「はい、じゃあエリスをおちょく――慰める会を始めましょう」
「わーわー」
「……」
アメスの夢空間。別名、三馬鹿女神の溜まり場。そこでアクアがテーブルにつまみと飲み物を広げながら音頭を取っていた。アメスも一応乗っているような素振りを見せてはいるものの、どことなく距離を取っている様子であった。
そして主賓、と言っていいのか定かではないが、エリスに至っては表情が無である。テンション高めなアクアとの対比が物凄いレベルだ。
「じゃあ早速、エリスから一言貰いましょうか。大事な友人の娘さんを助けたのがあなたの嫌ってるゴーストと悪魔だったけれど、今どんな気持ち?」
「なぁぁぁぁぁ!」
「えちょ、ま、待って! いきなり暴力は女神としてどうなの!? 話し合いましょう!? 対話って重要だと思うの!」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
「ガチ泣き!? ねえこれどういうこと!? マウント取られてる私が間違いなく被害者でしょ!? どうしてエリスが泣いてるの!? 今まさに危機に陥ってるのは私の方でしょ!?」
「私だってぇ、私だってぇぇぇ! 何で、何でぇぇぇ!」
ボロボロ泣きながらアクアにマウント取って胸倉掴んでガックンガックン揺すっているエリスの姿は、とてもではないが向こうの世界のエリス教徒に見せられる光景ではなかった。マウント取られて半べそかいているアクアの方も大分見せられない状態ではあったが、これは割と日常風景なのでアメスとしてはそこまで感想がない。
「ねえアメス! 助けてよ! 見てないで助けなさいよぉ!」
「嫌よ。巻き込まれたくないもの」
「薄情者! 友達でしょ! 仲間でしょ! そういう少年漫画みたいな関係って、もっと助け合い精神育んでいくものよね!? 絆とかそういうなんかふわっとしたワードで繋がるやつよね!?」
「自分で後輩との絆破壊したやつに言われても」
我関せず、とカップに飲み物を注いで飲んでいるアメスは、しかしそれでも溜息混じりでエリスに声を掛けた。まあ見ての通り八割方からかい目的なのは間違いないけれど。そう、彼女に告げた。
「一応、あなたのことは心配してたわよ、それ」
それ、とエリスがマウント取っている相手を指差す。そうよそうなのよ心配してたのよと必死の表情でそれに乗っかる姿はどう見ても言い訳でしか無かったが、そのあまりの必死さにエリスも思わず気圧される。というか引く。
ゆっくりと胸ぐらをつかんでいた手を離した。中途半端に持ち上がっていたアクアの頭がそれにより解放され、思い切り床に激突する。凄く小気味いい音がしたのは、果たして床が原因なのか、彼女の頭が原因なのか。
「……そうですね。すいません、取り乱しました」
ゆっくりとマウントを解除する。被害に遭わないよう動かしたテーブルを元に戻し、エリスも席に着き直した。後頭部を擦りながら、アクアも涙目で椅子に座る。
「それで、もう一度今回の集まりの趣旨を説明しておく?」
「いえ、いいです……」
一度テンションの上昇が終わったエリスは、今度は際限なく下がっていくらしい。俯いたまま、自分の目の前のカップに注がれた液体を見詰め続けている。
「何よエリス。別にそこまで落ち込まなくてもいいじゃない。ダクネスの娘さん助かったんでしょ? コロリン病もキャリアさえいなくなればその内収まるし、めでたしめでたしじゃない」
「……先輩は、それでいいと思うんですか?」
「なんで?」
きょとんとした表情で首を傾げる。アクアのそれは演技とか煽りとかそういう類のものではなく、素だ。本気でエリスの問い掛けの意味が分かっていない。
「アクシズ教だって、悪魔やアンデッドは滅ぼすべき存在ですよね。……それなのに」
「あ、そういうこと? んー……まあ、私としては別にいいんじゃないかしら」
「どうしてですか!?」
「私の可愛いアクシズ教徒があれらを受け入れてるなら、女神の私が許さないのは駄目でしょ?」
「っ!?」
目を見開き、思わずアクアを見た。笑みを浮かべながら、そんなこと当たり前だと言わんばかりの彼女を見て、エリスは思わず言葉を無くす。
そしてアメスも、こいつ誰だと言わんばかりの表情でアクアを見ていた。何か変なもの食ったんじゃないだろうな、と悪友の体調を心配した。
「あんたのとこの教義にアンデッドと悪魔っ子は却下ってなかったかしら?」
「女神の私がノーカンって言ったらノーカンよ。何事にも例外は必要なんだから」
「……何か拾い食いでもした?」
「ちょっと! どういう意味よ! 私は寛大で慈愛あふれる女神なの! それが教義にちょっと反してたとしても、大事なアクシズ教徒の子たちが本当に心の底から願ってるなら、エリス教徒に改宗する以外は認めるくらいの度量はあるわよ」
「こっち側に来るのはアンデッドや悪魔を許容するより下なんですね……」
「いつものアクアね、安心したわ」
まあつまりちょっといい顔したい感が全面に押し出されている状態なのだろう。そんなことを思いながら、アメスは口角を上げる。それを差っ引いても、何だかんだ人情家なのだ、この駄女神は。
「あんたって、水の女神って肩書に案外相応しいのよね」
「ふふん、そうでしょ? 私ってば女神の中の女神だから――あれ? 今ちょっと馬鹿にしなかった?」
「……」
その一方で、エリスは一言も言葉を発さず、先程のアクアの発言を何度も何度も心の中でリピートしていた。エリス教徒に改宗するのはアンデッドや悪魔を許容するより下だという部分以外のやつである。
「ダクネスが、心の底から認めているなら……」
涙を流して感謝する親友の姿を思い出す。そして、自分には出来なかったことをやってのけた憎き相手を思い出す。憎き相手、というのは種族だ。彼女達個人ではない。勿論そう簡単にアンデッドや悪魔に対する感情が消え去るわけではないが。
それでも。
「うぅ……でも、アンデッドだし、悪魔だし……」
「悩んでるわねぇ。もっと簡単に考えればいいのに」
「みんながみんな、あんたみたいに単純じゃないのよ。それこそ、悪ささえしてなきゃ何だかんだ屋敷憑きのゴーストや貧乏リッチー見逃しそうなのと違って」
コロリン病も収束に向かった。シルフィーナが治療されたことで、後は定期的に症状が現れた患者に回復と解毒の魔法をかけていけば終わりだ。ひとまず騒動も終わり、街を治める貴族としては一安心といったところだろう。
とはいえ、まだ患者は多数いる。プリーストはクエストボードや直接指名の依頼、自発的な行動などで忙しく駆け回っている状態だ。
「はい、これで大丈夫です」
そう言って患者の治療を終えたプリーストの女性は笑みを浮かべる。患者の家族はありがとうございますと頭を下げ、彼女はそれを聞きいえいえと返した。プリーストとして当然のことですから、と続けた。
「なにせエリス教徒はこういう時役に立ちませんからね! この街のプリーストといえばやっぱりアクシズ教! っと、コホン。まあこれからも、アクシズ教会アクセル支部にお任せください」
そう言ってドヤ顔を浮かべたプリースト、セシリーはその場を後にした。治療を受けた家族は、勧誘されないだけでそれ以外は基本そう変わってないのに何だろうこのアクシズ教も悪くないと思っちゃう感は、と無駄にモヤモヤしていたが関係ないので割愛しておく。
「お疲れ、セシリー」
「キャルさん! キャルさんが私を労いに!? デレ期到来!?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。余計なことしでかしてないか監視に来たの」
「ツンデレ! ちょっとキャルさん尊みが強すぎませんか!? ああ女神アクア様、やはり貴女様の教えを忠実に守ることで、こんなにも世界が輝くのですね……!」
「……とりあえず大丈夫そうだからあたし帰るわ」
目が死んだキャルがそのまま踵を返したことで我に返ったセシリーは、ちょっと待ってくださいと声を掛けた。振り向くこと無く、しかし一応足を止めたキャルは、彼女に向かって何よと問い掛ける。
「シズルさんの方はいいのかしら?」
「……」
無言でキャルは去っていく。これはどっちの意味合いなのだろうかとセシリーは暫し考えたが、まあどちらでも個人的にはオイシイので問題ないかと思い直した。とっくに手遅れである。
そんな手遅れを放置したキャルは、そのまま待ち合わせ場所へと歩みを進める。同じく患者の治療を行っていたコッコロが、そこで彼女を待っていた。
「ごめんコロ助、待たせちゃった?」
「いえ、問題ありません。こちらも治療が先程終わったところでしたので」
そう言って微笑むコッコロは、しかし多少の疲れが見えた。冒険者としてブイブイ言わせているとはいえ、アークプリーストとはいえ、彼女はまだ子供だ。何より、他と違って病み上がりなのだ。どうしたって疲労が溜まる。
「よし。今日はここまでね。帰りましょうか」
「ですが」
「それであんたがぶっ倒れたら意味ないでしょ。ほら、帰って休むわよ。無理して苦しいことやるくらいなら、今が楽な方に流れたほうがずっといいわ」
多少強引にコッコロを引っ張るキャルであったが、された方であるコッコロも抵抗はしなかった。かしこまりました、と笑みを浮かべ、そのままアメス教会へと歩いていく。
街の活気は普段通り。ただ、ここ最近とは少しだけ違う部分があった。その証拠、というべきだろうか。街の人々が、ついつい視線を彷徨わせ、そして見当たらないことに寂しそうな表情を浮かべている。
「……まだ、なのよね」
「……はい」
はぁ、とキャルが溜息を吐く。こればかりはどうしようもない。こちらから働きかけることが出来ないということはないが、そう簡単にいかないからこその現状なのだ。
「シルフィーナさまは……お優しい方ですので」
「損な性格よねぇ。別にやりたくてやったわけじゃないんだし、かかった連中だってあの娘を責めることなんかあるわけないのに」
「それでも……他の方々がお許しになっても、シルフィーナさまがご自身を責めてしまっては」
「そこなのよねぇ……。あーやだやだ、解決したんだからめでたしめでたしで済ませなさいよ」
キャリアであったシルフィーナは、治療が終わった後から屋敷に閉じ籠もりきりだ。自分が街中を駆け回っていたから、だから街中に病が蔓延した。そう信じて疑わず、実際それを否定することは出来ない。街の人々がどれだけ彼女を許そうとも、シルフィーナは自分が許せないのだ。治療に関わった人達に感謝をするのならば、笑顔で再び外に出ることが一番だと、皆にそう言われ、自分でも頭では分かっていて。それでも。
「シェフィも寂しがってるし。さっさとなんとかしないと、あたしもカズマもへばっちゃうわ」
「はい。シェフィさまとシルフィーナさまが再び街で遊べるように、なんとかいたしましょう」
そんなこんなでアメス教会到着である。ただいまー、と声を掛け、教会内で暇しているであろう男性陣の名前を呼ぶ。シェフィを背負ったゼーンがひょこりと現れ、寝かせてくると一言伝えるとそのまま去っていった。
「おう、おかえり。どうだ、様子は」
「コロリン病の方は多分もう問題ないわね。だから」
カズマに帰る途中に話していたことを伝える。ここのところの残った問題として大きく立ち塞がるそれを、いい加減なんとかしよう。そう決めたことを彼にも述べる。
まあそうだよな、とカズマもそれを聞いて頬を掻いた。シェフィの相手をしていて、シルフィーナと遊びたいと言われることがよくあるのだ。何だかんだ誤魔化していたが、そろそろ限界でもある。
行くか、とカズマは二人に告げ、キャルとコッコロも頷いた。ゼーンに出掛けてくると伝えると、彼は短く分かったと頷く。何となく察したのだろう、そうした後、先程少しぐずった後寝てしまったシェフィの方を見た。
「解決すれば、シェフィが喜ぶ」
「はい。全力を尽くします」
兄とママがそんなやり取りをして、では出発と一行は目的地へと向かう。途中でペコリーヌを回収し、四人となったカズマ達はダスティネス邸へと歩みを進めた。もはや勝手知ったる大貴族の屋敷である。割と顔パス気味に通され、別段案内されること無くララティーナの執務室へと辿り着いた。
「わざわざ済まない」
そう述べるダクネスの顔色もよろしくない。シルフィーナのことに心を痛めているのがひと目で分かった。ついでに、こういうのは流石のドMでも快楽に変えられないらしいということが分かって、よかったこいつも人の心が残っていたとカズマはこっそりと安堵した。
「シルフィーナちゃんの気持ち、わたしも少しは分かるんですよね……」
「あんた似たような状態になってたものね」
ペコリーヌが眉尻を下げる。姉妹のわだかまりを解消した今だからこそ皆の言葉で持ち直したが、あれがまだ吹っ切る前の精神状態だったら、ひょっとしたらシルフィーナよりも酷い状態になっていたかもしれない。そう考えると、彼女は他人事ではないのだ。
「つってもなぁ。無理矢理外に連れ出すわけにもいかないし」
「そんなことしたら二度と外に出なくなるわよあの娘」
「ですが。シルフィーナさまも、背中を押してもらいたいと思っておられるはずです」
彼女は子供とはいえ、聡明である。このままではいけないと分かっているはずなのだ。自分で踏み出すには勇気が足りない、ただそれだけなのだ。
ふよん、と壁から顔が出てくる。だとしてもそう簡単にはいかないの。そう言って壁を抜けてきたミヤコがぼやいた。
「ミヤコが外で一緒にプリン食べようって言っても断られたの。プリン食べないとか、アイツ絶対動く気ないの」
「まあミヤコ基準のそれは置いておいて」
そう言いながら、カズマは成程と一人頷く。何かしら強引に外に出すためにも、そういうきっかけを用意しなくては始まらない。それも、その場の思い付きなどではなく、しっかりと計画を立てたイベントを。
「……じゃあ、みんなでピクニックに行く。とかどうです?」
「それも思い付きじゃないの?」
「いえ、そうじゃなくて。こう、いついつにお出かけしますって予め言っておくんです。そうすれば、外に出る勇気をその間に溜めておけるじゃないですか」
最初の時点で断られる可能性もあるだろうとキャルが反論したが、シルフィーナも外に出たいと思っているという前提のもとのアイデアなので、そこを言い出したらきりがない。確かにそうね、と引き下がった彼女は、まあそれならありかもと同意する。
「どうですか? ララティーナちゃん」
「そう、ですね……。ユースティアナ様の仰られたそれで、いってみましょう」
決まりだ、と皆が頷く。そうなるとまずは向かう場所。シルフィーナのことを考えると、ある程度近場がいい。アクセルの近くにある湖辺りが丁度いいだろうか。候補を他にも数個考えつつ、他に決めるべきことを煮詰めていく。彼女のためなのだから、当然一緒にシェフィ、ミヤコ、イリヤを連れて行くとして。ママ二人は勿論参加、コッコロが行くならとカズマ、キャル、ペコリーヌも混ざり。
「ゼーンはどうする?」
「シェフィさまが参加ならば、ゼーンさまも恐らく参加かと」
「シルフィーナが怖がらない?」
「シェフィと遊ぶ際に何度も会っているし、それは問題ないだろう」
じゃあ参加、と本人のいない場所で決定され、あれよあれよと中々の大所帯に変わっていく。そうなると、当然必要なものも盛大になるわけで。
「じゃあ、沢山のお弁当を用意しましょう」
「ま、ペコリーヌじゃないけど、当然よね」
「はい。腕によりをかけさせていただきます」
「わたしも当然作りますよ~」
王女の手作り弁当って逆に恐縮しない? そうは思ったが、まあ今更なのでいいかとカズマは諦めた。そこを流して、それで弁当って何を作るんだと問い掛ける。
よくぞ聞いてくれました。ぐりん、と振り向いたペコリーヌは、弾けるような笑顔で彼を見た。こういう時、ピクニックで大勢と食べるお弁当といえば決まっていますと胸を張った。
「おにぎりです!」
拳を握りながらそう述べた彼女に反論するものはいなかった。まあ確かにそれっぽいな、と皆どこか納得したように頷いた。
だからだろうか。ペコリーヌはそのまま言葉に勢いが増した。そういうわけですから、とっておきのおにぎりの具を用意しなくちゃいけません。握った拳を突き上げ、そう宣言した。
「とっておき、でございますか?」
「はい! ピクニックの日までに、絶対用意してみせますよ」
「……一応聞いておくけど、何を用意するわけ?」
何だか猛烈に嫌な予感がしたので、キャルがどこか恐る恐る尋ねた。よくぞ聞いてくれました、と再びぐりんと向きを変えたペコリーヌは、今回は鮭にしようと思ってますと続ける。
「鮭……?」
「はい! なので、取りに行きますよ――最高の、
「え? 何だって?」
何か聞き覚えがあるようで全く無い凄いワードが聞こえたぞ。ノリノリのペコリーヌを見ながら、カズマも何だか猛烈に嫌な予感がし始めていた。