プリすば!   作:負け狐

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よくよく考えたらラブコメなんか書けるわけないだろって思いました。


その150

「見失った」

 

 そもそも追いかけた時点で既に見えなかったので最初からなのだが、とにかくそれっぽい方向に向かって来た結果がこれである。どこかに隠れているという様子もないので、普通にどこかに行ったのだろう。詰んだ。

 

「……お腹空いたら帰ってくるか」

 

 冗談交じりではあるが、何だか本当にそうなりそうな気がしないでもない。そんなことを一瞬だけ思ったが、いや違うかとカズマは頭を振った。確かにペコリーヌはそういう性格ではあるが、あくまで一面だ。芯からそんなタイプではない。明るく、能天気で、前向きで、周りを笑顔にするムードメーカーで、頼りになる存在。

 その実、本当は臆病で、自信が無くて、後ろ向き。多少改善されたが、結局今もそれは変わらず。

 

「ああもう。どこ行ったんだよ」

 

 だから、ここで探すのを諦めたら、多分きっと永久にそのままだ。気持ちの整理を自分で勝手につけて、帰ってきた時には何もなかったかのように、いつも通りに戻ってしまう。

 それでは、駄目だ。ほんの少し前のカズマならば、まあそれでもいいと割り切ったかもしれない。かつてのことを思い出さないように、思い出せないように、そういうものだと諦め流していたかもしれない。

 だがもう、口にしてしまったのだ。あれをなかったことにしたら、多分きっと、これまでの日々や、重ねてきた絆に。きっと、後ろ指さされてしまう。

 そもそもそれ以前にこのままだと聞かれていたけどスルーされたとして新しいトラウマになる。

 

「あれ? リーダー?」

「あ、ぼっち共」

 

 ちくしょう、と悪態をついていたカズマに声。そちらに振り向くと、ゆんゆんとアオイが不思議そうにこちらを見ているところであった。

 その表情を見て怪訝な顔を浮かべる。別に自分がここにいるのは珍しいものでもないだろうに、何故そんな顔をされねばならんのだ、と。

 

「え、あ、いあ、ち、ちちちちちち違うんです! 誤解です、誤解なんです!」

「何がだ」

「そんなつもりは毛頭なくてですね! 決してリーダーを不快にさせようと思ったわけではなく、あ、でもそれって私が存在することがもはや不快!?」

「落ち着けぼっち」

「そ、そうよアオイちゃん。リーダーはこんなことで怒るような人じゃ――えっと、怒らない、ですよね? 大丈夫ですよね!?」

「なあお前ら俺のこと何だと思ってんの?」

 

 テンパるぼっち共を見ながら、カズマはげんなりした表情を浮かべる。ぶっちゃけ今こいつらの相手をしている暇など無い。かといってこの状態で会話を打ち切るとぼっちの暴走が拡大しかねない。

 

「うっわめんどくせぇ……」

「は、はははははいぃぃごめんなさい! 生まれてきてごめんなさい!」

「ごめんなさいごめんなさい。何でもしますから見捨てないで!」

「ルーシーと安楽王女どこ行ったんだよ……」

「いや、ルーシーは別件だけど、私はいるけどねここに」

 

 止めろよ、とアオイのポケットにいる安楽王女にぼやく。別にいつものことだしな、とあっけらかんと言い放つ彼女に向かい、俺が今それどころじゃないとカズマは返した。

 ん? と安楽王女が目を瞬かせる。アオイ、ゆんゆん。そう二人の名前を呼ぶと、さっきのあれだと意味深な言葉を続けた。

 

「あ、あの、ペコリーヌさんが私達のことなんか眼中にないって走り去っていった」

「こっちのことなんか見もしてなかったものね……。嫌われちゃったのかな」

「ちょっと待て。ペコリーヌがなんだって?」

「やっぱりか。おい二人共、理由あったみたいだぞ」

『え?』

 

 正気、といっていいのか分からないがグルグル目を戻すぼっちーず。そのまま視線をカズマに向けたが、あんな恥ずかしい理由を言えるわけないので、彼は普通に誤魔化した。

 

「と、とにかく。ペコリーヌはどこに行ったんだ?」

「え? ……ど、どこに行ったんでしょうか?」

「向こうの方に行ったような……」

「あーはいはい分かったありがとう」

「変に気を使われた!? も、申し訳ありません! この命に代えても必ずや」

「もういいから。俺ペコリーヌ追いかけるから、じゃあな」

 

 再びテンパるアオイをほっぽりだして、カズマはゆんゆんの指し示した方へと走る。それを目で追っていた安楽王女は、やれやれ、とコンパクトサイズのまま肩を竦めた。

 

「もういいからほっときな。あれは馬に蹴られるやつだから」

「え?」

「……っ! そ、それって!?」

 

 はてなマークを浮かべるアオイと、耳年増のゆんゆん。そんな二人を見ながら、こいつらには縁遠そうだなぁ、と安楽王女は苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 そうして走っていった先に見えたのは見慣れた魔道具店。まさかここにいるわけないよな、と思いながら、カズマはその店の扉を開いた。

 

「あ、いらっしゃいませ。どうしたんですか、カズマさん」

「あーいや。ちょっと聞きたいんだけど」

 

 ペコリーヌは来なかったか。そうウィズに尋ねると、彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。いいえ、来てませんけれど、と返事をし、そのまま視線を横に向ける。

 

「何かやらかしましたの?」

 

 喫茶スペースで紅茶を嗜んでいたアキノが、呆れたような表情で彼に告げた。彼女にとってペコリーヌ――ユースティアナは昔馴染みにして仕えるべき姫だ。いくら友人とはいえ、カズマとどちらの肩を持つかといえばどうしても彼女寄りになる。

 

「いや、そういうわけじゃなくて」

「おや、勢い余って好きだと宣言したのを腹ペコ娘に聞かれた上に逃げられた小僧ではないか。あやつならばここにはおらんぞ」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 そもそもここにはバニルがいるので誤魔化すことはまず不可能。へぇ、とウィズにもアキノにも、ついでに横にいたタマキとミフユにすら生暖かい視線を向けられたカズマは、絶叫しながら崩れ落ちた。勿論バニルはご満悦である。

 

「そもそも、汝らの関係など割と周知の事実であろう? ドM娘くらいか、本気で気付いておらなんだ者は」

「……マジ?」

「そりゃ女神祭であれだけイチャついてりゃ察するにゃ……」

「さっさと付き合ってしまえば早いのに、とは思っていたわね」

 

 うんうん、とタマキとミフユの追撃を食らいカズマは悶絶する。まあ当の本人が気付いていなかったようですけれど、とアキノが紅茶に口を付けながら付け加えた。

 

「その様子ですと、ユースティアナ様はまだその辺り吹っ切れていないようですわね」

「まあ、腹ペコ娘は恋愛事には特に臆病のようであるからな。まったく、面倒なことだ」

「バニルさん、凄く楽しそうな顔してますね……」

 

 ウィズの呆れたようなその声に、バニルは失敬なと返した。周りを見てみろ、と彼女に告げ。

 ぶっちゃけ皆同じような顔をしていることを、というかウィズですら似たような表情なことを自覚させた。

 

「お前ら悪魔か!」

「我輩はそうだぞ」

 

 しれっとカズマの言葉に返答し、それよりもとバニルは口角を上げる。こんなところで時間を食っている場合ではないだろう。そう続けると、彼はカズマの入ってきた魔道具店の扉を指差した。

 

「ほれ、とっとと腹ペコ娘を追い掛けるがいい。甘酸っぱい青春の一幕は羞恥の悪感情とは少々趣が違うのでな」

「言われなくてもそうするよ。ちくしょう、覚えてろ!」

 

 勢いよく魔道具店を飛び出すカズマを、店にいた一行は笑顔で見送る。成程成程、とどこか共感を覚えるような表情を浮かべていたのは見間違いではあるまい。

 

「バニルさんの気持ちが、少し分かったような気がしますわ」

「フハハハハハハ。それはそれは。ではオーナー、我輩もう少し汝らをおちょくっても」

「それとこれとは話が別ですわね」

 

 だろうな、とバニルは気にすることなく笑った。

 

 

 

 

 

 

「そういう時は、闇雲に移動せず、心当たりを探るものですよ」

 

 魔道具店を飛び出して当てもなくさまよっていたカズマは、今日に限って厄介な連中とエンカウントする、と顔を顰めた。そんな表情を向けられた方、小柄なエルフの女性は、心外ですねと表情を変えることなく言葉を紡ぐ。

 

「私は普通にアドバイスをしているだけですが」

「まあ所長の日頃の行いでしょうね」

「そこはまあ、否定できないわね」

 

 やれやれ、と呆れたような表情のめぐみんと、苦笑するちょむすけ。そんな二人も、しかしネネカの言葉自体には異を唱えなかった。恐らくペコリーヌは、無意識にそういう場所へと向かっているはずだ。

 

「いや、つっても……ぶっちゃけこの街であいつとの思い出のない場所のほうが少ないくらいで」

「師匠、どうしましょう。何だか唐突に惚気けられましたよ」

「若いわねぇ」

「まったく。そういう言葉が自然と出るのならば、こじれる前に何とかしておくべきだったのでは?」

 

 三者三様の、どこか呆れたようなそれに、カズマはやかましいと返す、こちとらそれを自覚したのはついさっきだ。それでもってその自覚を染み込ませる猶予すらなくこの状況なのだ。そんなことを言われても、どうしようもない。

 ともあれ。ネネカの助言自体はある程度の指針になる。心当たりが全く無いより、大量でも数が絞られるならばその方がいい。よし、と頷いたカズマは、じゃあ行ってくると三人に背を向けた。そんな彼の背中を見ていた三人は、やはりというべきか、どこか楽しそうな表情を浮かべる。

 

「これ、三日後くらいにはアクセル中に知れ渡ってそうですね」

「そうね。まあ、いいんじゃないかしら」

「疑惑が確定に変わるだけです。そう大した違いはありませんよ」

 

 やべーやつ筆頭組がそんな会話をしていることなど露知らず、カズマはとりあえず思い付く限りのペコリーヌとの思い出のある場所を探っていく。主に飲食店だ。というか半分以上が食べ物関係だ。

 五件くらいそれを続けて、いやこれは違うだろうとようやく気付いた。思い出の場所で真っ先に出てきたが、今回はそうじゃない。飲食店を除外して、それでも何だかんだその辺の場所ですら彼女との思い出があるのを自覚して何となく気恥ずかしくなりながら。

 

「まったく……何をやっているのだお前は」

「流石に今食べ物屋さんにはいないわよ……」

 

 そんな声を掛けられ、カズマは思わず振り向いた。走り回ってからもはやお約束になりつつある呆れたような表情を向けられ、彼はまたかよと顔を顰める。

 

「何の用だよ、ダクネス、ユカリさん。俺は」

「ユースティアナ様を捜しているのだろう?」

 

 ダクネスのその言葉に、カズマはぐぬぬと言葉を止める。そんなことは分かっていると言わんばかりの彼女を見て、だったら何なんだと負け惜しみのような言葉を返した。

 ユカリはカズマを見て苦笑を浮かべる。実はね、と頬を掻きながら彼にそれを告げた。

 

「こっちに逃げてきたのよ。ペコリーヌさん」

「へ?」

「私が以前何かあったら相談して欲しいと進言したのを覚えていてくださったようでな」

 

 偶然居合わせたユカリと共に、事の次第をめちゃくちゃテンパったペコリーヌから聞き出し、そして。

 貴女の一番彼との思い出が強い場所に向かってください。二人の出したその結論を受け取り、分かりましたと彼女は全力ダッシュしたとか。

 

「いやどこだよ!」

「さあ。それは私の知る由もないからな。……というかカズマ、お前は分からんのか?」

「一応言っておくけれど、教会ではないわよ」

 

 思い出の強い場所、で真っ先に思い出すのはそこであったが、ユカリに先んじて潰された。しかしそうなると一体どこになる。カズマはああでもないこうでもないと思考をフル回転させ。

 駄目だ思い浮かばん、と匙を投げた。

 

「お前というやつは……」

「いや仕方ないだろ! 俺とあいつの考えだって違うだろうし」

「そうかしら。案外、こういうのって一緒だったりすると思うんだけど」

「そんなこと言われたって……。何かヒントでもあれば」

「そんな時は、お姉ちゃんにお任せだよ♪」

「寄らば大事な姉。あ、勿論妹も大事で頼って構いませんよ」

 

 姉妹が湧いてきた。もはやアクセルの風物詩のようなものなので、ダクネスもユカリも驚かない。当然というべきか、カズマもシズルやリノを見て、むしろ安心したような表情を浮かべていた。手遅れである。

 

「リノちゃん、『寄らば大樹の陰』だと思うけど、今回は合ってるからまあいっか」

「それではお兄ちゃん。私とシズルお姉ちゃんのアドバイスをさあどうぞ」

 

 勿論彼女達も最初からそこにいたかのように話を進める。ツッコミがいないというか放棄したというか。まあ今回はそこは本題ではないのでしょうがない部分もあるが、ともあれカズマはありがとうと二人のアドバイスを素直に聞くことにした。

 が、しかし。シズルは笑顔でこう告げる。でも、具体的な場所は言わないよ、と。

 

「こういうのは、弟くんがちゃんと自分で見付けるものだからね」

「恋愛ごとに一から十まで口出しちゃったら、おせっかい通り越しちゃいますもん」

「いやそう言われても、それが思い浮かばないからこうして」

「本当に?」

 

 シズルが真っ直ぐにカズマを見る。本当に、思い浮かばない? どこか真剣な表情に変わった彼女は、もう一度よく考えてみてと彼に告げた。

 自分と彼女の、カズマとペコリーヌの一番思い出が強い場所。それは、一体どこなのか。

 

「……いや、まさか」

 

 ふと頭によぎったものがあった。でも流石にそんな、と思わないでもなかったが、思い出といえば、確かにあれは強烈な印象が残っている。

 

「何だ、思い浮かぶじゃないか」

「いいんじゃないかしら。そこに行ってみても」

 

 ダクネスとユカリは、そんな彼を後押しする。シズルも表情を笑顔に戻し、リノと共に彼の出した答えをただ見守るのみだ。

 よし、カズマは頷いた。ありがとうと四人に告げ、じゃあ早速そこに行ってくると足を踏み出す。

 

「あ、その前に」

 

 出来れば支援してくれないだろうか。そう言って振り返ったカズマを見て、ユカリとシズルははいはいと快くありったけの支援をぶちこんだ。

 

 

 

 

 

 

 ゼーハーと息を切らせながら、カズマはようやくそこに辿り着いた。アクセルの外、草原が見渡せる小高いその丘で、彼は一人の少女が座っているのを発見する。近くには倒されたらしいカエルが数体積み上げられているのが、何とも彼女らしいと苦笑した。

 

「ペコリーヌ」

「っ!?」

 

 ビクリとその背中が震える。今度は逃げないでくれよ、と呟きながら、カズマはゆっくりと彼女の隣へと歩いていった。

 

「……よく、ここだって、分かりましたね」

「いやまあ、色々な人からアドバイス貰ってようやくだけど」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、カズマはペコリーヌの横に座る。何だかんだ走り回ったおかげで、太陽も大分傾いていた。これは帰ったら夜だな、とぼやくと、横のペコリーヌはそうですね、と苦笑する。

 

「……わたしは、ここで。コッコロちゃんと、キャルちゃんと。そしてカズマくんに出会いました」

「腹ペコでぶっ倒れてたもんな」

「あはは。思えば、あの時はだいぶやばかったですね☆」

 

 おにぎりを貰い、元気を取り戻し。カエルを討伐し、そして。

 宝物ともいえる、パーティーを組んだ。

 

「みんなに出会えなかったら、きっとわたしは、今もやさぐれたままでした」

「そうか」

「はい。コッコロちゃんと、キャルちゃんと、カズマくん。三人がいたから、わたしはこの街で沢山の絆と、思い出を貰って」

 

 遠くを見るように、ペコリーヌはそこで言葉を止め、目を細める。今までのそれを、噛み締めるように、ゆっくりと。

 視線を上に向けた。まだ空は赤く染まっておらず、しかし青空と言っていいのかは少し疑問で。

 

「カズマくん達のおかげで、わたしは、前を向けるようになりました」

「……そうかい」

「はい。だから、わたしは、今凄く、すっごく幸せで――」

 

 カズマはペコリーヌの方を見ていない。真っ直ぐ、広がる草原を眺め、彼女の言葉をただ待っている。

 

「こんなに、幸せなのに……これ以上を望むなんて、あっちゃ、いけないのに……」

 

 ペコリーヌの言葉がつっかえつっかえになる。こころなしか声も震えているし、こういっては何だが鼻を啜る音が少し聞こえた。まあつまりそういうことだろう、とカズマは彼女を見ない。見てはいけないような気がした。

 

「わたし……わがまま、ですよね……」

「いや何言ってんのお前」

「え?」

 

 だから、カズマは彼女を見ない。見ないまま、どこか呆れたような口調で、もう一度同じ言葉を繰り返した。お前は何を言っているんだ、と。

 

「わがままっていうのは、もっとこう、あれだ。違うんだよ」

 

 その割には良い言葉が出てこない。普段ならばもっとうまくやれるはずなのに、と心中で悪態をついたが、しかしそれがかえって彼女の気持ちを少し解すことには成功したらしい。ふふ、と泣きそうだった表情が少し綻んだ。

 

「でも、やっぱりわたしのこれはわがままですよ。今のままでも十分幸せなのに」

「いやだから」

「いいんです。心配してくれてありがとうございます。わたしはもう、大丈夫ですか――」

「だぁぁぁかぁぁぁらぁぁ! 俺が大丈夫じゃないんだよ!」

 

 立ち上がった。わわ、と目を見開くペコリーヌを見下ろしながら、お前ふざけんなよ、とカズマは逆ギレしたように彼女へと指を突きつける。

 

「ここではいそうですかってなったら、俺アイリスに殺されるの! というかそれ以前に、そもそもここに来るまで街中走り回ったから、これで終わったら普通に俺恥ずかしさで死ぬわ!」

「え? え?」

 

 キョトンとした顔でカズマを見上げるペコリーヌは、彼が何を言っているかよく分からない。よく分からないが、しかしその話を聞く限り。

 

「……えっと、カズマくんは、死にたくないから。……だから、来たんですか?」

「いやそこだけピックアップするのやめてくれない? 俺ちゃんと覚悟決めてきたからね」

「ぴぇ」

 

 覚悟を決めた。その言葉とともに表情をどこか真剣なものに変えたカズマを見て、ペコリーヌは変な声を出してしまう。同時に、彼女が逃げた原因でもある、彼の発言がフラッシュバックした。

 

「あ、あの、カズマくん。その」

「俺、お前が好きだ」

「はぅ!?」

 

 はっきりと、目を見て言われたそれに、ペコリーヌは固まってしまう。言ったカズマはカズマで、彼女がそれほどまでに無反応だったので、あこれやっちまったんじゃないかと急に嫌な汗が吹き出てきた。

 

「あ、ちょま。いや、そのだな」

 

 あかん死にたい。前世の色々とアレな思い出が急激に頭を駆け巡り、ああやっぱり勘違いなんかするんじゃなかったと後悔した。そうだよな、こんな可愛くて、スタイル抜群で、性格もいい美少女が自分なんかに。

 

「……いいん、ですか?」

「へ?」

「ほんとうに、わたしで、いいんですか?」

「へ?」

 

 いや何いってんの、と思わず口に出しかける。ペコリーヌで駄目なら多分世界の半分ぐらいは間違いなく駄目なレベルだぞ。そんなことを思いつつ、カズマはどこかぎこちなくコクコクと頷くだけとなった。

 それでも、なんとか言葉を紡ごうとして、彼はゆっくりと口を開く。

 

「あのさ。……聞いてたかもしれないけど。俺、ここに来るまでは全く色恋に縁がなくて――じゃない。いや、ないのは確かだったんだけど、そうじゃなくて」

 

 多分これは、他の誰にも言っていない。言っていないのに知っている人が若干名存在しているような気がしないでもないが、とりあえずカズマが自分から話すのは初めてだ。

 

「昔、小さい頃。大きくなったら結婚しようって、まあ大したこともない口約束した子がいてさ。……でも、その子は別の人と付き合って」

「……」

「馬鹿みたいだけど、それが結構ショックでさ。そういうことには触れないようにしてたんだ。勘違いするなって、自分に言い聞かせて。俺はそういうのに縁がないに決まってるって」

 

 だから、本当は。ずっと前から、好きだったんだと思う。視線を逸らして、彼女の顔を見ないようにして。カズマは、そう告白した。愛の告白とか、そういうものではなく、ずっと燻っていた自分の思いを、告白した。

 

「だから、だからさ。俺、お前がいいんだよ。能天気で、腹ペコで、いつも笑ってて」

「カズマくん、それは――」

「でも、本当はどこか臆病で、何だかんだ後ろ向きで。それでも仲間のことを大切にする。――そんなペコリーヌだから、いいんだ」

「――っ! カズマ、くん……」

 

 ああちくしょう、とカズマは一人ぼやく。何だか締まらないし、カッコつかない。胸が苦しい、情けなく泣き出しそうだ。どうしてゲームや漫画みたいに、うまくやれないんだろう。

 どうして。

 

「カズマくんっ!」

「うぉ!?」

 

 そんな思いは、思い切りこちらに抱きついてきたペコリーヌで消し飛んだ。ぎゅっ、ともう離さないとばかりに抱きしめる彼女の感触で、全部吹っ飛んだ。

 

「ぺ、ペコリーヌ?」

「カズマくん……カズマくん……っ!」

「ちょ、ちょっとまって。いやあの、これやばいから。すっげぇ柔らかいしいい匂いする、じゃなくて」

「わたしも!」

「へ?」

 

 一瞬カズマのカズマさんが空気読まずに起きてこようとしたそのタイミングで、ペコリーヌがそう言い放った。何が何だって、と難聴系主人公みたいなことを言いかけた彼よりも早く、彼女はそのまま言葉を紡ぐ。

 

「わたしも、カズマくんがいいです! ううん、違う。カズマくんじゃなきゃ、いや!」

「え、っと? え?」

「好きです! 大好きです! お調子者で、めんどくさがりで、ちょっぴりエッチで。でも、優しくて、勇気があって、みんなを笑顔にしてくれる。そんなカズマくんが、わたしは――大好きです!」

 

 言った。ついにそれを口にした。大事なことは、最後の一線だけは、常に一歩引いて、予防線を張って。まず尋ねる。そうするのが染み付いていたペコリーヌが、迷うことなく、相手に聞くこともなく。

 自分の思いを、全力で口にしたのだ。

 

「……ペコリーヌ」

「はい」

「自分から言っといてなんだけど、本当にいいのか?」

「カズマくんじゃなきゃやだ」

 

 顔を彼に埋めたまま、ペコリーヌはそう呟く。それを聞いたカズマは、何だか急に挙動不審になった。いやいいのこれ? 本当にいいの? これってオーケーでいいの? そう聞きたくとも、生憎周りにいるのはペコリーヌが始末した肉となったカエルのみ。コッコロも、キャルも、普段ならいるはずの面々は誰一人としていない。

 

「あの、そのだな」

「はい」

「これって、俺たち付き合うってことで、いいの?」

「……駄目ですか?」

「いやむしろこちらこそよろしくお願いしますなんだけど! なんだけど、何をどうすればいいのか全く分からなくて」

「……あはは。大丈夫です、わたしも全然分かりませんから」

 

 そう言って顔を上げたペコリーヌは笑う。その笑顔が何だか無性に眩しくて、カズマは思わず目を逸らした。彼女はそんな彼を見て、その顔が真っ赤なのを見て、クスリと微笑む。

 

「そうですね。じゃあ、まずは……帰って、一緒にご飯を食べましょう!」

「いつも通りじゃねぇか」

「それでいいじゃないですか。わたしも、カズマくんも。その方が、多分『らしい』です」

 

 そうかな、とカズマは呟く。そうですよ、とペコリーヌは力強く頷いた。

 空を見上げる。いつの間にか青空は夕焼けに、そして夜空に変わりつつある。街に戻ったら晩ごはん、そういう時間帯だ。

 

「……じゃあ、帰るか」

「はい。帰りましょう、わたしたちの家に。そうして、美味しいものを、お腹いっぱい食べるんです!」

「一緒にか」

「はい! 一緒に!」

 

 重なっていた二人が離れる。そうしても、手は繋がったままで。今この瞬間だけは絶対に離すものか、とそこだけは頑なで。

 

「あ、これもったいないですし、晩ご飯にしませんか?」

「ここでムードぶっ壊すなよ!」

 

 積んであったカエルを指差すことで、あっという間にいつもの調子に戻ってしまった。

 それでも、手だけは繋いだまま。

 

 


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