プリすば!   作:負け狐

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その148

「……あぁー……」

 

 むくりと体を起こす。もうすっかり見慣れた、一旦仮の拠点にするとか言っていた割には馴染みまくっているアメス教会の自分の部屋をぼんやりと見ながら、カズマはぐぐっと体を伸ばした。今日も天気は晴れ、そして明日も明後日も晴れだという話だ。ピクニックの準備も順調で、後はシルフィーナがこのピクニックで元気になってくれるだけだ。

 が、その辺りの心配はダクネス達の問題だ。彼にとっての目下の問題は、準備の終わったそれではなく。

 

「あ」

 

 扉を開けると、どうやらノックしようとしていたペコリーヌが目の前に。目をパチクリとさせた彼女は、どこか誤魔化すようにあはは、と視線を逸らしながら、朝ごはんですよと伝え逃げていった。

 

「……はぁ」

 

 ここのところずっとこれである。上と下で大事なものをぶらぶらさせてしまったあの時から、どうにも彼女の様子がおかしい。

 否、理由は分かっているのだ。分かっているのだが、それを口にすると無性に悶えたくなる。というか自意識過剰もほどだろ、とセルフツッコミをしたくなるのだ。

 帰りの道中、ダクネスは苦虫を噛み潰した表情のままであった。ずっと悩んでいる様子であったが、結局アクセルに戻った辺りで、見なかったことにすると思い切り納得していない顔でそう述べた。胃痛で快楽を覚える体に変貌した被虐的変態令嬢であったが、今回のこれは未知の領域だったらしい。新しい扉は一直線では開かず、回り道が必要だったのだろう。そもそも開けてはいけない気もするが、そこら辺はダクネスなのでしょうがない。

 そんなわけで、カズマとしても何だか不完全燃焼であった。結局これそういう意味でいいの? そんな疑問が浮かんでいても、尋ねる相手がいないのだ。

 本人に聞けとか言ってはいけない。十六年以上モテない男子をやっていた彼が、金髪巨乳フレンドリー美少女姫騎士に「お前俺のこと好きなんだな」とか言えるわけがない。間違いなくただの勘違い野郎で、間違いなくフル・モンティカズマよりも羞恥の波が押し寄せてくる。バニルの腹が破裂する勢いだ。

 

「いや、でもなぁ……」

 

 そうは思っているのだが。先程のあれといい、どうもペコリーヌ自身からその辺を言い出そうとしているような気がしてならないのだ。自惚れも甚だしいんじゃないの、と思わないでもないが、鈍感主人公よりはマシな自覚はあるので、カズマとしてもちょっぴり期待してしまうのだ。

 

「朝から変な顔してるわね」

「うお」

 

 そんな彼の横合いから声。思わず横に飛び、そしてその声の主を見ると、キャルが呆れたような顔をしているのが視界に映った。ほれほれ、と朝ごはんに向かわせるように彼の背中をグイグイ押す。

 

「で? 何か進展あったわけ?」

「いや知らねーし。というか? 進展とか何のことかカズマさんわっかんねーなー」

「そういうのいいから」

 

 ジト目で呆れたような顔をしながら、キャルは盛大に溜息を吐く。そうしながら、まさか本気でそこまで進んでいるとは思わなかったと彼女は誰に言うでもなくぼやいた。

 

「……こいつが王族かぁ」

「おい何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

「ベルゼルグ王国大丈夫かしら」

「喧嘩売ってんなら買うぞ」

 

 そもそも大貴族筆頭がドM、ポンコツセレブ、戦闘狂、アイリス命とバリエーション豊かなので、今更カズマが加わったところで王国が揺らぐことなどない。というか国を憂うならばまずアクセルの変人共とアルカンレティアの変人共と紅魔の里の変人共をどうにかしたほうがいい。変人が多過ぎる。

 

「まあいいわ。あんたら二人がその調子でいいなら別にそれで。あたしに迷惑掛かんなきゃ、だけど」

「ふふっ。そう仰られている割には、随分と心配なさっているようですが」

「コロ助うっさい」

 

 話し声が聞こえたのだろう。合流したコッコロが、そんなことを言いながら会話に加わる。微笑みを浮かべたまま、彼女はキャルからカズマに視線を移した。そして勿論、わたくしも心配しております。そう述べたが、表情はどこか柔らかい。

 

「ですが、わたくしは主さまもペコリーヌさまも信じておりますので」

「甘いわねコロ助。そんなこと言って見守ってたら、こいつらきっと一生そのままよ」

「しかし、ペコリーヌさまは指輪をお渡しになられたのですよね? それならばきっと」

「だからそれが甘いって言ってんのよ。あいつのことだから、まだちゃんと正式な意味を込めてないとか思ってて、そのこと言わないと効力は発揮しないとか決めつけてるわよ」

 

 やれやれ、と頭を振りながら、キャルはここにいない誰かの気持ちを代弁するかのように語る。だからここんとこ挙動不審だったじゃないと追い打ちもかけた。

 

「動こうとしているのならば、大丈夫では?」

「あいつってそういう時はとことん慎重派で後ろ向きなのよ、ほっといたら永遠にやってるわ。ほんっと、普段のパッパラパーな勢いだけで動く状態を一割でもいいから回せばいいのに」

「なあお前らそういう話当事者のいない場所でやってくんない?」

 

 ペコリーヌはいなくとも、言われる方であるカズマは思い切りここにいるわけで。ただでさえ若干気まずいのに余計顔が見れなくなる。そんな抗議をしたものの、キャルは当然としてコッコロですら聞き流した。

 勿論朝食の二人は思いっきりギクシャクしていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 はぁ、とペコリーヌは溜息を吐きながら街を歩く。正直、あの時はそこまで重い意味を込めてはいなかった。ただ、ずっと一緒にいられたらいいのに、と思ってしまったから。だから、勢いのままに渡してしまって。

 

「……でも、それじゃあ駄目ですよね」

 

 指輪の意味は当然知っている。そして、そんなつもりはなかったなどと今更言うつもりもない。この気持ちは、嘘じゃないのだ。

 ベルゼルグ・アストルム・ソード・ユースティアナは、佐藤和真のことが。

 

「うぅ……でも、断られたらって考えると」

 

 項垂れる。ぶっちゃけそんなわけねぇだろと周りの連中は口を揃えて言うだろうが、いかんせんユースティアナは基本的に自分に自信がない。吹っ切れたとはいえ、根底はそう簡単に変えられないのだ。自信を持てる理由が見付からない間は、どうしてもこうなってしまうのだ。

 これ本気で言ってるから始末が悪いのよねぇ、と普段一緒にいる猫耳娘の幻影がぼやいていたが、あくまでイメージなのでペコリーヌに届くはずもなし。結局今日も告白できないまま、悶々とした気持ちを抱えて教会から飛び出してきてしまったのだ。

 いやまだ時間あるんだし戻って告れよ、とか言ってはいけない。それが出来たらとっくにやっている。

 

「よし。自棄食いしましょう」

 

 ぐ、と拳を握ると、ペコリーヌは手近な店のメニューを全制覇した。何か今日のペコリーヌちゃん荒れてるなぁ、と店員は首を傾げていたが、それ以外何もツッコミが無い時点で何だかもうアレである。

 

「じゃあ次は」

 

 そうして三軒ほど全食したタイミングで、彼女はふと足を止めた。今誰か呼ばなかっただろうか。そんなことを思いながら、キョロキョロと視線を動かし。

 

「お」

「ん?」

「ねえ」

「へ?」

「さまぁぁぁぁ!」

「うわっとぉ!」

 

 猛スピードで突っ込んできた一人の少女を受け止めた。衝撃でギャリギャリと石畳が削れたが、ペコリーヌもその少女もケロリとしている。

 そんな突っ込んできた少女は、ペコリーヌとよく似た顔立ちのそれを笑顔にして、改めて彼女へと抱きついた。

 

「お姉様! お久しぶりです!」

「あ――イリス? どうしたんですか?」

 

 弾けるような笑顔のアイリスを見て、ペコリーヌは少しだけ不思議そうな顔を見せる。ここはアクセル、王都ではない。何だかんだ当初の予定より延びていた留学も少し前に終わったという話も聞いていたのでベルゼルグ王国にいるのは知っていたが、それでもここにいるのはおかしいと首を傾げたのだ。

 そんな彼女の反応を見て、アイリスはぷくーと頬を膨らませた。だってしょうがないじゃないですかと言葉を紡いだ。

 

「お姉様、この間王城に帰ってきていましたよね?」

「え? はい、ちょっとドラゴンの所属について手続きをするために」

「どうして私は会っていないのですか!?」

「……用事で王城を離れていたからじゃないんですか?」

「どうして! 私がいない時に帰ってくるのですか!」

「たまたまですよ」

 

 そう言ってアイリスの頭を撫でたが、彼女の機嫌は直らない。あはは、と少し困ったように笑ったペコリーヌは、そこで彼女がこの場にいる理由を覚った。まあつまり、会えないならば会いに行けばいいということなのだろう。

 

「王城は、大丈夫ですか?」

「緊急性の高い仕事は終わらせています」

「そうですか。……じゃあ、わたしと一緒にのんびりします?」

「はいっ!」

 

 ぎゅー、っとアイリスは大好きな姉に抱きつく。そんなアイリスを、ペコリーヌもまた優しく抱きしめた。そうして暫し抱き合い、二人揃ってえへへとはにかみながら離れる。

 それじゃあ、と手を繋いだまま。ペコリーヌとアイリスは街を歩きだした。

 

「それにしても、お姉様お一人なのですか?」

「あー……ちょっと、事情があって」

 

 あからさまに視線を逸らしたのを見て、アイリスの目付きが鋭くなった。これはパーティーメンバーとなにかあったのだ。そう瞬時に理解した。

 では誰と何があったのか。追加のそこで、アイリスがまず選択肢に出したのは一人。というか他の二人と何かあったのならば多分割と深刻で、こんな風に姉は笑っていない。そこまでを結論付けた。

 

「……カズマさんと、何かあったのですか?」

「え!? い、いえ、何も、ないですよ?」

 

 アイリスの目からハイライトが消えた。これ絶対そういうやつだ。彼女の中の脳内なかよし部がちぇるっと答えを弾き出した。端的に換言すれば、恋バナだ。そんな追い打ちが追加で放たれた。

 

「い、いや、本当に何もないんですよ!」

「そうですか」

「信じてませんよね!?」

「そうですか」

「アイリス」

「……そんな顔をしないでください。というか、泣きたいのはこちらですよ!」

 

 しょんぼりと眉を下げたペコリーヌを見て、アイリスも悲痛な叫びを返す。何だ、どうしてこうなった。自分はただ、大好きな姉と一緒の時間を楽しく過ごしたかっただけなのに。

 そこまで考えたアイリスは、ああそうか、と手を叩いた。落ち込んでいるのならば。

 

「お姉様」

「はい?」

「私と一緒に遊びましょう! それで、悩みなど忘れてしまうのです! ええそうですとも、そんな悩み、捨ててしまいましょう!」

「それは――いえ、そうですね。悩んでいても仕方ないですし、うん」

 

 うんうん、と頷き、ペコリーヌはありがとうアイリスと笑みを浮かべた。その笑顔に笑顔を返した彼女は、気を取り直してと再び街を歩き出す。

 そうして、食べ歩きなどをしながら、二人はアクセルをぶらついた。ペコリーヌにとっては大分慣れ親しんだ街も、アイリスにとってはまだまだ新鮮な驚きのある場所である。そして、そんな妹を見ていると、ペコリーヌもまた新たな発見があるように思えて。

 

「ん?」

 

 そんな折。二人は向こうを歩いている男女のペアを視界に入れた。長身で長髪の男性は、ペコリーヌを見ると小さく会釈をする。そして、その横にいた少女はぺかーと笑みを浮かべると駆け寄り抱きついた。

 

「ぺこ~」

「はい、シェフィちゃん。おいっす~☆」

「おいっすー」

「朝会っているはずだが」

「ゼーンさん、こういう時の挨拶はまた別なんですよ。というわけで、ゼーンさん、おいっす~☆」

「ああ」

 

 そんなやり取りを見て首を傾げたのはアイリスだ。何だか親しげで、しかも朝既に会っているらしい。そこだけをピックアップすると、姉に近付く新しい男の影だと邪推してしまうが。

 どうにも纏う雰囲気が普通ではない。少なくとも普通の人間とはまるで違う。違うのだが。

 

「クリスティーナやジュンで慣れているので、判断がし辛いですね……」

「あの二人はまた別枠だと思いますよ」

 

 そう言いながら、ペコリーヌはアイリスにこの二人が例のホワイトドラゴンだと説明する。王城にいるのだから当然話は聞いているし、姉からの頼みなので全力で協力したからそこに驚く要素はない。成程そうでしたか、と納得するだけだ。

 

「ぺこー? このひとだれ?」

「シェフィちゃん。この子はあ――イリスっていって、わたしの大好きな妹なんですよ」

「いりす?」

「……はい。よろしくお願いしますね、シェフィさん」

「うん、しぇふぃ! よろしくー!」

 

 ブンブンと手を振るシェフィを見て、アイリスは聖テレサ女学院のことを思い出す。なかよし部のメンバーである、彼女と同じホワイトドラゴンの。

 フェイトフォーと比べると、見た目はどう見ても上なのに、中身はどっこいどっこいか少し下くらいだ。同じホワイトドラゴンでも大分違うのだな、とアイリスは思う。

 

「……ん? その首飾りは」

 

 そんな、シェフィとアイリスのやり取りを見守っていたゼーンが、ふとそんなことを呟いた。ペコリーヌもシェフィもその言葉を聞いて、アイリスの首元へと視線を移す。

 白く美しい鱗を使ったペンダントが、そこにキラキラと輝いていた。

 

「これは、私の大切なお友達から貰ったものです。自身の鱗を使って、他のお友達に加工をしてもらったのだとか」

「……そうか」

 

 そこに嘘偽りはない。そう感じ取ったゼーンは、どこか優しい表情になる。探していた同胞は、どうやら人の世界で絆を結んでいるらしい。そんなことを思い、安堵の息を零し。

 

「ぺんだんとだ! しぇふぃ、しってるよ。かずまがおなじのもってた」

 

 そんな空気をぶち壊す勢いでシェフィが何か言い出しやがった。とはいえ、それだけならば別段問題がない。アイリスも、そうなのですか、と笑顔で彼女の話を聞いている。

 

「うん。たしか、ぺこのこんやくゆびわ? とかいうやつ」

「――は?」

 

 その笑顔が固まったのは、シェフィの次の言葉だ。一瞬何を言っているのか理解できず、そしてペコの婚約指輪、というものをカズマがペンダントにしているらしいということに気付き。

 

「――――は?」

 

 明らかに可憐な姫とは思えないほどの、低い声が出た。

 

 




魔物(も逃げ出すベルゼルグ王国第二王女)

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