プリすば!   作:負け狐

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何か凄い勢いで美食殿


その145

「というわけで。やってきましたよ~」

 

 テンション高めで拳を突き上げるペコリーヌの傍らで、キャルは始まる前から既に目が死んでいる。これ絶対碌なことにならないやつだ、と確信しているのだろう。同行者となったダクネスも、何とも言えない表情でペコリーヌに付き従っている。

 

「しかし」

 

 そんなダクネスだが、この食材調達にやってきた面子の一人を見て少し不思議そうに、それでいて申し訳無さそうに声を掛けた。本当に良かったのだろうか、と述べた。

 

「なんで? シルフィーナちゃんの治療には役に立てなかったからさ、このくらいはあたしも手伝わせてよ」

 

 そう言って笑みを見せるのは、彼女の親友である盗賊の少女。そんな気にしなくてもいいのだが、とダクネスは苦笑するが、そういうわけにもいかないらしい。

 だってアンデッドと悪魔に負けるのは悔しいじゃないか、とは彼女自身の弁である。

 

「……そこまでいうのならば、頼んだぞ、クリス」

「うん。あたしに任せてよ!」

 

 そう言って無い胸を張る。まあ被害担当が増えるのはいいことよね、というキャルの呟きは、幸か不幸か聞こえなかった。

 そういうわけで。今回の食材探しの面子はカズマ、コッコロ、キャル、ペコリーヌに、ダクネスとクリスが追加され、そして。

 

「おさかなー」

「あまり離れるな」

「はーい」

 

 シェフィとゼーンのドラゴン兄妹である。ちなみにここまで来るのもゼーンに乗ってきたのであっという間だ。ホワイトドラゴンがそうポンポン姿現して飛んでていいのだろうかと思わないでもなかったが、既にベルゼルグ王家が声明を出しているので、ここで手を出すというのはバーサーカー王家に弓引くに等しい行為だ。素材や希少種であるという理由では割りに合わないので、普通ならばもう大丈夫である。全く別の理由でうずうずしている約一名は、片方が幼児だったので今回は手を引いた。元に戻ったら襲撃するらしいので、その時はジュンが付き添うか止めるかする算段である。

 ともあれ。港町にやってきた一行は、漁師から件の食材についての情報を聞き込みに向かった。殆どの漁師がその名前を聞くと、面子を見て、本当に大丈夫かと心配そうに聞き返していたのがカズマには印象的であったが、それそのものには命の危険性があるような相手ではないらしいというのは情報を集めているうちに彼も理解した。

 

「ペコリーヌさま」

「どうしました? コッコロちゃん」

「漁師の方々からお話を聞く限り、季節が少し外れているように見受けられますが」

「そうですね」

「そうですね、じゃないわよ。分かってんだったら何で来たわけ?」

「ふっふっふ~。そこがポイントなんですよ」

 

 キャルの言葉にペコリーヌは不敵な笑みを浮かべる。さっきまでの情報で大体場所は絞れましたと続けると、彼女はまた別の漁師に話を聞きに行った。ただ、その問い掛けは先程とは少し違う。それを聞いた漁師は怪訝な顔を浮かべ、次いでお前さんたちアレを獲る気かと目を見開いた。

 

「はい。最高の食材といったら、もちろんあれですから」

 

 成程なぁ、と漁師は溜息を吐く。まあ無理はするなよと告げ、彼は彼女が持っていた地図に数箇所の印を付けた。これはこの街の漁師が共有しているもので、その付近は基本警戒し近付かない。いるとしたらここのどこかだ。そこまで言うと、漁師はまあ頑張れと踵を返した。そうした後、船酔いだったのか吐いていたがまあ今は関係あるまい。

 

「よし、じゃあ」

「待て」

 

 行きますよ、と宣言しようとしたペコリーヌをカズマが止める。さっきまで命の危険性が少なかった気がしたので、一気に不穏な空気になったぞ。そう感じた彼は、隠すこと無く彼女に告げた。お前これ本当に大丈夫なんだろうな、と。

 

「大丈夫ですよ。今のわたしたちなら」

「ちょっと待てお前それ絶対危険なやつだろ」

「まあ、完全に安全かといえばそうじゃないかもしれませんけど」

 

 やっぱりじゃねぇか。がぁ、と叫ぶカズマに向かい、ペコリーヌはでも、と返す。

 ここの所の騒動と比べれば間違いなく危険じゃないですよ。さらりとそう述べられ、彼は何とも言えない表情になる。違う、そうじゃない。比べる対象が間違っている。そう言いたいが、彼女の判断からすると、実際言うほどの危険はないような気がしないでも。

 

「カズマ、騙されるんじゃないわよ。こいつ食べ物のときは基準ガバガバなんだから」

「……そういやそうだったな」

 

 蟲スイーツを思い出す。アレを何の問題もないですよと言い切ったのだから、今回もボーダーラインが狂ってる可能性は大いにある。

 

「ですが。ペコリーヌさまはわたくしたちの命の危険性まで判定をおかしくすることはないかと」

「……まあ、それはそうなんだけど」

「命『は』大丈夫かもしれないけどさぁ……」

「何だか凄く疑われてますね」

 

 じとー、とペコリーヌを見るキャルとカズマ。あははと苦笑を返した彼女は、まあ心配いりませんと二人に返した。いざとなったら自分が盾になりますから。そう言って胸をどんと叩いた。揺れた。

 

「その時は私が盾になりますので! ユース――ペコリーヌさんは下がっていてください!」

「でも、提案したのはわたしですから」

「それでもです。必ず私を盾にしてください!」

「これどっちの理由なんだろうな」

「どっちもじゃない?」

 

 こういう時のダクネスはとことん信用がない。

 

 

 

 

 

 

 何だかんだとグダグダしたが、とりあえず印の場所へと向かうことにした一行。が、そこにいたのはどう見ても鮭じゃない。まあつまり間違いなくお目当てのものではないわけで。

 

「……いや、そうは言っても、こいつも相当の食材だからね」

 

 目の前には、ジャイアントトードとタメを張るレベルの大きさの甲殻類がいる。カチンカチンとハサミを鳴らしながらこちらへと近付いてくるその姿は中々に恐怖だ。実際カズマはいやこれヤバいんじゃねぇのと大分引いている。

 

「こいつは、威勢エビか……」

「ラッキーですね。天むすも追加できますよ」

「言ってる場合かぁ!」

 

 キャルが叫んだ。それを合図に、威勢エビがハサミを振り上げる。食らったら間違いなくその部分が吹き飛ぶだろうと確信したカズマとキャルは全力回避。コッコロとクリスも同様であったが、残りは。

 

「くぅ……このハサミの一撃、中々の……!」

「いい感じに身が詰まってます。やばいですね☆」

 

 真正面から受け止めたドMと腹ペコバーサーカーである。ベクトルは違えど、どうやらその攻撃で彼女達には喜ぶべき要素があったらしい。恍惚の笑みを元に戻し、ダクネスは威勢エビのハサミを掴みその場で踏ん張る。ギチギチとハサミを動かして彼女を轢き潰そうとするエビのそれを受けながら、何だか凄く満たされた表情で今ですと述べた。

 ペコリーヌが受け止めていたハサミを剣でかち上げる。突如のそれに体勢を崩された威勢エビは、もう片方のハサミも動きを止められていることで、完全に無防備となり。

 

「スパッと斬ります!」

 

 外殻など知ったことか、と言わんばかりの斬撃を叩き込まれあっさりと沈黙した。動かなくなった威勢エビに刻まれたその一撃を見て、うへぇとカズマの表情が歪む。

 

「何かもう今更だけどやべぇな」

 

 コンコン、と外殻を叩く。どうやったらこれをスッパリ斬れるんだよとぼやき、キャルと共にフリーズで冷凍保存した。これを持ったまま次の場所は流石に無理なので、一旦港町に戻って再度出発となる。

 

「ねえ、ところで。あたし肝心の目的を聞いてなかったんだけど」

 

 これより凄いやつなの、とクリスが問う。どでかい威勢エビの時点で既に大分条件を満たしている気がしたのだが、一行の口ぶりからすると追加のおまけ食材扱いだ。何か鮭らしいというのだけは聞いたが、そんな言うほどの鮭がいただろうかと彼女は首を傾げていたのだ。

 

「荒魔鬼鮭ですよ」

「あたし用事思い出した」

「《バインド》」

「ちょぉ! カズマ君!? なんでぇ!?」

「いや、生贄は多いほうがいいかなって」

「そうね。ねえクリス、あんたが自分でついてきたんだから、今更逃げるのは駄目じゃない?」

 

 逃さんとばかりにキャルが詰め寄る。そして彼女の言葉に、クリスはうぐ、と呻いた。確かにわざわざ同行したのは自分だ。ミヤコとイリヤに負けてなるものか、と鼻息を荒くしていたのも間違いない。

 だが。だがしかし、である。

 

「荒魔鬼鮭相手って、あたし前衛だよね! 絶対被害受けるやつじゃない!」

「う、うむ。それはまあ、そうかもしれんな」

 

 だからいいのか、と聞いたのだが、と困った表情を浮かべているダクネスを見て、クリスはどうやら自分が勢いでやっちまったことを今更ながらに気が付いた。

 何となく、どこかでモニタリングしている二人が大爆笑をしている姿が見えて、ゆっくりと彼女の目から光が失われていく。

 

「……まあ、無理はしなくてもいいのだぞクリス。食材探しは私達だけでも」

「……やるよ。こうなったらヤケだ! やってやるよ!」

 

 バインドを解かれたクリスがやけくそ気味に叫ぶ。アメス、録画の準備しておいて、とどこぞの水の駄女神がこれからのことを予想して提案していたとかいないとかそういうのはあるが、それを差っ引いても彼女は撤退の選択肢を消し去ったようだ。

 港町で借りた倉庫に威勢エビを放り込み、では次のポイントだと皆は意気込む。カズマとキャルは除く。

 

「また威勢エビじゃないのよ!」

「いえ、向こうに別の魚もいるようです」

「ちょうちん暗光だ。え? 何か向こう戦力バランスよくない?」

「なあ俺話に若干ついていけないんだけど、向こうの魚もヤバいのか?」

「ちょうちん暗光は闇と光の魔法を操る強敵だ」

「あ、何か前聞いたな」

 

 言うが早いか、ちょうちん暗光が魔法をぶっ放す。コッコロの魔法防御呪文によって防がれたが、目の前で着弾したそれを見る限りカズマが食らったら即お陀仏だろう。勿論威勢エビのハサミも同等である。

 

「……まあ、魔王軍の幹部よりかは弱いでしょうから、なんとかなるでしょ」

「比べる基準おかしいだろ。というか俺にとっちゃどっちみち食らったら死ぬから一緒だ一緒」

「だったら食らう前に片付けるわよ。ほれカズマ、援護!」

「へいへい。――《狙撃》!」

 

 場所の形状は入り江に近い。威勢エビは浜に上がってくるが、ちょうちん暗光は水の中でしか行動できない。それを逆手に取って、カズマは狙撃で海を狙った。

 バシン、と盛大に火花のようなものが上がる。水を伝い、彼の置きトラップが広がったのだ。ちょうちん暗光は盛大に麻痺し、ビクンビクンと痙攣している。威勢エビは甲殻が多少防いでいるのか、動きが鈍くなる程度で済んでいるらしい。

 

「よし、じゃあ」

「くぅぅぅ。この痺れは、中々っ……」

「おーいシェフィ、あの辺まとめて凍らせられるか?」

「できるよー」

 

 ホワイトドラゴンによるブレスで、悶えているドMごと一網打尽となった。よいしょ、と凍ったちょうちん暗光を引っ張ってきたペコリーヌは、手際よく吊るし上げると慣れた手付きで捌いていく。威勢エビはそのままでいいが、こちらは先に〆てしまった方が味がいいらしい。

 

「というか、ついにペコリーヌですらダクネスのこと心配しなくなったわね」

「あれはただ単にダクネスより食材の方が優先度上なだけじゃ」

「それはそれでどうなんだ……」

「信頼の表れ、と思えば……」

 

 コッコロのフォローも微妙に苦しい。まあ実際冷凍と麻痺のダブルコンボでご満悦になっているドMを見る限り心配は欠片も必要ないのだが。クウカとどっちがマシか、という不毛な疑問を抱きつつ、やっぱりこれだけの量だと一旦戻らないと駄目だろうと再び帰還する。漁師たちは次々運ばれる強力な海産物を見て驚いていたが、彼女達の狙いが例の鮭だと聞くと、それも納得と頷いていた。

 

「……ねえ、ダクネス」

「どうしたのだ、クリス」

「なんだか、ただの荒魔鬼鮭を獲るにしては反応おかしくないかな?」

「言われてみれば、そうだな」

 

 んん? と首を傾げたクリスの言葉に、ダクネスもううむと考え込む。それを聞いていたカズマは、なあキャル、と隣に話しかけていた。

 

「荒魔鬼鮭とかいうのって、そんな強いモンスターなのか?」

「モンスターっていうか魚だけど、強さ自体はそこまでね。所詮鮭だもの」

 

 だったら何でそんな。そう問い掛けた彼の言葉に、キャルは何とも嫌そうな顔をした。問題はこいつが強力な水魔法を使うことよ、とぼやいた。

 

「水魔法、でございますか」

「あれ? コロ助知らないの? 荒魔鬼鮭は産卵時期になるとそれに適した場所に向かって一直線に進むのよ。ほんとに一直線、水魔法と天候操作で無理矢理川を作って移動するわ」

「それはもう俺の知ってる鮭じゃないな」

「大自然の驚異でございますね」

「まあでも、別にこいつと出会って人が死ぬってことはそうそうないはずなんだけど。……そうよね、何でこんな危険物扱いされてるのかしら」

 

 キャルの中の嫌な予感センサーがビンビンに反応をし始めた。いやまあ最初からヤバいヤバいとは思っていたが、ここに来てヤバい指数が跳ね上がってきた気がしたのだ。

 しまってきましたよ~、とシェフィやゼーンと呑気に戻ってくるペコリーヌを視界に入れると、キャルはちょっとあんたと詰め寄った。何か隠していることあるんじゃないの、と問い掛けた。

 

「隠していること、ですか?」

「そうよ。荒魔鬼鮭獲るだけにしては、何だかヤバい雰囲気出しすぎてんのよ」

「……あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「聞いてない」

「あ、はは……それは、ごめんなさい」

 

 頭を下げる。二人のやり取りに注目していた残りの面々も、それを聞いてどういうことだと眉を顰めた。ダクネスだけはいいえそんなと恐縮していたが。

 ともあれ、ペコリーヌが狙っているのは普通の荒魔鬼鮭とは少し毛色が違うらしい。まずそれだけは確実に分かった。

 

「わたしが狙っているのは荒魔鬼鮭の特別個体です。本来ならば産卵時期でない限り、荒魔鬼鮭は海以外で活動しません。でも」

 

 説明は道中を移動しながら。そういうことで別の印の場所へと向かいながら、ペコリーヌは皆に説明をし始めた。よくよく考えると、地図の印はどれも海上ではない。普通に考えると魚を獲るのだから海の上だろうとならないのは、サンマが畑で取れるからなのだがそれでも。

 

「ごくたまに発生するんです。産卵時期でもないのに陸地を突き進む個体が。それらは通常の荒魔鬼鮭の群れを抜け、己の力だけを頼りにしている。ですから」

 

 そこで彼女は言葉を止める。それに続く言葉を想像し、皆がゴクリと息を呑んだ。

 

「物凄く身が引き締まっていて、とっても美味しいんです!」

 

 そしてコケた。強調する場所そこかよ、とカズマが代表してツッコミを入れる。何かおかしかったですかと首を傾げるペコリーヌは素なので、どうやら自分達の考えの方がずれていたのだと思い直した。

 まあそういうことなら、と空気が緩む。どうやら杞憂だったようだ。そんな結論を出した一行は、じゃあ今度の場所にその荒魔鬼鮭の特別個体がいるかもしれないなと呑気に話していた。海からそこそこ離れている場所にうってあるこの印は、先程のように威勢エビなどではないだろうからだ。

 

「……ん?」

 

 急激に雲が広がってきた。何だ何だ、と空を見上げると、視界があっという間に雷雲らしきもので埋まっていく。雨こそまだ降っていないが、このままだと間違いなく。

 

「当たりですね」

「何がよ。どこか雨宿り出来る場所を――って、え?」

 

 ペコリーヌが前を見ながら呟いた。それに反応しながら、キャルは彼女の視線を追って。

 そして、見た。ついでに他の面々も同じようにそれを見た。

 

「なんじゃありゃぁぁぁぁぁ!」

「荒魔鬼鮭、なのでしょうか……?」

「いやデカすぎでしょ!?」

「普通の鮭の数百倍はあるね……」

「群れを抜けるというか、追い出されたのでは……?」

 

 視線の先には、自らが生み出した雨雲を周囲に纏わせ、出来上がった水を泳ぐ巨大な鮭。その無機質な瞳は、望まぬ客人を歓迎しているようにはとても見えなかった。ゴロゴロと雲から雷が光っていることからもそれが伺えよう。

 

「出ましたね。荒魔鬼鮭の変異種、斗鬼白頭!」

「俺の知ってるトキシラズじゃねぇ!」

「おにーたん。あれおいちー?」

「多分な」

「あんたらはマイペース過ぎるわぁ!」

 

 




ついに出しちゃったオリジナル敵、斗鬼白頭。
……敵?

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