プリすば!   作:負け狐

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ハッピーエンドのちょっと後


その151

 天気は晴れ。雲ひとつない青空の下で。

 

「今日は絶好のピクニック日和ですよ~!」

 

 ペコリーヌの宣言とともに、そこに集まっていた面々はいえーいと声を張り上げた。えっちらおっちらとお弁当を背負ってやってきたここは、アクセル近くの湖。木陰にシートを広げると、思い思いにそこで暫しの休憩をし始めた。別段何かをする、というわけでもない。ただただ皆で出掛け、お弁当を食べる。言ってしまえばそれだけだ。

 

「シルフィーナ。ほれ、もっと日陰に行くの。オマエ引きこもりだったんだから、ぶっ倒れたら困るの」

「あ、はい。ありがとうございます、ミヤコさん」

「ミヤコが人に気を使うとはな。天気は大丈夫かのぅ」

「どーいう意味なの。ミヤコだって友達はちゃんと大切にするの」

「そーだそーだー」

 

 よく分かっていないがとりあえず乗っかるシェフィを見て、イリヤはやれやれと肩を竦めた。そうしながらも、まあやっていることは間違っていないのでそれ以上は何も言わない。

 

「それで? お主はどういう理由じゃ?」

「いえ、シェフィさんに誘われて、お姉様も是非と言ってもらったので」

 

 あはは、と横でちょこんと座っているアイリスに目を向ける。お姉様という単語で視線を向けた先を一瞥し、そういうことならとイリヤは流した。丁度いいからシルフィーナの新しい友人にでもなってやってくれ、と続けた。

 

「それは勿論。……シルフィーナさんが、いいのならば」

「え? その……よろしいのですか?」

 

 幼いとはいえ、シルフィーナは貴族の子女だ。当然アイリスが何者かを知っている。だからこその質問であったが、当のアイリスは笑顔で頷いていた。まあそもそも彼女は他の友人代表がテレ女のやべーやつらなので、もう細かいことは気にしない。

 そんなわけで彼女の新たな友人となったアイリスは、シルフィーナ達とともに遊ぶため湖の方へと引っ張られていった。

 

「……うん、まあ、アイリス様がいいのならば、いいんだ」

 

 ちなみに保護者は凄い顔をしている。諦めというか、もうどうにでもなれというか。もはやその程度は細かいことと流すべきか、ダクネスはほんの少しだけ悩んで、そして決めた。

 

「ダクネスさま」

「ん? ああ、コッコロか。どうしたのだ?」

「いえ、少しお悩みになられていたようでしたので」

「あぁ、いや。大したことではないよ。……もう一つと比べれば」

 

 視線をアイリスたちから動かす。元々本来の目的は、沈んでいたシルフィーナを元気にさせることだ。そしてあの姿を見る限り、それは大成功といっていい。

 だからピクニックの目的自体は達成している。そこを悩む必要は欠片もない。

 

「変に悩み過ぎなのよねぇ、あんたは」

「キャル……」

 

 やれやれ、とコッコロの横にキャルも並ぶ。大体、見てみなさいよ、とほんの少し呆れたような顔で、彼女は向こうを、ダクネスが心配していた方向を指差した。

 

「ん~。いい天気ですね~」

「そうだな」

「シルフィーナちゃんも元気になりましたし、ピクニックは大成功ですね」

「まあ、そうだな」

「おにぎり、食べます?」

「おう。食べる」

 

 はいどうぞ、と弁当箱からおにぎりを一つ、カズマに手渡す。それを受け取るのを見ながら、ペコリーヌは楽しそうに微笑んだ。それじゃあわたしもいただきますね。そう言って、同じようにおにぎりを手に取る。

 

「あれでどうにかなると思う?」

「い、いや。そういうわけではないのだが」

 

 というかむしろあれでいいのかと心配になる。一応、想いを告げ合ったはずだろうに。

 そうは思うのだが、いかんせん異性と付き合った経験がゼロのダクネスは、じゃあどうするといいのかと言われても答えられない。

 勿論横のキャルも同様である。

 

「わたくしは、主さまもペコリーヌさまも、とても幸せそうに見えます」

「……ま、そうね。それはあたしも同感だわ」

 

 ふ、と口角を上げたキャルは、そのまま伸びをすると近くのシートに寝転がった。久しぶりにのんびり出来るのだから、ここは目一杯ダラダラさせてもらおう。そういう腹づもりである。

 

「あれ? キャルちゃん、お弁当食べないんですか?」

「後でいいわよ。というか何でこっちに来たの? あんたはカズマと二人きりになってなさいよ」

「え? でも、ご飯はみんなで食べたほうが絶対美味しいですよ」

「そうじゃないでしょうが……」

 

 ひょこ、とこちらを覗き込んだペコリーヌにそうツッコミを入れながら、ほれ見ろと言わんばかりに視線をダクネスに向けた。その視線の意味を察した彼女は苦笑し、ではいただきましょうかと弁当箱のおにぎりを手に取る。

 

「ん? これは鮭、じゃない?」

「威勢エビのエビマヨおにぎりです。せっかくなので具も色々バリエーションを増やしたんですよ」

「あー、どうりで。何でわざわざ別々の弁当箱用意したのかと思ったら」

「はい。ペコリーヌさまとお二人で、サプライズを行おうということになりまして」

 

 あむ、と同じくエビマヨおにぎりを頬張りながらコッコロが述べる。そうした後、彼女は極々自然に口元が汚れているカズマへ寄り添い、ハンカチでそれを拭った。

 

「コロ助」

「はい? どうされました?」

「あんたがそれやっちゃ駄目でしょうが。その馬鹿、きっとペコリーヌにやってもらおうとソワソワしてたわよ」

「してねーよ!? いやほんとだよ!?」

「あ、それは。申し訳ありません主さま」

「だから違うからね!? 俺はコッコロにお世話される方がいいから!」

「その発言はそれでどうなのだ……?」

 

 今更である。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで遊びから戻ってきたシルフィーナ達もお弁当を食べ、食休みで暫しの間木陰で休憩を行い。

 じゃあ遊び再開、とシェフィを筆頭に勢いよく立ち上がった。

 

「いーち、にー、さーん、しー」

「なあ何で俺たちも参加してんの?」

「知らないわよ。うぅ、何かもうオチが読めた」

 

 そういうわけで鬼ごっこである。子供連中が鬼、そして保護者達が逃げる役だ。なおイリヤは保護者枠になっていた。

 

「シルフィーナに捕まればよいであろう? 変に無理をするから余計な被害を食らうのじゃろうに」

「まあそうなんだけど。そう思ってても上手くいかないんだろうなぁって」

「お主も中々に難儀じゃのう」

 

 精々頑張るがよい、とイリヤはそのまま別方向に逃げていく。被害を喰らいたくない、とカズマもさっさとキャルを置いていった。

 そうして出遅れたキャルは、じゅー、というシェフィの声で我に返り。

 

「きゃるー!」

「あぁやっぱげふぅ!」

 

 彼女のタックルを食らい盛大に吹き飛んだ。つかまえたー、と呑気な声を上げているシェフィの下で、キャルはピクリとも動かない。

 

「……大丈夫なのですか?」

「いつものことなの」

「はい。キャルさんでしたら、大丈夫です」

「そ、そうですか」

 

 自分がブライドル王国に留学しているうちに、彼女も随分とアレな方向に振り切ったのだな。そんなことを思いながら、アイリスは気を取り直して、と視線を動かす。今の自分は鬼ごっこの鬼。そして、あの二人は捕まえられないように逃げる役。

 

「ふ。……いいですかお義兄様、私はそう簡単に認めませんよ!」

 

 鬼ごっこで出していい速度じゃない。そんなツッコミを入れたくなる勢いであったが、いかんせんホワイトドラゴンが割と手加減無しで動いた後なので、何か別にこれでいいような気がしてくる。

 

「カズマくん、こっちです!」

「うおわぁ!」

 

 アイリスがタッチだと手を伸ばす。多分当たったらカズマの土手っ腹に穴が空いたであろうそれを、ペコリーヌは彼の手を掴んで回避させた。盛大な風切り音と共に、周囲の葉っぱが弾け飛ぶ。

 

「殺す気か!?」

「その程度で死ぬのならば、お姉様の恋人は務まりません」

「お前の基準どうなってんの!?」

「大丈夫ですカズマくん。わたしが、死なせはしません」

「鬼ごっこだからな! そういうセリフいう場面じゃないからな!」

 

 そう言いつつ、カズマはカズマでペコリーヌの手を取るとそのままダッシュで逃げ出した。バラバラに逃げた方が捕まる確率は下がるのだろうが、そもそもアイリスの狙いはまずカズマなのでその辺りのセオリーに意味がない。

 

「懐かしいですねお義兄様。思えば、最初の勝負も鬼ごっこでした」

「え? そうだったんですか?」

「お姉様は知らなかったのですね。王城でのあの日、お義兄様が提案して、合図もなしに逃げていて」

「カズマくんらしいですね」

「おい何だその目は。大体お前三階からダイブしてこっち突っ込んできたじゃねーかよ。初見だったから驚いて捕まえられちゃったし」

 

 やっぱり負けたんですね、というペコリーヌの視線と呟きを無視しながら、カズマはそうやって負け惜しみを抜かす。勿論それを聞いていたアイリスは、だったら、とどこか獲物を見るような笑みをそこに浮かべた。

 

「今はもう承知の上ですし。負けないのですよね、お義兄様」

「タイム! ターイム! 作戦会議の時間を要請する!」

「認めません!」

 

 今度こそ、と突き出したその手は、緊急回避スキルまで使った全力のカズマによって躱された。手を繋いでいたので、ペコリーヌもそれに巻き込まれる形になり。

 

「あ、あの。カズマくん、重くないですか?」

「ここで重いって言ったら俺後ろの義妹に殺されるじゃん! いや別にそこまで重くないけど!」

 

 何の因果か、お姫様をお姫様抱っこする羽目になっていた。

 

「アイツら飽きもせずによくやるの」

「ふふっ。ミヤコさま、あれが主さまとペコリーヌさまの日常ですので」

 

 ふよふよと浮かびながら適当に鬼をやっていたミヤコがそうぼやく。シルフィーナに捕まったコッコロは、彼女の視線の先にいる二人を見ながら優しげな笑みを浮かべていた。

 

「……はぁ。本当に、ユースティアナ様も男の趣味が悪いというか」

「ペコリーヌも存在が趣味悪いあんたに言われたくないと思うわよ」

「ふ、そんなこと言っても何も出ないぞ」

「貶してんのよ! 喜ぶな!」

 

 シルフィーナがいないからって、ここぞとばかりに性癖を満たすな。倒れたまま動けないがツッコミは入れるキャルは、追加のそれをぼやきながらもういい知らんと目を閉じた。状況が状況なだけに、何だかこのまま死にそうである。実際は無事だが。

 そんなシルフィーナは、現在シェフィと共に残った二人と鬼ごっこ中だ。イリヤとゼーン、両方人外だが、両方こういう時にちゃんとお約束を守ってくれる人物である。

 

「おにーたん! つかまえたー!」

「む。捕まえられたか」

「えへへ。しぇふぃ、つよい!」

「ああ」

 

 ぎゅー、と抱きつくシェフィを優しい眼差しで撫でるゼーン。そんな二人を横目で見ながら、イリヤはほれどうするとシルフィーナに声を掛けた。

 

「が、頑張ります」

「無理はするでないぞ。というか少し休め。一旦水分補給をして、それからじゃな」

「うぅ……分かりました」

 

 悶えていたダクネスの方へと足を進める。その頃には態勢を取り繕っていたので、幸いなことに保護者のアヘ顔を見なくて済んだ。戻ってきたシルフィーナは水分補給を行い、イリヤに言われたように一度休憩を挟む。

 そうして、向こうで人外の動きをしている鬼ごっこを目撃した。

 

「いい加減捕まってはどうなのです!?」

「それ俺に死ねって言ってるのと同義だからな! っと、ペコリーヌ!」

「はいっ!」

「何ですかそのコンビネーションは! そんな見せつけて、嫌味のつもりですか!?」

「ああもうめんどくさいなお前!」

 

 ペコリーヌのフォローと、カズマの逃走スキル。その二つを駆使することで、割とムキになっているアイリスの猛攻をなんとか捌いていた。勿論それが出来るのは鬼ごっこというルールの範囲内だからであり、カズマがベルゼルグ王国のバーサーカー姉妹と同等の実力を身に着けたという意味では決して無い。本人も重々承知である。

 

「なあアイリス。そろそろやめないか?」

「まだです、まだ!」

「でもアイリス、向こうにみんな集まっちゃってますよ」

「え?」

 

 急ブレーキを掛け、振り向いた。成程確かに、既にあちらでは鬼ごっこの時間は終わっている。

 ぐぬぬ、と捕まえきれなかったカズマをひと睨みすると、アイリスは分かりましたと引き下がった。そうしながら、彼女はカズマからペコリーヌを奪い去ると手を取り向こうへ歩みを進めていく。

 その途中、振り向いてべー、と舌を出した。

 

「何かもう姫様っていうより完全に子供だな……」

 

 そんなことをぼやきながらも、カズマの表情は笑顔である。何だかんだアイリスは自分を受け入れてくれているし、他の皆も、アクセルの住人もそれは同様で。

 そもそも街全体に広まってるのっておかしくない? そう思わないでもないが、アクセルなので仕方ない。

 

「ま、いっか、こういうのも。……色々あったけど、何だかんだ大変だったけど。こういう繋がりを見てると、俺って結構運がいいよな」

 

 そうやって、視界に映る面々を見ながら、カズマは思う。そう、願わくば。

 

「カズマく~ん! デザート食べましょう!」

「おう、今行く!」

 

 こいつらとのこんな暮らしが、ずっとずっと、続きますように――

 

 




第八章、完!

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