女は除外されていた。

 ともあれ、故意でない限りネネカがキャリアではないとちょむすけは言い切った。何より、と言葉を続けながら、視線を皆からめぐみんに移す。

 

「その場合、真っ先に発症するのはめぐみんよ」

「ああ、そういえばそうですね。でも私はピンピンしてますし」

 

 ここにはいないがセレスディナも体だけは無事である。精神は知らない。

 そこまでの説明を受けたダクネスは、わざわざ申し訳なかったと頭を下げた。別にそこまでせずともいい、とネネカは彼女の謝罪を軽く流す。どのみち、現在のこの状況は自分にとっても良い資料になるからだ。臆面なくそう言い切ったので、ダクネスも下げた頭を即座に上げた。

 

「勿論、治療の協力はします。これでも私は、アクセルの街を気に入っていますから」

「……素直に喜んでいいのだろうか」

「それよりも。あちらの尋問はいいのですか?」

 

 視線を少し離れた場所に向ける。う、とその言葉を聞いて表情を歪めたダクネスは、横で聞いていたアキノが覚悟を決めましょうと肩を叩いたことで渋々頷いた。ネネカはそんな二人を、どこか興味深そうに眺めている。相変わらず爆裂級に趣味悪いですね所長、と呟いためぐみんは再度眼帯パッチンされた。

 そういうわけで、疑惑者最後の一人である。

 

「あはは……」

「申し訳ありません。ですが」

「いえいえ。もしそうだったら、一刻も早く原因を取り除かないといけませんから」

 

 そうやって微笑む彼女はどこか元気がない。それも当然だろうな、とダクネスは思う。現状、疑惑者の中で残っているのは一人、彼女だけだ。それはつまり、彼女がキャリアであると言っているも同然なわけで。

 

「……わたし、コッコロちゃんやみんなに、どんな顔して会えばいいんでしょうか」

「そのままの顔で会えばいいのよ、ばっかじゃないの」

 

 え、と顔を上げる。呆れたような顔をしているキャルが、彼女を、ペコリーヌを見下ろしていた。その横にはカズマも、そして調子を取り戻したコッコロもいる。

 

「ペコリーヌさま。わたくしは大丈夫です。ですから、ご自分を責めるのはおやめください」

「そうやって自分で溜め込んでたからアイリスとだってこじれたんだろ? 別にわざとじゃないんだから、もっと気楽に考えろって」

「……はい。ありがとうございます、キャルちゃん、コッコロちゃん。カズマくん」

 

 調子を取り戻すまではいかなかったが、それでもどん底状態からは復帰した。そんなペコリーヌを見て少しだけ安堵の表情を浮かべたダクネスは、改めて、と彼女に問い掛ける。

 

「ユースティアナ様。貴女がコロリン病のキャリアかどうかを調査させていただきます」

「はい。とはいっても、どうすればいいんでしょうか」

 

 それなら、とアキノが一歩前に出る。こんなこともあろうかと腕のいい医者に依頼をしておいた。そう続けると、彼女はその人物を連れてくる。

 カズマとキャルはその人物を見て顔を強張らせた。カズマはついこの間のトラウマが一瞬フラッシュバックする。横のキャルも思い出したくない光景を思い出し悶えていた。

 

「あらあら。相変わらずみたいね」

 

 そう言って微笑んだ腕のいい医者とやらは、次いで視線をネネカに向ける。クスリ、と笑みを浮かべた彼女を見て、同じように笑みを返した。

 では早速、と赤い裏地で黒というより濃い紫のコートを翻し、そこに仕込まれていた試験管を一つ取り出す。細長い紙のようなものをもう片方の手に持ち、それをペコリーヌへと突き出した。

 

「これを舐めてもらえるかしら」

「えっと……こうですか?」

 

 髪を掻き上げ、少し体を突き出しながらその紙をペロリと舐める。その光景を見ていたカズマは、ちょっと反応しかけて慌てて気持ちを無にした。隣に病み上がりのコッコロがいる状態でそれは間違いなくアウトだ。そうでなくとも、これだけの人数がいる場所でそれは社会的に死ぬ。

 そんなカズマの葛藤は他所に、ペコリーヌの唾液がついたその紙に、医者――言うまでもなくミツキは持っていた試験管の液体を垂らす。液体の掛かった部分が青く染まり、彼女は眼帯で隠されていない、隈の酷い目を細めた。予想とは違うそれを見て、成程と呟いた。

 

「結論から言います。彼女は陰性、つまりキャリアではないわ」

「え」

 

 それに思わず声を上げたのはダクネス。仕えるべき第一王女がキャリアでなかったことは安堵するべきであり、喜んでいいのだろうが、しかし。

 

「だが、それでは該当者がいなくなってしまう……」

「バニルさんが嘘をついているということはありえないでしょうから……何か見落としが?」

 

 むむむ、と唸りながら視線をバニルに向ける。正確には、その横にいるウィズを視界に入れた。リッチーがキャリア、というのはまず考えられないから元から選択肢に入れていなかったが。

 

「コッコロさんが魔道具店で感染したとしたら」

「……え? あ! わ、私ですか!?」

 

 アキノの呟きを聞いていたのだろう。ウィズは自身を指差しただでさえ青白い顔色を完全に真っ青にする。倒れたコッコロを連れてきた時と合わせ、完全に死人のようだ。そもそも死人なので当然ともいえるが。

 

「オーナー。流石にこの普段以上に死体の顔色をしているポンコツ店主をキャリアと考えるのは浅はかにもほどだと言わざるをえんが」

「……そうですわね。そもそも、ウィズさんがキャリアならば、たとえ見通せずともバニルさんが気付かないはずがありませんもの」

 

 やはり違う。そう結論付け、アキノは再度考え込む。ならば残るはイリヤか。それも違うだろう。公爵級悪魔が、人の病原菌に掛かるはずもない。

 そこまで考え、彼女は目を見開いた。そうだ、バニルは何と言っていた。

 

「バニルさん」

「どうしたオーナー」

「見通せない理由について、こう言っていましたわね。強力な存在がキャリアであるか、あるいは」

 

 キャリアの近くに強力な存在がいるのか。その問い掛けにその通りだと頷いたバニルは、アキノの表情を見て口角を上げた。どうやら心当たりが出来たようだな、と述べた。

 

「ええ。……バニルさん、あなた、分かっていたのではなくて?」

「だから我輩では見通せんと言ったであろう。今日、こうして汝らが集まったので確定出来ただけだ」

「ええと。アキノ? どういうことだ」

 

 やり取りについていけていないダクネスがそう問い掛ける。同じくよく分かっていないカズマとコッコロ、背景が宇宙のキャルもその辺りは同様のようであった。ただ一人、ペコリーヌは何となく流れが掴めていたが。

 

「ネネカ所長」

「どうしました、ミツキ先生」

「あまり喜ばしいことではないけれど。どうやら、準備は無駄にならなそうね」

「ええ。そのようですね」

 

 

 

 

 

 

「そ、れは……本当、なのか」

 

 アキノが告げたその言葉に、ダクネスは顔面蒼白で呟く。肯定するように彼女が首を縦に振ったことで、そのままベシャリと床に膝をついた。

 バニルが見通せないほど強力な存在そのものがキャリアではないのならば、それらと深く接しているものが該当者となる。それに当てはまるのは、カズマ、キャル、コッコロ。めぐみんとセレスディナ。そしてダクネスと。

 

「私が違うのならば……シルフィーナが」

「恐らくは」

 

 悲痛な表情でアキノが頷く。その事実を受け入れきれていなかったダクネスは、しかしよろよろと立ち上がると、ふらついた足取りで教会の出入り口へと向かった。行かなくては、と掠れた声で呟いている。

 

「お待ちなさいララティーナさん、どこに行く気ですの!?」

「あの娘を……シルフィーナを、早く、見付けなくては……」

「ええ、そうでしょうとも。ですが、それはあなただけでやるものではありませんわ。私たち皆でやることです」

「そうですよ、ララティーナちゃん。わたしも全力でお手伝いします!」

「はい。ダクネスさま、わたくしたちを頼ってくださいませ」

「ったく、しょうがないわね」

「ああ。しょうがねぇなぁ」

「アキノ、ユースティアナ様、コッコロ、キャル、カズマ……」

「おおっと、私を忘れてもらっては困りますね」

「そうね。ここで手伝わない理由はないわ」

「そうですよ、私もバニルさんもお手伝いします」

「勝手に我輩を数に含めるな、まったく。そもそも、いや、まあいい」

「めぐみん、ちょむすけ、ウィズ、バニルまで……」

 

 ダクネスの目に光が戻っていく。同時に、彼女の目に涙が浮かんだ。ありがとう、そう短く述べると、溢れる雫を拭うことなく踵を返す。皆で力を合わせて、一刻も早くシルフィーナを見付けるのだ。

 

「よし、では――」

「大変なの~!」

 

 行こう、と宣言するその直前、突如頭上に大きな影が差した。同時に、大分聞き覚えのある声も聞こえた。

 何だ何だと見上げると、そこには立派なホワイトドラゴンが一体。ゆっくりとこちらに降りてくるところであった。え、と誰かが呟き、どこぞの仮面がほらこうなると肩を竦めている中、ホワイトドラゴンは教会の敷地内に着地する。そのまま視線を動かし、コッコロを見付けると嬉しそうに鳴いた。

 

「シェフィ、さま?」

「何でドラゴンに戻ってんのよあんた!」

「一刻を争う状態じゃったのでな。少し無理をさせてしまった」

 

 キャルのツッコミに答えるように、背中に乗っていたイリヤが述べる。大人モードのまま、彼女は一人の少女を抱えた状態でシェフィの背中から飛び降りた。

 抱えている少女は、ぐったりとしたまま目を覚まさない、シルフィーナ。

 

「シルフィーナ!」

「いきなり倒れたの! 苦しそうで、目も開けなくて」

 

 ふよふよと浮いているミヤコも、大分慌てている。ダクネスはそんな彼女を見て、分かっていると声を掛けた。心配してくれてありがとう。そう、続けた。

 イリヤからシルフィーナを受け取る。普段体調が悪い時よりももっと息苦しそうにしており、弱々しい呼吸は今にも止まってしまいそうだ。熱も高く、このままでは彼女の体はもちそうないのがすぐに分かった。

 

「すぐに治療を!」

「はい、わたくしにお任せください!」

 

 ベッドまでシルフィーナを運ぶと、コッコロが即座に回復魔法と解毒魔法を掛ける。だが、ほんの僅か持ち直しただけで、彼女の容態は一向に良くならない。

 どういうことだ、とダクネスが焦ったように叫んだ。落ち着けと誰かが彼女を宥めたが、当然そう簡単に落ち着けるはずもない。

 

「コロリン病は厄介な病気だ。その理由の一端が潜伏したまま広がること、そして」

 

 そんな中、バニルとネネカ、そしてミツキは一歩下がった場所にいる。慌てている皆と違い、冷静に状況を判断している。

 

「キャリアには解毒魔法が効かないことよ。……どうやら、その娘がキャリアで間違いないようね」

「街で広がった理由は、最近彼女達が遊び回っていたからですね。不可抗力です、誰も彼女を責めることはしないでしょう」

「……所長が人間味溢れること言ってますよ。天変地異の前触れですか!?」

 

 雉も鳴かずば撃たれまい。眼帯パッチン三連発を食らって悶えるめぐみんを気にすること無く、ネネカはそういうわけですから、とミツキを見た。彼女は彼女で、バニルに手伝いをお願いするわねと遠慮ない事を言っている。

 

「それは構わんが、我輩の出番などないであろう? ミツキ女医の腕があれば問題あるまい」

「薬の調合自体は、ね。ただ、材料が足りないの」

「……成程。しかし、だとしても我輩では役に立たんぞ」

「ま、待ってくれ。ミツキ先生、バニル! 材料が足りないとは」

「言葉通りだ。コロリン病の特効薬にはカモネギのネギ、マンドラゴラの根など五つの材料がいるのだが」

 

 バニルの述べたそれのうち、三つは準備していた材料の中に持ち合わせがあるのだとミツキは述べる。だが、残りの二つが足りないのだ。それらは市場に出回ることもそうそうないため、在庫を切らしているらしい。

 

「そ、その二つとは何なんだ?」

「ゴーストの涙と、高位悪魔の爪よ。どちらもそう簡単には――」

 

 ゴン、と盛大な音がした。何だ何だと視線を動かすと、頭を思い切り柱にぶつけているミヤコの姿が見える。

 

「ミヤコ、何を」

「ゴーストの涙なの。これでさっさとコイツを治すの!」

 

 彼女の言う通り、ミヤコの目にはぶつけた痛みで目に涙が溜まっている。え、とそんな彼女の行動に思わず動きを止めてしまったダクネスに対し、では遠慮なくとミツキはミヤコから涙を採取していた。

 

「ほれ、高位悪魔の爪はこれで構わんじゃろう」

「イリヤ……!?」

 

 そしてもう一人。躊躇なく剥がしたらしい生爪を、イリヤがダクネス達へと突き出していた。ありがとうとミツキはそれを受け取り、即座に薬の調合に取り掛かる。迷いなく材料を混ぜていくその姿が、何故だか無性に頼もしかった。

 調合はそうかからずに終わり、ミツキは出来上がった特効薬をシルフィーナに投与する。苦しげであった呼吸が段々と穏やかになっていくのを確認し、彼女は小さく息を吐いた。

 ダクネスはミツキに深々と頭を下げ、ありがとうございますと感謝を述べた。ミツキはそんな彼女の言葉を聞き、お礼を言う相手はもっといるだろうと向こうを指差す。

 

「ミヤコ、イリヤ……」

「何なの?」

「どうしたのじゃ?」

 

 言われるままにダクネスが視線を向けた先にいるのは、二人。先程、必要な材料を即座に用意した、ゴーストと高位悪魔だ。

 言われるまでもない。そう思ってはいたものの、彼女が発したのはお礼の言葉ではなく、短く、そして単純な疑問の言葉。

 

「どうして」

「は? 何言ってるの? シルフィーナはミヤコの友達なんだから、助けるのは当たり前なの」

「そうじゃな。あやつはわらわの友人じゃ。友を助けるのに理由はいるまい」

「……そう、か…………そうか……」

「うわ、何かめっちゃ泣き出したの。きもっ」

「ふ……。そう言ってやるな、ミヤコ。……まったく、見返りなど期待しておらなんだのに……極上の悪感情ではないか」

 

 うげぇ、とドン引くミヤコに対し、イリヤはしょうがないなといった表情で。気付くと、その場にいた他の面々も、涙を流すダクネスにどこか温かい目を向けていた。

 

「やれやれ。さしずめ今回はイリヤ殿の御馳走タイムといったところか」

「ここでそういう感想が出るからバニルさんなんですよ……」

 

 




あの二人をダクネスの仲間にした時から絶対やろうと思ってたやつ

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