「たのもう!」
アメス教会が壊れるんじゃないかというくらいの勢いで扉が開かれる。何事、と入り口を見たキャルは、そこで仁王立ちしている人物を見て全てを察した。そして思った。
もう逃げられない。
「おや、アイリスさま。どうされたのですか?」
「こんにちはコッコロさん。少し、確認したいことがありまして」
「確認、でございますか……」
コッコロの表情が怪訝なものに変わる。第二王女が突然こんな場所にやってきて一体何を確認するというのだろうか。そんなことを考え、そして即座に結論に至った。というかアイリスの目が据わっている時点で何となく予想が出来た。
す、とコッコロの表情が険しくなる。もし、自分の予想が正しいのならば。そう前置きをして、彼女は傍らに置いてあった自身の槍を手に取った。
「主さまにお会いさせるわけにはいきません」
「……何故です?」
「いや今のアイリス様見てはいどうぞとか言えるわけないでしょうが」
横合いから声。思わずツッコミを入れてしまったキャルが、あ、しまったという表情で立っていた。コッコロはそんな彼女を見て、クスリと少しだけ微笑む。
「今のアイリスさまは随分と頭に血が上られているご様子。そのような状態で主さまとまともな話し合いが出来るとは到底思えません」
「はっきり言い過ぎじゃない!?」
「……ぐ」
そんなキャルの驚愕とは裏腹に、アイリスは思いの外効いたらしい。自身の行動を省みて、非常に悔しそうな顔をしながらも、大きく息を吸い、吐く。
目の据わった状態はとりあえず解除された。が、相変わらず空気は変わっていないのでコッコロは槍を構えたままである。
「お二人の反応からすると、私がここに来た理由はご存知なのですね」
「ご存知っていうか……来た時点で覚ったっていうか」
「少なくとも、わたくしもキャルさまも、そのことについては知っております」
「ならば、何故!」
「いや何故って言われても……」
止めなきゃ死ぬじゃんカズマ。ポリポリと頬を掻きながら、キャルはそう言い放った。コッコロも無言で頷いていることから、アイリスが何をしようとしているのかを把握していると見ていいだろう。
が、それに異を唱えたのは他でもないアイリス自身だ。そんなはずがないでしょう、と思いきり二人に言ってのけた。のけたが、じゃあまずその殺気どうにかしてくれない、というキャルの言葉に再び呻く。
「……それほどでしたか」
「それほどでしたよ」
「はい。間違いなく主さまが害される、と判断してしまうほどには」
追撃。ぐふぅ、とよろめいたアイリスは、自分が思い切り冷静さを失っていたことを改めて認識した。認識したが、いやでもこれは仕方ないと開き直る。あこれはダメじゃね? チエルやパイセンみたくなってんじゃん。とダウナー系っぽいエルフの幻影が匙を投げた。
「お二人共。考えてもみてください。……お姉様が、指輪を渡してしまったんですよ……っ!」
「うんまあそれは知ってるけど。けど、何ていうのかしらね……。仕方ないかなって」
「何故です!」
ズズイとアイリスが詰め寄る。圧が凄い、とドン引きしつつ、キャルは何故も何もと言葉を紡ぐ。
だってあいつ、カズマのこと好きみたいだし。
「――――」
絶句した。いや、薄々そうだとは思っていたが、認めたくなかったそれを、第三者から告げられたのだ。
よろめきながら、アイリスは段々と光を失い始めた目を二人に向ける。それで、いいのですか。絞り出すように、彼女はそう呟いた。
「え? まあ、趣味悪いなぁとは思うわよ」
「そうですよね! いえそうではなく。……あれ?」
「わたくしは、主さまとペコリーヌさまが幸せならば、それで」
こっちはこっちで純粋百パーセントである。一周回って若干冷静になり始めたアイリスは、おかしいな、と少しだけ首を傾げた。王城でのやり取りを見る限り、この二人も。
「あの……お二人は、カズマさんのことを、好きではないのですか?」
「多分あんたの言ってる意味でなら違うわね。仲間とか、悪友とか、そういう分類ならまあ……嫌いじゃないわよ」
「勿論主さまのことは大好きです。ですが、わたくしは主さまの従者ですので」
何か微妙に基準値に足りてない感じがする。脳内なかよし部の判定も渋めである以上、ここから踏み込んでも恐らくあまり成果は得られないだろう。
あるいは、この二人の好感度より君の姉上のそれが勝っているからじゃあないだろうか。遠慮なく言いやがった脳内ちっちゃいパイセンを、アイリスはほんのちょっぴり恨んだ。
「何かさっきから何の騒ぎだ――って!?」
タイミングが良かったのか悪かったのか。そこにカズマがひょっこりと顔を出してしまった。最初の時点でやってきていたら問答無用でデッドエンドだったので、そういう意味では助かったとも言えるが、しかし。
「あ。アイリス様じゃん……。ど、どうした?」
「あからさまに動揺してんじゃないわよ……」
「しかしキャルさま、そうなるのも無理はないのでは?」
そう言いつつ、アイリスの反応を見た。一旦落ち着いてはいたものの、カズマの顔を見たことで再度バーサーカーになりかねない。もしそうなったら、とりあえず教会が倒壊しないように外に連れ出して。
などと考えている二人を尻目に、彼女は彼を見てゆっくりと言葉を紡いだ。まずは、自身の呼び方について。
「どうしたのですか? この間はアイリスと呼んでいたではないですか」
「いやそうなんだけど、何か今日は圧が違うっていうか」
「気のせいではありませんか?」
アイリスは笑う。自身の口元を、三日月のように歪めて、微笑む。それは人が浮かべる笑顔とは何かが違う、さながら獰猛な魔獣が獲物を威嚇し射竦めるようで。
「ねえ――『お義兄様』」
やっぱり冷静さなんぞ保ってられないという、意思表示でもあった。
爆音が響く。何だ何だ、と住民は音の方へと視線を向けたものの、しかしすぐに興味をなくして元に戻った。何かしら原因があるのは確かだろうが、そこを気にしていてはこの街で生活などままならない。ぱっと思い付くだけで原因になりそうな変人がダースになる。
「だあぁぁぁ!」
「待ちなさい!」
「待ってたら死ぬだろうが!」
そんなわけで、街を必死に全力疾走しているカズマを見ても、アクセルの人々は動揺しないのだ。
「それはそれでどうなのよ……」
「キャルさま! そんなことよりも、主さまを!」
隣のコッコロもこれである。まあいいや、と視線を戻したキャルは、しかし猛スピードで爆走するアイリスを見てそっと表情が死んだ。
「無理」
「キャルさま!」
「いや無理だってば! あたしがあそこに突っ込んでって何が出来るってのよ。無駄死にもいいとこよ?」
「……わたくしは、それでも」
「だから待ちなさいっての。あのねコロ助、こういう時はもうちょっと冷静になんなさい」
ですが、と尚も食い下がるコッコロの頬を、キャルは両手で挟み込んだ。むにむにと彼女のほっぺたをさせながら、よく聞きなさい、と真っ直ぐに目を見る。
「ここで一番効果的なのはペコリーヌよ。だからあいつを呼んで、丸投げしましょう」
「キャうはま……」
コッコロの目が若干ジトる。そんな視線を受けたキャルは、しょうがないじゃないと返した。だって自分ではどうにも出来ないのだから、そう続けた。
「そうよ。あたしには無理なの。今回のこれはあたしは悪くないわ。タイミングが悪かったのよ、それか世間」
「……」
言ってることは分からないでもないが、それを堂々と言ってしまうのはどうなのだろう。そんなことを思いつつ、コッコロは自身のほっぺをムニムニしているキャルの手を外してジト目から表情を戻した。今重要なのはキャルのこれではなく。
「……それで、ペコリーヌさまは、どちらに行かれたのでしょうか」
「……そういやそうね。アイリス様がここに来たんなら、あいつに会ってないはずがないし」
そして恐らくペコリーヌとの会話で件の状況を知り、こうなったのだろう。そこまでを思考したキャルは、おかしいぞと首を傾げた。だったら何故、彼女はここに来ない。
再度爆発音。流石に聖剣でエクステリオンをブッパするほど暴走してはいないが、ぶっちゃけその辺の箒とかで十分アクセル周辺のモンスターをぶちのめせるのがアイリスだ。武器の有無はあまり基準にならない。なので、カズマの絶体絶命度も加速度的に跳ね上がっていた。
「待て! 落ち着け! というか俺が何をした!?」
「お姉様取ったぁ!」
「まだ取ってない!」
「まだって言いましたか!? これから取るのですか!?」
「言葉のあやですぅ! 俺はその予定は――」
キラン、と胸元の指輪が煌めいた。思わずそこに視線を向けて、それに合わせるようにアイリスもそこを見てしまう。
くしゃり、と彼女の表情が歪んだ。
「お姉様の指輪を持っているのに、予定がない……?」
「いや待て。だから、俺は、その、えーっと」
「お姉様弄んだぁ! この鬼畜ぅ!」
「誤解もいいとこなんですけどぉ!」
緊急回避が発動した。スレスレを通り過ぎる謎の斬撃に冷や汗をかきながら、カズマは落ち着けとアイリスに訴えかける。最初の状態とは随分と様変わりしたが、テンパっているのは間違いない。間違いないのだが、しかし。
何だか泣きそうな顔で瞳グルグルさせている姿を見ていると、死にそうなのはカズマなのに悪いことをしているのもカズマな気がしてきてしまうわけで。
「なあアイリス。お前一体俺に何させたいんだよ?」
「……お姉様、取っちゃ、やだ」
「そんなこと言われても、俺は別に」
そこまで言ってカズマは言葉を止める。別に何だ、と自問自答をしたのだ。何とも思っていない、だろうか。それは間違いなく違うと言える。そもそも、カズマは巨乳美少女が自分に好意を持ってくれている時点で何ならこっちも好きになっちゃうタイプだ。そういう感じのモテない男だ。
だから、だからこそ。はっきりきっぱりと答えがすぐ出せない。改めて、立ち止まって、考えて。それをしている最中で。
「俺は、ほら、あいつとはここに来てから付き合い長くて。でも、出会ったばかりの頃はそんなふうに考えることなんかなくて」
自分でも何を言っているかよく分からない。分からないが、それでもカズマは言葉を紡ぐ。まとまらない考えを、とにかく口にする。アイリスの攻撃を止めようと必死になっていたのがきっかけだったが、それもだんだんと忘れていって。
「自分の本当の気持ちって言われても、付き合ったこともなければロクにデートもしたことない俺は、好きになるとか、恋い焦がれるとか、そういう気持ちは」
「……無い、のですか?」
「分からない。分からないんだけど……」
いつの間にか、立ち止まって。アイリスもカズマも、何か何処かを彷徨うような。そんな状態で、お互いに気持ちを述べていく。
身構えていたキャルとコッコロも、そんな二人を見て息を吐いた。何だかんだずっと緊張しっぱなしだったのだ。とりあえず会話だけの状態になったのならば、ひとまずは。
ん? とキャルは振り返る。息を切らせながら、一人の少女がこちらに駆けてくるところであった。コッコロも同じくそちらを見て、その人物の名前を呼んだ。そうしながら、現状を軽く説明しながら、向こうにいる二人を指差す。
少女はそれを聞き、分かりましたと頷くと、一歩、カズマとアイリスへと。
「カ――」
「何ていうか、あいつと一緒にいると楽しいんだよな。まあ、当然キャルとかコッコロとかと一緒でも同じなんだけどさ。でも、あの二人の時とは少し違うっていうか、ただ楽しいだけじゃなくて、もっとこう……」
「それは……好きとは、違うのですか?」
「ちが――わ、ない、んだろうな。……あー、そっか」
どこか拗ねたようなアイリスの顔を見ながら、何で私が背中押しているのだと文句を言いかねないようなその表情を見ながら。
カズマは、どこかスッキリとした表情になった。誰に言うわけでもなく、そこに相手がいないと信じ切っているからこそ。一人、呟くように。
「俺、ペコリーヌのこと、好きなんだ」
「……っ!?」
言っちゃったので、仲裁しようと足を踏み出していたペコリーヌはその場で完全に固まった。目を見開いたまま、手を伸ばしかけたまま。彼女はそこでピクリとも動かないし、動けない。物凄く優しいほっこりした表情のコッコロと、思い切りスンとなっているキャルが、そんな彼女といい具合にマッチしていた。
「私に言っても仕方ないでしょう。きちんと、お姉様に言うべきです」
「いいのか?」
「仕方ないでしょう! 不本意ですが、非常に! 不本意ですが! ……お義兄様と呼んでもいいと思える殿方は、今の所あなただけです」
顔は思い切り認めていない。完全にふてくされている。それでも、アイリスはそう告げた。大事な姉が、どこの馬の骨か分からない冴えない男に取られる。その事実を受け入れようとした。
さんきゅ、とカズマは笑った。思わずワシワシとアイリスの頭を撫でて、反射的にその手を弾かれた彼は悶絶する。ここは素直に撫でられる場面じゃないの、という抗議は、煩いです不届き者、というアイリスの返しで沈黙した。
「もう、そんなことよりも。早くお姉様に」
「あ、ああ。分かっ――」
拗ねたようなアイリスに促され、カズマは視線を彼女から外す。よし、とそのまま顔を動かし。
真っ赤になっているペコリーヌと、目が合った。
「……あれ?」
「……」
「ひょっとして、さっきの」
「……っ!」
「聞いてって逃げるの早ぁ!」
即座に反転、王女のステータスを十全に使って全力で逃げ出した。あひゃぁ、とダッシュの始まりに巻き込まれたキャルが独楽みたいにスピンしていたが、まあいつものことなので誰も気にしない。
それよりも問題は。
「お義兄様! 早く追いかけてください!」
「いや無理だろ。俺追いつけないし」
「駄目でも行くのですよ! いいから行きなさい!」
背中を蹴り飛ばされた。ちょっと義兄に当たり厳しくない? そんな視線をアイリスに向けると、殺すぞとばかりに睨まれたのでカズマは即座にペコリーヌが見えなくなった方へと走り去っていく。
「……まったく、もう」
そんな背中を見て、アイリスは呆れたように溜息を吐いた。溜息を吐いて、そして。
「アイリスさま」
「損な役回りしたわねぇ……」
「コッコロさん、キャルさん……」
ぎゅ、と手を握られ、ぽん、と頭に手を置かれ。
そこで我慢の限界が訪れた。
「うぅ……うわぁぁぁぁぁん!」
「おーよしよし。ったく、子供の世話はあたし苦手なんだけど」
「いえ、キャルさまは、とてもお優しく面倒見の良い方でございますよ」
水を差すようで何だが、この場で一番子供なのはコッコロである。年齢的に一番下なのはコッコロなのである。
「うぅ……ぐす」
「大丈夫でございますよ、アイリスさま。ペコリーヌさまは、決してアイリスさまをないがしろになどいたしません。勿論、主さまもです」
「……分かっています。私の方が、お姉様を良く知っています」
「ふふっ。そうでしたね。申し訳ございません」
「ほらやっぱりあたしよりコロ助の方が上手いし」
何度でも言おう。コッコロが一番年下である。
いやほんといいの? ラブコメ的なの。